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第十一話 先天性自己完結霊能者

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「……以上が、昨夜起こった全てです」

 話し終え、グレイスとレイモンドを見る。
 二人が首を縦に振った。話漏れはないようだ。
 ソフィアは精神的ダメージを考慮してこの場にはいないが、まあ彼女だけが覚えている事はないだろう。気絶していたし。

 ここはミネスの軍の本部の中にある会議室だ。
 議題は勿論、昨日の《憑依人間》についてである。

「グレイスやリリーがいても劣勢、レイモンドが《雷撃砲》を使わなければ倒せなかったというその相当な強さも気になるが、それよりも重要な事がある」

 アンドリューが腕を組んだ。

「本当にその相手は《憑依人間》で、霊術を使ったのか?」
「恐らく。触手が生えていて、グレイスさんの《幻域》に無策で突っ込んできたりと、思考力があればしないような事も多々していましたから」
「霊術に関しては……そうだった、としか言えないな」
「ええ」

 グレイスの言葉に頷く。
 霊術に関してはその場にいなければ分からない。

「昨日から文献を漁ってみましたが、過去に霊術を使った《憑依人間》の例はありません。もしその話が本当なら、史上初です」

 ウィリアムが探るような視線を向けてくる。
 誰が嘘をつくか。

「そもそも何故《憑依人間》が霊術を使えないのか、というのも分かっていないんだったな?」
「はい。憑依した霊が霊力を食ってしまう、思考力を持たないがゆえに使い方を忘れているなどの仮説はありますが……」

 そのウィリアムの言葉で、私は少しピンときたものがあった。

「昨日の敵は、その二つ目の仮説と共通する特徴があったかもしれません」
「何?」

 皆の視線がこちらに集まる。

「敵は途中まで霊術を使っていなかったんです。それが、トーマスさんを狙った時にいきなり《霊刃》を放って……」

 私の脳内にトーマスの見開かれた両目がありありと蘇った。
 身体が震える。

「リリーさん」
「リリー」

 両手をぎゅっと握られる。
 レイモンドとグレイスだ。

「私が説明しよう」
「お、お願いします」

 その場はグレイスに任せ、私はその場に腰を下ろした。

「大丈夫?」

 レイモンドが顔を覗き込んでくる。

「ええ」

 私は頷いてみせた。
 しっかりしろ。中身は三十後半だぞ。八歳児に心配されてどうする。

「敵は本部に向かおうとしたトーマスを追撃する時に初めて霊術を使った。それ以降は惜しみなく《霊弾》や《霊刃》を放ってきたな」
「それまでは使わなかったのに、一度遠距離攻撃のために使った後はどんどん使用した、と?」
「ああ。因みに霊術は触手ではなく人間の腕からだ」
「ふむ……」

 ウィリアムが顎に手を当てた。

「新種……って事ですかね?」

 ネイサンの呟きに答えられる者はいなかった。

 その場に沈黙が落ちる。

「これ以上は話しても無駄だろう」

 アンドリューが立ち上がった。

「今後暫くは街の警戒を強める。同時に同じような事例がないか、更に掘り下げて調べる必要もあるだろう。そっちはウィリアムに一任する。必要なら誰かに協力を頼め」
「はい」
「では、警備の者は現場に向かい、その他の者は解散!」
「はい!」

 大きな返事が響き、皆がぞろぞろと会議室を出て行く。
 私もレイモンドと並んで出ようとした時、前にアンドリューが立った。

「レイモンド」

 どうやら用事があるのは私ではないらしい。

「はい」
「お前、これからどこに住むつもりだ?」
「そこいらの空き家でも借りようかと」

 そういえば、レイモンドはまだ住む家が決まっていなくて、本部に寝泊まりをしていたな。
 両親と一緒ではないようだし。

「その事なんだが、昨日ソフィアを抱いていた男性を覚えているか?」
「はい」
「彼の名はマテオ・ホワイトといい、王家の分家のホワイト家の当主なんだが、君さえよければホワイト家に住まないか、と言っているんだ。実は今、別室に控えてもらっている」
「えっ」

 レイモンドの目が点になっている。
 マテオにしては珍しく強引に話を進めているような気がするのは気のせいだろうか。

「マテオの家は立派だ。君にとっても悪い話ではないだろう。取り敢えずは話してみてはくれないか?」
「はあ……分かりました」
「私も同席して良いですか?」
「ああ、構わん」

 私の申し出にも、アンドリューはあっさりと頷いた。
 こうしてレイモンドは流されるように、私は自主的にマテオのいる部屋へと向かった。



「やあ」

 マテオは私の姿を見ても大して驚かなかった。
 予想していたのだろうか。

「初めまして。レイモンド・テイラーと申します」
「これはどうもご丁寧に。マテオ・ホワイトだ。まあ、二人とも座りたまえ」

 マテオがソファーを示してくる。
 私とレイモンドは並んで腰掛けた。

「さて、早速本題に入ろう。アンディーから話は聞いていると思うが、レイモンド君。もし住まいを探しているなら、うちに住まないか?」

 アンディーとはアンドリューの事だ。

「とても有難いお話ですが、理由をお聞きしても宜しいですか?」
「ああ」

 マテオが人差し指を立てた。

「まず一つ。君は私の娘の命の恩人だ。一生かかっても返せないほどの音がある。まず、これだけでも十分すぎる理由だ」

 今度は中指が立てられる。

「二つ目。今回の異常事態を受けて、君のような優秀な人間がうちに居てくれるというのはとても安心だ。君とリリーちゃんがいれば大抵は問題ないだろう」

 薬指が立てられる。

「三つ目。これは余計なお世話かもしれないが、この街には君くらいの子供が少ない。だから、リリーちゃんとソフィアのような知り合いが近くにいる方が君にとっても良いのではないか、という事だ」

 最後は小指だ。

「最後に。ソフィアがもっと君と一緒にいたいそうだ。今も落ち込んではいるが、君とリリーちゃんの話をする時だけは少し元気そうだったしな」

 宙を見て目を細めた後、マテオが改めてレイモンドに向き直った。

「以上が君をうちに招く理由だ。どうだろうか?」
「……僕は低い身分の出身です。お世話になればホワイト家の名に傷がつくのではないでしょうか?」
「大丈夫だ。君は軍の正規隊員だし、いくらでも口実はある」
「僕は昨日娘さんを助けたというだけで、まだ安心出来る人間だとは決まっていないのではないですか?」
「君の事はアンディーが太鼓判を押している。私は彼を信じているから、問題ない」

 手持ちの札がなくなったのか、レイモンドが困ったような顔をこちらに向けてきた。
 特別嫌がっている訳ではなさそうだが、単純に気が引けるのだろう。

 レイモンドを助けるなら、これから思春期を迎える男女を一つの屋根の下で寝かせるというのはどうなのか、などと言っても良いが、生憎私にとってもレイモンドはホワイト家に住んでもらった方が良い。
 そっちの方が私がいない時もソフィアが安全だし、何より二人の恋路を近くで見守りたいからだ。
 ふふふふふ。

「えっと……リリーさん?」

 レイモンドが怪訝そうな顔を向けてくる。
 おっと、いけない。
 美形の少年少女の恋愛を想像してにやけてしまっていたようだ。
 一つ咳払いをして、私は口を開いた。

「うーん、私としてはレイがホワイト家にお世話になった方が良いと思うな。そうした方がソフィアが安全だろうし、あの子は私以外の子とあんまり関わりがないから、その意味でもね。あとは単純に私自身ももっとレイと話したいし」

 そう言えば、レイモンドは暫し考えるように下を向き、やがてマテオに向き直った。

「では、マテオさん。ご迷惑をお掛けしますが、お邪魔させていただいて宜しいですか?」
「勿論だ」

 マテオは即座に頷いて、レイモンドに手を差し出した。

「これから宜しく、レイモンド君」
「はい。お願いします」

 こうして、レイモンドはホワイト家に住む事になった。







 アンドリューと話があるというマテオと別れて、私とレイモンドは帰路に就いた。

「ねえ、どう思う?」

 本部を出て少しして、レイモンドが話しかけてきた。

「ホワイト家に住む話?」
「違うよ。昨日の奴についてさ。あれは本当に霊術の使える《憑依人間》だったと思う?」
「そんなの分からないよ。レイは何か思うところでもあるの?」
「突然変異か何かで新種の《憑依人間》が生まれたっていう可能性もあるけど……僕はあれが人工的に作られた可能性もあるんじゃないかと思っている」
「人工的って……」

 この子レイは何を言っているのだ。
 《憑依人間》を人工的に作るという事自体が、私にはどういう事なのか想像出来なかった。

「ごめん」

 レイモンドがポツリといった。

「ただの勘で、根も葉もない事だから忘れて」

 私には、レイモンドがただの勘でいったとは思えなかった。
 ただ、だとしても何といえばいいのか分からない。

 だから、私は話題を変えた。

「そういえばレイさ、昨日補助媒体なしで技発動させていたよね。先天性?」
「そうだよ」
「ああ、そうなんだ……ええ⁉」

 危ない危ない。
 あまりにもレイモンドが自然と肯定したため私も受け流すところだった。

「レイ、先天性自己完結霊能者なの⁉」
「うん。その反応だと、リリーさんは後天性?」
「そうよ……にしてもあんた、さらっと言ったわね」
「そんな威張る事じゃないから。僕が努力した訳じゃないしね」
「まあ、そうかもしれないけど、今のあんたは誇って良いくらい強いよ。剣さばきも凄かったし……あれ?」

 そこで私は異変に気付いた。

「レイ、昨日持っていた青い剣は?」

 私の前に飛び出してきた時、レイモンドは青い剣で触手を受け止めていたはずだ。

「ああ、これの事?」

 差し出されたレイモンドの手には、彼の小さな手に収まるほどの大きさの剣のミニチュアのようなものがあった。

「何これ?」
「見てて」

 レイモンドの手が発光し、次の瞬間には青い剣がそこに乗っていた。

「……ええ⁉」

 驚愕で思わず大声が出てしまった。
 光ったと思ったら巨大化するなんて誰も思わないじゃん。

「これ、《絶空ぜっくう》っていって、霊能具の一つだよ」
「これが霊能具かー」

 お初にお目にかかる霊能具をしげしげと眺めていると、目の前にずい、と差し出される。

「見てみる?」
「良いの?」
「うん。とはいってもただの剣と変わらないけど」

 受け取ってみる。軽い。

「これ、どうやって大きくしたの?」
「霊力を込めるんだ。霊力が切れれば自然と小さくなる。それはあと数分かな」
「なるほど……」

 レイモンドの言う通り、剣自体に特筆すべきところはなかったので、早々にレイに返した。

「でも、何で剣? 霊相手なら霊術使った方が安全じゃない?」
「まあ、そうなんだけどね。でもこれもただの剣じゃなくて霊能具だから、性能もそこそこあるんだ」
「性能? 特殊効果みたいな?」
「そう。これは霊力があるもの全般を斬りやすくなっているんだ。霊は勿論、霊術とか《憑依人間》の触手とかもね」
「なるほどね」
「これが結構助かっているんだ。僕防御系の技苦手だからさ。特に霊術使ってくる相手とかだと役立つんだよ」
「でも霊術使う相手ってそもそもあんまりいなくない?」
「えっ……あ、そっか。リリーさん、ずっとミネスに住んでるの?」
「そうだけど」
「ミネスは平和だけど、僕が住んでいたホルタンなんかは霊能犯罪者が何人もいたよ」
「あっ、そうなんだ」

 ホルタンはアイリア国の最西部にある街だ。

「というか防御技苦手って、《衝壁》使ってたじゃん」
「あれは攻撃技の応用みたいなものだから。純粋な防御技だったら《聖域》すらも怪しいレベルだよ」
「意外ね」

 話している感じ、勝手にオールラウンダーだと想像していたが、実は攻撃特化らしい。
 何か主人公っぽいな。
 というか、レイモンドが主人公じゃなかったらその主人公が可哀想になるような気がする。
 それほどこの少年は主人公気質な気がするのだ。

「リリーさん? 大丈夫?」
「えっ?」

 気が付けばレイモンドが顔を覗き込んでいた。
 妄想に耽ってしまったいたようだ。

「ああ、ごめん」

 私は慌ててレイモンドに意識を向けた。

 それから私達は、ホワイト家に着くまで他愛のない雑談に興じた。
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