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第一章

第105話 それぞれの友達① —ノア編—

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 ——期末テスト前最後の日曜日。
 僕はアッシャーとサミュエルとテオとともに、テオの実家であるフィリップス家に集まって勉強会をしていた。

 アッシャーとは前から話す仲だったし、サミュエルはジェームズ退学事件以降、テオともエリアを交えた初の顔合わせ以降はちょくちょく喋るようになっていた。
 テオとサミュエルが同じ部活だった事もあり、最近では四人でつるむ事も増えていて、テオが「ノアってただ頭いいだけじゃなくて、教えんのマジで上手いんだぜ」と言い出した事がきっかけで、今回の勉強会が企画された。

 場所がフィリップス家になったのには、深い理由はない。
 誰かの家に集まろうという話になり、全員の実家のちょうど中間あたりにあったため、会場に選ばれたというだけだ。

 フィリップス家は、テイラー家やブラウン家ほどではないものの、由緒正しき大貴族だ。
 家も、僕の実家やシャルの一人暮らしの家はもちろん、アローラの実家であるスミス家よりも大きかった。
 スミス家が新興貴族だからというのもあるんだろうけど。

「テオ様のご友人の方々ですね。本日はようこそお越しくださいました。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」

 出迎えの使用人も何人もいて、当然ながらテオは次期当主として敬われている。
 シャルも本来ならこんな扱いを受けられたのかな、なんてちょっと湿っぽい気持ちになったりもした。

 人の良さそうなテオの両親と挨拶を交わしたあと、すぐに勉強に取り掛かった。



「ノア君。俺たちは教えてくれてすごい助かってるけど、自分の勉強はしなくていいの?」

 皆の先生役をやっていると、ふとアッシャーが尋ねてきた。
 僕は指で丸を作ってみせた。

「大丈夫。一通りは終わらせたから。むしろ、教える過程で頭の整理とか復習できるから、こっちも結構助かってるよ」
「マジかよ」

 テオが大袈裟にのけぞった。

「エリアから聞いてるぞ。普段からシャーロットとイチャつきまくってんだろ? どうやって時間確保してんだよ」
「順番が違うよ、テオ。シャルと少しでもイチャつきたいから、勉強を最大限効率化して終わらせてるんだ」
「愛の力は無限大ってか」
「まさにその通り」

 僕は指を鳴らした。

「そこまで堂々と言われると、ムカつきもしねーな」

 サミュエルが呆れたように笑う。

「本当か? サム」
「……いや、やっぱりムカつく」

 テオにそそのかされて、サミュエルはすぐに手のひらを返した。

「手首折れるよ」
「安心しろ。まだ半回転だ」

 サミュエルがニヤリと笑って、手首をヒラヒラさせた。

「最大限に効率化って、具体的にノア君はどんなふうに勉強してるの?」

 アッシャーが尋ねてくる。

「いろいろ試した結果、僕にはポモドーロ法っていうのが向いてたかな。二十五分勉強して五分休憩するってのを繰り返すやつ」
「あぁ、なんか聞いた事はあるな」
「あれいいよ。肝は、中途半端でも絶対二十五分で一回区切る事ね」
「なぜだ? 一、二分で終わるなら、終わらせてしまった方が良くないか?」

 サミュエルの問いに、「僕もそう思ってた」と頷いてみせる。

「でもね、それが違ったんだ。締め切り効果って知ってる?」
「聞いた事はあるな。期日が迫ってくるとやらなきゃいけないって思って集中できる……みたいなものだったか?」
「そう。それと一緒で、二十五分で絶対に区切るって決めれば、擬似的に締め切りを作り出せるから集中力上がるし、もし終わらなかったら気になっちゃってすぐに勉強に戻れる。いい事ずくめなんだよ」
「なるほど……やはりノアはすごいな」

 サミュエルがしみじみと言った。

「どうしたの? 急に」
「いや、正直お前が覚醒してあの化け物を倒したって聞いた時、本当に悪いんだけど、ずるいって思ったんだ」

 あの化け物とは、ケラベルスの事だろう。

「ノアとはそこまで喋ってたわけじゃないが、頭と性格がいいのは知ってたし、顔も整ってるし、素の運動神経もいい。そいつが普通の覚醒どころかシャーロットやジェームズですら及ばないほど強くなったら、それこそ最強じゃんか。だから、それまでのお前のこれまでの苦労とかも大して考えずに、勝手に羨ましがってた。でも、お前はそうなれるだけの努力をしてきたんだな」
「それは買いかぶりだよ。今の実力も、色々な幸運が重なった結果だしね」

 サター星人との混血でなければ、きっと今ほどの力を得る事はできていない。
 今も複雑な心境ではあるけど、強さに一役買ってくれてるのは間違いない。

「でも君は、一番見捨てても文句を言われないはずのアローラさんすら助けようとしたじゃん」

 アッシャーが加わってくる。

「それに、君や他のD、Eランクの生徒たちの境遇を見て見ぬふりをしていた俺たちとも、こうして仲良くしてくれてる。本当にありがたいと思ってるし、そういうところが幸運を呼び寄せてるんじゃないかな」
「……テオ、助けて」
「そこで俺に振るなよ」

 むず痒くなってテオの背後に隠れれば、苦笑された。

「お前らのクラスの内情はよく知らねーけど、お前がサムやアッシャーにそう言われるくらいの事はやってきたって事だろ。自業自得だ、諦めろ。もちろんいい意味で、だけどな」
「いや、まあ、そうなのかもしれないけどさ……うん」
「なんなんだよ」

 三人に苦笑される。
 仕方ないじゃん。友達からそんなに真面目に褒められる事なんて、そうそうないんだから。

 謝罪されたならいくらでも返しようはあるけど、純粋に賛辞を送られてしまうと、どうしたらいいかわからなくなる。
 ……よし、逃げよう。

「いやまあ、認めてもらえるのはすごい嬉しいよ? けど、サミュエルの言葉がもはや告白みたいだったから、戸惑っちゃって」
「はっ?」

 サミュエルの目が点になった。
 いつも涼しい表情でいるから、彼の呆けた面は珍しいな。女の子たちがギャップ萌えしそうだ。

「たしかに、すごい褒めてたもんね」
「頭、顔、性格、能力全部に言及してたよな。確かにあれは告ってたわ」

 アッシャーとテオが乗っかってくれた。

「ちょ、ちょっと待てっ、俺は客観的事実を述べただけだ! ノアにはシャーロットがいるし、それに第一俺は同性愛者では——」
「ぶっ……あはははは!」

 泡食って必死に弁明をするサミュエルの姿に耐えきれず、僕は吹き出してしまった。
 テオも腹を抱えているし、アッシャーも朗らかに笑っている。
 サミュエルの顔が真っ赤に染まった。

「か、揶揄ったのかっ?」
「当たり前じゃんっ……! はぁ~……おもしろっ」
「必死だったなぁ」
「サミュエル君がこんなに取り乱しているの、初めて見たよ」

 サミュエルがふん、とそっぽを向いた。
 それから、赤らんだ顔のまま僕に鋭い視線を向けてくる。

「なら、ノアはシャーロットに告白した時も、そうやって色々なところを褒めながら気持ちを伝えたのか?」
「おっ、それ気になるな!」
「だね」

 テオとアッシャーまでこちらに矛先を向けてくる。

「テオ、もうサミュエルはイジらなくていいの?」
「イジりてえけど、それ以上にお前の恋バナが聞きてえ」
「アッシャー。サミュエルの取り乱したところ、もっと見たくない?」
「見たいけど、ごめん。それよりもノア君の話が聞きたい」
「なるほど。これが俗に言う、そして味方いなくなったってやつか」
「そして誰もいなくなった、みたいに言うな。さてノア、お前はどんなふうに告白したんだ?」

 三人がずいっと顔を近づけてくる。
 これは、言わなきゃダメなやつだな。

「言ってもいいけど、その前に約束してね。他には広めないっていうのと、これでシャルをイジらないって」
「当たり前だ。信頼を損なうような事はしない」
「俺も口は堅いぜ」
「俺もだよ。それに、シャーロットさんをイジる勇気はちょっと出ない」

 アッシャーの苦笑混じりの言葉に、テオとサミュエルが「違いねえ」「違いない」と口を揃えて同意した。
 最近仲良くしているとはいえ、彼らの中ではクールな生徒会長というイメージが抜けきっていないらしい。
 僕的には、そんなイメージかけらも残ってないけど。

「とはいっても、そんな大層な事は言ってないよ。普通に君の事が好きだ、付き合ってほしいって言っただけ」
「なるほど。直球だな」
「シンプル・イズ・ザ・ベストってやつか」
「結局そっちの方が男らしいみたいなところはあるよね」

 三人がうんうんと頷き合う。

「ごめんね。面白くなくて」
「いや、勉強になったよ」
「つってもまあ、俺らには実践の機会はねえだろうけどな」

 テオが苦笑した。

「えっ、何で?」
「それこそテイラー家とかブラウン家とかには及ばねえけど、俺らもそこそこの家柄ではあるからさ。婚約者は親が決めるんだ」
「そうなんだ……」

 なんか申し訳ないな。
 そう思うのも違うような気がするけど。

「そんな顔しないでよ。俺らはその分、いろいろ優遇されてるんだからさ。自分で言うのも何だけど」

 アッシャーが苦笑いを浮かべた。

「そういう事だ。だから別に、嫉妬したりはしない。ただその分、話は聞きたいと思いはする」
「サミュエルって結構恋バナ好きなんだね」
「健全な男子中学生に好きじゃない奴はいないだろ」
「まあ、それもそっか。アッシャーもムッツリスケベだしね」
「ちょっと待って。どこからそんな情報仕入れたの?」
「ここから」

 僕は自分の目を指さした。

「えっ、俺ってノア君からはムッツリスケベに見えてるの?」
「いや、清純そうだからこそっていうのあるじゃん」

 僕はシャルから言われた事を棚にあげた。

「あぁ、それはわかるわ」
「だが、そんな事を言ったらノアもそうだろう」

 サミュエルが鋭く指摘してくる。

「ふふふ、僕はガッツリスケべさ」
「「「ガッツリなんかい」」」

 同時にツッコまれた。

「じゃあ、もう最後までシてんのか?」
「ううん、まだだよ。ほら、そこは二人の歩幅があるからさ」

 次のシャルの誕生日までは意地でも耐えてみせると決めている。
 友人とはいえ、さすがにそこまでは言わないけど。

「テオ、これがモテる男の余裕だ」
「そうだよテオ君。ラブラブだからってすぐそういう事をするわけじゃないんだよ?」
「おいおい、昨日の敵は今日の友どころの話じゃねーな」

 テオの苦笑混じりの言葉に、「確かに」と笑い合う。
 そして僕たちは気づいた。いつの間にか結構な時間が経っている事に。

「……勉強すっか」

 というテオの一言で、勉強会は再開した。
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