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第一章
第99話 気付いてるんでしょ? 私がノアの事——
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「それじゃ、僕はそろそろ行こうかな」
お昼を少しすぎて、滞在しているカフェに空席が出始めてきた頃、ノアが席を立った。
「一度荷物を取りに帰ってくるのですよね?」
「うん。何時になるかはわからないけど、そんなに夜遅くにはならないようにするよ」
「夕食はどうしますか?」
「今日は実家で食べるよ」
なんか夫婦みたいな会話だな、とそばで聞いていたエリアは思った。
「わかりました。気を付けてください」
「頑張ってねー」
小さく手を上げたお姉ちゃんに続いて、エリアもぶんぶん手を振る。
「うん。二人も楽しんで」
ノアが半身で手を振りながら去っていく。
彼はこれから、WMUの見学に行くのだ。
何もなければ入るつもりだ、と彼は言っていた。
エリアは素直に尊敬の念を抱いていた。
探知や使い魔の使役など、小技は持っているとはいえ、戦闘能力の低いエリアがWMUに誘われる可能性は皆無。
同級生の中ではトップクラスの実力を持つお姉ちゃんだって、誘われる事は今後あるかも知れないが、特別待遇は受けないだろう。
それほど、WMUはノアの実力を買っているという事だ。
お姉ちゃんが、じっとノアの背中を見送っている。
「着いて行かなくていいの? お姉ちゃん」
揶揄い半分に尋ねてみると、お姉ちゃんはふるふると首を振った。
「お誘いを受けているのはあくまでノア君ですから。それに……たまにはエリアとも二人で過ごしたいですし」
「お姉ちゃん……!」
エリアは感極まった。
ここが公共の場でなければ、躊躇せず飛びついていただろう。
それから、二人は飲み物を追加注文して、さまざまな話をした。
お姉ちゃんの立場を考えると、家族の話や仕事の話はあまりできなかったが、そんなものに頼らなくとも、いくらでも話題はあった。
二人の間に沈黙が訪れたのは、ノアがいなくなって一時間以上が経過してからだった。
それも、話題がなくなったからではない。
「喋りすぎて喉乾いた」
「飲むのを完全に忘れていましたね」
お互い、ほとんど満タンのままだった飲み物をズゴーっと一気に飲み干す。
「話題は変わるけどさ、お姉ちゃんはノアとどこまでシたの?」
「なっ……!」
お姉ちゃんの頬が一瞬で真っ赤に染まった。
飲み物を飲んでいたら、間違いなくエリアの方に噴射していただろう。
「あれれ、その反応は~?」
「ち、違いますよっ、エリアが想像するような事はしていませんから!」
「なんだ、つまんない。でも、普通にイチャイチャはするんでしょ? キスとか」
「そ、それはまあ……」
お姉ちゃんは恥ずかしそうではあるが、同時に複雑そうな表情を浮かべた。
エリアを相手にノアについて話す時、エリアの前でノアと仲良くする時、彼女はいつもそういう表情を浮かべる。
(……やっぱり、今のうちに解消しておくべきだよね)
「それより、エリア——」
「お姉ちゃん」
鋭い口調で、おそらくは話題を変えようとしたお姉ちゃんを遮る。
「は、はい」
「気づいているんでしょ? 私がノアを好きな事」
「っ……!」
いきなり本題に切り込めば、お姉ちゃんは大きく目を見開いた。
その反応こそが、何よりの証拠だった。
「やっぱりね」
エリアが頬を緩めると、お姉ちゃんは気まずそうに目を逸らした。
「お姉ちゃん、私の目を見て」
お姉ちゃんはそろそろと顔を上げた。
お母さんに怒られるのを怯えている子供のような、泣きそうな表情だった。
エリアは思わず苦笑した。
「何か勘違いしてるみたいだけど、お姉ちゃんは何も悪くないからね」
お姉ちゃんが再び目を見開いた。
わかりやすいなぁ、とエリアも再び苦笑する。
「……ですが、エリアが色々なものに縛られている中で、私だけ好き勝手アプローチしてしまっていましたし……」
「それは普通だって。わざわざライバルにテンポを合わせる人なんていないから。それに私だって、別にしようと思えばアピール機会はいくらでもあったし」
エリアがノアを好きになる頃には、彼とお姉ちゃんは互いを異性として意識し始めていた。
だから、積極的にはいけなかったのだ。
「というかそもそも、お姉ちゃんが私の気持ちに気付いたのって、ノアとカップル同然のような生活をし始めてからでしょ?」
「それはまあ、そうですけど……」
おそらく、物理的にも精神的にもノアとの距離が縮まった事で心に余裕ができて、周囲に目を向けられるようになったのだろう。
エリアも自分が割って入る隙が完全になくなった事を理解してからは、ノアへの想いを抑えようとしていたが、無意識に出ている事はあっただろうし、なんなら抑えきれずに意識して出してしまう事もあった。
(お姉ちゃんは誰よりも私の事を理解している。気づかないはずがないよね)
「お姉ちゃんはただ好きな人にアタックしただけ。何も悪い事はしてないんだから、罪悪感を覚える必要なんてないよ。それに、もう心の整理はある程度ついているし、どのみち私じゃ結婚は無理だっただろうしね」
ノアがWMUに入って輝かしい功績でも上げたならわからないが、どれだけの実力があったとしても、テイラー家の次期当主がいち平民と結婚するわけにはいかない。
万が一ノアと両想いになれていたとしても、オリバーもギアンナもお付き合いを認めてはくれなかっただろう。
「全員のためにも、これでよかったんだよ」
エリアは微笑とともにそう言った。
姉に言い聞かせるように、それ以上に、自分自身に刻みつけるように。
「エリア……」
「だからさっ」
沈痛な面持ちのお姉ちゃんの手を、ぎゅっと掴む。
「絶対に幸せなままでいてよ。私が次のステップにちゃんと進めるように」
「……わかりました」
お姉ちゃんがゆっくりと、そして深く頷いた。
彼女はふっと自嘲気味の笑みを浮かべた。
「……本当に、エリアの方がお姉ちゃんかもしれませんね」
「ふふん、でしょ? では妹よ。私は汝に一緒にお花を摘みに行く事を要求する」
「お姉様の仰せのままに」
トイレは一つしか空いていなかった。
当然、お姉ちゃんに譲った。
————————
お読みいただきありがとうございます!
年末年始が想定以上の長さになってしまったのですが、次話で年末年始編は終わり、その次からはいよいよタイトル回収に差し掛かるので、今後とも本作品をよろしくお願いします!
また、近々現実世界に即した新作ラブコメの連載も始める予定なので、そちらもお楽しみに!
お昼を少しすぎて、滞在しているカフェに空席が出始めてきた頃、ノアが席を立った。
「一度荷物を取りに帰ってくるのですよね?」
「うん。何時になるかはわからないけど、そんなに夜遅くにはならないようにするよ」
「夕食はどうしますか?」
「今日は実家で食べるよ」
なんか夫婦みたいな会話だな、とそばで聞いていたエリアは思った。
「わかりました。気を付けてください」
「頑張ってねー」
小さく手を上げたお姉ちゃんに続いて、エリアもぶんぶん手を振る。
「うん。二人も楽しんで」
ノアが半身で手を振りながら去っていく。
彼はこれから、WMUの見学に行くのだ。
何もなければ入るつもりだ、と彼は言っていた。
エリアは素直に尊敬の念を抱いていた。
探知や使い魔の使役など、小技は持っているとはいえ、戦闘能力の低いエリアがWMUに誘われる可能性は皆無。
同級生の中ではトップクラスの実力を持つお姉ちゃんだって、誘われる事は今後あるかも知れないが、特別待遇は受けないだろう。
それほど、WMUはノアの実力を買っているという事だ。
お姉ちゃんが、じっとノアの背中を見送っている。
「着いて行かなくていいの? お姉ちゃん」
揶揄い半分に尋ねてみると、お姉ちゃんはふるふると首を振った。
「お誘いを受けているのはあくまでノア君ですから。それに……たまにはエリアとも二人で過ごしたいですし」
「お姉ちゃん……!」
エリアは感極まった。
ここが公共の場でなければ、躊躇せず飛びついていただろう。
それから、二人は飲み物を追加注文して、さまざまな話をした。
お姉ちゃんの立場を考えると、家族の話や仕事の話はあまりできなかったが、そんなものに頼らなくとも、いくらでも話題はあった。
二人の間に沈黙が訪れたのは、ノアがいなくなって一時間以上が経過してからだった。
それも、話題がなくなったからではない。
「喋りすぎて喉乾いた」
「飲むのを完全に忘れていましたね」
お互い、ほとんど満タンのままだった飲み物をズゴーっと一気に飲み干す。
「話題は変わるけどさ、お姉ちゃんはノアとどこまでシたの?」
「なっ……!」
お姉ちゃんの頬が一瞬で真っ赤に染まった。
飲み物を飲んでいたら、間違いなくエリアの方に噴射していただろう。
「あれれ、その反応は~?」
「ち、違いますよっ、エリアが想像するような事はしていませんから!」
「なんだ、つまんない。でも、普通にイチャイチャはするんでしょ? キスとか」
「そ、それはまあ……」
お姉ちゃんは恥ずかしそうではあるが、同時に複雑そうな表情を浮かべた。
エリアを相手にノアについて話す時、エリアの前でノアと仲良くする時、彼女はいつもそういう表情を浮かべる。
(……やっぱり、今のうちに解消しておくべきだよね)
「それより、エリア——」
「お姉ちゃん」
鋭い口調で、おそらくは話題を変えようとしたお姉ちゃんを遮る。
「は、はい」
「気づいているんでしょ? 私がノアを好きな事」
「っ……!」
いきなり本題に切り込めば、お姉ちゃんは大きく目を見開いた。
その反応こそが、何よりの証拠だった。
「やっぱりね」
エリアが頬を緩めると、お姉ちゃんは気まずそうに目を逸らした。
「お姉ちゃん、私の目を見て」
お姉ちゃんはそろそろと顔を上げた。
お母さんに怒られるのを怯えている子供のような、泣きそうな表情だった。
エリアは思わず苦笑した。
「何か勘違いしてるみたいだけど、お姉ちゃんは何も悪くないからね」
お姉ちゃんが再び目を見開いた。
わかりやすいなぁ、とエリアも再び苦笑する。
「……ですが、エリアが色々なものに縛られている中で、私だけ好き勝手アプローチしてしまっていましたし……」
「それは普通だって。わざわざライバルにテンポを合わせる人なんていないから。それに私だって、別にしようと思えばアピール機会はいくらでもあったし」
エリアがノアを好きになる頃には、彼とお姉ちゃんは互いを異性として意識し始めていた。
だから、積極的にはいけなかったのだ。
「というかそもそも、お姉ちゃんが私の気持ちに気付いたのって、ノアとカップル同然のような生活をし始めてからでしょ?」
「それはまあ、そうですけど……」
おそらく、物理的にも精神的にもノアとの距離が縮まった事で心に余裕ができて、周囲に目を向けられるようになったのだろう。
エリアも自分が割って入る隙が完全になくなった事を理解してからは、ノアへの想いを抑えようとしていたが、無意識に出ている事はあっただろうし、なんなら抑えきれずに意識して出してしまう事もあった。
(お姉ちゃんは誰よりも私の事を理解している。気づかないはずがないよね)
「お姉ちゃんはただ好きな人にアタックしただけ。何も悪い事はしてないんだから、罪悪感を覚える必要なんてないよ。それに、もう心の整理はある程度ついているし、どのみち私じゃ結婚は無理だっただろうしね」
ノアがWMUに入って輝かしい功績でも上げたならわからないが、どれだけの実力があったとしても、テイラー家の次期当主がいち平民と結婚するわけにはいかない。
万が一ノアと両想いになれていたとしても、オリバーもギアンナもお付き合いを認めてはくれなかっただろう。
「全員のためにも、これでよかったんだよ」
エリアは微笑とともにそう言った。
姉に言い聞かせるように、それ以上に、自分自身に刻みつけるように。
「エリア……」
「だからさっ」
沈痛な面持ちのお姉ちゃんの手を、ぎゅっと掴む。
「絶対に幸せなままでいてよ。私が次のステップにちゃんと進めるように」
「……わかりました」
お姉ちゃんがゆっくりと、そして深く頷いた。
彼女はふっと自嘲気味の笑みを浮かべた。
「……本当に、エリアの方がお姉ちゃんかもしれませんね」
「ふふん、でしょ? では妹よ。私は汝に一緒にお花を摘みに行く事を要求する」
「お姉様の仰せのままに」
トイレは一つしか空いていなかった。
当然、お姉ちゃんに譲った。
————————
お読みいただきありがとうございます!
年末年始が想定以上の長さになってしまったのですが、次話で年末年始編は終わり、その次からはいよいよタイトル回収に差し掛かるので、今後とも本作品をよろしくお願いします!
また、近々現実世界に即した新作ラブコメの連載も始める予定なので、そちらもお楽しみに!
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