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第一章

第76話 初詣

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 雑談をしたり軽くシャルとイチャついたり、親が学校に取りに行ってくれた冬休みの宿題をこなしていると、気がつけば大晦日になっていた。
 僕とシャルはともに検査で異常が見つかる事もなく、予定通り退院できた。

 大晦日と元旦は、家族水入らずの時間を過ごした。
 改めて僕のような、暴走したら周囲を更地にしてしまうような危険な存在を引き取ってくれた感謝を述べると、逆に「健やかに育ってくれてありがとう」とお礼を言われてしまった。
 ちょっと泣いた。

 二日間、学校の事や将来の事、そしてシャルの事など、本当に色々な話をした。
 記憶を取り戻した事で両親に対する感謝の念はますます強まったが、これまでよりも距離を縮められたとも思う。
 シャルと過ごす甘い時間とはまた違う、穏やかで楽しい日々だった。

 ただ、それでも二日ほど会っていないだけで、猛烈にシャルが恋しくなっていた。
 こんなので将来大丈夫なのかな、と不安になるが、それは一旦棚上げしておく事にする。
 なぜなら今日、一月二日は、僕ら家族にシャルを交えて初詣に行く約束をしているからだ。

 シャルは約束通り、昼過ぎにやってきた。
 姿が見えた瞬間、駆け寄って抱きしめたくなるが、両親の手前、それは自重した。

「シャル、あけおめことよろー」
「あけましておめでとう、シャーロットちゃん!」
「今年もよろしく頼むよ」

 僕、お義母さん、お義父さんの順で新年の挨拶をする。

「はい、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 まず両親に対して丁寧に挨拶を返した後、シャルは僕に向けてはにかみながら、

「あけおめことよろです、ノア君」
「っ~!」

 ……破壊力、やばっ。
 普段敬語で喋っているシャルのお茶目な一面に耐え切る事は、シャル欠乏症になっていた僕には無理な相談だった。
 両親の前にも関わらず、悶絶してしまう。

「こういうところはカミラに似たんだね」
「あらっ、恥ずかしいわ」

 僕をダシにして、両親がイチャつき始める。
 いつもならシャルの前でやめてくれ、と羞恥を感じるところだが、今だけは気を逸らしてくれてありがたかった。



「うん、いい感じよ!」

 僕の姿をまじまじと眺めて、お義母さんは満足げに頷いた。
 中学生にもなって親に着替えさせられるのは恥ずかしかったので、着物は教えてもらいつつ自分で着たが、髪はお義母さんに整えてもらっていた。

 両親もいるためデートと言えるのかはわからないが、初めてのシャルとの着物でのお出かけだ。
 少しでも格好よく決めたかった。

 そのシャルは、別室で着物に着替えている。
 最後に着付けの部分を確認した後、お義母さんは「シャーロットちゃんの様子を見てくるわね。楽しみにしていて!」とウキウキでリビングを出ていった。

「テンション高いなぁ、お義母さん」
「彼女の中では、もはやシャーロットちゃんは娘認定されているからね」

 お義父さんが苦笑している。
 二十分ほどすると、もう少しで完成だとお義母さんから報告があった。
 お義父さんは立ち上がった。

「私は車の準備をしてくるよ。ゆっくり来なさい」
「うん、ありがとう」

 優しい笑みで頷き、お義父さんはリビングを出ていった。

「シャル、どんな感じかな……」

 着用してからのお楽しみという事で、着物の色すらも聞いていない。
 髪色と同じで淡い色かな、いやでも、意外と派手めなものも似合うだろうなぁ……
 などと想像という名の妄想を膨らませていると、リビングの扉が開いた。

「し、失礼します……」

 最初に見えたのは、濃いピンクの髪飾りとそれと同色の帯、そして髪と同じ空色と淡いピンクの花柄の着物だった。
 
 シャルは最初は扉を閉めたまま背中を向けていたが、深呼吸をしてから、意を決したようにこちらを振り向いた。

「っ……!」

 その少し潤んだ瞳と紅潮した頬が目に入った瞬間、体中を電気が駆け巡ったような感覚がした。

 化粧の仕方などはよくわからない。
 しかし、いつもは可愛い成分強めのシャルが、今日は何だかとても女性的で色っぽい事だけはわかった。

 真っ先に褒めようと思っていたのに、息を呑んで見惚れてしまう。
 シャルもまた、僕を見たまま固まっていた。

「……綺麗」
「……格好いい」

 僕らは呟いたのは同時だった。
 顔を見合わせた後、またも同じタイミングで吹き出した。

 改めてシャルを観察する。
 笑って緊張がほぐれた事で、今度は自然と言葉が出てきた。

「うん。いつもよりぐんっと大人っぽさが増してる。本当に綺麗だよ、シャル」
「あ、ありがとうございますっ……」

 シャルが頬を染めてはにかみながらも、嬉しそうに笑った。
 それから、もじもじしつつも上目遣いで、

「ノア君もその、いつもより格好よくて、何というか……色気がやばいですっ……」
「おっふ……」

 童顔と言われる事の多い僕のどこに色気があるのかはわからないが、シャルの表情を見れば、本気で照れているのがわかる。
 彼女から色気があると言われるのはもちろん嬉しいけど、それ以上に恥ずかしい。
 まずいな、このままだと精神的にもたない。早く行こう。

「……あれ、そういえばお義母さんは?」
「先に車に乗っている、と」

 両親の前だと素直に褒めたりするのは恥ずかしいから、気を遣ってくれたんだろうな。
 お義父さんが先に出ていったのも、同じ理由だと思う。
 ありがたい事だ。

「あんまり待たせちゃ悪いし、僕らも行こっか」
「はい」

 僕が差し出した手に、シャルは笑顔で指を絡ませた。



 神社には十分ほどで到着した。
 四人で横一列に並ぶのは邪魔になる。
 前に両親、後ろにシャルと僕が並ぶ形だ。

 人がごった返しているので、はぐれないように握る手に力を込めると、シャルもぎゅっと握り返してきた。
 僕がさらに力を込めると、彼女も負けじと力を込めてくる。
 逆に弱めれば、向こうも弱める。
 ……こんなので幸せになれるんだから、僕ってちょろいんだろうな。

 自分のゾッコン具合に自分で呆れていると、賽銭さいせん箱にたどり着いた。
 混んでいるため、両親とは離れたところで二人並んで手を合わせる。

「何を願ったのですか?」

 賽銭箱から少し離れたところで、シャルが尋ねてきた。

「えっ? あぁ、今年は平穏に過ごせますようにって」

 シャルと一生笑い合っていられますように——。
 本当はそう願ったんだけど、嘘を吐いた。

 病室ではずっと一緒だったし、告白する前からカップルのような事をしていたので感覚がバグりそうになるが、僕らはまだ付き合って一週間かそこらなのだ。
 まだ、プロポーズまがいの事を口走る勇気はない。

「シャルは何を願ったの?」
「わ、私もノア君と同じ感じですよ。平和な一年になりますように、と」
「だよね」

 最初に少し言い淀んでいたし、今もシャルの頬が赤い気がするが、気のせいだろうか。

「お、お待たせしても悪いですし、早く合流しましょう」
「あっ、うん」

 シャルがぐいっと腕を引っ張ってきたため、聞きそびれてしまった。
 別に体調が悪いとかではなさそうだから、まぁいっか。



◇   ◇   ◇



 ノアの手を引いてカミラとマーベリックの元に向かいつつ、シャーロットは羞恥心と戦っていた。
 ……まさか、『ノア君と一生楽しく過ごせますように』と願っていた事など、言えるはずがない。

(ノア君は今年一年の平穏を願ったと言っていましたし、明らかに私、重いですよね……)

 そう悩むシャーロットには、実はノアがほとんど同じような内容を神様に願い、自分と同じように感じている事など、知る由もなかった。



 ノアとシャーロットはあまり人混みが得意ではなく、カミラとマーベリックも特段長居したいわけではなさそうだったので、適当に屋台を冷やかしつつ早々に帰宅した。

 夕食を食べた後は、まったりと四人で話をした。
 カミラとマーベリックはお酒を飲んでいた。

 食後数十分が経過してもお腹が膨れたままだったので、ノアに先にお風呂に入ってもらう。

「シャーロットちゃ~ん、お酒飲む~?」
「いえ、私は未成年なので……」
「そんなのいいからさ~」

 酔っ払ったカミラが、シャーロットに法律違反を犯させようとしてくる。

「カミラ、落ち着きなさい」

 カミラの暴走は、マーベリックによって止められた。
 彼も妻と同じくらい飲んでいるはずだが、顔色に変化はない。

 ノアはお酒はどうなのだろうか。
 イメージとしては強そうだが、案外すごく弱かったりするのかもしれない。
 そしたらすごく甘えてきたりして……、

(……って、私は何を考えているのですか! ご両親の前なのに)

 ふと視線を感じる。
 マーベリックが穏やかな表情でシャーロットを見ていた。
 妄想していた事を全て見透かされていたような気になり、シャーロットの染まりかけていた頬は完全に薔薇色になった。

「あー、シャーロットちゃん顔真っ赤~。ノアとのエッチでも考えてたでしょ~?」
「なっ……!」
「十五歳なら早すぎって事もないし、二人が望むなら——むぐっ」

 マーベリックがカミラの口を塞いだ。

「飲み過ぎだよ、カミラ。ほら、水」
「んん~、飲ませて~……」
「シャーロットちゃんの前でだらしない姿を見せるんじゃない。ほら、少し休んできなさい」
「はーい……」

 フラフラとした足取りで、カミラが寝室に消えていく。

「ごめんね。うちの妻は弱いくせに飲みたがるんだ」
「いえ、何だか幸せそうでした」
「まあ、泣いたり怒ったりする事はまずないからいいんだけどね」

 穏やかな表情で、マーベリックさんはお酒を口に含んだ。
 それから、ポツリとこぼした。

「ありがとう、シャーロットちゃん」
「ど、どうしたのですか? 急に」
「いや……ノアの秘密を知った上で一緒にいれてくれる子がいるとは、思っていなかったからね」
「最初に私の秘密を知った上で一緒にいてくれたのは、彼ですから」
「そうか」

 カミラとマーベリックには、すでに暴走障害の事も打ち明けていた。
 ノアがあれほど大きな秘密を打ち明けてくれたのだ。シャーロットが黙ったままでいる事は不公平だと思った。

「決して君の将来を縛るわけではないが……これからもノアと仲良くしてくれると嬉しい」
「それはもう、もちろんです」

 むしろ、拒否されても諦めてやるものか——。
 半分本気でそんな事を思いながら、シャーロットは頷いた。



 それから程なくして、ドライヤーの音がした。
 ノアが上がったのだ。

「シャーロットちゃん、入れそうならお先にどうぞ。私は酔いが覚めてから入るから」
「わかりました。ではお先に失礼します」

 シャーロットはお風呂に入る準備を始めた。
 今日は元から泊まるつもり、というか泊まる約束だったので、着替えも含めてお泊まりセットは一式持ってきている。

「ふうー、お先でしたー」

 ノアがリビングに入ってくる。
 何気なくそちらに目を向けて——シャーロットの視線は釘付けになった。

 冬とはいえお風呂上がり、そしてエアコンが効いている事もあり、ノアはパジャマのボタンを上から一つ外していた。
 そんな格好を見るのは初めてではない。
 しかし、露わになった鎖骨と服から覗く胸筋、そこに垂れる汗を見て、シャーロットは何だか官能的な気分になってしまった。

 凝視してしまっている自分に気づき、慌ててノアから目を逸らす。

「シャル、どうしたの?」
「ふえっ⁉︎ な、何でもありませんっ、お風呂お借りします!」

 近づいてくるノアから逃れるように、シャーロットは風呂場に逃げ込んだ。

 シャワーを浴びながら、少し落ち着け、と自分に言い聞かせる。
 今の自分は明らかに変だ。
 丸二日、ノアに会えなかった反動だろうか。

「……まあでも、決して悪い事ではありませんよね。それに、この後ノア君成分はたっぷり充電できるわけですし……」

 変な事だけはしないようにしようと心に決めて、シャーロットはお風呂から上がった。

 ——もっとも、その決心は、ノアと二人きりになってすぐに泡となって消えてしまう事になるのだが。
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