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第一章
第75話 病室での平和なひとときと、年始の約束
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「ただいまー」
元気な女の子の声。
読んでいた本から顔を上げると、予想通りエリアが入ってきた。
「おかえり。ここ、エリアの家じゃないけどね」
「おかえりなさい。ここ、エリアの家じゃありませんけどね」
ここはれっきとした病室だ。
「中身はともかく、テンションまで同じなのやめてくれない?」
僕とシャルの平坦な口調に、エリアが苦言を呈してきた。
「何読んでんの……って、同じ本じゃん」
「そ。読み終わったら貸そうか?」
「読めれば読むよ」
エリアがウインクした。
「行けたら行くの変化球ね。絶対に読まないやつじゃん」
「エリアは読書が好きではありませんからね。昔、私がどれだけ熱弁しても読んでくれませんでしたから」
シャルが不満そうに言った。
「人生の半分損してるね」
「いえ、七割と言っても過言ではないでしょう」
「間違いない」
僕とシャルは頷き合った。
「仲良いのはいい事なんだけど、二人揃って私の事をイジメるのは良くないと思いまーす」
「イジめてないよ。ね? シャル」
「はい。可愛がっているだけです」
「歪んだ愛っ……でもそれも悪くない……!」
エリアがくぅ、と噛みしめるように言った。
「……って、そんなのはいいや。今日は二人にすごい報告があるよ」
「ジェームズが退学になった事?」
「そうそうっ、意外ではないけどマジで衝撃だよね……えっ、知ってんの?」
エリアが拍子抜けしたような表情を浮かべた。
「うん。午前中に聞いた」
「誰に?」
「ムハンマドさんに」
「誰それ——」
エリアは怪訝そうに眉をひそめたが、すぐにその正体に思い当たったらしい。
「——って、ブラウン家の現当主じゃん! 何、ここまで訪ねてきたの⁉︎」
エリアがずいっと距離を詰めてくる。
僕とシャルが揃って首肯すると、エリアは「っはあー……」と息を吐いた。
「一昨日あたりからちょくちょくノアの名前は聞こえてきていたし、注目されているなとは思っていたけど、まさか病院にまで足を運んでくるとは……ケラベルスを倒してサター星の侵略を防いだっていうブランドは伊達じゃないね」
「えっ、何。もしかして僕、貴族界で噂になってるの?」
「噂どころか注目の的だよ。一人最高クラスの魔法師がいるかいないかで、貴族の力関係なんて簡単にひっくり返るからね。ワンチャン師匠より強い可能性すらあるノアが目をつけられるのは当然だし、あわよくばツバをつけておきたいって考えている派閥も多い……というかほとんどだと思う」
「うへぇ」
なんか、すごい面倒な事になっているみたい。
「苦虫を噛み潰したっていう表現がここまで合うのもなかなかないね」
エリアが僕を見て苦笑した。
「でも、多分そんなに接触はないと思うよ。味方に引き入れたい以上に敵対はしたくないから慎重になるだろうし、色仕掛けでもしてこようものなら、テイラー家に喧嘩を売るのと同義だからね……って、お姉ちゃん。落ち着いて。仮定の話だから」
わお、シャルから黒いオーラが漏れ出してる。
彼女は自らを落ち着かせるようにふぅ、と息を吐いた。
「すみません。ノア君が豊満な女性に迫られているところを想像したら、つい」
「大丈夫。お姉ちゃんもウエスト周りの美しさなら、誰にも負けないから」
「なるほど胸やお尻は魅力がゼロとそう言いたいのですかそう言いいたいのですねいいでしょう揉み潰してあげますよそんな脂肪の塊」
「おおっ、一息で言い切った……!」
「ちょ、感心してないで助けてよっ」
今にもシャルに襲われそうになっているエリアが、涙目で助けを求めてくる。
ごめん、エリア。無理。
だってシャル、修羅みたいなおっそろしい顔なんだもん。
「エリア。仲間になりましょう」
「待って待って、想像上のグラマラスな令嬢たちへの怒りを私にぶつけないで! 私、その人たちの代表を名乗れるほど巨乳じゃないし!」
「……確かに」
意外にあっさりとシャルは引き下がった。
エリアの胸も同級生の中では結構大きい方ではあると思うが、シャルはもっとすごいのを思い浮かべていたのだろう。
「それで納得されてもちょっと悔しいけど……」
言葉通り、エリアは少しだけ不満そうだった。
彼女はなんだか疲れた表情を向けてきた。
「ま、とにかくそういう事だからさ。ノアはあんまり気負いすぎないでいいと思うよ。テイラー家としても、変な虫が寄りつかないようにはするし」
「うん。ありがとう、エリア。おかげさまで心が軽くなったよ」
「いいって事よ。ノアは友達だしね」
エリアがウインクをした。
彼女にも色々助けてもらっている。
今度、シャルともども何かお礼をしよう。
「それに正直、ノアを囲い込めるのはテイラー家にとってもありがたいんだよね、これが」
そう言って、エリアが舌を出した。
本音でもあるのだろうが、僕があまり気負わなくていいように気遣ってくれたのだろう。
「うん、ありがと」
「はいよ」
「そういえばエリア。私たちが風邪で欠席という事は、みなさん信じていましたか?」
シャルが尋ねた。
事情が事情だけに、僕とシャルはただの風邪という事にしたのだ。
今日が終業式だったのも幸いした。
「うん。けど、クラスの皆はすごい二人の事を心配してたよ。アッシャーとかサミュエルとかに大丈夫なのかって聞かれたし。後はハーバーも」
「そっか」
何だかむず痒いな。
「反対に、レヴィとかイザベラあたりは居心地悪そうにそそくさと帰ってたな。アローラも休みだったしね」
「そうなの? 風邪?」
「体調不良らしいよ」
「仮にも彼氏だった男が退学になったのですから、出てきづらかったのかもしれませんね」
シャルがぶっきらぼうに言った。
「かもねー」
エリアがのほほんと同意した。
それから程なくして、イーサンを待たせているから、とエリアは帰っていた。
入れ替わりでハンナ先生がやってきて、退院予定日が大晦日になる事を知らせてくれた。
「大晦日か……シャルはどうするの?」
「一応テイラー家の長女ではあるので、年末年始は実家で過ごします。挨拶回りなどもあるので」
「そっか……一緒に年越したいなって思ってたけど、それなら無理そうだね」
残念だけど仕方がない。
「はい……ですがその、忙しいのは元旦だけですから、それ以降は空いてますよ」
シャルがこちらを窺うように見てくる。
その視線の意味がわからないほど僕は鈍くない。
「えっ、本当? じゃあさ、初詣とか行こうよ」
「もちろん」
「よしっ」
思わずガッツポーズをしてしまう。
落差があった分、喜びもひとしおだ。
それに、初詣であればシャルの浴衣姿も見れる。楽しみだなぁ、絶対似合うもん。
不意に、シャルが腰に抱きついてきて、顔を僕のお腹に埋めた。
まるで、僕の視線から逃れるように。
「シャル? どうしたの?」
「その、そんなに喜んでもらえるのは嬉しいのですが、少し恥ずかしいというか……」
「あぁ……」
子供のように喜んでしまった数秒前の自分を思い出す。
……うん、なかなかに恥ずかしい。
頬が熱を持つのがわかったので、万が一にもシャルが顔を上げてしまわないように、上から覆い被さるように抱きしめ返した。
「ノア君って、いい匂いしますよね」
「えっ、な、何? 急に」
「いえ、ふとそう思ったのです。何の匂いというわけでもありませんが、少なくとも、私にとってはすごく安心する匂いです」
「……そっか」
臭いと言われるよりは百倍マシだけど、恥ずかしいし少し官能的な気分になってくる。
いくらそういう事に寛容なシャルでも、腰に抱きつかれている今の状態で息子が起立してしまったら口を聞いてくれなくなりそうなので、僕はシャルの頭を撫でつつ下半身に熱が集まってしまわないように努めた。
エリアが来る前に昼食を食べていたという事もあるのだろう。
シャルはその姿勢のままウトウトし始めた。
腰に回されていたシャルの手から力が抜けたその瞬間、シャルの顔がずり落ちた。
——その着地点は、僕の局部だった。
「っ……!」
勢いはなかったため、痛みはない。
しかし、痛みがあった方が精神的にはマシだった。
しゃ、シャルの顔がそこにあるとか無理無理無理!
まだそういう経験のない僕には、強すぎる刺激だった。
すっかり寝入っているシャルを、起こしてしまわないように慎重に彼女の布団まで運ぶ。
気持ちを落ち着けるために横になってみるが、すっかり脳が興奮してしまっているのか、睡魔は一向に訪れなかった。
それどころか、じっとしていると変な想像を膨らませてしまいそうになるので、僕は両親から届けてもらった本の中から適当な一冊を手に取った。
そしたら、いつの間にか眠っていた。
本を抱いて眠ってしまったようで、頬についている本のカバーの跡をシャルに笑われた。
悔しかったので、頬にキスをしておいた。
さすがに痕はつけなかったけど。
元気な女の子の声。
読んでいた本から顔を上げると、予想通りエリアが入ってきた。
「おかえり。ここ、エリアの家じゃないけどね」
「おかえりなさい。ここ、エリアの家じゃありませんけどね」
ここはれっきとした病室だ。
「中身はともかく、テンションまで同じなのやめてくれない?」
僕とシャルの平坦な口調に、エリアが苦言を呈してきた。
「何読んでんの……って、同じ本じゃん」
「そ。読み終わったら貸そうか?」
「読めれば読むよ」
エリアがウインクした。
「行けたら行くの変化球ね。絶対に読まないやつじゃん」
「エリアは読書が好きではありませんからね。昔、私がどれだけ熱弁しても読んでくれませんでしたから」
シャルが不満そうに言った。
「人生の半分損してるね」
「いえ、七割と言っても過言ではないでしょう」
「間違いない」
僕とシャルは頷き合った。
「仲良いのはいい事なんだけど、二人揃って私の事をイジメるのは良くないと思いまーす」
「イジめてないよ。ね? シャル」
「はい。可愛がっているだけです」
「歪んだ愛っ……でもそれも悪くない……!」
エリアがくぅ、と噛みしめるように言った。
「……って、そんなのはいいや。今日は二人にすごい報告があるよ」
「ジェームズが退学になった事?」
「そうそうっ、意外ではないけどマジで衝撃だよね……えっ、知ってんの?」
エリアが拍子抜けしたような表情を浮かべた。
「うん。午前中に聞いた」
「誰に?」
「ムハンマドさんに」
「誰それ——」
エリアは怪訝そうに眉をひそめたが、すぐにその正体に思い当たったらしい。
「——って、ブラウン家の現当主じゃん! 何、ここまで訪ねてきたの⁉︎」
エリアがずいっと距離を詰めてくる。
僕とシャルが揃って首肯すると、エリアは「っはあー……」と息を吐いた。
「一昨日あたりからちょくちょくノアの名前は聞こえてきていたし、注目されているなとは思っていたけど、まさか病院にまで足を運んでくるとは……ケラベルスを倒してサター星の侵略を防いだっていうブランドは伊達じゃないね」
「えっ、何。もしかして僕、貴族界で噂になってるの?」
「噂どころか注目の的だよ。一人最高クラスの魔法師がいるかいないかで、貴族の力関係なんて簡単にひっくり返るからね。ワンチャン師匠より強い可能性すらあるノアが目をつけられるのは当然だし、あわよくばツバをつけておきたいって考えている派閥も多い……というかほとんどだと思う」
「うへぇ」
なんか、すごい面倒な事になっているみたい。
「苦虫を噛み潰したっていう表現がここまで合うのもなかなかないね」
エリアが僕を見て苦笑した。
「でも、多分そんなに接触はないと思うよ。味方に引き入れたい以上に敵対はしたくないから慎重になるだろうし、色仕掛けでもしてこようものなら、テイラー家に喧嘩を売るのと同義だからね……って、お姉ちゃん。落ち着いて。仮定の話だから」
わお、シャルから黒いオーラが漏れ出してる。
彼女は自らを落ち着かせるようにふぅ、と息を吐いた。
「すみません。ノア君が豊満な女性に迫られているところを想像したら、つい」
「大丈夫。お姉ちゃんもウエスト周りの美しさなら、誰にも負けないから」
「なるほど胸やお尻は魅力がゼロとそう言いたいのですかそう言いいたいのですねいいでしょう揉み潰してあげますよそんな脂肪の塊」
「おおっ、一息で言い切った……!」
「ちょ、感心してないで助けてよっ」
今にもシャルに襲われそうになっているエリアが、涙目で助けを求めてくる。
ごめん、エリア。無理。
だってシャル、修羅みたいなおっそろしい顔なんだもん。
「エリア。仲間になりましょう」
「待って待って、想像上のグラマラスな令嬢たちへの怒りを私にぶつけないで! 私、その人たちの代表を名乗れるほど巨乳じゃないし!」
「……確かに」
意外にあっさりとシャルは引き下がった。
エリアの胸も同級生の中では結構大きい方ではあると思うが、シャルはもっとすごいのを思い浮かべていたのだろう。
「それで納得されてもちょっと悔しいけど……」
言葉通り、エリアは少しだけ不満そうだった。
彼女はなんだか疲れた表情を向けてきた。
「ま、とにかくそういう事だからさ。ノアはあんまり気負いすぎないでいいと思うよ。テイラー家としても、変な虫が寄りつかないようにはするし」
「うん。ありがとう、エリア。おかげさまで心が軽くなったよ」
「いいって事よ。ノアは友達だしね」
エリアがウインクをした。
彼女にも色々助けてもらっている。
今度、シャルともども何かお礼をしよう。
「それに正直、ノアを囲い込めるのはテイラー家にとってもありがたいんだよね、これが」
そう言って、エリアが舌を出した。
本音でもあるのだろうが、僕があまり気負わなくていいように気遣ってくれたのだろう。
「うん、ありがと」
「はいよ」
「そういえばエリア。私たちが風邪で欠席という事は、みなさん信じていましたか?」
シャルが尋ねた。
事情が事情だけに、僕とシャルはただの風邪という事にしたのだ。
今日が終業式だったのも幸いした。
「うん。けど、クラスの皆はすごい二人の事を心配してたよ。アッシャーとかサミュエルとかに大丈夫なのかって聞かれたし。後はハーバーも」
「そっか」
何だかむず痒いな。
「反対に、レヴィとかイザベラあたりは居心地悪そうにそそくさと帰ってたな。アローラも休みだったしね」
「そうなの? 風邪?」
「体調不良らしいよ」
「仮にも彼氏だった男が退学になったのですから、出てきづらかったのかもしれませんね」
シャルがぶっきらぼうに言った。
「かもねー」
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「大晦日か……シャルはどうするの?」
「一応テイラー家の長女ではあるので、年末年始は実家で過ごします。挨拶回りなどもあるので」
「そっか……一緒に年越したいなって思ってたけど、それなら無理そうだね」
残念だけど仕方がない。
「はい……ですがその、忙しいのは元旦だけですから、それ以降は空いてますよ」
シャルがこちらを窺うように見てくる。
その視線の意味がわからないほど僕は鈍くない。
「えっ、本当? じゃあさ、初詣とか行こうよ」
「もちろん」
「よしっ」
思わずガッツポーズをしてしまう。
落差があった分、喜びもひとしおだ。
それに、初詣であればシャルの浴衣姿も見れる。楽しみだなぁ、絶対似合うもん。
不意に、シャルが腰に抱きついてきて、顔を僕のお腹に埋めた。
まるで、僕の視線から逃れるように。
「シャル? どうしたの?」
「その、そんなに喜んでもらえるのは嬉しいのですが、少し恥ずかしいというか……」
「あぁ……」
子供のように喜んでしまった数秒前の自分を思い出す。
……うん、なかなかに恥ずかしい。
頬が熱を持つのがわかったので、万が一にもシャルが顔を上げてしまわないように、上から覆い被さるように抱きしめ返した。
「ノア君って、いい匂いしますよね」
「えっ、な、何? 急に」
「いえ、ふとそう思ったのです。何の匂いというわけでもありませんが、少なくとも、私にとってはすごく安心する匂いです」
「……そっか」
臭いと言われるよりは百倍マシだけど、恥ずかしいし少し官能的な気分になってくる。
いくらそういう事に寛容なシャルでも、腰に抱きつかれている今の状態で息子が起立してしまったら口を聞いてくれなくなりそうなので、僕はシャルの頭を撫でつつ下半身に熱が集まってしまわないように努めた。
エリアが来る前に昼食を食べていたという事もあるのだろう。
シャルはその姿勢のままウトウトし始めた。
腰に回されていたシャルの手から力が抜けたその瞬間、シャルの顔がずり落ちた。
——その着地点は、僕の局部だった。
「っ……!」
勢いはなかったため、痛みはない。
しかし、痛みがあった方が精神的にはマシだった。
しゃ、シャルの顔がそこにあるとか無理無理無理!
まだそういう経験のない僕には、強すぎる刺激だった。
すっかり寝入っているシャルを、起こしてしまわないように慎重に彼女の布団まで運ぶ。
気持ちを落ち着けるために横になってみるが、すっかり脳が興奮してしまっているのか、睡魔は一向に訪れなかった。
それどころか、じっとしていると変な想像を膨らませてしまいそうになるので、僕は両親から届けてもらった本の中から適当な一冊を手に取った。
そしたら、いつの間にか眠っていた。
本を抱いて眠ってしまったようで、頬についている本のカバーの跡をシャルに笑われた。
悔しかったので、頬にキスをしておいた。
さすがに痕はつけなかったけど。
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