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第一章
第64話 ノアの秘密② —それでも僕は—
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「僕が消したんだ。研究者たちも、その研究者たちが拉致していた子供たちも、研究施設も——ちょうど、僕の事を助けようとして施設に乗り込んできていた両親もね」
「嘘っ……!」
あまりの衝撃に、シャーロットは二の句が継げなかった。
助かりたいという何ら罪のない想いが、実の両親を殺した。
そんな話、あっていいはずがない。
痛ましさ、やるせなさ、怒り……、
様々な感情がない交ぜとなり、涙という実態を伴ってあふれ出した。
「うっ……ひぐっ……!」
いくら鼻をすすっても目元を拭っても、涙は決壊したダムのように止まる事を知らないようだった。
「シャル、擦っちゃダメだよっ」
ノアが慌てた様子でタオルを持ってきてくれる。
(一番泣きたいはずのあなたが、なぜ気遣ってくれるのですか……!)
形容しがたい激情が迫り上がってきて、シャーロットは椅子に座ったまま、そばに立っていたノアの腰に抱きついた。
嗚咽が漏れる。
泣き止むまで、ノアはただ黙って頭を撫でてくれていた。
「収まった?」
「はい……」
十分ほどして泣き止んだシャーロットは、居心地の悪さを感じていた。
なぜ、話を聞いていただけの自分が、当事者であるノアに慰められているのだ。
普通、逆だろう。
「服も、すみません。汚くしてしまって……」
ノアの服のお腹の部分は、シャーロットの涙と鼻水でぐしょぐしょになっており、色濃く変色していた。
冬なのに、脱水症状になるかもしれない。
「ううん。昨日も言ったけど、シャルが僕のために怒ったり泣いたりしてくれるから、僕はいつも心に余裕が持てるんだよ。ありがとう、シャル」
「……はい」
シャーロットは視線を逸らした。
ノアの事になるとすぐに感情が揺れ動いてしまうのは、彼に惚れている証拠だ。
それを本人から指摘されるのは、さすがに恥ずかしい。
「……でも、無理はしないでくださいね。お話くらいならいつでも聞けますし、全部ちゃんと受け止めますから」
「うん、ありがとう。でも心配しないで。もうすっかり大丈夫……とはいかないけど、ある程度の踏ん切りはついているから。ただまぁ、当時は現実を受け入れられなくて、記憶と力を封印しちゃったけどね」
それはそうだ。
六歳の子供が、いくら自分が被害者だとはいえ、実の両親を含む大量の人間を殺したという事実を受け入れられるはずがない。
シャーロットなら、自殺していたかもしれない。
当時から、ノアは強かったのだ。
魔法だけでなく、精神も。
「いやぁ、シャルが殺される前に復活できて良かったよ。誰かを助けたいと思った時に封印が解けるようにしておいたんだけどさ。頭めっちゃ痛くて、一瞬気を失いかけたからね」
ノアがハハハ、と笑うが、シャーロットはとてもそんな気分になれなかった。
ノアは「助かりたいと思った時」ではなく、「誰かを助けたいと思った時」に封印が解けるように設定したと言った。
確かに、彼は自分が殺されそうになっても復活の素振りすら見せていなかった。
そういう設定にしたのはきっと、自分が助かりたいと願った結果が、両親の死に繋がってしまったから。
やるせない気持ちになるが、せっかくノアが軽い調子で話してくれているのだ。
その気遣いを無駄にするわけにはいかない。
「あの時は焦りましたよ。ノア君が壊れてしまったのではないかと」
「ごめんごめん」
ノアが頭を掻いて苦笑した。
「僕からの話はこんなものだけど……何か、聞きたい事とかある?」
そう問いかけてくる彼の表情からは、笑みが消え失せていた。
◇ ◇ ◇
「僕からの話はこんなものだけど……何か、聞きたい事とかある?」
とうとう話し終わってしまった。
自分でも、表情がこわばっているのがわかる。
おそらくはシャルも疑問に思っているはずだ。
なぜ、僕が自分にとって不利にしかならない事情を、誤魔化さずに全て打ち明けたのか。
聞かれれば、僕は答えなければならない。
そして、僕の答えに対するシャルの反応が、僕らの今後の関係を決めるのだ。
「では、一つお尋ねしますが——」
ドクン。
心臓が一際強く脈打った。
「——今のご両親とは、どのような関係なのですか?」
……あぁ、そっちか。
僕は思わず安堵の息を吐いてしまった。
「養父のマーベリックさんは、魔法こそ使えないけど、警察のお偉いさんなんだ。僕の本当のお父さんも警察官でさ。元々親交はあったんだよ。その事件もお義父さん——マーベリックさんが担当で、僕の事を気の毒に思って、全員死亡した事にして引き取ってくれたんだ。お義母さんともども、二人には感謝してもしきれないよ」
彼ら二人がいなければ、冗談抜きで僕は生きていなかったかもしれない。
「そうですね……」
シャーロットが感慨深げに頷いた。
「他にはある?」
「では……もう一つだけ」
シャルの表情が固くなった。
——あの問いが来る。
そう直感した。
「今の話は、ノア君にとっては不利になる材料ばかりです。それこそ、話す人によっては身の安全が脅かされるほどの……うまく誤魔化して伝える事だってできた。いえ、ノア君が平和な日常を望むなら、私相手であっても誤魔化して伝えるべき内容だったはずです。それなのになぜ、全て打ち明けてくれたのですか?」
これまでの話の核心を突く問いかけだった。
本当は答えたくなかった。
シャルがどんな反応をするのか。
大丈夫だと自分に言い聞かせても、どうしても良くない想像ばかりしてしまう。
でも、これからもシャルと一緒にいたいのなら、逃げてはいけない問いだ。
僕は、こちらを真っ直ぐに射抜くシャルの瞳を見つめ返しながら、答えを口にした。
「僕が、これからもシャルと一緒にいたいと思ったからだよ」
シャルが、ハッと目を見開いた。
「シャルの事を考えれば離れるべきなんじゃないかとも思ったけど、それは嫌だった。でも、隠したまま付き合っていく事なんでできない。だから全て打ち明けたんだ。迷惑だってかけるし、リスクも背負わせる事になるけど」
わかってる。
僕と一緒にいる事それ自体が、シャルの負担になってしまう事くらい。
それでも——、
「それでも僕は、シャルと一緒にいたい」
瞳を真ん丸にしたまま固まっているシャルに向かって、心の奥底からあふれてくる正直な想いをぶつけた。
「嘘っ……!」
あまりの衝撃に、シャーロットは二の句が継げなかった。
助かりたいという何ら罪のない想いが、実の両親を殺した。
そんな話、あっていいはずがない。
痛ましさ、やるせなさ、怒り……、
様々な感情がない交ぜとなり、涙という実態を伴ってあふれ出した。
「うっ……ひぐっ……!」
いくら鼻をすすっても目元を拭っても、涙は決壊したダムのように止まる事を知らないようだった。
「シャル、擦っちゃダメだよっ」
ノアが慌てた様子でタオルを持ってきてくれる。
(一番泣きたいはずのあなたが、なぜ気遣ってくれるのですか……!)
形容しがたい激情が迫り上がってきて、シャーロットは椅子に座ったまま、そばに立っていたノアの腰に抱きついた。
嗚咽が漏れる。
泣き止むまで、ノアはただ黙って頭を撫でてくれていた。
「収まった?」
「はい……」
十分ほどして泣き止んだシャーロットは、居心地の悪さを感じていた。
なぜ、話を聞いていただけの自分が、当事者であるノアに慰められているのだ。
普通、逆だろう。
「服も、すみません。汚くしてしまって……」
ノアの服のお腹の部分は、シャーロットの涙と鼻水でぐしょぐしょになっており、色濃く変色していた。
冬なのに、脱水症状になるかもしれない。
「ううん。昨日も言ったけど、シャルが僕のために怒ったり泣いたりしてくれるから、僕はいつも心に余裕が持てるんだよ。ありがとう、シャル」
「……はい」
シャーロットは視線を逸らした。
ノアの事になるとすぐに感情が揺れ動いてしまうのは、彼に惚れている証拠だ。
それを本人から指摘されるのは、さすがに恥ずかしい。
「……でも、無理はしないでくださいね。お話くらいならいつでも聞けますし、全部ちゃんと受け止めますから」
「うん、ありがとう。でも心配しないで。もうすっかり大丈夫……とはいかないけど、ある程度の踏ん切りはついているから。ただまぁ、当時は現実を受け入れられなくて、記憶と力を封印しちゃったけどね」
それはそうだ。
六歳の子供が、いくら自分が被害者だとはいえ、実の両親を含む大量の人間を殺したという事実を受け入れられるはずがない。
シャーロットなら、自殺していたかもしれない。
当時から、ノアは強かったのだ。
魔法だけでなく、精神も。
「いやぁ、シャルが殺される前に復活できて良かったよ。誰かを助けたいと思った時に封印が解けるようにしておいたんだけどさ。頭めっちゃ痛くて、一瞬気を失いかけたからね」
ノアがハハハ、と笑うが、シャーロットはとてもそんな気分になれなかった。
ノアは「助かりたいと思った時」ではなく、「誰かを助けたいと思った時」に封印が解けるように設定したと言った。
確かに、彼は自分が殺されそうになっても復活の素振りすら見せていなかった。
そういう設定にしたのはきっと、自分が助かりたいと願った結果が、両親の死に繋がってしまったから。
やるせない気持ちになるが、せっかくノアが軽い調子で話してくれているのだ。
その気遣いを無駄にするわけにはいかない。
「あの時は焦りましたよ。ノア君が壊れてしまったのではないかと」
「ごめんごめん」
ノアが頭を掻いて苦笑した。
「僕からの話はこんなものだけど……何か、聞きたい事とかある?」
そう問いかけてくる彼の表情からは、笑みが消え失せていた。
◇ ◇ ◇
「僕からの話はこんなものだけど……何か、聞きたい事とかある?」
とうとう話し終わってしまった。
自分でも、表情がこわばっているのがわかる。
おそらくはシャルも疑問に思っているはずだ。
なぜ、僕が自分にとって不利にしかならない事情を、誤魔化さずに全て打ち明けたのか。
聞かれれば、僕は答えなければならない。
そして、僕の答えに対するシャルの反応が、僕らの今後の関係を決めるのだ。
「では、一つお尋ねしますが——」
ドクン。
心臓が一際強く脈打った。
「——今のご両親とは、どのような関係なのですか?」
……あぁ、そっちか。
僕は思わず安堵の息を吐いてしまった。
「養父のマーベリックさんは、魔法こそ使えないけど、警察のお偉いさんなんだ。僕の本当のお父さんも警察官でさ。元々親交はあったんだよ。その事件もお義父さん——マーベリックさんが担当で、僕の事を気の毒に思って、全員死亡した事にして引き取ってくれたんだ。お義母さんともども、二人には感謝してもしきれないよ」
彼ら二人がいなければ、冗談抜きで僕は生きていなかったかもしれない。
「そうですね……」
シャーロットが感慨深げに頷いた。
「他にはある?」
「では……もう一つだけ」
シャルの表情が固くなった。
——あの問いが来る。
そう直感した。
「今の話は、ノア君にとっては不利になる材料ばかりです。それこそ、話す人によっては身の安全が脅かされるほどの……うまく誤魔化して伝える事だってできた。いえ、ノア君が平和な日常を望むなら、私相手であっても誤魔化して伝えるべき内容だったはずです。それなのになぜ、全て打ち明けてくれたのですか?」
これまでの話の核心を突く問いかけだった。
本当は答えたくなかった。
シャルがどんな反応をするのか。
大丈夫だと自分に言い聞かせても、どうしても良くない想像ばかりしてしまう。
でも、これからもシャルと一緒にいたいのなら、逃げてはいけない問いだ。
僕は、こちらを真っ直ぐに射抜くシャルの瞳を見つめ返しながら、答えを口にした。
「僕が、これからもシャルと一緒にいたいと思ったからだよ」
シャルが、ハッと目を見開いた。
「シャルの事を考えれば離れるべきなんじゃないかとも思ったけど、それは嫌だった。でも、隠したまま付き合っていく事なんでできない。だから全て打ち明けたんだ。迷惑だってかけるし、リスクも背負わせる事になるけど」
わかってる。
僕と一緒にいる事それ自体が、シャルの負担になってしまう事くらい。
それでも——、
「それでも僕は、シャルと一緒にいたい」
瞳を真ん丸にしたまま固まっているシャルに向かって、心の奥底からあふれてくる正直な想いをぶつけた。
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