上 下
57 / 132
第一章

第57話 匂い

しおりを挟む
「ん……」

 手をかざして薄目を開ける。
 朝の日差しが眩しい。

 目が慣れてくると、シャーロットは違和感を覚えた。
 景色がいつもと違う。
 少しして、ノアのベッドで寝ていた事を思い出す。

(このベッドと布団、いつもノア君が使っているんですよね……)

 今更ながら羞恥心を感じつつ、何気なく寝返りをうち、

「っ~!」

 心臓が跳ねた。
 目と鼻の先に、見慣れたカラメル色があった。

(えっ、なっ、なぜノア君が私と同じベッドに⁉︎)

 シャーロットはパニックに陥った。

「おはよう、シャル」
「ひゃうっ!」

 突然ノアの声が聞こえて、シャーロットは悲鳴を上げてしまった。

「あ、あのっ、ノア君! こ、この状況は一体——」
「落ち着いて。何もしてないから。夜中の事、覚えてない?」
「よ、夜中……? あぁ……」

 徐々に記憶が鮮明になっていく。
 そうだ。ケラベルスに殺されそうになる夢を見て、それで怖くなってしまい、シャーロットは自らノアに添い寝を要求してしまったのだ。

「はぅ……!」
「思い出したみたいだね」
「はい……ご迷惑をおかけしました……」

 シャーロットは消え入りそうな声で謝った。

「別に謝らなくていいよ。まぁ、何もしなかった僕には感謝してほしいけどね」
「はい……」

 シャーロットは羞恥に耐えきれず、布団に顔を埋めた。
 ノアがベッドから降りる気配がする。

「ちょうどいいや。僕、今から着替えるから、そのままでいて」
「わかりました……」

 そう答えつつも、ちょっとだけなら盗み見てもバレないのではないか、というイタズラ心が頭をもたげた。
 ノアは華奢だが、胸筋などは意外としっかりついているのだ。

(腹筋とかも割れているのでしょうか……って、な、何を考えているのですか私は!)

 自分が変態チックな事を考えていた事に気づき、シャーロットは再び赤面した。
 より一層、布団に顔を押し付ける。

 すると、当然の事ながら、持ち主の匂いがより強く鼻腔をくすぐる。
 何度もハグをしているため、ノアの匂いは覚えていた。
 ノアに包まれているようだ……などと考えてしまい、シャーロットは更なる羞恥心にさいなまれた。

「シャル、もういいよー……シャル?」
「だ、大丈夫ですので、お気になさらずっ」

 近づいてくるノアを、顔を隠したまま手で制す。

「そう? ならいいけど……もうすぐお義母さんが制服持ってくるから、ちょっと待ってて」

 ノアは、欠伸しつつ部屋を出ていった。

「ふう……」

 このままでは色々とよろしくないと思い、シャーロットは布団から離れた。
 窓から顔を出してそよ風と朝日を浴びていると、だいぶ気分も落ち着いた。

 ノアが出て行ってから少しして、カミラが制服を持ってきてくれる。

「はい。ちゃんと乾いているわよ」
「すみません。わざわざありがとうございます」
「お客さんなんだからいいのよ。それより大丈夫? うちのノアが変な事しなかった?」
「っ……!」

 何気ない——おそらくはただの軽口だったのだろう——カミラの問いかけに、シャーロットは動揺してしまった。
 カミラがニマニマと笑みを浮かべ、口元に手を当てた。

「あら~?」
「ち、違います! ノア君は何もしていませんっ!」

 シャーロットはブンブンと手を横に振った。

「ただ、私が少し……あぁ、でもっ、決して変な事では——」
「あらっ? ノアが嫌がらなければ、別に変な事をしちゃってもいいのよ。あの子は可愛いもの。気持ちはわかるわ」
「そうなんですっ。ノア君は可愛いのです——って、そうではなく、本当に変な事はしていませんっ!」
「わかってるわよ。落ち着いて、シャーロットちゃん」

 カミラが苦笑した。

「はぅ……」

 シャーロットは羞恥で真っ赤になった。
 何回赤面したら気が済むのですか、と思わず自分にツッコんでしまう。

「シャーロットちゃん」

 不意に、カミラの声色が真剣味を帯びた。

「はい……?」
「二人がしっかり考えて決めた事なら、私たちは反対しないわ。ただ、一つだけ約束して欲しいの」
「何でしょう?」
「恩義や同情なんかでお付き合いするのだけはやめて欲しいのよ。うちは基本的にはノアに任せるけど、ノアの事をちゃんと愛してくれている人じゃないと認めないから」
「は、はあ……」

 シャーロットは困惑した。
 突然、何を言い出すのだろう。
 そもそも、カミラはシャーロットがノアの事を好きであると一発で見抜いた張本人であるのに。

 カミラがふっと口元を緩めた。

「ごめんなさい。変な事を言ってしまったわね。早く着替えてらっしゃい。皆で食べた方が美味しいから」

 それだけ言い残すと、カミラはそそくさと部屋を出ていった。
 疑問は深まるばかりだったが、お待たせしても良くないので、シャーロットは手早く制服に着替えて階段を降りた。



 学校はとても人が入れる状態ではないため、魔法師養成高校第一中学校の生徒とその保護者は、国際魔法連合——WMUの支部に集められた。
 特定来訪区域にサター星の刺客を誘導できず、生徒の中から死者を出してしまった事に関して、WMUから説明と謝罪があった。
 保護者席からは怒声も飛び交ったが、幸いにして、暴力や魔法に訴える者はいなかった。

 それが終わると、今度は各クラスごとに集められた。
 クラスメートは皆、ノアとシャーロットを見ると気まずそうに目を逸らした。

 故意かそうでないかは別として、彼らはダーナスの群れに囲まれる二人を見捨てたのだ。
 普通の感性を持ち合わせているのならば、平然と接する事はできないだろう。

 しかし、その中で一人だけ、余裕の表情を浮かべる男子生徒がいた。
 本来なら一番慌てていてもおかしくないはずの、ジェームズ・ブラウンだった。

 いくらアローラを助けるという名目があったとはいえ、彼はノアを囮として使った。
 人道的に決して許される事ではないし、その事実が露見すれば、まず間違いなく退学処分にはなるだろう。
 そんな危機的状況にも関わらず、彼からは緊張というものが読み取れなかった。

「ノア君」
「うん。何か仕掛けてくるつもりなのか、あるいは仕掛け終わった後かもね」

 ノアも、ジェームズの様子がおかしい事には気づいていたようだ。

「でも、どのみち告発はするよ」
「えぇ、当然です」

 担任からより詳しい話を聞かされる。
 話が終わると、担任は生徒に意見を募った。

 手を挙げたのは、ノアのみだった。

「ノア君。どうぞ」
「はい。昨日、僕はジェームズ君により囮に使われ、危うくダーナスに殺されるところでした。彼に対し、厳正な調査と処罰を望みます」
「なっ……!」

 担任、そして各教室に一人ずつ派遣されているWMUの職員が目を見開いた。
 保護者席もざわついている。

 ジェームズは……芝居がかった驚愕の表情でノアの事を見つめていた。
 やがて、その表情はゆっくりと、何かを悟ったような笑みに変わっていく。
 口元を緩めたまま、彼は言った。

「おいおい、ノア。覚醒した今なら皆を騙せるって思ってるのかもしれねえが、さすがにその作り話は笑えねえな——」

 ジェームズは、一層笑みを深めて続けた。

「——いくら、俺に彼女を取られたのが悔しかったからってよ」

 俺は無実だ。だから余裕だぜ——。
 そんな言葉でも聞こえてきそうな笑みだった。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...