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第一章

第55話 ノア、シャーロットを招く

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 エブリン先生が言っていたように、詳しい事情の説明や聞き取りは明日行われる事になったため、僕らはそのまま帰宅した。
 エリアがテイラー家に直帰する中、僕はシャルを家に誘った。

「シャル。この後うちに来ない?」
「えっ……いきなりはご迷惑ではないですか?」
「まさか。今日は何となく一緒にいて欲しくてさ……ダメかな?」

 シャルの事が心配だったし、一緒にいたいと思ったのも事実だった。
 シャルは頬を赤く染め、視線を逸らして、

「ダメではありませんけど……」

 と呟いた。

「よしっ、じゃあ行こう」
「あの、本当に迷惑ではないのですか?」
「大丈夫だって。むしろ感謝だよ。多分、シャルを一人で帰らせてたら、こんな時に女の子を一人にするんじゃないーって、両親に怒られてたと思う」
「英才教育ですね」

 シャルが頬を緩めた。
 おそらく、冗談として受け取っているのだろう。
 割と本気なんだけどな。

 イーサンに送ってもらって、家に到着する。

「ただいまー。シャルを連れてき——ぶほっ!」

 玄関を開けた瞬間、家の中から飛び出してきた何かに飛びつかれた。
 義母のカミラだった。

「お、お義母さんっ?」
「良かったっ……ノア、無事だったのねっ……!」

 カミラは泣いていた。
 明るくてどこか飄々ひょうひょうとしている義母のそんな姿は初めてだった。

 自分の無事をこんなにも喜んでくれる人がいるなんて、嬉しいな。
 鼻の奥がツンとする。
 僕はお義母さんを抱きしめ返し、その肩に顔を埋めた。

「お義母さん、僕は無事だよ」

 背中をポンポンと叩くと、僕を抱きしめるお義母さんの腕に、より一層力が入った。
 少し苦しかったけど、僕は何も言わなかった。

 お義母さん以外にも、すすり泣く声が聞こえる。
 シャルが、必死に目元を拭っていた。

「えっ、ちょ、何でシャルまで⁉︎」
「す、すみませんっ。何だか感動してしまってっ……!」
「あぁ、こすっちゃダメだよっ」

 それから女性二人が泣き止むまで、およそ十分の時を要した。



「女を二人も同時に泣かせるなんて、ノアは悪い子だわ。ねぇ、シャーロットちゃん」
「はい。彼はいつも悪いのです」

 泣き止んだかと思えば、お義母さんとシャルは二人して僕を悪者にし始めた。
 照れ隠しの冗談だとわかっているから、何だか微笑ましい。

「ノア、生意気な目をするじゃない」
「えっ? そ、そんな事ないよ」

 図星を差されて、僕は慌てて首を横に振った。

「カミラさん。彼の夕飯にたっぷりとキノコを入れましょう」
「さすがシャーロットちゃん、いいアイデアだわ」
「ちょ、待って! 謝るからっ、それだけは勘弁して!」

 好き嫌いは多くないが、キノコ類だけは例外だった。
 あれは食べ物ではない。あんなものが入っていたら、楽しみなはずの夕食が拷問ごうもんになる。

 本気で焦っている僕をみて、二人は満足そうな笑みを浮かべた。
 何だか釈然しゃくぜんとしないが、二人の距離が縮まっている気がするからまあいいいか。

 これなら、シャルと結婚できたとしても、嫁姑問題に悩まされる事はなさそうだ。



 それから少しすると、義父のマーベリックが帰ってきた。
 いつもより早い帰宅だった。

「お義父さん、お帰り」
「お邪魔しています」

 僕とシャルの姿を認めると、お義父さんは相好を崩した。

「ただいま、ノア。いらっしゃい、シャーロットさん。二人とも、元気そうで何よりだ」

 カミラのように感情を爆発させる事はない。
 それでも、無事を喜んでくれているのは伝わってきた。

「お帰りなさい。お仕事お疲れ様、あなた」
「ありがとう。ただいま、カミラ」
「相変わらずあなたは冷静ねぇ。私なんて、年甲斐もなく泣いちゃったわよ」
「男はいつだって格好つけたいものだからね」
「あら、あなたはいつだって格好いいわよ?」
「そういう君も、いつも可愛いよ」
「あらやだ」
「シャルもいる時に、ナチュラルにいちゃつかないでもらっていい?」

 空気が甘ったるい。
 無自覚にいちゃつくんだよね、この人たち。

「ハハハ、ごめんごめん」
「確かに恥ずかしいわよねぇ~」

 お義父さんは笑いながら、お義母さんは他人事のように謝ってくる。
 うん、全く悪いと思ってないな、この人たち。

「ごめんね、シャル。ちょいちょい居心地が悪くなるかもしれない」
「いえ、大丈夫ですよ。それに、ノア君のずるさの原因がわかって良かったです」
「えっ、どういう事?」
「さあ、どういう事なのでしょう?」

 シャルがすっとぼけて首を傾げた。
 流し目でこちらを見てくる彼女は大変可愛らしくて、思わず頭を撫でそうになる。
 両親がいる手前、何とか堪えた。



 和やかな夕食も終え、シャルが風呂に入っている時、僕は両親に声をかけた。

「お義母さん、お義父さん。話があるんだけど、ちょっといいかな?」
「何かしら?」
「もちろん、いいよ」

 食卓を囲む。
 僕の正面に二人が座る形だ。

「単刀直入に言うと……僕、封印が解けたんだ」

 二人とも、ハッと目を見開いた。
 彼らは、僕が記憶と能力を封印していた事、サター星人の血が混じっている事、そして幼少期に何があったのか。
 全て知っているのだ。

「……思い出したのか」
「うん。一気に思い出そうとすると頭がショートしちゃうから、少しずつだけどね」
「そうか……」

 二人とも、言葉が見つからないようだった。
 僕は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。

「お義母さん、お義父さん。ありがとう。こんな僕を引き取って、これまで育ててくれて」
「何言ってるのよ。そんなの当たり前じゃない」

 お義母さんがふっと微笑んだ。

「でも、僕は——」
「ノア」

 お義父さんの柔らかい声が、僕を遮った。

「過去は過去だし、あの事件に関して君には何の責任もない。私たちは君が優しい子だと知っていたし、自分たちの子供にしたいと思ったから引き取ったんだよ。だから、君が負い目や罪悪感を覚える必要はないんだ」

 ……あぁ、バレてるんだ。僕の心の中なんて。
 自分を理解して受け入れてくれている事が嬉しい。
 自然と、涙が溢れてきた。

「うっ、ひぐっ……!」

 抑えようとしているのに、嗚咽おえつが漏れてしまう。

「あらあら、ノアは私に似て泣き虫さんねえ」

 お義母さんが優しく頭を撫でてくれる。

「大丈夫よ。何があってもあなたはうちの子で、私たちはあなたの味方だから」
「うんっ……!」

 やめて。これ以上優しくされたら、涙が止まらなくなっちゃうから——。



 幸い、シャルが風呂から上がる前に、僕は泣き止んだ。

諸々もろもろ、シャーロットさんには打ち明けるのかい?」
「うん、そのつもり」

 僕はお義父さんの確認に、頷いた。

「思い出しちゃった以上、隠したまま付き合うなんてできないからね」
「そうか。ノアがそう判断したなら、私たちは反対しないよ。頑張りなさい」
「無事お付き合いできた暁には、お母さん赤飯を炊いちゃうからねっ」
「ありがとう。お義父さん、お義母さん」

 感傷的になっているのだろう。
 また目尻が熱くなるが、今度は何とか堪える事ができた。

「あっ、そうそう」

 お義母さんが思い出したように手を叩いた。

「ノア。今日はシャーロットちゃんには泊まってもらうのよね?」
「うん」

 お茶をすすりながら頷く。

「部屋数少ないから、ノアの部屋に泊めてあげてね~」
「……えっ?」

 僕は、湯呑みを手に持ったまま静止した。
 ……今、なんて?
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