上 下
54 / 132
第一章

第54話 シャルの検査

しおりを挟む
 ルーカスさんが、シャルを背負って空を飛んでいく。
 僕とエリアは、エリアが呼んだ執事さんの車で病院に向かった。

 ルーカスさんは待合室にいた。
 シャルはまだ検査中だと言う。

「この検査に引っ掛からなければ、大丈夫なんですか?」

 待合室に設置されている背もたれのないベンチに座るなり、エリアがルーカスに尋ねた。

「絶対とは言えないがな。どんな高度な治癒魔法でも、そいつの魔法構造まで治せねえ事は知ってんだろ」
「はい」

 僕とエリアは頷いた。
 魔法構造は、内臓の制御や血液の循環などを司る、生命活動の根幹だ。
 そこに他人の手が加わると拒否反応が起き、双方が大きなダメージを被る事になり、最悪死に至る。
 心中に使われた事例だってあるほどだ。

「だが、いくら【統一とういつ】が体を酷使するからといって、普通は魔法構造自体まで傷つく事はねえ。せいぜい繊維や筋肉、骨の損傷程度だろう。それに、できるだけ細部まで診てもらうように頼んでおいた。一週間くらいは毎日検査をさせるが……それで異常が出てこなければ安心していいだろう」
「なるほど……」

 どうか、異常が見つかりませんように——。
 僕は検査室を見ながら、祈るように胸の前で両手の指を絡めさせた。

 エリアも全く同じ所作をしていた。
 二人で顔を見合わせ、プッと吹き出す。

 その後は、シャルが【統一】を発動させて以降の話をした。

 事実関係はそのままに、少しだけ改編した。
 具体的には、記憶の封印が解かれて気を失いそうになった事や、僕が【魔吸光線ドレイン・レイ】を使える事は伏せた。
 僕が、サター星人との混血・・・・・・・・・であるとバレないように。

「お姉ちゃんが【統一】を使っても倒せなかったやつを倒しちゃうとか、覚醒しすぎじゃない?」

 それが、話を聞き終えたエリアが最初に発した言葉だった。
 彼女は笑っていたが、ふと真剣な表情を向けてきた。

「覚醒おめでと、ノア」
「ありがと」

 祝ってくれる嬉しさと、騙している罪悪感が同時に襲ってくる。

「ノアがこれまで頑張ってきたのは知ってるし、純粋に嬉しいのは間違いないんだけど……なんか少し悔しいな」

 エリアが寂しげに笑った。

「えっ、何でさ?」
「だって、ノアは間違いなくAランクになるじゃん? そしたら私一人だけBランクだし、素の戦闘能力も低いし——」
「エリア」

 僕はエリアをさえぎった。

「何?」

 こちらを向いた額を、人差し指で小突く。

「いたっ。ちょ、何すんのよ?」
「そっちこそ、何ネガティヴになってるのさ。魔法の才能や強さで、人の価値は決まらないんでしょ?」

 かつてのエリアのセリフを真似てやれば、彼女は気まずそうに目を逸らした。

「それは、そうだけどさ……なんかこう、あるじゃん」

 抽象的な言い方だが、エリアのモヤモヤは僕にはよく理解できた。

「まあ、それはわかるけどさ。エリアは感知魔法とか使い魔とか、色々ユニークな事ができるじゃん。どっちがすごいもないと思うんだけど……いてててっ」

 エリアが僕の頭を拳で挟んでぐりぐりしてくる。

「い、痛いって! エリア、何でっ?」
「何となくやりたかったのよ」

 涙目になった僕を見て、エリアは満足げに頷いた。
 それから微妙に目線を逸らしながら、

「まあでも、ありがと」

 と小声で言った。
 ツンデレか、とはさすがにツッコまなかった。

「ケラベルスはこっちを狙ってくる理由について、何か言っていたか?」

 ルーカスが尋ねてくる。

「スーアの最強魔法師を殺すためだと言っていました。他は何も……尋問する前にこちらの不手際で追い詰められて、殺してしまったので」
「俺らもまんまと逃している。気にするな」
「はい、ありがとうございます」

 口調や態度が雑なだけで、普通にいい人なんだよな、ルーカスさん。

WMUダブリュー・エム・ユーとしてはどう対応するんですか?」

 エリアがルーカスに尋ねた。
 WMU。世界魔法連合とも呼ばれ、正式名称は World Magic Union だ。
 各国の魔法界のトップが属している組織であり、国家魔法師は全てここに所属している。

「あんだけの惨状だ。犠牲も出てんだろ?」
「一年生を中心に、何人か……」
「なら、相応の対応をしねえとな。それに、世間の信頼もガタ落ちだ。誘導装置の強化と、今後もし誘導装置が効かなかった場合の予防措置は急務だろう」

 WMUはこれまで、誘導装置の有用性を世間にアピールしてきた。
 それが機能しなくなったとなれば、混乱と非難は免れられないだろう。

 重苦しい沈黙がその場に立ち込めるが、扉の開く音がそれを破った。
 検査室から、白衣を着た女性とシャルが出てくる。

「先生、検査の結果はっ?」

 僕とエリアは女性に駆け寄った。
 女性はニコリと笑った。

「異常は見当たらなかったわ。これから一週間は毎日検査を受けてもらうけど、今日のところは帰って大丈夫よ」
「良かったー……」

 僕らは膝から崩れ落ちた。

「二人とも、絵に描いたような崩れ方ですね。心配してくださってありがとうございます」

 シャルが口元を緩めた。

「助かった、ハンナ」
「いえ、ルーカスさんにはいつもお世話になっていますから」

 白衣の女性——ハンナが、ルーカスのお礼に対して口元を緩めた。
 大人の色気を感じさせる、綺麗な笑みだった。

「何見惚れてんのよ」

 エリアが脇腹を突いて耳打ちしてくる。

「綺麗だなぁ、って思っただけだよ」
「それを見惚れてるって言うのよ」
「何をコソコソ話しているのですか?」

 シャルが会話に入ってくる。

「お姉ちゃん、聞いてよ。ノアが浮気したー」
「うわぁ、最低ですね」
「シャル、そっちに行かないで」
「ごめんね、ノア。私とお姉ちゃんは一卵性の双子。誰よりも深い絆で結ばれているんだ。もはや、へその緒で繋がってるようなもんだもんね?」
「それは普通に気持ち悪いです」
「突然の裏切り⁉︎」

 エリアが愕然がくぜんとした表情で崩れ落ちた。
 僕らは顔を見合わせ、一斉に笑い出した。

 こうしてまた、三人で笑い合う事ができて本当に良かった。
 細部まで検査しても異常がなかったのだから、シャルもきっと大丈夫だろう。

 これからもずっと、こうやって笑い合っていたいな——。



◇   ◇   ◇



 シャーロット、エリア、ノアがイーサンの車で去っていくのを見送ってから、ルーカスは魔法師養成第一中学校に引き返した。
 すでに生徒や先生の姿はなく、校庭にはただ一人、アヴァの姿があった。

「あっ、お帰り」

 ルーカスを見ると笑みを浮かべたが、憔悴しょうすいしているのは見てとれた。
 アヴァ個人に責任はないとはいえ、WMUの誘導装置が機能しなかった事が原因で生徒を死なせたのは紛れもない事実。
 その状況の中で一人で学校の相手をするというのは、かなり精神的に堪えたはずだ。

「すまない。嫌な役を押し付けた」
「あんたが押し付けたんじゃなくて、私が引き受けたのよ。だから気にしないで」
「そうか」

 ルーカスはたった一言、それのみを返した。
 アヴァの言葉を譜面ふめん通りに受け取るほど馬鹿ではないし、彼女の気遣いを無駄にするほど空気が読めないわけでもなかった。

「学校側は何と言っていた?」
「原因の究明と損害への賠償、同じような事が起きないようにするための具体的な案をWMUに要求するそうよ」

 妥当だな、とルーカスは思った。

「学校はどちらかと言えばこっちに好意的な印象を受けた。問題は遺族ね」
「貴族のガキも死んだのか」
「そう……」

 アヴァがため息を吐いた。
 意図的というよりは、思わず漏れてしまったといった感じだった。

 二人はしばらく無言で歩いた。

「私、自分が情けないわ」

 唐突にポツリと漏れたアヴァの声は、震えていた。
 彼女は拳を固く握りしめていた。

「実力派の女魔法師なんて言われていたのに、実際にはサター星の刺客を捕まえる事もできず、子供の命すら守れなかったっ……! 挙句、貴族の子供が死んだから対応が面倒だ、なんて考えている。これほど自分に嫌気がさしたのは、初めての事よ」

 ルーカスは何も言わなかった。
 言えなかったのだ。

 サター星の刺客を捕まえる事もできず、子供の命すら守れなかったのは、ルーカスも同じだ。
 そんな彼に、アヴァを慰める言葉などあろうはずがなかった。

「ごめんなさい。愚痴ってしまったわ」

 アヴァが鼻をすすった。

「別に愚痴りたければ愚痴れ。溜め込まれて使い物にならなくなる方が迷惑だ」

 ルーカスは前を向いたまま、淡々とした口調で告げた。

「本っ当、あんたはデリカシーないわね」

 アヴァがルーカスの背中に頭を押し付ける。
 ルーカスは歩みを止めなかった。
 アヴァはその姿勢のまま歩きながら、ぼそっとつぶやいた。

「……ありがと」
「お前に感謝される謂れはない」

 そう返すルーカスの声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...