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第一章
第51話 覚醒
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「そらっ、そらっ!」
「くっ……!」
余裕の表情で攻めてくるケラベルスに対して、シャルは防戦一方だ。
増援が来れない可能性を示唆されて生じた、彼女が初めて見せた明白な隙。
ケラベルスは、そこを見逃してくれるほど甘い敵ではなかった。
とても二人のレベルには並び立てないノアでも、それ以降、シャルが大きく調子を落としているのがわかった。
精神的にも肉体的にもダメージは大きかったのだろう。
ケラベルスの攻撃を防ぎきれず、シャルの体が壁に突っ込む。
煙の中で起き上がったその体には、無数の傷跡があり、あちこちに血が滲んでいた。
「シャル、もういいよ……!」
何度目だろうか。
どんなに懇願しても、シャルは一切の迷いも見せずにケラベルスに向かっていく。
しかし、その結果は火を見るより明らかだった。
ケラベルスが、シャルの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「はな、せっ……!」
シャルが必死にもがくが、ケラベルスの拘束から逃れられない。
「君も馬鹿だよねぇ。自分だけなら逃げられたかもしれないのに、わざわざ足手まといを庇うんだから」
「ノア君は、足手まといじゃ……ありません!」
シャルが叫んだ。
ケラベルスが、嘲りの表情を浮かべて鼻を鳴らす。
「いやいや、そこは否定できないでしょ。現に今も君に守ってもらってる訳だし、彼に気を配っているから、君も全力出しきれてないじゃん」
「彼には、これまで幾度となく助けてもらっていますから……守るのは当然の事ですっ」
「っ……!」
血の味がする。
知らずのうちに、唇を噛みしめていたようだ。
悔しいし、情けない。
シャルは庇ってくれているが、自分が足手まといである事くらい、僕自身が一番よくわかっていた。
僕のせいで、シャルはボロボロになっているのだ。
ケラベルスがこちらに視線を向けてくる。
「でも君、ノア君も可哀想だよねー。お友達には囮にされ、自分のせいでこの子が傷ついている今の状況、なかなか精神的に辛いでしょ?」
心底腹が立つが、ケラベルスの言葉は的を射ている。
僕にはただ、彼を睨みつける事しかできなかった。
「おっ、弱い割にはいい目をするじゃん。なら、こんな事をしたらどうかな?」
ケラベルスがシャルのみぞおちに膝を入れた。
「ぐふっ!」
シャルの口から、くぐもった声と血液が漏れる。
「や、やめて! それ以上、その子を傷つけるな!」
「そう言われるとやりたくなるのが人間だよね~」
「がっ……!」
ケラベルスの拳がシャルの頬を襲い、鮮血が飛んだ。
「やめて、やめろ……!」
このままでは、本当にシャルが死んでしまう。
嫌だ、シャルがこの世からいなくなるなんて嫌だ。
何とかしないと。何でもいい。
神様でも悪魔でもいいから、僕にシャルを助けられる力を——
——ズキッ!
「っ……⁉︎」
突然、激しい頭痛が襲ってきて、僕は頭を押さえて地面に倒れ込んだ。
「うぐっ……!」
くそっ、こんな時に何なんだ——⁉︎
「おや? ショックで壊れちゃったかな?」
頭が割れそうなほどに痛い。
ケラベルスの声は聞こえているはずなのに、何を言っているのかわからない。
それでも、シャルが危険である事に変わりはない。
「嫌だ、やめろ……っ⁉︎」
再び激痛。
シャルを失いたくない、彼女を助けたいと思えば思うほど、痛みは増していった。
「おーい、ノア君ー? ……だめだ。聞こえてない。全く、つまらないな。壊れるなら、せめて君を殺した時に壊れて欲しかったよねぇ」
「くっ……!」
「おっ、鋭い目つきだ。美人が怒ると怖いって本当なんだね。まぁ、いいや。十分楽しめたし——君には、ここら辺で死んでもらおうかな」
視界の隅で、ケラベルスの手が持ち上がる。
相変わらず何を言っているのかはわからなかったが、シャルを殺すつもりなのだと直感でわかった。
「やめろ……! シャルを、殺すな……!」
誰か、誰でもいい。
僕はどうなってもいい……! シャルを救って……!
(彼女を助ける力を僕に——)
——ズキン!
一際、強烈な頭痛が襲ってくる。
視界が暗転した。
◇ ◇ ◇
叫び声を上げたかと思えば、ノアは地面に伏してしまった。
「ノア君……!」
シャーロットが声をかけても、彼はぴくりとも反応しなかった。
「あらら、完全に壊れちゃったみたいだね」
ケラベルスが肩をすくめた。
「君が殺された時の彼の表情を見たかったけど……まぁ、しょうがないよね」
「このっ……!」
シャーロットは全力でもがいたが、ケラベルスの拘束は揺らがなかった。
「おいおい、もうさすがに諦めなって。君じゃ俺には勝てないんだから」
「っ……!」
シャーロットは唇を噛みしめた。
このまま、殺されるのだろうか。
全身が震える。
(助けて……誰か……!)
「そんな怖がらないで。安心してよ。君を殺した後、すぐに彼も送ってあげるから。あの世で再会できるよ」
「……あぁ」
(そうか……ノア君とはまた会えるのですね)
ならいいか、とシャーロットは思った。思ってしまった。
死の恐怖に直面して、彼女の精神は崩壊し始めていた。
「楽しかったよ、かわい子ちゃん」
ケラベルスが魔法の槍をシャーロットに向かって放とうとした、まさにその瞬間。
シャーロットの後ろから飛来した紫色の光線が、ケラベルスを襲った。
ケラベルスが後方に吹っ飛ぶ。
しかし、彼に拘束されていたシャーロットは、その場にとどまった。
強い力で抱きしめられたからだ。
「——言ったよね? シャルを殺すなって」
「……えっ?」
その声は、シャーロットのすぐ頭上から聞こえた。
(ノア君の、声……⁉︎ でも、だって彼は——)
シャーロットは混乱した。
ノアは先程気絶していた。
あれは演技だったのだろうか?
いや、それ以前に、彼は立ち上がれないほどの大怪我を負っていた。
そうでなくとも、ケラベルスが回避も防御も間に合わないレベルの光線を放てるほどの魔法の実力も、その勢いに負けないようにシャーロットを抱き止められる腕力もないはず。
「まさか……幻覚?」
「幻覚じゃないよ、シャル。僕の顔を見て」
シャーロットは振り返った。
いつもと変わらない優しい瞳が、そこにはあった。
「ノア君……⁉︎ これはどういう——い、いえ、怪我は大丈夫なのですか⁉︎」
「シャルは優しいね」
彼はふっと笑みをこぼし、怪我をしていたはずの右手でシャーロットの頭を撫でた。
まるで泣いている子供をあやすように、優しく。
「僕は大丈夫だよ。全部治したから。シャルの怪我も治しちゃうね」
「……えっ?」
シャーロットの体が淡い光に包まれる。
体の各所を襲っていた痛みが、スッと消えてなくなった。
傷跡も綺麗さっぱりなくなっている。
「治癒魔法……⁉︎」
シャーロットは開いた口が塞がらなかった。
ただの治癒魔法ではない。
シャーロットが使うものよりもずっと、レベルが高かった。
「簡単な骨のくっつけくらいはやったけど、基本的には自然治癒を超加速させただけだよ。細かいところや深いところは損傷していても治せてないかもだから、終わったらちゃんと検査してもらわないとね」
「は、はあ……」
言動も行動も高次元すぎる。
彼は本当にノアだろうか。
いや、ノアである事は間違いないのだが。
ガラガラと音がした。
瓦礫の中からケラベルスが姿を見せる。
「なるほど……どうやら俺の設定は失敗じゃなかったみたいだね。君がスーア最強の魔法師だったわけだ。ノア君」
「そうみたいだね」
「このタイミングで覚醒したのかい? ちょっと虫が良すぎる話のような気もするけど」
「広義としては間違ってないけど、魔法学的には、覚醒というよりは復活に近いかもね。ちょっと記憶が混乱しているから、色々曖昧だけど」
「なるほど、面白そうな話だ。君を拘束して、後でたっぷり話を聞かせてもらおうかな」
「いいよ——やれるもんならね」
シャーロットは風を感じた。
ノアの拳が、ケラベルスのみぞおちにめり込んでいた。
「……はっ?」
何も見えなかった。
初めての経験だった。
「ノア君……⁉︎」
シャーロットは、あんぐりと口を開けたまま固まった。
「くっ……!」
余裕の表情で攻めてくるケラベルスに対して、シャルは防戦一方だ。
増援が来れない可能性を示唆されて生じた、彼女が初めて見せた明白な隙。
ケラベルスは、そこを見逃してくれるほど甘い敵ではなかった。
とても二人のレベルには並び立てないノアでも、それ以降、シャルが大きく調子を落としているのがわかった。
精神的にも肉体的にもダメージは大きかったのだろう。
ケラベルスの攻撃を防ぎきれず、シャルの体が壁に突っ込む。
煙の中で起き上がったその体には、無数の傷跡があり、あちこちに血が滲んでいた。
「シャル、もういいよ……!」
何度目だろうか。
どんなに懇願しても、シャルは一切の迷いも見せずにケラベルスに向かっていく。
しかし、その結果は火を見るより明らかだった。
ケラベルスが、シャルの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「はな、せっ……!」
シャルが必死にもがくが、ケラベルスの拘束から逃れられない。
「君も馬鹿だよねぇ。自分だけなら逃げられたかもしれないのに、わざわざ足手まといを庇うんだから」
「ノア君は、足手まといじゃ……ありません!」
シャルが叫んだ。
ケラベルスが、嘲りの表情を浮かべて鼻を鳴らす。
「いやいや、そこは否定できないでしょ。現に今も君に守ってもらってる訳だし、彼に気を配っているから、君も全力出しきれてないじゃん」
「彼には、これまで幾度となく助けてもらっていますから……守るのは当然の事ですっ」
「っ……!」
血の味がする。
知らずのうちに、唇を噛みしめていたようだ。
悔しいし、情けない。
シャルは庇ってくれているが、自分が足手まといである事くらい、僕自身が一番よくわかっていた。
僕のせいで、シャルはボロボロになっているのだ。
ケラベルスがこちらに視線を向けてくる。
「でも君、ノア君も可哀想だよねー。お友達には囮にされ、自分のせいでこの子が傷ついている今の状況、なかなか精神的に辛いでしょ?」
心底腹が立つが、ケラベルスの言葉は的を射ている。
僕にはただ、彼を睨みつける事しかできなかった。
「おっ、弱い割にはいい目をするじゃん。なら、こんな事をしたらどうかな?」
ケラベルスがシャルのみぞおちに膝を入れた。
「ぐふっ!」
シャルの口から、くぐもった声と血液が漏れる。
「や、やめて! それ以上、その子を傷つけるな!」
「そう言われるとやりたくなるのが人間だよね~」
「がっ……!」
ケラベルスの拳がシャルの頬を襲い、鮮血が飛んだ。
「やめて、やめろ……!」
このままでは、本当にシャルが死んでしまう。
嫌だ、シャルがこの世からいなくなるなんて嫌だ。
何とかしないと。何でもいい。
神様でも悪魔でもいいから、僕にシャルを助けられる力を——
——ズキッ!
「っ……⁉︎」
突然、激しい頭痛が襲ってきて、僕は頭を押さえて地面に倒れ込んだ。
「うぐっ……!」
くそっ、こんな時に何なんだ——⁉︎
「おや? ショックで壊れちゃったかな?」
頭が割れそうなほどに痛い。
ケラベルスの声は聞こえているはずなのに、何を言っているのかわからない。
それでも、シャルが危険である事に変わりはない。
「嫌だ、やめろ……っ⁉︎」
再び激痛。
シャルを失いたくない、彼女を助けたいと思えば思うほど、痛みは増していった。
「おーい、ノア君ー? ……だめだ。聞こえてない。全く、つまらないな。壊れるなら、せめて君を殺した時に壊れて欲しかったよねぇ」
「くっ……!」
「おっ、鋭い目つきだ。美人が怒ると怖いって本当なんだね。まぁ、いいや。十分楽しめたし——君には、ここら辺で死んでもらおうかな」
視界の隅で、ケラベルスの手が持ち上がる。
相変わらず何を言っているのかはわからなかったが、シャルを殺すつもりなのだと直感でわかった。
「やめろ……! シャルを、殺すな……!」
誰か、誰でもいい。
僕はどうなってもいい……! シャルを救って……!
(彼女を助ける力を僕に——)
——ズキン!
一際、強烈な頭痛が襲ってくる。
視界が暗転した。
◇ ◇ ◇
叫び声を上げたかと思えば、ノアは地面に伏してしまった。
「ノア君……!」
シャーロットが声をかけても、彼はぴくりとも反応しなかった。
「あらら、完全に壊れちゃったみたいだね」
ケラベルスが肩をすくめた。
「君が殺された時の彼の表情を見たかったけど……まぁ、しょうがないよね」
「このっ……!」
シャーロットは全力でもがいたが、ケラベルスの拘束は揺らがなかった。
「おいおい、もうさすがに諦めなって。君じゃ俺には勝てないんだから」
「っ……!」
シャーロットは唇を噛みしめた。
このまま、殺されるのだろうか。
全身が震える。
(助けて……誰か……!)
「そんな怖がらないで。安心してよ。君を殺した後、すぐに彼も送ってあげるから。あの世で再会できるよ」
「……あぁ」
(そうか……ノア君とはまた会えるのですね)
ならいいか、とシャーロットは思った。思ってしまった。
死の恐怖に直面して、彼女の精神は崩壊し始めていた。
「楽しかったよ、かわい子ちゃん」
ケラベルスが魔法の槍をシャーロットに向かって放とうとした、まさにその瞬間。
シャーロットの後ろから飛来した紫色の光線が、ケラベルスを襲った。
ケラベルスが後方に吹っ飛ぶ。
しかし、彼に拘束されていたシャーロットは、その場にとどまった。
強い力で抱きしめられたからだ。
「——言ったよね? シャルを殺すなって」
「……えっ?」
その声は、シャーロットのすぐ頭上から聞こえた。
(ノア君の、声……⁉︎ でも、だって彼は——)
シャーロットは混乱した。
ノアは先程気絶していた。
あれは演技だったのだろうか?
いや、それ以前に、彼は立ち上がれないほどの大怪我を負っていた。
そうでなくとも、ケラベルスが回避も防御も間に合わないレベルの光線を放てるほどの魔法の実力も、その勢いに負けないようにシャーロットを抱き止められる腕力もないはず。
「まさか……幻覚?」
「幻覚じゃないよ、シャル。僕の顔を見て」
シャーロットは振り返った。
いつもと変わらない優しい瞳が、そこにはあった。
「ノア君……⁉︎ これはどういう——い、いえ、怪我は大丈夫なのですか⁉︎」
「シャルは優しいね」
彼はふっと笑みをこぼし、怪我をしていたはずの右手でシャーロットの頭を撫でた。
まるで泣いている子供をあやすように、優しく。
「僕は大丈夫だよ。全部治したから。シャルの怪我も治しちゃうね」
「……えっ?」
シャーロットの体が淡い光に包まれる。
体の各所を襲っていた痛みが、スッと消えてなくなった。
傷跡も綺麗さっぱりなくなっている。
「治癒魔法……⁉︎」
シャーロットは開いた口が塞がらなかった。
ただの治癒魔法ではない。
シャーロットが使うものよりもずっと、レベルが高かった。
「簡単な骨のくっつけくらいはやったけど、基本的には自然治癒を超加速させただけだよ。細かいところや深いところは損傷していても治せてないかもだから、終わったらちゃんと検査してもらわないとね」
「は、はあ……」
言動も行動も高次元すぎる。
彼は本当にノアだろうか。
いや、ノアである事は間違いないのだが。
ガラガラと音がした。
瓦礫の中からケラベルスが姿を見せる。
「なるほど……どうやら俺の設定は失敗じゃなかったみたいだね。君がスーア最強の魔法師だったわけだ。ノア君」
「そうみたいだね」
「このタイミングで覚醒したのかい? ちょっと虫が良すぎる話のような気もするけど」
「広義としては間違ってないけど、魔法学的には、覚醒というよりは復活に近いかもね。ちょっと記憶が混乱しているから、色々曖昧だけど」
「なるほど、面白そうな話だ。君を拘束して、後でたっぷり話を聞かせてもらおうかな」
「いいよ——やれるもんならね」
シャーロットは風を感じた。
ノアの拳が、ケラベルスのみぞおちにめり込んでいた。
「……はっ?」
何も見えなかった。
初めての経験だった。
「ノア君……⁉︎」
シャーロットは、あんぐりと口を開けたまま固まった。
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