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第一章

第49話 混乱する学校、笑うケラベルス

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 シャーロットやノアのクラスと同じように、他のクラスも最初はその場に留まる事を選択した。
 一斉に逃げ出せば事故が多発するのは目に見えているし、かといって自分たちだけ逃げ出せば、他のクラスにシワ寄せがいくからだ。

 しかし、全てのクラスが防衛戦線を維持できるわけではなかった。
 組ごとに大きなかたよりが出ないようにクラス分けはなされているが、それでもやはり戦力差は出る。
 そして、教室に残っていた先生の実力もまちまちだった。

 その点、ダーナスが襲ってきた際に、三年生の中でもっとも戦闘力が低かったのは、エリアやテオが所属するクラスだった。
 クラスに残っていた教師のヘンリーは、自分の戦闘能力が高くない事を自覚していたため、早い段階から結界を縮小して、漏れ出したダーナスを生徒たちに仕留めさせていた。

 全員が全力を出さなければならないほど戦力は拮抗していたが、最初はそれでうまくいっていた。
 しかし、途中で一体だけ撃ち漏らし、最も近くにいた生徒が襲われた。
 それ自体は何とかヘンリーのヘルプが間に合ったが、命の危険を目の当たりにして、クラスはパニックに陥った。

 そうなれば、ギリギリの均衡などすぐに崩れる。
 他クラスでは、すでに逃げ出しているところもあった。
 やむなく、ヘンリーは撤退の指示を出した。

「皆さん、少しの間だけ私が持ち堪えます! その間に校庭まで逃げてください!」

 待ってましたとばかりに、生徒たちが出入り口に殺到する。
 混乱状態の中で、一人の女子生徒が転んだ。
 その拍子に、足を強く打ったようだった。

「レイラ、捕まって!」

 皆が素通りする中、エリアは女子生徒——レイラに手を差し伸べた。
 立ち上がった瞬間に顔をしかめたレイラを見て、エリアは瞬時に判断を下した。
 背中を見せてしゃがむ。

「捕まって!」
「えっ? で、でも——」
「早く!」
「う、うん!」

 レイラを背負い、身体強化を発動させて駆け出す。
 しかし、女の子とはいえ、人一人を背負いながら走るのは容易ではなかった。

 それに、エリアは元々華奢で、身体強化も得意ではない。
 ヘンリーの防御を抜けてきたダーナスが迫ってきている。

 心臓の鼓動が早いのは、きっと全速力で走っているからというだけではないだろう。

(まずい、どうする、どうしよう……! このままじゃ確実に追いつかれる。追いつかれたら、戦闘能力の低い私とレイラじゃ終わりだっ)

 エリアは焦りを抑えて、必死に考えを巡らせた。
 その間にも、ダーナスの足音はどんどん近づいてくる。

「エリアちゃんっ……!」

 レイラがぎゅっとしがみついてきた。

(くそっ、仕方ない。一か八か、応戦するしかない!)

 エリアが覚悟を決めた、その時。

「——エリア、お前はひたすら走れ!」

 先を走っていたはずのテオが引き返してきて、迫りくるダーナスの一団を攻撃し始めた。

「ちょっ、テオ⁉︎ あなた、何やって——」
「うるせえ! お前より俺の方が戦えんだろうがっ、いいから走れ!」
「わ、わかった! ありがとう!」

 言い争いをしている時間が一番無駄だ。
 テオの固い意志を感じ取ったエリアは、脇目も振らずに駆け出した。

「て、テオ君っ、無理はしないで……!」
「心配すんな! 足止めくらいなら問題ねえ!」

(良かった。ちゃんと着いてきてる)

 テオの声がすぐ後ろから聞こえてくる事に、エリアは安堵した。
 彼が殿しんがりを務めてくれたおかげで、エリアとレイラは無事に校舎を出る事ができた。

 校庭には、すでに多くの生徒と先生が集まっていた。
 すすり泣く者も見られる。

 それが何を意味するのかは、すぐにわかった。
 クラスメートに犠牲が出たのだろう。

 しかし、悲しみに暮れている場合ではなかった。
 逃げる生徒を追うように、ダーナスの一団も校庭に流れ出してきていたからだ。

「撃ち漏らしは教師が確実に仕留める! 皆はとにかくダーナスを攻撃するんだ!」

 校長先生の指示で、総力戦が始まった。
 その間にも、校舎からは生徒が出てくる。

 攻撃に集中しつつも、エリアは逃げてくる生徒たちに視線を向けていた。
 校庭には、お姉ちゃんとノアの姿が見当たらなかったからだ。

 やがて、ジェームズやアローラが校舎から出てきた。
 他にも、お姉ちゃんとノアのクラスメートが続々と逃げてくる。
 しかし、その中に二人はいなかった。

「嘘、そんな……!」

 何で二人がいない?
 まさか、まさか——!

 エリアはいてもたってもいられず、近くに来た女子に話しかけた。
 確か、ハーバーといったはずだ。

「ねぇ、お姉ちゃんとノアは⁉︎」
「っ……!」

 ハーバーは泣きそうな表情で顔を歪め、その場を走り去ってしまった。

「ちょ、まっ——」
「ごめん……!」

 涙交じりの声が聞こえた。
 アッシャーだった。ノアが一番親しくしている男子だ。
 彼の瞳からは涙が溢れていた。

 ——ドクン。
 エリアの心臓が、一際強く脈打った。

「アッシャー! 何があったの⁉︎」
「ノア君とシャーロットさんははダーナスに囲まれてたっ、僕らは二人を置いて逃げてきたんだっ……!」
「な、何ですって⁉︎」

 二人がいるであろうクラスを見上げ、感知魔法を発動させる。
 感知魔法は消費魔力が激しい。
 ダーナスを攻撃するための魔力を残しておくため、使用するべきでない事はわかっていたが、状況を確かめずにはいられなかった。

 二人の魔力は感じ取れたが、エリアの焦りは増大するばかりだった。
 ノアの魔力はいつもより弱く、お姉ちゃんはとてつもない腕の持ち主とやり合っていた。
 おそらく、ケラベルスと名乗っていたサター星の人間だろう。

 ケラベルスの魔力の質は桁違いだが、お姉ちゃんの魔力の質も、いつもとは比べものにならなかった。
 それがどういう事なのか、エリアは瞬時に理解した。
 お姉ちゃんは【統一とういつ】を使って、文字通り命懸けで戦っているのだ。

「嘘っ……お姉ちゃんっ……!」
「待て、エリア!」

 駆け出そうとして、腕を掴まれる。
 テオだった。

「離してよ!」
「んな訳にはいくか! どこ行こうとしてんだ!」
「お姉ちゃんが【統一】を使って、あのケラベルスってやつと戦っているんだ! ノアも多分、重傷! 助けに行かないと……!」
「馬鹿か、お前は!」

 無理やり抱き止められる。
 エリアはテオの腕の中で暴れた。

「何すんのよ! 離して、離せ!」
「馬鹿っ、冷静に考えろ! あのシャーロットが【統一】まで使わなきゃいけねえような状況で、俺らが行っても足手まといになるだけだろうがっ!」
「っ——!」

 エリアは息を呑んだ。
 テオの言う通りだった。

(そうだ。お姉ちゃんはいつだって何歩の先を行っていた。私なんかが助けに行ったって、邪魔になるだけ……)

「——聞いてんのかっ」
「……えっ?」

 エリアはテオを見上げた。
 パシンと頭を叩かれる。

「ボーッとしている場合じゃねえだろ! 増援だってもうすぐ来てくれるはずだ。俺らは俺らで、やれる事をやるぞ!」
「……うん」

 テオの言う通りである事はわかっていた。
 唇を噛みしめ、エリアはダーナスの群れに向かって魔法を放った。



◇   ◇   ◇



 増援だってもうすぐ来てくれるはず——。
 そう考えているのは、ケラベルスと戦っているシャーロットも同じだった。

 戦い始めてすぐにわかった。
 彼は、シャーロットよりもはるかに強く、おそらくは師匠のルーカスよりも強い化け物であると。
 一見互角の戦いをしているように見えるが、フルスロットのシャーロットに対し、ケラベルスの表情には余裕があった。

 遊ばれていると思うといい気はしないが、今は好都合だった。
 そろそろ、特定来訪区域の人々にも魔法師養成第一中学校ここに扉が開いた事は伝わっているはず。

 師匠や、彼と同等レベルの魔法師が何人もいる。
 彼らなら、ケラベルスを倒す事もできるはずだ。

「せーっの!」
「あがっ……!」

 みぞおちに蹴りを喰らって後方に吹っ飛ぶ。

「シャルっ、もういいよ……! 僕の事は置いて逃げて!」

 ノアが悲痛な叫び声を上げた。
 シャーロットは思わず頬を緩めてしまった。
 もしもシャーロットが逃げたら彼は確実に死ぬのに、それでも自分そっちのけで心配してくれている事が嬉しかった。

 そんな彼の事がますます好きになったし、見捨てる気なんてサラサラ起きない。
 精一杯の笑みをノアに向ける。

「大丈夫ですよ。私はまだやれますから」

 それに、もうすぐ師匠たちが助けに来てくださるはずですから、それまで耐えればいいのです——。
 そう心の中で呟いてから、ケラベルスとの戦いに戻った。



 しかし、【統一】を使い続けた反動で全身に痛みを覚え始めても、増援は一向にやってこなかった。

 シャーロットの中で、焦りと同時に一つの可能性が芽生えた。

(まさか、サター星は他の地域にも刺客を放っていた……⁉︎)

「おっ、その絶望の表情。もしかして気づいちゃったかな? ——そう」

 ケラベルスが楽しそうな口調で続けた。

「特定来訪区域だっけ? 強い奴らが集まっているところにも、俺に近しい実力の奴らを何人か送っておいたから、増援はしばらく来ないよ」
「なっ……!」

 増援を心の支えに戦ってきたシャーロットにとって、その言葉は精神的に重くのしかかった。
 動揺は体の制御を乱す。

 その隙を的確に突いたケラベルスの攻撃を受けきれず、シャーロットは背中から壁に突っ込んだ。
 全身に痛みが駆け巡る。

「ゴホッ……!」

 口から大量の血がこぼれた。
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