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第一章

第47話 サター星の目的

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 突如として空の裂け目から現れたその生物は、指からは犬のように鋭利なツメが生え、口元からは狼のごとく鋭いキバが覗いていた。
 明らかにスーア星の者ではない。

 しかし、逆に言えば、他の部分は僕たちと何も変わらなかった。
 灰色のワイルドな髪、こちらを見回す鋭い瞳、四肢もちゃんと揃っている。
 口を閉じて手を後ろに回していれば、ただの少しチャラいイケメンな男にしか見えないだろう。

 ソレはスーッと僕らの教室まで寄ってきた。
 無駄のない動きだ。相当な実力の持ち主である事がわかる。
 四時間目を担当しており、そのまま教室に残っていたエブリン先生が、僕たちを庇うように進み出た。

「どちら様でしょうか?」
「あー、びっくりさせてごめんね。俺、サター星のケラベルスっていうんだ。初めまして、スーア星の皆さん」

 ケラべルスは優雅ゆうがに一礼した。

「サター星の? それならば、特定の地域に扉が開くように、こちらで誘導しているはずですが……」
「あぁ、なんか干渉してきたね。ウザかったから弾いちゃったけど。あっ、もしかしてそのせいで座標ずれたのかな。普通に考えて、学校に最強がいるはずないもんね。いや、でもな——」

 ケラべルスはウンウンと頭を悩ませているが、僕らはそれどころではなかった。

「い、今あいつ、こっちからの干渉を弾いたって言わなかったか……?」
「あ、あぁ。けど、有り得ねえよ。だって誘導装置って、最高レベルの魔法師たちの力が集結してるんだろ? それを弾ける奴なんてい、いるはずがねえ」

 そう。
 言うまでもなく他の惑星との関係の鍵を握る誘導装置は、スーア星の実力者たちの力の結晶だ。
 もし本当にその干渉を弾いたのだとしたら、ケラべルスはこの星の誰よりも強い事になる。

「見ての通り、ここは学校です。スーア星の上層部はあちらの地域に集まっています。お手数ですが、そちらまで——」
「あぁ、そういうのいいよ。俺、別に君たちスーア星の人たちと交渉しにきたわけじゃないし」
「はっ?」

 エブリン先生が間の抜けた声を上げた。

(交渉でないとしたら、ケラべルスは一体なんの目的で来たというのだ?)

 おそらくは僕だけでなく全員が感じたであろう疑問に、ケラべルスはすぐに答えた。

「俺は、この星で一番強いやつを殺しにきたんだよ。上の命令で、仕方なくね」
「なっ……⁉︎」

 開いたままの空の裂け目から、四本足の恐竜のような怪物が次々と姿を現した。
 恐竜というには足や首が少し太いだろうか。
 その一団が、おそらくケラベルスが生成したであろう足場を使い、猛然とこちらに向かってくる。

 魔法を使わない学生の全速力と同じくらいのスピードだ。
 一体一体の体が大きい分、圧が凄まじい。

「皆、下がって!」

 エブリン先生が、僕たちの前に魔法の結界を展開した。
 怪物が一斉に頭突きをするが、弾かれる。
 もはや、ケラべルスが僕らを攻撃してきている事は明白だった。

「……な、なんだあいつ⁉︎」
「俺たちを殺すつもりだ!」
「いやああああ!」

 呆気に取られていた生徒たちが状況を理解し始めて、教室はパニックに陥った。
 他クラスからも悲鳴が聞こえてくる。
 怪物は僕たちだけでなく、学校全体を攻撃し始めたのだ。

「皆、落ち着け! 敵の仕掛けが明白でない以上、無闇にその場を動くな!」

 エブリン先生が一喝した。
 生徒たちの混乱が少し収まる。

 僕もホッと一息吐いた。
 訳がわからないし、怖いけど、やはり実力のある先生の声は頼りになる。

「へぇ、すごいね。ダーナスの一斉の突進を防いだだけでなく、生徒たちの混乱まで収めてみせるとは」

 どうやら、恐竜じみた怪物はダーナスというらしい。

「他の教室では君ほどうまく対処できていないところもあるし、もしかして君がスーア星最強なのかな? いやでも、そこの赤髪の女の子と、紫色の男の子。あと、水色の女の子も結構強そうだね。もしかして、君たちが一番優秀なクラス?」

 ケラべルスが示したのは、順番にアローラ、ジェームズ、そしてシャルだ。
 見ただけでわかるものなのか。

 しかし、不可解だな。
 確かにエブリン先生もシャルたちも優秀な魔法師で、学校の中ではトップクラスだが、シャルが言っていたように上には上がいる。
 そもそも、そのシャルが瞬殺されるようなルーカスより強い存在など、この学校には存在しない。

 ケラべルスは一番強い魔法師がいる地点に扉が開くように設定していたそうだが、それならば実力者の集まっている特定来訪区域に繋がるはず。
 彼自身も言っていたように、こちらからの干渉の影響で座標がズレたのではないだろうか。

 同じ事を、エブリン先生も考えていたようだ。

「私やこのクラスが飛び抜けて優秀な訳じゃない。私たちより優秀な魔法師など、掃いて捨てるほどいる。あなた自身が想定していたように、座標がズレたのではないか?」
「うーん、その可能性もあるんだけど、何の違和感も覚えなかったんだよね~」

 エブリン先生とケラべルスが言葉を交わしているうちにも、ダーナスは結界に突進を繰り返している。
 どうやら、それが唯一の行動原理のようだ。
 今のところは耐えているが、いつかは破れるだろう。

 もし結界がなくなれば、ダーナスは確実に僕らを襲ってくる。
 そうなったら僕に対抗手段はない。

 ダメだとわかっているのに、自分が噛み千切られる光景を想像してしまう。
 体が震えた。

 ギュッと手を握られる。
 シャルがこちらを見て微笑んでいた。

「大丈夫。ノア君の事は、私が必ず守りますから」
「……ありがとう」

 なんという力強いセリフだろう。
 スッと心が落ち着いていく。

「でも、僕の代わりに死ぬなんて許さないからね」
「大丈夫ですよ。そんな事をしたらノア君が悲しみます。それは、私にとって本意ではありませんから」

 シャルはイタズラっ子のような笑みを浮かべた。
 僕の手を引く。

「敵がどこから現れるかわかりません。教室の中央にいましょう」
「わかった」

 クラスメートの行動は、大きく二つに分かれた。
 僕らのように教室の中央に固まるグループと、ジェームズとアローラを筆頭に出入り口に近いところに固まるグループだ。

 どちらが正解かはわからないが、取りあえずエブリン先生が耐えてくれている間に、机は端に寄せておいた。

「まあ、俺がミスった可能性も全然あるけど、攻撃は続けるよ。別に最強を殺せって言われただけで、他を殺すなとも言われていないからね。それっぽい奴がいなかったら、出てくるまで適当に暴れてればいいだけだし」

 馬鹿の一つ覚えに、ダーナスが結界に頭から突っ込む。
 絶え間なくどれかしらの個体が攻撃してくるため、反撃の隙がない。

 エブリン先生の表情にも、焦りが見え始めていた。
 ケラベルスが口をへの字に曲げた。

「うーん、女教師。エブリンだっけ? 君の防御が優秀な事はわかったけど、耐えてるだけじゃいずれ限界が来るよ。無駄に魔力消費してないで、反撃してきたら?」
「たかが数分、たかが数秒でも、何かが変わる事はある。私の判断が無駄かどうかは、未来が決める事だ」
「……なるほどね」

 ケラべルスが嬉しそうに笑った。

「自分たちでは敵わないと踏んで、増援を待っているわけだ。わざわざ俺らを誘導しようとしていたくらいだから、そこに実力者が集まっているんでしょ?」

 ……こいつ、おちゃらけているようで、頭も回るようだ。

「それまで、耐えられるといいね」

 ますます笑みを深めたケラべルスが、依然として開いたままの空の裂け目に手招きした。

「嘘……でしょ」

 誰かが、絶望を声に乗せて呟いた。
 新たなダーナスの一団が、ぞろぞろと姿を現したのだ。
 何体いるんだ、この怪物は。まるで量産兵器じゃないか。

「自分と相手の実力差を認めて、できる事を最大限やろうとする姿勢は素晴らしいと思う。だからこそ、こっちも敬意をもって対応させてもらうよ」

 新たに出現した全ての個体が、一斉にエブリン先生の結界に突撃した。

 ——バリッ!
 ガラスの割れるような音。
 結界にヒビが入ったのだ。
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