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第一章
第44話 ノアの誕生日① —エリアの誘拐大作戦—
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エリアが僕に危害を加えるわけはないので、拉致という表現は正しくないかもしれない。
しかし、身体強化を使ったエリアに無理やり車の中に押し込まれたので、状況的には完璧に拉致だった。
警察が見ていれば、間違いなく事情聴取の対象になっていただろう。
「それでエリア。これはどういう事?」
「うふふ。どういう事なんだろうね~」
僕が説明を求めても、エリアはどこ吹く風だ。
矛先を運転席に座るイケおじに変えてみる。
「執事さん。これはどういう状況なんですか?」
「申し訳ありません、ノア様。エリア様から口止めされていまして。もし口を滑らせれば断首刑だと脅されているのです」
「えっ」
まさかと思ってエリアを見ると、彼女は吹き出した。
「冗談に決まってるでしょ」
「だよね。びっくりした~。エリアがめちゃくちゃ貴族してるのかと」
「そんなヤバいところ、滅多にないから安心して」
ゼロじゃないのが怖いんだけど、と僕は思った。
「それで、僕はどこに連れて行かれるの?」
「着いてからのお楽しみ、って言うほどでもないところだよ」
果たして、連れられてきた場所は、ただの洋服屋さんだった。
「えっと……?」
「さあ、入った入った」
困惑する僕を残して、エリアは色とりどりの衣服を物色し始めた。
今は説明する気がないようなので、諦めてウィンドウショッピングをする。
「ねえ、ノア。これとこれ、どっちが似合うかな?」
エリアが左右にモコモコの羽織ものをぶら下げながら、無邪気に尋ねてきた。
「うーん……僕的にはこっちの方がエリアに似合う気がする」
「わかった。これにする!」
即答だった。
「えっ、ちょ、もう少し考えなくていいの?」
「だってノア的にはこっちなんでしょ?」
「うん」
「だったらこれでいい」
エリアは首を傾げ、目を細めて屈託なく笑った。
上機嫌に鼻歌を歌いながら、会計に向かった。
「お待たせー」
店の外で待っていると、エリアが小走りでやってきた。
それから、ふと不安げな表情で尋ねてきた。
「……やっぱり、怒ってる?」
「えっ、何が?」
僕、何かされたっけ。
「何がって……誕生日に好きな人の家にお呼ばれされてる時に、こんな訳もわからずに振り回されたら、普通は嫌じゃん」
「あぁ、そういう事。そりゃ、なんだろうとは思うけど、怒ったりはしないよ。エリアが意地悪でこんな事をしないのはわかってるからさ。エリアの方こそ、直帰しなくて大丈夫だったの?」
僕が聞き返すと、エリアがふいっと視線を逸らしてしまった。
「……本当に、ずるいね君は」
「えっ、何か言った?」
小さくて聞こえなかった。
「ううん、何でもない。私は大丈夫だよ。ちゃんと両親に許可は取ってきたから。まあ、私たちの誕生日の時ほどは居れないけどね」
エリアは口元を緩めた。
穏やかで、それでいてどこか寂しげな笑みだったが、彼女はすぐにいつもの活発な笑顔に戻った。
気のせいだったのだろうか。
「にしても、私が初めてなんじゃない? 誕生日デートしたの」
エリアがニヤニヤと脇腹を突いてくる。
「ごめん。去年、アローラとすでにしちゃってる」
「チッ、あの女。ノアの初めてを私から奪いやがって」
「誤解を招くような言い方はやめてね」
「えぇ~、あながち間違いでもないと思うんだけどな」
「合ってないのは事実だから」
「ちぇっ」
くだらないやり取りを交わしつつ、車に戻る。
「次はどこに行くの?」
「安心して。誘拐大作戦はこれで終わりだから」
「そうなんだ」
大作戦ってつけるの好きだな、エリア。
とは言っても、他には目下遂行中の偽り恋人大作戦しかないけど。
「ねぇ、ノア」
シャルの家が近づいてきた頃、エリアがふと真面目な表情で話しかけてきた。
「何?」
「これ買いに行ってた事、お姉ちゃんには秘密にしてもらっていい?」
エリアが洋服屋の袋を掲げた。
「いいけど、どうして?」
「内緒で買いに行った事がバレたら羨ましがるだろうし、誕生日をお祝いしようって時に、その人が別の女と買い物してたら嫌だろうからさ」
「別の女って、僕らはまだお付き合いしてないんだし、エリアなら——」
「とにかく、お願い」
「……わかったよ」
考えすぎじゃないかと思ったが、エリアの表情がいつになく真剣だったので、僕は聞き入れた。
ありがとう、と彼女は微笑んだ。
また、寂しげな表情だった。
間もなくして、車はシャルの家に到着した。
その頃には、エリアもすっかりいつもの調子に戻っていた。
「あっ、ノア。ちょっとそのまま」
車から降りようとする僕を制したエリアは、自らの手で僕が座っている方のドアを開けた。
そして、気取った所作で手を差し伸べてくる。
「お手をどうぞ」
「いや、逆でしょ。性別的にも身分的にも」
「誕生日はそんなものには負けないのよ。ほら」
「はぁ……」
妙にテンションが高い。
別に嫌ではないため、素直にエスコートされる。
エリアは小走りで玄関まで向かい、扉に手をかけたところでこちらを振り返った。
開けてくれるつもりなのだろう。
僕が玄関に向かうと、果たしてエリアは「本日の主役、ご入場~」と笑みを浮かべながら扉を開けてくれた。
何だか微笑ましく思いながら、玄関に足を踏み入れた。
——パァーン!
「うえっ⁉︎」
突然の破裂音に、変な声が出てしまう。
ヒラヒラと紙吹雪が舞う。
白い世界の向こうでは、シャルがクラッカーを持って笑っていた。
「誕生日おめでとうございます、ノア君。素晴らしい反応でしたよ」
「あ、ありがとう。シャル」
まだ心臓がバクバク脈打っている。
「うえっ⁉︎ だって!」
「真似するな」
ケタケタ笑っているエリアに拳骨を落とす。
「いたぁ⁉︎ 最近、お姉ちゃんに感化されて暴力的になってきてない?」
「気のせいだよ。にしても、もしかして、これの準備のために僕を拉致したの?」
「これって?」
「クラッカーだよ。魔道具でしょ、それ」
「わお、よくわかったね」
「紙吹雪の舞い方がめっちゃ芸術的だったからね」
普通のクラッカーでは、あそこまで綺麗にはならない。
「そ。さっき二人で思いついてさ」
エリアがシャルに目配せをした。
何だ?
「どうだった? お姉ちゃん特製クラッカー、良かったでしょ?」
「えっ? あぁ、うん。心臓には悪かったけど、精神にはよかったよ」
「喜んでもらえて何よりです。それでは、サプライズも成功したところで、こちらへどうぞ」
シャルがリビングを示す。
何度も入っているため、僕は特に躊躇いもなく足を踏み入れ——、
「うええええ⁉︎」
再び素っ頓狂な声を上げた。
背後でエリアの吹き出す声が聞こえたが、今はそれどころではない。
整理整頓と断捨離を覚えた家主により簡素になっていたはずの部屋が、色とりどりのパーティー会場に様変わりしていた。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、『ノア君 誕生日おめでとうございます』という折り紙で作られた文字だ。
部屋をぐるりと見渡してみると、壁の至るところに折り紙や花の装飾が施されている。
「すごい……これ、シャルが?」
「はい。その、どうでしょうか?」
こちらを窺うように上目遣いで見上げてくる。
「最高だよ。本当にありがとう」
「よかったです」
シャルがホッとしたようにはにかんだ。
可愛すぎる。
抱きしめたくなる衝動に駆られるが、エリアの手前、何とか堪えた。
「本当はね、ノアを拉致したのもこれのためだったんだよ。飾り付け自体は昨日のうちに終わったけど、お姉ちゃんが最終確認をしたいからって」
「そうだったんだ……えっ、じゃあさっき嘘吐いたの?」
先程はクラッカーの準備のために拉致した、と言っていたはずだ。
エリアがごめんごめん、と舌を出す。
「クラッカーは何日も前から準備してたよ。ノアが都合の良いように解釈してくれたから、それに乗っかっちゃった。その方がお部屋のサプライズのためにもいいと思って」
「うん、あれで終わりだと思って完全に油断してた」
エリアとシャルのアイコンタクトも、「このまま騙して驚かせよう」「そうしましょう」というやり取りだったのだろう。
「すみません、騙してしまって」
「全然いいよ。嬉しかったし」
申し訳なさそうな表情のシャルに笑いかける。
僕を喜ばせるためにしてくれた事なので、全くもって苛つきはしない。
むしろ、ニヤつかないようにするので精一杯だった。
家族以外にこういう事をしてもらうのは、初めての事だったから。
しかし、身体強化を使ったエリアに無理やり車の中に押し込まれたので、状況的には完璧に拉致だった。
警察が見ていれば、間違いなく事情聴取の対象になっていただろう。
「それでエリア。これはどういう事?」
「うふふ。どういう事なんだろうね~」
僕が説明を求めても、エリアはどこ吹く風だ。
矛先を運転席に座るイケおじに変えてみる。
「執事さん。これはどういう状況なんですか?」
「申し訳ありません、ノア様。エリア様から口止めされていまして。もし口を滑らせれば断首刑だと脅されているのです」
「えっ」
まさかと思ってエリアを見ると、彼女は吹き出した。
「冗談に決まってるでしょ」
「だよね。びっくりした~。エリアがめちゃくちゃ貴族してるのかと」
「そんなヤバいところ、滅多にないから安心して」
ゼロじゃないのが怖いんだけど、と僕は思った。
「それで、僕はどこに連れて行かれるの?」
「着いてからのお楽しみ、って言うほどでもないところだよ」
果たして、連れられてきた場所は、ただの洋服屋さんだった。
「えっと……?」
「さあ、入った入った」
困惑する僕を残して、エリアは色とりどりの衣服を物色し始めた。
今は説明する気がないようなので、諦めてウィンドウショッピングをする。
「ねえ、ノア。これとこれ、どっちが似合うかな?」
エリアが左右にモコモコの羽織ものをぶら下げながら、無邪気に尋ねてきた。
「うーん……僕的にはこっちの方がエリアに似合う気がする」
「わかった。これにする!」
即答だった。
「えっ、ちょ、もう少し考えなくていいの?」
「だってノア的にはこっちなんでしょ?」
「うん」
「だったらこれでいい」
エリアは首を傾げ、目を細めて屈託なく笑った。
上機嫌に鼻歌を歌いながら、会計に向かった。
「お待たせー」
店の外で待っていると、エリアが小走りでやってきた。
それから、ふと不安げな表情で尋ねてきた。
「……やっぱり、怒ってる?」
「えっ、何が?」
僕、何かされたっけ。
「何がって……誕生日に好きな人の家にお呼ばれされてる時に、こんな訳もわからずに振り回されたら、普通は嫌じゃん」
「あぁ、そういう事。そりゃ、なんだろうとは思うけど、怒ったりはしないよ。エリアが意地悪でこんな事をしないのはわかってるからさ。エリアの方こそ、直帰しなくて大丈夫だったの?」
僕が聞き返すと、エリアがふいっと視線を逸らしてしまった。
「……本当に、ずるいね君は」
「えっ、何か言った?」
小さくて聞こえなかった。
「ううん、何でもない。私は大丈夫だよ。ちゃんと両親に許可は取ってきたから。まあ、私たちの誕生日の時ほどは居れないけどね」
エリアは口元を緩めた。
穏やかで、それでいてどこか寂しげな笑みだったが、彼女はすぐにいつもの活発な笑顔に戻った。
気のせいだったのだろうか。
「にしても、私が初めてなんじゃない? 誕生日デートしたの」
エリアがニヤニヤと脇腹を突いてくる。
「ごめん。去年、アローラとすでにしちゃってる」
「チッ、あの女。ノアの初めてを私から奪いやがって」
「誤解を招くような言い方はやめてね」
「えぇ~、あながち間違いでもないと思うんだけどな」
「合ってないのは事実だから」
「ちぇっ」
くだらないやり取りを交わしつつ、車に戻る。
「次はどこに行くの?」
「安心して。誘拐大作戦はこれで終わりだから」
「そうなんだ」
大作戦ってつけるの好きだな、エリア。
とは言っても、他には目下遂行中の偽り恋人大作戦しかないけど。
「ねぇ、ノア」
シャルの家が近づいてきた頃、エリアがふと真面目な表情で話しかけてきた。
「何?」
「これ買いに行ってた事、お姉ちゃんには秘密にしてもらっていい?」
エリアが洋服屋の袋を掲げた。
「いいけど、どうして?」
「内緒で買いに行った事がバレたら羨ましがるだろうし、誕生日をお祝いしようって時に、その人が別の女と買い物してたら嫌だろうからさ」
「別の女って、僕らはまだお付き合いしてないんだし、エリアなら——」
「とにかく、お願い」
「……わかったよ」
考えすぎじゃないかと思ったが、エリアの表情がいつになく真剣だったので、僕は聞き入れた。
ありがとう、と彼女は微笑んだ。
また、寂しげな表情だった。
間もなくして、車はシャルの家に到着した。
その頃には、エリアもすっかりいつもの調子に戻っていた。
「あっ、ノア。ちょっとそのまま」
車から降りようとする僕を制したエリアは、自らの手で僕が座っている方のドアを開けた。
そして、気取った所作で手を差し伸べてくる。
「お手をどうぞ」
「いや、逆でしょ。性別的にも身分的にも」
「誕生日はそんなものには負けないのよ。ほら」
「はぁ……」
妙にテンションが高い。
別に嫌ではないため、素直にエスコートされる。
エリアは小走りで玄関まで向かい、扉に手をかけたところでこちらを振り返った。
開けてくれるつもりなのだろう。
僕が玄関に向かうと、果たしてエリアは「本日の主役、ご入場~」と笑みを浮かべながら扉を開けてくれた。
何だか微笑ましく思いながら、玄関に足を踏み入れた。
——パァーン!
「うえっ⁉︎」
突然の破裂音に、変な声が出てしまう。
ヒラヒラと紙吹雪が舞う。
白い世界の向こうでは、シャルがクラッカーを持って笑っていた。
「誕生日おめでとうございます、ノア君。素晴らしい反応でしたよ」
「あ、ありがとう。シャル」
まだ心臓がバクバク脈打っている。
「うえっ⁉︎ だって!」
「真似するな」
ケタケタ笑っているエリアに拳骨を落とす。
「いたぁ⁉︎ 最近、お姉ちゃんに感化されて暴力的になってきてない?」
「気のせいだよ。にしても、もしかして、これの準備のために僕を拉致したの?」
「これって?」
「クラッカーだよ。魔道具でしょ、それ」
「わお、よくわかったね」
「紙吹雪の舞い方がめっちゃ芸術的だったからね」
普通のクラッカーでは、あそこまで綺麗にはならない。
「そ。さっき二人で思いついてさ」
エリアがシャルに目配せをした。
何だ?
「どうだった? お姉ちゃん特製クラッカー、良かったでしょ?」
「えっ? あぁ、うん。心臓には悪かったけど、精神にはよかったよ」
「喜んでもらえて何よりです。それでは、サプライズも成功したところで、こちらへどうぞ」
シャルがリビングを示す。
何度も入っているため、僕は特に躊躇いもなく足を踏み入れ——、
「うええええ⁉︎」
再び素っ頓狂な声を上げた。
背後でエリアの吹き出す声が聞こえたが、今はそれどころではない。
整理整頓と断捨離を覚えた家主により簡素になっていたはずの部屋が、色とりどりのパーティー会場に様変わりしていた。
真っ先に視界に飛び込んできたのは、『ノア君 誕生日おめでとうございます』という折り紙で作られた文字だ。
部屋をぐるりと見渡してみると、壁の至るところに折り紙や花の装飾が施されている。
「すごい……これ、シャルが?」
「はい。その、どうでしょうか?」
こちらを窺うように上目遣いで見上げてくる。
「最高だよ。本当にありがとう」
「よかったです」
シャルがホッとしたようにはにかんだ。
可愛すぎる。
抱きしめたくなる衝動に駆られるが、エリアの手前、何とか堪えた。
「本当はね、ノアを拉致したのもこれのためだったんだよ。飾り付け自体は昨日のうちに終わったけど、お姉ちゃんが最終確認をしたいからって」
「そうだったんだ……えっ、じゃあさっき嘘吐いたの?」
先程はクラッカーの準備のために拉致した、と言っていたはずだ。
エリアがごめんごめん、と舌を出す。
「クラッカーは何日も前から準備してたよ。ノアが都合の良いように解釈してくれたから、それに乗っかっちゃった。その方がお部屋のサプライズのためにもいいと思って」
「うん、あれで終わりだと思って完全に油断してた」
エリアとシャルのアイコンタクトも、「このまま騙して驚かせよう」「そうしましょう」というやり取りだったのだろう。
「すみません、騙してしまって」
「全然いいよ。嬉しかったし」
申し訳なさそうな表情のシャルに笑いかける。
僕を喜ばせるためにしてくれた事なので、全くもって苛つきはしない。
むしろ、ニヤつかないようにするので精一杯だった。
家族以外にこういう事をしてもらうのは、初めての事だったから。
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