41 / 132
第一章
第41話 対照的なカップル
しおりを挟む
「放課後、少し話せないか?」
ジェームズからそう言われた時、アローラは怒りが沸々と込み上げた。
大喧嘩をした時に浴びせられた罵詈雑言や、アローラを見下すような視線は、今でもはっきり覚えている。
「……いいよ」
それでも、結局アローラは了承した。
このまま関係が終わるのは悔しかったし、ジェームズの態度がいつになくしおらしかったからだ。
放課後、待ち合わせのカフェに行くと、開口一番にジェームズは謝ってきた。
「すまなかった。ようやくアローラを手に入れられた喜びで、少し空回りしてしまっていたんだ」
「そんな……」
真摯に謝られた事で、アローラの中にくすぶっていたジェームズへの怒りがスッと消えていく。
心に余裕ができると、自分の悪いところも見えてくるものだ。
「私の方こそごめん」
アローラは頭を下げた。
「私だってわがままだったし、ジェームズだけが悪いわけじゃないよ」
「そうだな。俺たちは互いに未熟だった。けど、こんな形で終わらせたくはないんだ。アローラ、もう一度やり直してくれないか?」
「えぇ、やり直しましょう」
ジェームズから伸ばされた手を、アローラは迷う事なく握った。
まだジェームズの彼女でいられる事に、心から安堵した。
それからのデートも、ジェームズは人が変わったように紳士的だった。
アローラは初めて、彼とのデートを楽しい気分で終える事ができた。
帰宅して自分の部屋にこもり、唇に手を当てる。
初めて自分からねだったお別れのキスは、甘美な味だった。
下半身がうずく。
唇に触れた指をズボンの中に忍ばせてみると、そこはすでに湿っていた。
「あっ、ジェームズ……!」
強引に体を求められる事を想像し、自分を慰める。
しかし、脳内に映し出される映像は、いつの間にかノアに犯される自分に変わっていた。
そのまま、アローラは絶頂を迎えた。
「はぁ、はぁ、どうして……」
ベッドに体を投げ出して荒い息を吐きながら、アローラはつぶやいた。
「……いや、所詮は妄想だもん。実際にノアに犯されたいわけじゃないから、別にいいでしょ。痴漢される事を妄想する人だっているくらいだし」
妄想と実際の気持ちは別物なのだ——。
アローラは自分にそう言い聞かせた。
◇ ◇ ◇
アローラとジェームズの復縁は、瞬く間に学校中の噂となった。
二人が手を繋いで登校したからだ。
初めての事だった。
「大喧嘩したっていう話だったのに……ジェームズ君が謝ったのかな?」
「えー、でも、それはなくない? 彼、プライド高いし」
「そんなこと言ったらアローラさんも高そうだけど」
「確かにねー」
友人たちの会話を聞き流しつつ、エリアは思った。
どうでもいいな、と。
アローラとジェームズだからこそ関心がないというのもあるが、そもそも今のエリアには、他人の恋愛話で盛り上がれるほどの余裕がなかった。
というのも、人間主義者の集団にノアが襲われて以降、彼とお姉ちゃんの間に微妙に壁ができているのだ。
喧嘩しているというよりは、ノアが少しお姉ちゃんを遠ざけているという感じがする。
数日は様子を見てみたが、そろそろ限界だった。
エリアにとって、二人はどちらも大切な存在だ。
あまりギクシャクしているところは見たくないし、単純に三人でいる時も居心地が悪かった。
翌日の朝、思い切ってお姉ちゃんに尋ねてみた。
ノアとの間に何があったのか、と。
「それが、わからないのです」
お姉ちゃんは途方に暮れたような表情を浮かべていた。
「まさか、ジェームズとの婚約話について喋ったりはしてないよね?」
「それはしていません。いくらノア君相手でも」
「だよね。良かった」
お姉ちゃんとジェームズの間に縁談が持ち上がっていたという話は、断りの返事を入れたという報告とともに聞かされた。
あえて自分に話を回していなかった両親に憤慨するとともに、しっかりと自分の意見を伝えたお姉ちゃんを誇らしく思ったものだ。
「二人がギクシャクし始めたのって、ノアが襲われてからだよね?」
「はい」
「じゃあ、原因がそこにあるのは間違いないと思う。お姉ちゃんにとっても気分のいい話じゃないと思うけど、詳しく話してみてよ。第三者目線ならわかる事もあるかもしれないから」
「そうですね……」
お姉ちゃんが、その日の出来事を詳細に語ってくれる。
その中で気になったのは、お姉ちゃんが護衛を申し出た際にノアが渋る様子を見せた、というところだった。
お姉ちゃんがノアの送り迎えをするようになった事は知っていた。
実際、最近はイーサンに回り道してもらってノアを家まで迎えに行ってもいる。
しかし、ノアが難色を示していたというのは初耳だった。
「やっぱり、それが良くなかったのでしょうか……」
「案自体は妥当なものだと思うよ。前にも話した通り、今更お姉ちゃんとノアが距離をとっても意味はないしね。それがわかっているから、ノアも受け入れたんだと思う」
まあ、ノアの立場的に受け入れるしかなかったというのもあるとは思うけど。
聡明な彼の事だ。自分が断った方がお姉ちゃんに迷惑だと理解しているだろう。
「けど、もしかしたら、伝え方があんまり良くなかったのかもしれないね」
「伝え方?」
お姉ちゃんが眉をひそめた。
「お姉ちゃんがその話をした時、ノアは逡巡したんだよね?」
「はい。やはり迷惑だったのでしょうか……」
「それはないけど、なんて言ったらいいのかな」
お姉ちゃんは相当落ち込んでおり、ネガティヴ思考になっている。
些細な言い回しの誤りでも傷つきかねない。
エリアは慎重に言葉を選んだ。
「ほら、ノアもやっぱり男の子だからさ。お姉ちゃんに護衛対象として見られて、ちょっと傷ついちゃったんじゃないかって思うんだ」
「えっ?」
お姉ちゃんが目をぱちくりさせた。
その可能性は夢にも思っていなかったらしい。
エリアとしてもただの推測に過ぎないが、可能性は高いと睨んでいた。
何気ない会話や発言から、こと魔法に関してノアが劣等感を抱いている事は容易に察せられたし、好きな子の前でいい格好を見せたいと思うのは、男の子なら当たり前の事だろう。
それが、逆に自分が守られる対象として見られた事で、プライドが傷ついてしまったのではないだろうか。
「私がノア君を傷つけていたんですね……」
お姉ちゃんは目に涙を浮かべた。
——やばっ。
エリアは慌てて取りなしにかかった。
「ま、まだ決まったわけじゃないし、お姉ちゃんが悪いわけじゃないよ。とりあえず、ノアにも話を聞いてみるから、そんなに落ち込まないで。ほら、早くしないと遅刻するよ」
わざと明るくそう言って、ほとんど手のつけられていないパンを、お姉ちゃんの小さな口に突っ込んだ。
その日の昼休み、お姉ちゃんには生徒会室に来ないでもらうように言った。
まずはノアと二人で話したかったからだ。
「あれ、エリアだけ?」
「うん、お姉ちゃんは少し用事があるみたい」
「そっか」
ノアはどこかホッとしているようだった。
それを見て、エリアは苛立ちを覚えた。
「いい加減、お姉ちゃんと仲直りしたら?」
自分でも驚くほど冷たい声が出る。
だめだ。ノアを責めるな。
彼だって、好きで壁を作っているわけじゃないのだから。
「うん……」
ソファーに腰を下ろしたノアは、力なく頷いた。
その小さな背中は、いつになく頼りなかった。
エリアは隣に腰を下ろした。
意識して優しく話しかける。
「ねえ、何でノアはお姉ちゃんを避けているの?」
「……気づいてたんだ。僕の方が避けてるって」
「そりゃ、気づくよ。普段はあれだけイチャコラしてるんだから」
エリアは小さく笑った。
すぐに口元を引き締める。
「で、本当に何があったの? 無理に吐けとは言わないけど、自分で抱え込んでるだけじゃ見えてこないものだってあると思うよ」
ノアは躊躇うように何度か口を開閉させた。
「……シャルは悪くないよ。これは僕の問題なんだ」
そこには、自責の念が込められていた。
「シャルが僕の安全を考えて、護衛を買って出てくれた事はわかってる。けど、どうしても心の整理ができないんだ。彼女にとって頼れる存在になりたいのに、襲われれば助けてもらう事しかできないし、逆にシャルが襲われたとしてもできる事なんか何一つない」
ノアがふっと笑った。
寂しげな笑みだった。
「やっぱり僕みたいな落ちこぼれじゃ、シャルのような優秀な子の隣には立つ資格なんてない——」
——パチン!
乾いた音が生徒会室に響いた。
手のひらに残るジンジンとした痛みと、頬に手を当てて目を見開いているノアを見て、エリアは自分が彼を平手打ちした事に気づいた。
無意識だった。
遅れて、怒りが沸々と込み上げてくる。
「ふざけないでよ」
エリアは立ち上がり、呆然としているノアを見下ろした。
「隣に立つ資格って何? 魔法が不得手な人は魔法が得意な人を好きになっちゃいけないの? 弱い人は強い人の隣に立っちゃいけないの? 何、その醜い考え。魔法の才能や強さで人の価値を決めてるじゃん。そういうの、一番嫌いなんだけど」
「……そうだよね」
ノアが俯いてしまう。
エリアはハッと正気に戻った。
「ご、ごめん、言い過ぎたっ。ノアもそこまで極端に考えているわけじゃないよね。本当ごめん」
どうして自分はあんなにキツい言葉を使ってしまったのだろう。
今更のように、後悔が込み上げる。
「謝らないでいいよ。似たような事を考えていたのは事実だから……」
ノアが自嘲の笑みを浮かべた。
エリアに視線を向け、彼は続けた。
「でも、そうだよね。強さだけで人の価値が決まるわけじゃないよね」
「そ、そうだよ。ノアだって、別にお姉ちゃんが弱くなっても嫌いになったりしないでしょ?」
「まさか。もし仮に一切の魔法が使えなくなったとしても、シャルに対する想いは変わらないよ」
ノアは迷う事なく断言した。
本当にお姉ちゃんが好きなんだな、この人。
「……そういう事だよ。それに、ノアはこれまで十分にお姉ちゃんの助けになってるよ。物理的な強さはないかもしれないけど、人の強さってそれだけじゃないからさ。ノアはもっと自信を持っていいと思うし、お姉ちゃんの言葉、もう少し信じてあげてよ。お姉ちゃん、本当にノアには感謝してるんだから」
「そうだね。ありがとう、エリア」
ノアが立ち上がり、深々と頭を下げてくる。
エリアは罪悪感でいっぱいになった。
「やめてよ。私はただ暴言を吐いただけ。むしろごめん。心ない言葉をぶつけちゃって」
「いや、あれくらいガツンと言ってくれないと、今の僕は気づけなかったと思う」
だからありがとう——。
そう言って、ノアは微笑んだ。
「っ……!」
エリアは息を呑んだ。
話題を逸らす。
「で、これからどうするつもり?」
「シャルに謝るよ」
「告白はどうするの? 前にクリスマスにしたいって言ってたじゃん」
「うーん……」
ノアが唸った。
人の価値は強さだけでは決まらないとわかっていても、彼も男の子だ。
自分が強くなってから告白したいという思いもあるのだろう。
「ノアのタイミングですればいいと思うけど、女の子って中途半端な関係はあんまり好きじゃないからさ。あんまり待たせちゃだめだよ。後悔してからじゃ遅いしね」
「それはわかってるけど……シャル、待っててくれてるのかな」
不安げに呟くノアに対して、エリアは心の中で「あたりめーだろこの鈍感男」とツッコんだ。
ジェームズからそう言われた時、アローラは怒りが沸々と込み上げた。
大喧嘩をした時に浴びせられた罵詈雑言や、アローラを見下すような視線は、今でもはっきり覚えている。
「……いいよ」
それでも、結局アローラは了承した。
このまま関係が終わるのは悔しかったし、ジェームズの態度がいつになくしおらしかったからだ。
放課後、待ち合わせのカフェに行くと、開口一番にジェームズは謝ってきた。
「すまなかった。ようやくアローラを手に入れられた喜びで、少し空回りしてしまっていたんだ」
「そんな……」
真摯に謝られた事で、アローラの中にくすぶっていたジェームズへの怒りがスッと消えていく。
心に余裕ができると、自分の悪いところも見えてくるものだ。
「私の方こそごめん」
アローラは頭を下げた。
「私だってわがままだったし、ジェームズだけが悪いわけじゃないよ」
「そうだな。俺たちは互いに未熟だった。けど、こんな形で終わらせたくはないんだ。アローラ、もう一度やり直してくれないか?」
「えぇ、やり直しましょう」
ジェームズから伸ばされた手を、アローラは迷う事なく握った。
まだジェームズの彼女でいられる事に、心から安堵した。
それからのデートも、ジェームズは人が変わったように紳士的だった。
アローラは初めて、彼とのデートを楽しい気分で終える事ができた。
帰宅して自分の部屋にこもり、唇に手を当てる。
初めて自分からねだったお別れのキスは、甘美な味だった。
下半身がうずく。
唇に触れた指をズボンの中に忍ばせてみると、そこはすでに湿っていた。
「あっ、ジェームズ……!」
強引に体を求められる事を想像し、自分を慰める。
しかし、脳内に映し出される映像は、いつの間にかノアに犯される自分に変わっていた。
そのまま、アローラは絶頂を迎えた。
「はぁ、はぁ、どうして……」
ベッドに体を投げ出して荒い息を吐きながら、アローラはつぶやいた。
「……いや、所詮は妄想だもん。実際にノアに犯されたいわけじゃないから、別にいいでしょ。痴漢される事を妄想する人だっているくらいだし」
妄想と実際の気持ちは別物なのだ——。
アローラは自分にそう言い聞かせた。
◇ ◇ ◇
アローラとジェームズの復縁は、瞬く間に学校中の噂となった。
二人が手を繋いで登校したからだ。
初めての事だった。
「大喧嘩したっていう話だったのに……ジェームズ君が謝ったのかな?」
「えー、でも、それはなくない? 彼、プライド高いし」
「そんなこと言ったらアローラさんも高そうだけど」
「確かにねー」
友人たちの会話を聞き流しつつ、エリアは思った。
どうでもいいな、と。
アローラとジェームズだからこそ関心がないというのもあるが、そもそも今のエリアには、他人の恋愛話で盛り上がれるほどの余裕がなかった。
というのも、人間主義者の集団にノアが襲われて以降、彼とお姉ちゃんの間に微妙に壁ができているのだ。
喧嘩しているというよりは、ノアが少しお姉ちゃんを遠ざけているという感じがする。
数日は様子を見てみたが、そろそろ限界だった。
エリアにとって、二人はどちらも大切な存在だ。
あまりギクシャクしているところは見たくないし、単純に三人でいる時も居心地が悪かった。
翌日の朝、思い切ってお姉ちゃんに尋ねてみた。
ノアとの間に何があったのか、と。
「それが、わからないのです」
お姉ちゃんは途方に暮れたような表情を浮かべていた。
「まさか、ジェームズとの婚約話について喋ったりはしてないよね?」
「それはしていません。いくらノア君相手でも」
「だよね。良かった」
お姉ちゃんとジェームズの間に縁談が持ち上がっていたという話は、断りの返事を入れたという報告とともに聞かされた。
あえて自分に話を回していなかった両親に憤慨するとともに、しっかりと自分の意見を伝えたお姉ちゃんを誇らしく思ったものだ。
「二人がギクシャクし始めたのって、ノアが襲われてからだよね?」
「はい」
「じゃあ、原因がそこにあるのは間違いないと思う。お姉ちゃんにとっても気分のいい話じゃないと思うけど、詳しく話してみてよ。第三者目線ならわかる事もあるかもしれないから」
「そうですね……」
お姉ちゃんが、その日の出来事を詳細に語ってくれる。
その中で気になったのは、お姉ちゃんが護衛を申し出た際にノアが渋る様子を見せた、というところだった。
お姉ちゃんがノアの送り迎えをするようになった事は知っていた。
実際、最近はイーサンに回り道してもらってノアを家まで迎えに行ってもいる。
しかし、ノアが難色を示していたというのは初耳だった。
「やっぱり、それが良くなかったのでしょうか……」
「案自体は妥当なものだと思うよ。前にも話した通り、今更お姉ちゃんとノアが距離をとっても意味はないしね。それがわかっているから、ノアも受け入れたんだと思う」
まあ、ノアの立場的に受け入れるしかなかったというのもあるとは思うけど。
聡明な彼の事だ。自分が断った方がお姉ちゃんに迷惑だと理解しているだろう。
「けど、もしかしたら、伝え方があんまり良くなかったのかもしれないね」
「伝え方?」
お姉ちゃんが眉をひそめた。
「お姉ちゃんがその話をした時、ノアは逡巡したんだよね?」
「はい。やはり迷惑だったのでしょうか……」
「それはないけど、なんて言ったらいいのかな」
お姉ちゃんは相当落ち込んでおり、ネガティヴ思考になっている。
些細な言い回しの誤りでも傷つきかねない。
エリアは慎重に言葉を選んだ。
「ほら、ノアもやっぱり男の子だからさ。お姉ちゃんに護衛対象として見られて、ちょっと傷ついちゃったんじゃないかって思うんだ」
「えっ?」
お姉ちゃんが目をぱちくりさせた。
その可能性は夢にも思っていなかったらしい。
エリアとしてもただの推測に過ぎないが、可能性は高いと睨んでいた。
何気ない会話や発言から、こと魔法に関してノアが劣等感を抱いている事は容易に察せられたし、好きな子の前でいい格好を見せたいと思うのは、男の子なら当たり前の事だろう。
それが、逆に自分が守られる対象として見られた事で、プライドが傷ついてしまったのではないだろうか。
「私がノア君を傷つけていたんですね……」
お姉ちゃんは目に涙を浮かべた。
——やばっ。
エリアは慌てて取りなしにかかった。
「ま、まだ決まったわけじゃないし、お姉ちゃんが悪いわけじゃないよ。とりあえず、ノアにも話を聞いてみるから、そんなに落ち込まないで。ほら、早くしないと遅刻するよ」
わざと明るくそう言って、ほとんど手のつけられていないパンを、お姉ちゃんの小さな口に突っ込んだ。
その日の昼休み、お姉ちゃんには生徒会室に来ないでもらうように言った。
まずはノアと二人で話したかったからだ。
「あれ、エリアだけ?」
「うん、お姉ちゃんは少し用事があるみたい」
「そっか」
ノアはどこかホッとしているようだった。
それを見て、エリアは苛立ちを覚えた。
「いい加減、お姉ちゃんと仲直りしたら?」
自分でも驚くほど冷たい声が出る。
だめだ。ノアを責めるな。
彼だって、好きで壁を作っているわけじゃないのだから。
「うん……」
ソファーに腰を下ろしたノアは、力なく頷いた。
その小さな背中は、いつになく頼りなかった。
エリアは隣に腰を下ろした。
意識して優しく話しかける。
「ねえ、何でノアはお姉ちゃんを避けているの?」
「……気づいてたんだ。僕の方が避けてるって」
「そりゃ、気づくよ。普段はあれだけイチャコラしてるんだから」
エリアは小さく笑った。
すぐに口元を引き締める。
「で、本当に何があったの? 無理に吐けとは言わないけど、自分で抱え込んでるだけじゃ見えてこないものだってあると思うよ」
ノアは躊躇うように何度か口を開閉させた。
「……シャルは悪くないよ。これは僕の問題なんだ」
そこには、自責の念が込められていた。
「シャルが僕の安全を考えて、護衛を買って出てくれた事はわかってる。けど、どうしても心の整理ができないんだ。彼女にとって頼れる存在になりたいのに、襲われれば助けてもらう事しかできないし、逆にシャルが襲われたとしてもできる事なんか何一つない」
ノアがふっと笑った。
寂しげな笑みだった。
「やっぱり僕みたいな落ちこぼれじゃ、シャルのような優秀な子の隣には立つ資格なんてない——」
——パチン!
乾いた音が生徒会室に響いた。
手のひらに残るジンジンとした痛みと、頬に手を当てて目を見開いているノアを見て、エリアは自分が彼を平手打ちした事に気づいた。
無意識だった。
遅れて、怒りが沸々と込み上げてくる。
「ふざけないでよ」
エリアは立ち上がり、呆然としているノアを見下ろした。
「隣に立つ資格って何? 魔法が不得手な人は魔法が得意な人を好きになっちゃいけないの? 弱い人は強い人の隣に立っちゃいけないの? 何、その醜い考え。魔法の才能や強さで人の価値を決めてるじゃん。そういうの、一番嫌いなんだけど」
「……そうだよね」
ノアが俯いてしまう。
エリアはハッと正気に戻った。
「ご、ごめん、言い過ぎたっ。ノアもそこまで極端に考えているわけじゃないよね。本当ごめん」
どうして自分はあんなにキツい言葉を使ってしまったのだろう。
今更のように、後悔が込み上げる。
「謝らないでいいよ。似たような事を考えていたのは事実だから……」
ノアが自嘲の笑みを浮かべた。
エリアに視線を向け、彼は続けた。
「でも、そうだよね。強さだけで人の価値が決まるわけじゃないよね」
「そ、そうだよ。ノアだって、別にお姉ちゃんが弱くなっても嫌いになったりしないでしょ?」
「まさか。もし仮に一切の魔法が使えなくなったとしても、シャルに対する想いは変わらないよ」
ノアは迷う事なく断言した。
本当にお姉ちゃんが好きなんだな、この人。
「……そういう事だよ。それに、ノアはこれまで十分にお姉ちゃんの助けになってるよ。物理的な強さはないかもしれないけど、人の強さってそれだけじゃないからさ。ノアはもっと自信を持っていいと思うし、お姉ちゃんの言葉、もう少し信じてあげてよ。お姉ちゃん、本当にノアには感謝してるんだから」
「そうだね。ありがとう、エリア」
ノアが立ち上がり、深々と頭を下げてくる。
エリアは罪悪感でいっぱいになった。
「やめてよ。私はただ暴言を吐いただけ。むしろごめん。心ない言葉をぶつけちゃって」
「いや、あれくらいガツンと言ってくれないと、今の僕は気づけなかったと思う」
だからありがとう——。
そう言って、ノアは微笑んだ。
「っ……!」
エリアは息を呑んだ。
話題を逸らす。
「で、これからどうするつもり?」
「シャルに謝るよ」
「告白はどうするの? 前にクリスマスにしたいって言ってたじゃん」
「うーん……」
ノアが唸った。
人の価値は強さだけでは決まらないとわかっていても、彼も男の子だ。
自分が強くなってから告白したいという思いもあるのだろう。
「ノアのタイミングですればいいと思うけど、女の子って中途半端な関係はあんまり好きじゃないからさ。あんまり待たせちゃだめだよ。後悔してからじゃ遅いしね」
「それはわかってるけど……シャル、待っててくれてるのかな」
不安げに呟くノアに対して、エリアは心の中で「あたりめーだろこの鈍感男」とツッコんだ。
115
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

【完結】100日後に処刑されるイグワーナ(悪役令嬢)は抜け毛スキルで無双する
みねバイヤーン
恋愛
せっかく悪役令嬢に転生したのに、もう断罪イベント終わって、牢屋にぶち込まれてるんですけどー。これは100日後に処刑されるイグワーナが、抜け毛操りスキルを使って無双し、自分を陥れた第一王子と聖女の妹をざまぁする、そんな物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる