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第一章

第23話 ノアの居場所

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 シャーロットがトイレを済ませて帰ってくると、ノアはベッドに横になっていた。
 すぅすぅと寝息を立てている。
 片手に本を握っているあたり、寝落ちしてしまったのだろう。

 シャーロットはその寝顔をしげしげと観察した。
 ノアは童顔だが、普段はどこか達観したような大人びた顔つきをしている。
 それが今は無防備で、幼さがマシマシになっていた。

 ——端的に言って、とても可愛かった。
 気がつけば、シャーロットはその頬に手を伸ばしていた。

「もちもち……スベスベ……」

 続いて髪にも触れる。

「サラサラ……もふもふです……可愛い……」

 シャーロットはノアが熟睡しているのをいい事に、彼の頬と髪をいじり続けた。
 そして、気のすんだところで我に返り、羞恥で赤面した。

「何をやっているんですか私……!」

 慌ててノアから離れ、視線を切る。
 目を閉じてしまうと色々想像してしまうため、悪いとは思いつつも部屋の中をぐるりと見回した。

 シャーロットに指摘するだけあって、ノアの部屋はしっかりと片付いていた。
 大量の本があるにも関わらず、窮屈に感じない。統一感がある。

「よく考えたら、ノア君ってかなりハイスペックですよね……」

 料理や掃除ができて、勉強も運動もできる。
 魔法以外、不得手な事が見当たらなかった。

 私も自分の家の掃除や整理整頓せいとんくらいはできるようになろう、とシャーロットは心に誓った。



 そのまま部屋に滞在するのは精神衛生的に良くなさそうだったため、シャーロットはリビングに顔を出した。
 ノアの母親であるカミラが何やら書き物をしていた。

「あら、シャーロットちゃん。どうしたの?」
「私がお手洗いに行かせてもらっている間に、ノア君が寝てしまいまして……」
「あらあら、仕方ない子ね。女の子を放っておくなんて」
「いえ、私が悪いんです。ここ二日間、彼にはお世話になりっぱなしだったので」
「気にしなくていいのよ。あの子が好きでやっているんだから」

 お茶でも入れるわね、とカミラが立ち上がった。
 手伝おうとしたが、お客さんなんだから、と制される。

「粗茶だけど」
「ありがとうございます……美味しいです」
「それは良かった」

 カミラが微笑んだ。
 とても母親世代とは思えない美貌の持ち主だ。
 ノアには似ていない。彼は父親似なのだろうか。

「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「あぁ、いえ、お若いなと思って」
「あら、お上手ね」

 カミラがウフフと笑った。
 笑みを残したまま尋ねてくる。

「似てないでしょ、私とノアって」
「まあ、はい。そうですね」
「似てなくて当然なのよ。あの子、私たち夫婦の子供じゃないから」
「えっ……」

 シャーロットは口をぽかんと開けて固まった。

「やっぱりシャーロットちゃんにも言っていなかったのね」
「は、はい。普段はあまりそういう話をしないので」

 シャーロットの家庭事情を気遣ってくれているだけかと思っていたが……、

「あの子ね、六歳の時に本物の両親と死別しているの。私たちは縁があったし、子供もいなかったから引き取ったのよ」
「そうだったんですか……でもこれ、私が聞いてしまって良かったのでしょうか」
「良くないかもしれないわね」

 カミラがカラッと笑った。
 彼女は一転、真剣な表情になった。

「でも、あなたには知っておいて欲しかったのよ」
「えっと……なぜですか?」
「まず一つとして、あの子は両親が死んでしまった事のショックからか、幼い頃の記憶がほとんどないの」
「えっ……」

 シャーロットは絶句した。

「その事はノアも自覚している。だから、あまり幼少期の話とかはしないでもらえると助かるわ」
「わ、わかりました」

 本物の家族との思い出が何一つない。それはどんなに悲しい事だろう。
 両親はともかく、エリアとの思い出が全て消えてしまったら……、
 そう考えるだけで、シャーロットは寒気がした。

 自分が思っているよりずっと、ノアは過酷な人生を送ってきたのだと、シャーロットは気付かされた。

「……そんなに深刻にならないで。本当のお願いは次だから。あなたには、ノアの居場所になってほしいの」
「……えっ?」

 何を言っているのだろう。
 本当は親子仲が良くないのだろうか?
 そんなシャーロットの疑問を感じ取ったように、カミラは続けた。

「家族仲が悪いわけじゃないわ。私も夫もノアとは良好な関係を築けていると思うし、本物の子供のように愛している。けど、あの子にとって私たちは本物の親じゃないのよ」
「どういう事ですか?」
「ノアは全く甘えてこないし、頼ってこないのよ。きっと、私たちに迷惑がかからないようにする事が、あの子にとっての最優先事項になってしまっているのね」

 血も繋がっていないのに育ててもらっているのだ。
 カミラたちの思いがどうあれ、ノアが後ろめたさを感じてしまっていても不思議ではない。

 両親ではなく使用人に育ててもらっていたシャーロットには、ノアの気持ちが何となく理解できた。

「この前だって、あの子はすごく追い詰められていたのに、私たちの前では平気そうに振る舞っていた。何でも自分の内側に溜め込んじゃう子なのよ。多分、自分でも気づかないうちに」
「それはわかる気がします」

 シャーロットは、自身の胸で泣きじゃくったノアの姿を思い出していた。

「あぁ、そういう事……」

 カミラは納得したように頷いた。

「何がですか?」
「その時にあの子を救ってくれたのが、シャーロットちゃんなのね」
「救ったなんて大袈裟なものではありませんよ。少しだけ心を軽くできたとは思いますが……私の方がたくさん救われていますから」
「けど、あの子はあなたの事をずいぶん信頼しているわ。ああ見えて警戒心の強い子だから、信頼していない相手の前で無防備な姿は見せないもの」

 カミラはシャーロットを見て優しく微笑んだ。

「ぬか喜びさせても申し訳ないから、恋愛的にノアがあなたの事を好きかどうかは断言できないけど、信頼して大切にしているのは事実よ」
「そうですか……」

 自覚はしていたが、やはり他人からお墨付きをもらえると安心するし、嬉しい。
 それが、ノアの事を大切にしているであるなら尚更だ。

 しかし、シャーロットは気づいてしまった。
 ぬか喜びさせても申し訳ないから——。
 さらっとカミラが言った、その言葉の意味に。

 彼女は、シャーロットがノアの事を好きだと気づいているのだ。

「あ、あの、そんなに私、わかりやすかったですか……?」
「えぇ、私からすればね」

 カミラが口元を緩めた。

「そうじゃなければ、いくらシャーロットちゃんを気に入っていたとしても二人きりにさせたりはしないわよ」
「た、確かに……」

 あんな短時間で見抜かれていたのか、恥ずかしい。
 シャーロットは頬に熱が集まるのを感じた。

「あなたたちが今後どういう関係になるのかはわからないけど、できる範囲でノアの事を支えてあげて欲しいのよ。きっとあなたになら、あの子も素直に甘えられると思うから」
「自信はありませんが……少しでもノア君の力になりたいとは思っています」
「それで十分よ。ありがとう」

 カミラは本当に嬉しそうに笑った。

 ……いいなぁ。
 血も繋がっていないのにここまで愛されているノアが少し、いや、かなり羨ましかった。
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