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第一章

第2話 クラスメートからの罵倒

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 僕が登校すると、僕がアローラに振られたという話は学年中に広がっていた。
 僕らのやりとりを見ていた人はいないはずだから、アローラかジェームズ、または事情を知ったその取り巻きが広めたのだろう。

「おい、彼女募集中が来たぞー!」

 僕が教室に入るなり、一人の男子生徒が大声を上げた。
 レヴィという、人の噂話が大好きなBランクのクラスメートだ。
 特に低ランクの不幸話になると、花の蜜に誘われる虫の如く寄ってくる。

「あんた行きなよ! 彼氏募集中でしょ?」
「やだよっ、私まで魔法使えなくなっちゃう!」
「あいつウイルスかよ!」
「ウイルスだろ!」

 ギャハハハ、と笑い声が教室中に響いた。
 クラスメートの行動は二パターンに分類できる。
 一緒になって笑うか、無関心を貫くか、だ。

「よう、ノア! ずいぶんと遅かったじゃねーか!」

 レヴィが意地の悪い笑みを浮かべながら肩に手を回してくる。

「あれれ~? 今日は一人じゃん。どうしたのー?」

 わざとらしく問いかけてくるのは、レヴィと同じくBランクのイザベラ。
 簡単にいうと、女版レヴィだ。

 本当は無視したかったが、粘着質でプライドの高い二人のことだ。
 そんなことをすれば、攻撃がさらに苛烈になるのは目に見えている。

 一刻も早く解放されるためには、お望み通りの返答をして彼らの加虐心を満足させてやるしかない。

「……振られたんだよ」

 僕がそう言うと、レヴィとイザベラ、そして彼らの取り巻きが一斉に爆笑した。
 正確には、二人を含めた全員がジェームズとアローラの取り巻きのようなものだが。

 うちのクラスのカーストトップは、Aランク魔法師のジェームズとアローラだ。
 しかし、ジェームズはすかしてるし、アローラは元々Eランクだったこともあり、溶け込みきれていない。
 そのため、二人に次ぐ実力を持つレヴィとイザベラが、クラスの中心になって話を回す役割を担っているのだ。

 ちなみに、うちのクラスにはもう一人、Aランクの魔法師がいる。
 シャーロットという女の子で、生徒会長も務めている。

 サラサラとした水色の髪に、同色の澄んだ瞳、形の良い長いまつげ。抜けるような白い肌とふっくらした頬。桜色のつややかな唇。そして、引き締まった体つき。
 凹凸おうとつこそあまりないが、男子の中では相当な人気を博していた。
 レヴィなどは好意を寄せているようだが、その心を射止められた者は誰もいない。

 彼女はいわゆる本の蟲で、本以外のことにはめっぽう興味がない。
 普段の無愛想な表情と読書をしている時の感情豊かな様子は、別人ではないかと疑いたくなる。
 そのギャップにやられた男子も多いらしい。

 僕はクラスの中ではよく話す方だが、それは読書という趣味が共通しているからだ。
 その他のいわゆる普通の日常会話はあまりした記憶がない。

 今も、この喧騒けんそうの中でありながら涼しい表情で本を読んでいる。
 ……いや、よく見れば少し顔をしかめているから、うるさいとは思っているのだろう。

「何、今の! 振られたんだよ、だって。チョーウケるんだけど!」
「なんか不満そうだったんだけど! もしかして振られたことに納得できてないの⁉︎ Eランクのくせに!」
「いやいや、それはさすがにわきまえてるでしょ。頭の出来までEランクだったらさすがに可哀想すぎるって!」
「頭の出来もEランク! めっちゃウケんだけど!」

 各々が好き勝手に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせてくる。
 皆の前でここまで集団攻撃を受けたのは初めてだ。

 これまでは些細な嫌がらせだけだった。
 仮にもアローラの彼氏だったから、表立って攻撃するのはまずいという程度のことを判断する理性はあったのだろう。
 Aランクの彼女という後ろ盾がなくなった今、これまで溜めてきた憂さ晴らしも込めてられているのかもしれない。

 しかし、常々僕は疑問だった。
 彼らは、自分たちが攻撃している人間が覚醒するリスクは考えていないのだろうか。
 アローラのときは報復されなかったから大丈夫だとタカを括っているのか、ジェームズが後ろにいるから大丈夫だと思っているのだろうか。

 その辺のところも聞いてみたいが、まともな答えを返せるならそもそもこんなことはしていないか。

 ……ダメだ。イラついてしまっている。
 冷静になろう。
 一番の目的は最速で解放されることであって、論破することじゃない。

 僕が自分を抑えていると、悔しがっているとでも思ったのだろう。
 レヴィがさらに笑みを深めて顔を覗き込んできた。

「おい、悔しいか? だったら何か言い返してみろよ!」
「できるわけねーよ! こいつはただアローラに寄生してただけなんだから!」
「どうせ振られた時もそうやってダンマリしてたんだろ?」
「うわっ、ダッサ!」
「引くわー」

 我慢だ、我慢。
 ここで言い返しても良いことなど何一つない。
 僕はかたくなに無反応をつらぬいた。

「おい、何とか言ってみろよ!」

 レヴィが僕の胸を押した。
 手応えのなさに苛立ってきているのだろう。
 意地の悪い笑みは影をひそめ、憎々しげにこちらを睨みつけている。

 良いぞ。
 僕は内心でガッツポーズをした。
 反抗してこない相手を攻撃し続けることは難しい。

 そろそろ彼らは虚しさを感じ始めているはず。
 この地獄のような時間もあと少しで終了するだろう。

 ここまで、九割方は僕の思い通りに事が進んでいた。
 実際、レヴィもイザベラも表情は白けており、この茶番を終わらせようとする素振りを見せていた。

 しかし、予想外の一手が打たれた。

「でもさぁ、これまでジェームズとアローラがイチャイチャできなかったのって、ノアが寄生してたからじゃん。なのに二人に謝罪もしないって、おかしくね?」

 ……こいつは何を言っているんだ?
 僕はその発言をしたクラスメートをまじまじと見つめてしまった。

 一瞬の静けさの後、レヴィが「確かに」と呟いた。

「確かにそうじゃん。おい、ノア。二人に土下座しろよ」
「……はっ?」

 ……あぁ、やってしまった。
 反抗的な態度を取ってはいけないとわかっていたのに。

 レヴィが獲物を見つけた獣のように瞳を光らせた。

「あっ? なんだその目はよぉ!」

 頭を掴まれ、引きずられる。

「ぐっ……!」

 魔法を使って身体能力を強化しているのだろう。
 ロクに魔法を使えない僕との力量差は一目瞭然だ。
 一向に振り解けない。

 そのままジェームズとアローラの前まで連れて行かれる。
 床に放り投げられた。

「おらっ、土下座しろよ! 身の程をわきまえずに二人の邪魔をしてすみませんでしたって!」
「っ……!」

 僕は唇を噛んだ。
 逆らったらもっと酷い目に遭う。
 そんなことはわかっていた。
 わかっていても、僕は動けなかった。

 我慢しろ、ノア。
 今後の自分のためだ。
 プライドなんて捨ててしまえ。

 頭では理解しているのに、体が言うことを聞いてくれない。

「おい、てめえ——」
「その辺にしてといてやれ」

 その声で、教室は一気に静まり返った。
 ジェームズだった。

「ド底辺が少しでも栄光にあやかりたいと思うのは不思議なことじゃない。共感はまるでできないが、理解くらいはしてやれ。ゴミにしかない苦労やプライドだってきっとあるんだろう」
「おおー、さすがジェームズ君!」
「ゴミにまで気を遣うなんて、優しすぎるよ!」
「振るだけで許してあげたアローラもマジで心広いよな!」
「二人とこのゴミが同じ人間だっていうのが信じらんねーんだけど!」
「それな!」

 本当に隙あらば悪口を言うな。ジェームズとアローラにゴマをすっていたんじゃないのか。
 心の中で悪態を吐きながら立ち上がった。

 アローラとジェームズの方へは見向きもせず、自席に座る。
 隣の席で本に目を落とす生徒会長は、一度も顔を上げなかった。
 その顔は、普段の読書をしている時の幸せそうな表情とは程遠かった。

 チャイムが鳴り、先生が入ってきた。
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