自殺しようとしているクラスメートを止めたら、「じゃあ私を抱けるんですか?」と迫られた

桜 偉村

文字の大きさ
上 下
28 / 29

第28話 誕生日④ —楓の告白—

しおりを挟む
 嘘を吐いていた——。
 かえではそう言った。

「嘘?」
「はい。単刀直入に言いますが……私はあの日、本当に自殺をしようとしていたわけではなかったんです」
「えっ……」

 俺は口をぽかんと開けたまま固まった。おそらく間抜けな面を晒しているだろう。予想だにしていなかった告白だった。
 楓が痛々しげな笑みを浮かべた。

「あのときは悠真ゆうま君もテンパっていたのでわからなかったでしょうけど、実は首を吊っても足はギリギリ届くようにしていたんです」
「……どうしてそんなことを?」
「自殺未遂をしたことが広まるか警察沙汰にでもなれば、状況も少しは好転するかなと思ったんです」

 楓の顔には寂しげな笑みが浮かんでいた。
 状況とはいじめか家庭環境か。いや、両方だろうな。

「そこに悠真君が現れました。自殺を必死に止めてくれるあなたを見て、私は利用できると思いました。大袈裟に事情を話して同情を誘って抱かれることで、元カレたちに言われたことを少しでも帳消しにしようとしたんです。私だってちゃんと男の人を興奮させることができるんだって。あいつらの言っていることなんて気にしなくていいんだって。今思えば馬鹿ですよねっ……」

 楓の瞳に涙が浮かんだ。彼女は深々と頭を下げた。

「優しさにつけ込んで騙すような真似をして、本当にごめんなさい……!」

 声も体も震えていた。
 腰を深く折り曲げたままのその姿勢は、まるで神様に裁きを下される罪人のようだった。

「……っはぁ~」

 俺は思わずため息を吐いてしまった。
 楓がビクッと体を震わせた。

「なんだ、そんなことかよ……」
「——えっ?」

 楓が勢いよく顔を上げた。
 俺は苦笑を浮かべてみせながら、

「関係が壊れるくらいっていうから、どんな爆弾が投下されるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
「あ、あの、悠真君? ——ふぐっ」

 楓の両頬をつまんだ。遊園地でそうしたときよりも強く。

「楓は騙してなんかねえよ」
「っ……!」

 潤んだ瞳が大きく見開かれた。
 目を真ん丸にした楓はたいそう可愛らしいが、愛でるのは伝えるべきことを伝えた後だ。

「楓は騙してねえし、今の話を聞いて騙されたともつけ込まれたとも思わねえよ。たとえ本気で死のうとしてなかったとしても、その考えに行き着いて実行するくらいまでは追い詰められてたってことだし、同情してほしくて大袈裟に言っちゃうくらいには辛かったってことだろ。楓はただ助けを求めてくれただけだ。何も悪いことなんてしてねえよ」
「……失望、しないんですか?」
「んなわけねえだろ。むしろ、正直に打ち明けてくれてもっと好きになったわ」
「っ……」

 楓は呆然としていた。

(信じてねえな、こいつ)

 なんだか腹が立った。ぽかんと開けられた口に自らのそれを押し当て、強引に舌を侵入させた。

「んんっ⁉︎」

 楓が反射的に押し返そうとしてくるが、そこは男女の体格差だ。
 胸に添えられた彼女の手を拘束しつつ、俺は心のおもむくままにその口内をむさぼった。

「ん……ん……!」

 楓の鼻から抜けるような嬌声を出した。
 だんだんとふやけていく姿を見て、ようやく溜飲が下がった。

 唇を離すと胸に倒れ込んできた。腰が砕けてしまったのだろう。荒く息を吐いていた。

「これで信じてくれたか?」
「ご、強引すぎます……!」
「だって、これくらいやんないと信じないだろ」

 楓が気まずそうにふいっと視線を逸らした。図星だったのだろう。
 顎に手を添えて無理やりこちらを向かせる。

「まだ安心できないっていうなら、いくらでもなんでもするけど?」
「も、もう十分ですっ!」
「それは残念」

 もう限界とばかりに叫んだ楓を茶化すように笑った。
 彼女はうぅ、とうめき声をあげた。胸をポカポカ叩いてくる。

 よかった。いつもの楓が戻ってきたみたいだ。
 叩かれているのも構わず、その体を抱きしめる。

「……誤魔化そうとしてますよね」
「そんなことはないぞ」

 楓がぷくっと頬を膨らませた。
 指先で突いてやれば、すぐに風船のようにしぼんでいくばかりかゆるゆると弧を描いていった。

「……もうっ」

 楓は朱色に染まった頬を胸に押し付けてきた。
 腰に手を回してしっかりと抱き寄せる。頭を撫でた。相変わらずサラサラだな。
 髪の毛にキスを落としてやれば、楓はくすぐったそうに体をくねらせた。

「どうする? とりあえずケーキ食べちゃうか?」
「……もう少しだけ、このままでもいいですか?」
「もちろん」

 楓はしばらくして「充電完了です」と顔を上げた。
 赤らんでいたが、晴れやかな表情だった。

「足りなくなったら言ってくれ。いつでも貸すからな」
「はいっ」

 楓は元気よく返事をした。はにかむような笑みが浮かんでいた。
 ケーキは二人で食べ切れるくらいの小さいものだ。四頭分して一つずつお皿に乗せる。

 主役の楓が食べ始めてから俺も手をつけようと思ったが、彼女はフォークを握ったままなかなか手を動かさなかった。

「どうした? お腹いっぱいなら明日でもいいんだぞ」
「い、いえ、そうではなくてですねっ」

 楓は逡巡するように視線を右往左往させた後、頬を染めて窺うように上目遣いを向けてきた。

「そのっ……あ、アーン……してほしいなって」
「っ——」

 楓の顔は湯気が出そうなほど赤かった。
 ……こんな健気で可愛いお願い、断り方があるなら教えてくれ。

「お安いご用だ」

 一口大に切り、フォークで刺したケーキを楓の口元に持っていく。
 小さな口がぷるぷると開かれた。パクりと咥え込んだ。

「うまいか?」
「あ、甘いです」

 楓は真っ赤になりつつも嬉しそうに笑った。
 それでもさすがに羞恥心がすさまじかったようだ。二口目からは自分で食べ始めた。

 よかった。
 これ以上可愛いところを見せられたら、ケーキではなく楓を食べてしまうところだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

見えるものしか見ないから

mios
恋愛
公爵家で行われた茶会で、一人のご令嬢が倒れた。彼女は、主催者の公爵家の一人娘から婚約者を奪った令嬢として有名だった。一つわかっていることは、彼女の死因。 第二王子ミカエルは、彼女の無念を晴そうとするが……

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お嬢様の“専属”

ユウキ
恋愛
雪が静かに降りしきる寒空の中、私は天涯孤独の身となった。行く当てもなく、1人彷徨う内に何もなくなってしまった。遂に体力も尽きたときに、偶然通りかかった侯爵家のお嬢様に拾われた。 お嬢様の気まぐれから、お嬢様の“専属”となった主人公のお話。

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

それは私の仕事ではありません

mios
恋愛
手伝ってほしい?嫌ですけど。自分の仕事ぐらい自分でしてください。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...