自殺しようとしているクラスメートを止めたら、「じゃあ私を抱けるんですか?」と迫られた

桜 偉村

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第25話 楓の誕生日① —特別な日—

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 祭りやプール、水族館にピクニック。
 パッと思いつくだけでも夏休みはイベントが目白押しだ。

 しかし断言できる。夏休みに入って程なくしてやってきた今日この日が、夏休みにおいて一番重要な日であると。

かえで、誕生日おめでとう」

 俺は玄関で出迎えた楓に、開口一番に用意していた言葉を贈った。
 そう。今日は待ちに待った彼女の誕生日なのだ。

「ありがとうございます」

 はにかむように微笑んだ楓は、以前のデートで購入した服を一式装備していた。

 淡い水色のノースリーブと濃い青色のロングスカートの組み合わせだ。
 頭にはオシャレ兼日焼け対策だろう麦わら帽子をかぶり、肩から白のショルダーバックを提げている。

 肩から伸びる白くて程よく肉もついてきた腕には自然と視線が吸い寄せられてしまうが、全体的には清楚な出立ちだった。

「どうですか? これ」

 楓はファッション全体を見せるようにくるりと一回転した。

「すげえ可愛いぞ。めっちゃ似合ってる。前よりも健康的な体になったから、ノースリーブもめっちゃ映えるな」
「健康的な体って、なんかエッチな言い方ですね」
「そ、そういう意味じゃねえって」

 俺は慌てて否定した。
 楓がイタズラっぽく笑った。

「ふふ、わかってますよ。悠真ゆうま君も一段と格好いいです」
「おう、サンキュー」
「どうして今日、そんなに気合を入れてきてくれたんですか?」

 そんなのは楓もわかりきっているはず。その上で言わせたいのだろう。いつもよりテンション高いな。
 改まって口にするのは気恥ずかしいけど、主役にお願いされちゃ仕方ねえな。

「そりゃもちろん、可愛い彼女の誕生日だからな」
「よくできました」

 楓はにぱっと子供のように無邪気な笑みを浮かべた。頭をポンポンと撫でてくる。
 あやされているようで気恥ずかしいが、楽しそうに笑っている姿を見るとこちらも自然と笑みが溢れてしまうのだから、つくづく惚れ込んでいるな俺も。

「じゃあ、行くか」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってください」

 楓が慌てたように言った。

「どうした?」
「今日は私が主役の特別な日、じゃないですか」
「おう、そうだな」
「だから、その……ぎゅって、してほしいなって」

 ……おっふ。
 可愛い彼女におねだりするように上目遣いで見上げられて断れるやついる? いねえよなぁ。

「お安い御用だ」

 腕を広げると、楓が自ら飛び込んできた。いつもより積極的だ。
 俺の胸——心臓のあたりに頬を押し当てて、

「ふふ、悠真君。ドキドキしてますね」
「そ、そりゃ仕方ないだろ」
「そうですよね、仕方ないですよね」

 楓がはしゃいだ声を出した。嬉しそうでもあり、揶揄いの色も垣間見えた。
 翻弄されて悔しかったので、少しだけ反撃することにした。
 唇をなぞって、

「こっちはいるか?」
「っ……!」

 楓は頬をポッと染めたあと、サッと周囲を見回した。
 おもむろに俺から離れてカバンゴソゴソと漁った。取り出したのは鍵だった。

 ——ガチャ。

「ゆ、悠真君」

 一足先に玄関に入り、こちらを手招きした。
 おいおい、マジか。
 これは全くの予想外だ。けど、拒否する理由はない。

 俺が足を踏み入れて扉を閉めた瞬間、首に手を回して口にかじりついてきた。

「ん……ん……」

 角度を変えながら何度も何度も唇を押し当ててきた。
 明らかな欲情の炎が瞳の奥に灯り始めたころ、

「今はこれくらいにしといてあげます」

 俺の顔を見ずに告げて、楓は早足で外へ飛び出した。
 これ以上やると抑えられなくなるところまで来たんだろうな。
 俺もなかなか危ないところだった。



 茶番はそこまでにして、手を繋いで駅に向かった。
 今日は遊園地に行くのだ。

「悠真君、早く早くっ」

 楓が眩しい笑顔を浮かべて、グイグイ俺の手を引っ張る。
 スキップでも始めそうな勢いだ。

(それだけ楽しみにしてくれてたんだな)

 愛おしさと嬉しさが込み上げてくる。
 それらを全て伝えるように繋いだ手に力を込めると、楓は振り返ってにっこり笑った。



 電車でも、楓のテンションは収まることを知らなかった。
 携帯でパークマップと睨めっこしている。

「これって確か人気のアトラクションですよね? 最初に乗っちゃいます?」
「そうだな。それ並びつつもう一個人気なやつのスタンバイパスを取ろうか」
「ふむふむ、なるほど。慣れてますね」
「まあ何回か行ったことあるからな。大体の場所とかは覚えてるぞ」
「じゃあ、今日は悠真君に着いて行けば大丈夫ですか?」
「おう。なんか行きたいとことかあったら随時行ってくれ」
「了解です」

 楓がビシッと敬礼をした。可愛いなぁ。

「絶対乗りたいやつはあるか?」
「えっと、絶叫系とスコア稼ぐ系と……あとは観覧車は乗りたいですね」
「わかった」

 観覧車か。カップルで観覧車といえば頂上で……、

(っと、それを考えるのは後でいいな)

「悠真君? どうしました?」
「あぁ、いや、なんでもねえよ」
「そうですか」

 楓はそっち方面には意識が向かなかったようで、相変わらずニコニコ笑っている。
 それからもパークマップを見てはこれはどんな乗り物なんだ、この店は美味しいのか、などと尋ねてきた。

 途中から好奇心旺盛な子供を相手している気分になっていた。微笑ましくて、面倒に思う瞬間はなかった。
 むしろ、こうして二人で盛り上がれているのが楽しかった。

 楓はテーマパークというものに行ったことがないらしい。
 高校生で彼氏がいたにも関わらずというのは珍しいだろうが、家庭環境や彼氏のクズさを鑑みれば理解できた。

 怒りとやるせなさが込み上げてきたが、楓が気にするそぶりを見せない以上、俺が何かを言うのはお門違いだろう。
 俺がすべきことは、それら全てがどうでもよくなるほどに楽しい時間を過ごしてもらうよう努力するだけだ。



 遊園地には電車で一時間半、バスで二十分の道のりだ。
 楓はバス乗ってすぐ、肩に寄りかかってきた。

「大丈夫? 酔ったか?」
「いえ、体力を温存しています」

 少しでも長く楽しみたいですから、と楓は笑った。

「……そうか」

 俺は窓の外の景色に目を向けた。

「悠真君もちゃんと休んでおかなければダメですからね」
「わかってる」

 振り返って頭をポンポンと撫でれば、楓は嬉しそうに相好を崩した。
 体力を温存すると言っておきながら、彼女はバスでも喋り続けた。

「わぁ、大きいですね……!」

 バスから降りるなり、楓は感嘆の声を上げながらパシャパシャと写真を撮っていた。
 朝から高かったテンションは、ジェットコースターの最初のワンドロップ前のようにジワジワと上がり続けているようだ。

 願わくば、そのワンドロップは来ずにずっと大空を飛び続けてほしいな。まさに「バイバイ孤独なー日々ーよ~」って感じだ。

(つーか、懐かしいなKAT-TUN……ん?)

 クイクイと袖を引っ張られた。

「どうした?」
「あ、あのっ……」

 楓はパークと携帯、そして俺を順番に見た。
 期待と不安がないまぜになった表情だった。

「一緒に写真撮るか?」
「っはい!」

 楓がパァ、と表情を輝かせた。
 よし、当たったみたいだな。

 携帯を内カメにして楓の肩を抱く。
 楓はピクッと体を跳ねさせた。躊躇いがちに腰に手を添えてきた。

「撮るぞ。はい、チーズ」

 ——パシャッ。
 喧騒に包まれているはずだが、シャッターの音がやけに鮮明に聞こえた。

 写真の中の楓は、ピースこそ控えめだったがとろけるような満面の笑みを浮かべていた。
 叫び出したくなるのを必死に堪えた。

「——楓」
「はい?」
「今日をこれまでで最高の一日にしようぜ」
「っ……!」

 楓が瞳を丸くさせた。
 照れ笑いを浮かべながらピタリと寄り添ってきた。

「もう、なってますよ」
「えっ、まだ入場してもないのに?」
「すみません。少し大袈裟でした」
「おい」

 俺たちは顔を見合わせ、クスクス笑い合った。
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