自殺しようとしているクラスメートを止めたら、「じゃあ私を抱けるんですか?」と迫られた

桜 偉村

文字の大きさ
上 下
25 / 29

第25話 楓の誕生日① —特別な日—

しおりを挟む
 祭りやプール、水族館にピクニック。
 パッと思いつくだけでも夏休みはイベントが目白押しだ。

 しかし断言できる。夏休みに入って程なくしてやってきた今日この日が、夏休みにおいて一番重要な日であると。

かえで、誕生日おめでとう」

 俺は玄関で出迎えた楓に、開口一番に用意していた言葉を贈った。
 そう。今日は待ちに待った彼女の誕生日なのだ。

「ありがとうございます」

 はにかむように微笑んだ楓は、以前のデートで購入した服を一式装備していた。

 淡い水色のノースリーブと濃い青色のロングスカートの組み合わせだ。
 頭にはオシャレ兼日焼け対策だろう麦わら帽子をかぶり、肩から白のショルダーバックを提げている。

 肩から伸びる白くて程よく肉もついてきた腕には自然と視線が吸い寄せられてしまうが、全体的には清楚な出立ちだった。

「どうですか? これ」

 楓はファッション全体を見せるようにくるりと一回転した。

「すげえ可愛いぞ。めっちゃ似合ってる。前よりも健康的な体になったから、ノースリーブもめっちゃ映えるな」
「健康的な体って、なんかエッチな言い方ですね」
「そ、そういう意味じゃねえって」

 俺は慌てて否定した。
 楓がイタズラっぽく笑った。

「ふふ、わかってますよ。悠真ゆうま君も一段と格好いいです」
「おう、サンキュー」
「どうして今日、そんなに気合を入れてきてくれたんですか?」

 そんなのは楓もわかりきっているはず。その上で言わせたいのだろう。いつもよりテンション高いな。
 改まって口にするのは気恥ずかしいけど、主役にお願いされちゃ仕方ねえな。

「そりゃもちろん、可愛い彼女の誕生日だからな」
「よくできました」

 楓はにぱっと子供のように無邪気な笑みを浮かべた。頭をポンポンと撫でてくる。
 あやされているようで気恥ずかしいが、楽しそうに笑っている姿を見るとこちらも自然と笑みが溢れてしまうのだから、つくづく惚れ込んでいるな俺も。

「じゃあ、行くか」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってください」

 楓が慌てたように言った。

「どうした?」
「今日は私が主役の特別な日、じゃないですか」
「おう、そうだな」
「だから、その……ぎゅって、してほしいなって」

 ……おっふ。
 可愛い彼女におねだりするように上目遣いで見上げられて断れるやついる? いねえよなぁ。

「お安い御用だ」

 腕を広げると、楓が自ら飛び込んできた。いつもより積極的だ。
 俺の胸——心臓のあたりに頬を押し当てて、

「ふふ、悠真君。ドキドキしてますね」
「そ、そりゃ仕方ないだろ」
「そうですよね、仕方ないですよね」

 楓がはしゃいだ声を出した。嬉しそうでもあり、揶揄いの色も垣間見えた。
 翻弄されて悔しかったので、少しだけ反撃することにした。
 唇をなぞって、

「こっちはいるか?」
「っ……!」

 楓は頬をポッと染めたあと、サッと周囲を見回した。
 おもむろに俺から離れてカバンゴソゴソと漁った。取り出したのは鍵だった。

 ——ガチャ。

「ゆ、悠真君」

 一足先に玄関に入り、こちらを手招きした。
 おいおい、マジか。
 これは全くの予想外だ。けど、拒否する理由はない。

 俺が足を踏み入れて扉を閉めた瞬間、首に手を回して口にかじりついてきた。

「ん……ん……」

 角度を変えながら何度も何度も唇を押し当ててきた。
 明らかな欲情の炎が瞳の奥に灯り始めたころ、

「今はこれくらいにしといてあげます」

 俺の顔を見ずに告げて、楓は早足で外へ飛び出した。
 これ以上やると抑えられなくなるところまで来たんだろうな。
 俺もなかなか危ないところだった。



 茶番はそこまでにして、手を繋いで駅に向かった。
 今日は遊園地に行くのだ。

「悠真君、早く早くっ」

 楓が眩しい笑顔を浮かべて、グイグイ俺の手を引っ張る。
 スキップでも始めそうな勢いだ。

(それだけ楽しみにしてくれてたんだな)

 愛おしさと嬉しさが込み上げてくる。
 それらを全て伝えるように繋いだ手に力を込めると、楓は振り返ってにっこり笑った。



 電車でも、楓のテンションは収まることを知らなかった。
 携帯でパークマップと睨めっこしている。

「これって確か人気のアトラクションですよね? 最初に乗っちゃいます?」
「そうだな。それ並びつつもう一個人気なやつのスタンバイパスを取ろうか」
「ふむふむ、なるほど。慣れてますね」
「まあ何回か行ったことあるからな。大体の場所とかは覚えてるぞ」
「じゃあ、今日は悠真君に着いて行けば大丈夫ですか?」
「おう。なんか行きたいとことかあったら随時行ってくれ」
「了解です」

 楓がビシッと敬礼をした。可愛いなぁ。

「絶対乗りたいやつはあるか?」
「えっと、絶叫系とスコア稼ぐ系と……あとは観覧車は乗りたいですね」
「わかった」

 観覧車か。カップルで観覧車といえば頂上で……、

(っと、それを考えるのは後でいいな)

「悠真君? どうしました?」
「あぁ、いや、なんでもねえよ」
「そうですか」

 楓はそっち方面には意識が向かなかったようで、相変わらずニコニコ笑っている。
 それからもパークマップを見てはこれはどんな乗り物なんだ、この店は美味しいのか、などと尋ねてきた。

 途中から好奇心旺盛な子供を相手している気分になっていた。微笑ましくて、面倒に思う瞬間はなかった。
 むしろ、こうして二人で盛り上がれているのが楽しかった。

 楓はテーマパークというものに行ったことがないらしい。
 高校生で彼氏がいたにも関わらずというのは珍しいだろうが、家庭環境や彼氏のクズさを鑑みれば理解できた。

 怒りとやるせなさが込み上げてきたが、楓が気にするそぶりを見せない以上、俺が何かを言うのはお門違いだろう。
 俺がすべきことは、それら全てがどうでもよくなるほどに楽しい時間を過ごしてもらうよう努力するだけだ。



 遊園地には電車で一時間半、バスで二十分の道のりだ。
 楓はバス乗ってすぐ、肩に寄りかかってきた。

「大丈夫? 酔ったか?」
「いえ、体力を温存しています」

 少しでも長く楽しみたいですから、と楓は笑った。

「……そうか」

 俺は窓の外の景色に目を向けた。

「悠真君もちゃんと休んでおかなければダメですからね」
「わかってる」

 振り返って頭をポンポンと撫でれば、楓は嬉しそうに相好を崩した。
 体力を温存すると言っておきながら、彼女はバスでも喋り続けた。

「わぁ、大きいですね……!」

 バスから降りるなり、楓は感嘆の声を上げながらパシャパシャと写真を撮っていた。
 朝から高かったテンションは、ジェットコースターの最初のワンドロップ前のようにジワジワと上がり続けているようだ。

 願わくば、そのワンドロップは来ずにずっと大空を飛び続けてほしいな。まさに「バイバイ孤独なー日々ーよ~」って感じだ。

(つーか、懐かしいなKAT-TUN……ん?)

 クイクイと袖を引っ張られた。

「どうした?」
「あ、あのっ……」

 楓はパークと携帯、そして俺を順番に見た。
 期待と不安がないまぜになった表情だった。

「一緒に写真撮るか?」
「っはい!」

 楓がパァ、と表情を輝かせた。
 よし、当たったみたいだな。

 携帯を内カメにして楓の肩を抱く。
 楓はピクッと体を跳ねさせた。躊躇いがちに腰に手を添えてきた。

「撮るぞ。はい、チーズ」

 ——パシャッ。
 喧騒に包まれているはずだが、シャッターの音がやけに鮮明に聞こえた。

 写真の中の楓は、ピースこそ控えめだったがとろけるような満面の笑みを浮かべていた。
 叫び出したくなるのを必死に堪えた。

「——楓」
「はい?」
「今日をこれまでで最高の一日にしようぜ」
「っ……!」

 楓が瞳を丸くさせた。
 照れ笑いを浮かべながらピタリと寄り添ってきた。

「もう、なってますよ」
「えっ、まだ入場してもないのに?」
「すみません。少し大袈裟でした」
「おい」

 俺たちは顔を見合わせ、クスクス笑い合った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

それは私の仕事ではありません

mios
恋愛
手伝ってほしい?嫌ですけど。自分の仕事ぐらい自分でしてください。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...