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第16話 楓の拒絶

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「なんで……そんなことを言うんですか?」

 悠真ゆうまと別れるべき——。
 そう言ってきた光一こういちを、かえではキッと睨みつけた。

「っ……」

 光一は楓の圧にたじろぐように言葉を詰まらせたが、すぐに口を開いた。

「か、勘違いするな。俺は別にお前らの仲を引き裂きたいわけではない。言っただろう? お互いのためだと。というよりむしろ、これは一条いちじょうのためだがな」
「……どういうことですか」

 悠真のためと言われては、楓も一応聞いておかないわけにはいかなかった。

「前までの楓ならともかく、今の楓は学年でも有数の美人だ。対して一条はクラスの女子にも名前を覚えられていないような陰キャ。そんな二人が付き合ったらどうなると思う? 当然、一条に嫉妬するやつが大勢沸くだろう。現に、俺の周りにもいっぱいいるぞ? なんで一条なんかが楓と付き合ってるんだって不満を抱いているやつらがな」
「そんなの、私たちには関係のない話でしょう」

 楓は吐き捨てるように言った。
 本当は「一条なんか」という言葉も訂正させたいところだが、悠真の良さは自分だけが知っていればいい。わざわざ光一に認めてもらう必要はないだろう。

「いいや、関係なくはない。不満を抱いているだけならたしかにそうだが、もしそれが爆発した場合はどうなると思う?」
「っ……」

 楓はハッと目を見開いた。
 光一が口の端を吊り上げた。

「そう。気付いただろう? ——嫌がらせが始まるんだよ。実際、そういう声もちらほら聞こえているぞ」

 楓は唇を噛んだ。
 光一の言葉だけなら、ここまで動揺することはなかった。

 つい先日、楓は聞いてしまっていたのだ。
 男子たちがまさに「どうして一条みたいな陰キャが速水はやみと付き合ってるんだ」と愚痴を言い合っていたのを。

 ずっといじめられていたからわかる。あれはただの冗談なんかではなく、紛れもない悪意だった。
 それが悠真に向けられたら——。
 そう考えるとゾッとした。

 六名もの退学者が出ても大騒ぎにならないほどの学校だ。
 実際に手を出す人間がいてもおかしくない。

「有名女優の結婚相手が冴えないおっさんなんてのはザラだが、そいつはブサイクを補えるだけの金や権力を持っている。結局、人間は釣り合いの取れるやつとしかうまく付き合えないんだよ。楓が一条と一緒にいればいるほど、あいつへのヘイトは高まるぞ」
「っ……でも、悠真君は私をいじめから救ってくれた素晴らしい人です。社交的ではないですけど、みんなが陰キャとさげすんでいいような人じゃありません」
「そうかもな。でも、それならなんであいつと楓が釣り合ってないなんて話が出てくるんだ?」
「くっ……」
「これでわかっただろう? 楓は一条の安全のために、あいつと付き合うべきじゃないんだ」

 楓は反論できなかった。

 光一の考えに同意したわけではない。
 それでも、悠真がもし自分が経験したようないじめの対象になったらと考えると、恐ろしくて言葉が出てこなくなってしまったのだ。

 ——準備完了だな。
 固まってしまった楓を見て、光一は勝利を確信していた。

 彼の中では、楓の中に迷いを生じさせることが勝利条件となっていた。
 そこに付け込みさえすれば自分は勝てると信じていたからだ。

(ふっ、これで終わりだ。やはり一条などその程度なのだ)

 光一は内心で悠真を嘲笑った。楓の腰に触れた際に悠真に睨まれてたじろいでしまったことを、ずっと根に持っていたのだ。
 そんなドス黒い感情は表に出さず、頬を緩めて優しい表情を浮かべてみせた。

「でも、一人じゃ寂しいし不安だろう。だから俺と付き合え、楓」

 光一は白い歯を覗かせ、手を差し出した。

(ふっ、あとは楓がこの手を取りさえすれば——)

「……はっ?」

 楓はたった一文字、疑問符を発した。
 わけがわからないというふうに眉をひそめていた。

「なんで、私があなたと付き合わなければならないんですか?」
「なっ……!」

 光一は反射的に怒鳴りそうになり、慌てて自分を抑えた。

(落ち着け。楓は俺の魅力も、付き合うことのメリットもわかっていないに違いない。何せついこの間まではいじめられていて、一条で満足してるような女だからな。ここはひとつ、わからせてやるか)

「さっきも言っただろう? 人間はスペック的に釣り合うやつとしか付き合えない。その点、カースト上位の俺と学年有数の美貌を持つ楓は釣り合いが取れているし、俺と付き合ったらいろんなやつと友達になれるぞ」
「大人数は好きではありませんし、いじめを見て見ぬふりをしていた人たちとは仲良くしたくありません」
「で、でも、中には知らなくて対処できなかっただけのいいやつもいるだろう。それに、一条みたいな陰キャと過ごしてたら交友関係広がらない。それは楓にはもったいないことだ」
「それだって——」
「それに」

 反論しようとする楓を遮り、光一は語気を強めた。

「俺は楓のことがずっと好きだったんだ」
「……はっ?」
「ふっ、その呆けた表情も可愛いな」

 光一は楓が頬を赤らめる様を期待していたが、彼女は疑り深そうに見てくるだけだ。

(な、なぜ恥ずかしがりもしないっ?)

 光一は焦ったが、突然の告白に混乱しているだけだろうと気を取り直して続けた。

「本当に、中学のときから好きだった。これまでは俺みたいな陽キャと仲良くしたら楓が他の女子からやっかみを買うと思って関わっていなかったが、今なら俺と釣り合うだろう。それに、俺と付き合えば楓が再びいじめられる可能性だってグンと減るぞ? 今回は相手が馬鹿たちだったから上手くいっただけで、もし今後楓が理不尽に攻撃されたとき、味方の少ない一条ではお前を守れない。その点俺は野郎たちだけじゃなくて女友達も多いから、どんな手段を使われても対応できる。あぁ、別にそいつらとは何もないから安心してくれ。楓が嫉妬しないようにメッセのやり取りとかも全然しないようにするから」

 光一の中では、もはや楓と付き合うことは前提になっていた。
 何かを言いかけた楓を手で制して続ける。

「先週腰に触れたのだって、運動部ならあれくらいは普通だ。フォームは口で教えるより実際に触って指導したほうがわかりやすいからな。一条は自分に自信がないから楓を独占しようとするんだ。あいつといたら男友達なんて一生できないし、窮屈な生活をすることになるぞ。その点、俺なら束縛もしないし楓の意思を尊重する。中学のやつらとも繋がりは続いているから、そこでも助けになってやれるぞ。どうだ? あぁ、一条のことは気にしなくていい。元々お前たちは釣り合っていないんだ。別れたほうがあいつのためでもあるからな」

(ふっ、付き合うメリットがわかった上に中学のときから好きだったと俺に言われれば、どんな女子でも落ちるだろう)

 光一の予想ではすぐにでも楓から了承の返事が来るはずだったが、彼女は話が終わっても何も言葉を発しなかった。
 しかし、自分語りをして気持ちよくなっていた光一は楽観的だった。

(ふっ、意外と強情な女だな。まあそのほうがオトし甲斐もあるというものだ)

 彼は楓がオチるのも時間の問題だとタカを括っていた。
 ——だから、楓の口から紡がれた言葉に対して咄嗟に反応することができなかった。

「悠真君に危険が及ぶ可能性については、指摘してくれてありがとうございました。しかし、それはあくまで私と彼の問題です。あなたと付き合うという話になる意味がわからないですし、そもそもお付き合いするつもりは一切ありません」
「なっ……!」

 光一は愕然がくぜんとして固まった。

「……ちょ、ちょっと待て! 俺と付き合えるんだぞ⁉︎ カーストだって一気に上位の仲間入りだし、いろんなやつとつるむこともできる! 何が不満なんだっ?」
「なるほど。あなたと付き合うことにメリットは多いのかもしれません。ですが、そもそも相手に好意を持っているからこそ人は恋仲になるのでしょう? 私はあなたに好意を持っていませんし、悠真君の人柄が好きだからこそお付き合いをさせてもらっているのです。たとえ彼と別れることになったとしても、あなたとは——」
「黙れっ!」

 光一は楓の両手首を掴んで詰め寄った。
 彼女の顔に浮かぶ怯えを見て、光一は冷ややかに笑った。

「こっちが下手に出ていれば調子に乗ってペラペラとっ……お前は黙って俺と付き合えばいいんだ!」

 憎悪にまみれた表情で叫び、光一は楓を机に押し倒した。
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