自殺しようとしているクラスメートを止めたら、「じゃあ私を抱けるんですか?」と迫られた

桜 偉村

文字の大きさ
上 下
6 / 29

第6話 反撃②

しおりを挟む
「ふ、ふざけんなよ!」

 速水はやみさんの幼馴染で元カレである田宮たみやが耐えかねたように叫んだ。

「俺はただ汚ねえから汚ねえって言っただけだっ、それで退学なんておかしいだろ! それにそもそもこれは俺たちとかえでの問題じゃねーかっ、部外者が勝手に首突っ込んでくんじゃねーよ!」
「ふざけんなはこっちのセリフだ!」
「っ……!」

 俺はとうとう我慢の限界が来て怒鳴り返した。
 瞳に怯えを浮かべた田宮に詰め寄る。

「汚ねえから汚ねえって言っただけ? ふざけんなっ、それで速水さんが傷つくとは考えなかったのかよ⁉︎」
「なっ、なんだよっ、事実を言われただけで傷つくほうがおかしいだろ⁉︎」
「はっ? 何言ってんだ? 事実なら全部言っていいなんてそんな理屈が通るわけねえし、お前の考えなんてどうでもいいんだよ! 校長も言ったように、大事なのは速水さんがどう感じてたかだろうが。お前たちは速水さんを傷つけたんだっ、そのことを自覚しろ!」
「は、はぁ⁉︎ な、なんなんだよお前っ、俺は楓の幼馴染で彼氏だったんだぞ⁉︎ お前なんかに——」
「だからだよ!」

 俺は田宮の胸ぐらを掴んだ。

「好きな人からそんなこと言われたら、他のやつらから言われるより何倍も傷つくに決まってんだろうが! そんな関係性なら、なんで寄り添ってやらなかったんだよ⁉︎」
「っ……だ、だからって退学はおかしいだろ! 俺は女子たちと違ってパシっても——」
「話を逸らすんじゃねえ!」
「——一条君っ」

 振り上げた俺の拳を、速水さんが掴んだ。

「それはダメです、一条君」
「速水さん……でもっ」
「私のために怒ってくれるのは本当に嬉しいです。ですが、殴ってしまったら一条君まで加害者になってしまう。それは嫌です」

 速水さんはフッと頬を緩めた。

「大丈夫。一条君がそうやって怒ってくれるだけで救われていますし、私はもうこいつには何も期待していません。そこら辺でせっせと働いているアリ以下の存在です。こいつが何を言おうと、私にダメージはありませんから」
「……わかった」

 おそらく虚勢の側面もあるだろう。
 長年をともに過ごしてきた幼馴染のことをそこまで一瞬で切り替えられるはずがないし、内心では傷ついているはずだ。

 でも、俺に手を出してほしくないという思いは本物だ。
 ここで俺が手を下せば、速水さんが傷つく。

 そう考えると、自然と胸ぐらから手を離していた。
 田宮は腰を抜かしていたのか、ヘナヘナと座り込んだ。

 ……確かに、こんな度胸もねえ小物のために俺が手を汚す必要はねえな。

 田宮以外のやつらもすっかり怯え切った表情を浮かべている。
 やっぱり、イジメなんてやるやつはこの程度だよな。

 校長が一歩進み出て、

「退学になったからと言って人生が終わるわけではない。人の立場に立って物事を考えられる人間になるのを、一人の教育者として切に願っているよ」
「……くそっ!」

 一人が吐き捨てたが、もう誰も反抗しようとはしなかった。
 これでやっと一件落着か——。

 そうではなかった。

「——ちょっと待ってください、校長」

 ここにきて、大塚が声を上げたからだ。



◇   ◇   ◇



「何かね?」
「たしかに彼らは過ちを犯しましたが、子供ならばそれは仕方のないことです。退学にして見放すのではなく、校長もおっしゃったように停学程度にとどめて、更生に力を注ぐことこそが教育ではないのでしょうか?」

 大塚は鼻息荒く教育論を語った。
 ——もちろん、本気でそんな立派なことを考えているわけではなかった。

(俺のクラスから退学者が出れば、俺の評価に関わる。ここはなんとしてでも阻止しなければ……!)

 彼が田宮たちを庇ったのは、あくまで自分のキャリアのためだった。

「大塚先生は何か勘違いをしているようだな。反省もしていないのに許すことだけが教育ではない。自分たちが犯した罪の重さを自覚させることもまた教育だ。その意味では、ここで停学程度で留めるのは彼らの将来のためにならない」
「し、しかし彼らは——」
「それに大塚先生」

 校長が遮り、冷たい視線を大塚に向けた。

「あなたに意見をする資格はない」
「なっ……! そ、それは横暴ではありませんか⁉︎ 校長の言うことにはすべて従えとでも言うつもりですか⁉︎」
「いいや、そうではない。私は他の教師からの意見は積極的に取り入れるよ」
「じゃ、じゃあ——」
「だが大塚先生。いや、大塚さん。あなたはもうこの学校の教員ではない」
「はっ? ど、どういうことですか?」
「これを見たまえ」

 校長が一枚の紙を手渡した。
 大塚は目を見開いた。

「なっ、か、解雇通知……⁉︎」

 彼の手はブルブル震えていた。

「ど、どういうことですか校長っ」
「そこに書いてある通りだ。先程、理事会で正式に決定した」
「なっ、なぜですか⁉︎ 生徒がイジメを行なっていたからと言って、教師まで辞めさせるのはおかしいでしょう! 不当解雇だ!」
「勘違いをするな」

 校長は鋭い視線を大塚に向けた。

「っ……」

 たじろぐ大塚に向かって、校長は怒りを抑えるように静かな口調で続けた。

「私は彼らのイジメの責任をすべてあなたに押し付けたわけではない。あなた自身も速水さんを追い詰めていた。その責任を取ってもらうまでだ」
「なっ……! わ、私は速水を追い詰めてなどいない!」
「あなたは相談に来た速水さんを突き返したのだろう? イジメではないと。教育者としてあるまじき対応だ」
「つ、突き返したなど人聞きの悪いことをおっしゃらないでいただきたい!」

 大塚はだらだら汗を流しながら口の端を吊り上げ、余裕を示すようにせせら笑ってみせた。

「私はただ、すぐ大人に頼る子供になってほしくないと思っただけなのですから」
「そういう問題ではない!」

 校長が一喝した。
 大塚はビクッと体を震わせた。顎にたっぷりとついた脂肪も一緒に揺れた。

「困っている相手に寄り添わず、ただ突き放した態度に問題があると言っているんだ。最終的にどんな判断を下すにせよ、子供の話に親身になって耳を傾けない教師などいらない。それに、あなたは不登校などになるなら成績を落とすと脅迫までしたそうではないか」
「そ、そんなことは言っていない! 証拠もなしに生徒の言い分を一方的に信じるのか⁉︎」

 大塚はもはや敬語を使う余裕すらなくなっていた。

一条いちじょう悠真ゆうまか速水楓が告げ口したんだろうが、勝手に主張しているだけだと言い張れば有耶無耶にできる! バカめっ、なんでも思い通りになると思うなよガキどもが!)

 悠真と楓を内心で嘲笑うことで、大塚は冷静さを取り戻そうとした。
 しかし、その努力は一瞬で無に帰すことになる。

「証拠ならあるぞ。君と一条君の会話の音声データがな」
「何……⁉︎」

 大塚は絶句した。
 校長が携帯を操作した。音声が流れ出す。

「くっ……!」

 最初の数秒だけで、大塚はそれが確かに昨日の自分と悠真の会話のデータだと理解した。
 しかし、彼はまだ悪あがきを続けた。

(く、くそっ、どうすれば……! はっ、そ、そうだっ!)

「わ、私の許可なしに録音するなど違法だろう! これは証拠にはならないっ!」

(き、来たぞ! これで私の解雇は取り消しに——)

「そうか。ならそういうふうに弁護士にでも訴えるがいい。尤も、正当な理由があれば録音は違法行為には当たらないがね」
「何……⁉︎」

 大塚は慌てて携帯を取り出した。震える手で検索をかけ、

「あっ、あぁ……!」

 校長の言い分が正しいと知り、絶望とともに膝から崩れ落ちた。



 ——こうして、速水楓へのイジメは退学者六名、そして退職者一名を出して幕を下ろした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。  後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。  しかし、そこに香奈が現れる。  成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……  オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕! ※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。 「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。 【今後の大まかな流れ】 第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。 第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません! 本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに! また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます! ※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。 少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください

今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。 しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。 ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。 しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。 最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。 一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

処理中です...