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第一章 少年期
第六話 「売買」
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ロベルは考える。
この状況を利用し、最も自分の都合の良い様にもっていく方法を。
足元に転がる三人を見て、再び目を瞑る。
十分間の黙考の末に考えついたその方法は、あまりにも合理的で、どうしようも無い程に悪魔的だった。
◇◇
未だ年若いその少女は、不規則に揺れる馬車の中で目を覚ました。
困惑した表情の少女は、寝転んだ体勢から立ち上がり、馬車の中を確かめるように歩き回る。
幸い、少女の年齢の平均身長程度なら歩き回れる程度には広さが確保されている。
ここはどこなのか、あれからどうなったのか。──両親は無事なのか。
自らの心配を他所に、愚かにもこうなる原因を作ってしまった両親へ心配をした。
少女は少し頭が足りないだけで、とても心優しい人間なのである。
しかし今回は、その頭の足りなさや優しさが裏目に出てしまった。
少女の両親はこう言った。
『うちに泊まっている少年に大事なお金を取られてしまったかもしれない。もしお金が大量に入っている財布を見つけたら取り返して欲しい』
少女は疑う事無く両親の話を信じ込んだ。
十三年間も己を優しく育ててくれた両親がこんなつまらない嘘をつくはずが無い。両親から大事なお金を奪った少年は何て酷い人間なのだろう、と。
これまでも何度か似たような事があり、その度に哀れな両親から頼み込まれてきた。
今回も今までと変わらない。盗人から盗み返すだけ。──そんな考えが、少女に悪意無き悪事を踏み切らせた。
少女は記憶を何度も遡る。
しかし、分からない。
少年が身を起こして、両足で首を絞めてきた所までは覚えているが、それ以降の記憶が今に至るまで一切無い。
少女の心を不安が支配する。
両親と自分の行く末を考え、その結末に考えが辿り着いた時、固く閉じられた特別製の馬車の扉が開かれた。
扉の奥から光が溢れ、まるで劇場に局部照明が差すように少女を貫いた。
同時に、眩い光の奥から小太りの男が姿を現す。
豊かな口髭を蓄え、左右非対称の眼鏡を付けたその男は、肥満気味な腹を揺らし、縦長のシルクハットを支えながら言った。
「さあ、時間だ。着いてきなさい」
逆らう事は出来なかった。本能的にこの男に逆らってはいけないと察したのも理由の一つではあるが、一番の理由は、いつの間にか付けられていた首輪による強制力故だった。
それは、隷属輪と呼ばれる魔道具だった。
かつて、人間族と魔族が長期に渡り熾烈な争いを行った、人魔大戦と呼ばれる戦争があった。
その最中に効率良く戦闘奴隷を確保する手段として横行したのが、この隷属輪である。
人間族、魔族、どちらもこの魔道具を駆使し、終わりの見えない泥沼戦争を繰り広げたと言われている。
現在では、その危険さから製造と販売を禁じられており、国から禁具指定を受けている。
真っ当な生き方をしている人間ではまず関わりが無く、多少闇を知った商人でもお目にかかることすら出来ない。
そんな代物を扱える人間が徒人であるはずが無く、少女に隷属輪を付けた眼前の男もまた、それを扱うに足る人間であった。
小太りの男の命令により馬車の外へ出た少女は、その異様な光景に息を呑んだ。
遊牧民が使用するような移動式住居の中、そこには、自らと同じように隷属輪を付けられた少年少女たちと、圧迫感を覚える程の観客たち。
両者の間には仕切りが作られており、少年少女たちは雛壇の上に立ち並んでいる。
──ああ、やはりか。
果たしてここは、少女の予想通り奴隷商だった。
「今回の奴隷が全て出揃いましたので、これより競売を始めさせて頂きます」
裏手から素早く出てきた人間たちが少年少女たちの胸元に数字の書かれた丸札を取り付けていく。
少女の胸元に付けられた丸札には、六番の数字が書かれていた。
「では先ず最初に、番号一番──」
少女の名前はミリア。今や番号六番と呼ばれる、哀れな奴隷の名前である。
この状況を利用し、最も自分の都合の良い様にもっていく方法を。
足元に転がる三人を見て、再び目を瞑る。
十分間の黙考の末に考えついたその方法は、あまりにも合理的で、どうしようも無い程に悪魔的だった。
◇◇
未だ年若いその少女は、不規則に揺れる馬車の中で目を覚ました。
困惑した表情の少女は、寝転んだ体勢から立ち上がり、馬車の中を確かめるように歩き回る。
幸い、少女の年齢の平均身長程度なら歩き回れる程度には広さが確保されている。
ここはどこなのか、あれからどうなったのか。──両親は無事なのか。
自らの心配を他所に、愚かにもこうなる原因を作ってしまった両親へ心配をした。
少女は少し頭が足りないだけで、とても心優しい人間なのである。
しかし今回は、その頭の足りなさや優しさが裏目に出てしまった。
少女の両親はこう言った。
『うちに泊まっている少年に大事なお金を取られてしまったかもしれない。もしお金が大量に入っている財布を見つけたら取り返して欲しい』
少女は疑う事無く両親の話を信じ込んだ。
十三年間も己を優しく育ててくれた両親がこんなつまらない嘘をつくはずが無い。両親から大事なお金を奪った少年は何て酷い人間なのだろう、と。
これまでも何度か似たような事があり、その度に哀れな両親から頼み込まれてきた。
今回も今までと変わらない。盗人から盗み返すだけ。──そんな考えが、少女に悪意無き悪事を踏み切らせた。
少女は記憶を何度も遡る。
しかし、分からない。
少年が身を起こして、両足で首を絞めてきた所までは覚えているが、それ以降の記憶が今に至るまで一切無い。
少女の心を不安が支配する。
両親と自分の行く末を考え、その結末に考えが辿り着いた時、固く閉じられた特別製の馬車の扉が開かれた。
扉の奥から光が溢れ、まるで劇場に局部照明が差すように少女を貫いた。
同時に、眩い光の奥から小太りの男が姿を現す。
豊かな口髭を蓄え、左右非対称の眼鏡を付けたその男は、肥満気味な腹を揺らし、縦長のシルクハットを支えながら言った。
「さあ、時間だ。着いてきなさい」
逆らう事は出来なかった。本能的にこの男に逆らってはいけないと察したのも理由の一つではあるが、一番の理由は、いつの間にか付けられていた首輪による強制力故だった。
それは、隷属輪と呼ばれる魔道具だった。
かつて、人間族と魔族が長期に渡り熾烈な争いを行った、人魔大戦と呼ばれる戦争があった。
その最中に効率良く戦闘奴隷を確保する手段として横行したのが、この隷属輪である。
人間族、魔族、どちらもこの魔道具を駆使し、終わりの見えない泥沼戦争を繰り広げたと言われている。
現在では、その危険さから製造と販売を禁じられており、国から禁具指定を受けている。
真っ当な生き方をしている人間ではまず関わりが無く、多少闇を知った商人でもお目にかかることすら出来ない。
そんな代物を扱える人間が徒人であるはずが無く、少女に隷属輪を付けた眼前の男もまた、それを扱うに足る人間であった。
小太りの男の命令により馬車の外へ出た少女は、その異様な光景に息を呑んだ。
遊牧民が使用するような移動式住居の中、そこには、自らと同じように隷属輪を付けられた少年少女たちと、圧迫感を覚える程の観客たち。
両者の間には仕切りが作られており、少年少女たちは雛壇の上に立ち並んでいる。
──ああ、やはりか。
果たしてここは、少女の予想通り奴隷商だった。
「今回の奴隷が全て出揃いましたので、これより競売を始めさせて頂きます」
裏手から素早く出てきた人間たちが少年少女たちの胸元に数字の書かれた丸札を取り付けていく。
少女の胸元に付けられた丸札には、六番の数字が書かれていた。
「では先ず最初に、番号一番──」
少女の名前はミリア。今や番号六番と呼ばれる、哀れな奴隷の名前である。
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