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第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~

ひとときの平穏

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※ガデルフォーン皇宮、幸希の視点に戻ります。


 ――Side 幸希


「ルイヴェルさん……」

 マリディヴィアンナ達が玉座の間から姿を消した後。
 ラシュディースさんはディアーネスさんの許へ、シュディエーラさんやサージェスさん、クラウディオさんは、それぞれの役目を果たす為に自分の行くべき場所に向かった。
 そして、私達ウォルヴァンシア側の皆は、怪我をしているルイヴェルさんを急いで部屋に運びこんだ。セルフェディークさんがきちんとした治療を施してくれたのだけど、それからルイヴェルさんはずっと眠ったまま……。

「結構傷口も深かったしな。その上、何度か術も使っちまってるし……、暫くの間は絶対安静だな」

 ルイヴェルさんのベッド横にある椅子に腰かけ、ひと息吐いたセルフェディークさん。その顔には疲労の気配が滲んでいるけれど、それはこの部屋の誰もが同じ状態だった。
 
「少し休憩したら、全員診察を受けて貰うが……、おい馬鹿弟子、……生きてるか?」

 ちらりとセルフェディークさんの視線が部屋の中にあるソファーに向けられると、そこには……。
 
「どうにか、な……。クソッ、痛ぇ……」

 レイル君に付き添われ、ソファーにうつ伏せになって倒れている傷だらけのカインさん。玉座の間に辿り着いた時はまだ動けていたカインさんだったけれど、あの四人が消えた後、限界が来たらしくその場で倒れてしまい、レイル君が背負ってこの部屋まで連れて来た。
 
「セルフェディークさん、カインさんの治療をお願い出来ませんか?」

「心配すんな……。ウチの馬鹿弟子は、殺したって死にゃしねぇよ。で? お前は一体どこで何を道草食ってたんだ?」

「はぁ……。それがなぁ……。玉座の間でも言ったが、俺にも意味状況の把握があんま出来てねぇんだよ。あの夜、大欲場の帰りに向かった先で、後ろから声かけられてよ。最初は顔までは見えなかったんだが、よくわからねぇ事を色々言われて、……気付いたら、物凄ぇ魔物の群れに囲まれててなぁ。よく生きてたもんだぜ、まったく……、あ痛たたたたたたっ」
 
「それが、あの偽物ってわけか?」

「痛ぅ……、あぁ、意識を失う前に顔が見えたからな。けど……、俺がこっちに戻って来た時の姿じゃなくて、不精髭のおっさんが現れた後の姿だったぜ、アイツ。どっちにしても……、俺と同じような顔だったって事は確かで……」

 レイル君の治療を受けながら、カインさんは苦しそうに呻きそう説明してくれた。
 カインさんと良く似た顔をしたあの男性……。
 私が最後に見たあの人の顔は、歳を重ねたカインさんのようにも思えたけれど……、何か関わりがあるという事なのだろうか。
 私もカインさんの倒れ込んでいるソファーの前に膝を着き、その手を握ると、効くかどうかはわからないけれど、覚えたての治癒の術を唱える。

「ユキ、お前も疲れてんだろ……。俺の事はいいから……、部屋に戻って……、休んで来いよ」

「いいえ。……ルイヴェルさんの時に、何も出来ませんでしたから。これくらいはさせてください……」

 ルイヴェルさんの時は、傷口の深さや大量の血が出ていて、相当危険な状態だったから、慣れていない私が治療する事は出来なかった。
 だから、せめて……、カインさんの傷を癒したい。

「お前……」

「はい?」

「……いや、何でもねぇ。……サンキュ」

 きっとカインさんは、私がルイヴェルさんを刺してしまった事を気にしているのだろう。私自身もあの場で口にしていたし、そこから事情を察しているはずだ。
 それでも、詳しく聞こうとしないのは……、カインさんの優しさ。

「言っとくが、ルイヴェルの瀕死の原因になったのは、ユキじゃなくて、お前の偽物がやった追い打ちのせいだからな、馬鹿弟子。お前がまんまと入れ替わられてなきゃ、ルイヴェルの傷も浅くて済んだんだがな」

「ディ、ディークさんっ」

 カインさんがせっかく私に気を遣ってくれたのに、その御師匠様であるディークさんは、容赦なく……、私じゃなくて、カインさんの方の傷を抉ってしまった。
 だけど、あれはカインさんのせいではないし、何も今そういう事を言わなくても……。

「ちっ……、あの偽物野郎……」

 悔しげにカインさんが呻き、自分が入れ替わられた事を悔いているのか、ぎゅっと瞼を閉じる。
 
「ディークさん、カインさんのせいじゃないんですから、そういう事を言わないでください」

「そうだぞ、ディーク。敵の正体がわからない以上、あの力の存在だって厄介なものなんだ。入れ替わられたとしても、カイン皇子は悪くない」

「入れ替わられるほど……、馬鹿弟子が弱いって証明になるんだがな?」

「ディーク!!」

「ディークさん!!」

 どうしてそんな風に、カインさんの事を責めるの、この人はっ。
 誰だって、予期せぬ事態に対応できるわけじゃない。
 どんなに強い力を持っていたって、隙を突かれたり、卑怯な手を使われれば……。
 そんな私達の非難の眼差しを受けても、ディークさんは動じない。
 椅子から立ち上がり、カインさんが倒れ込んでいるソファーに歩み寄ると、その背中をグリグリと踏みつける。

「痛ああああああああああああ!!」

「きゃあああああ!! 何て事をするんですか!! ディークさん!!」

「ちょっ、やめるんだ!! ディーク!! カイン皇子の傷が!!」

 私とレイル君が慌ててディークさんに縋り付き、やめてくださいと頼み込むと、グリグリとカインさんの傷を抉るような動きを止め、足をそこに乗せたまま冷やかな声を出した。

「悔しいだろ? まんまとしてやられてよ……」

「……っ」

「確かお前の修業は中途半端に終わってたよな? ある程度の戦闘能力だけを得た段階で、なぁなぁにしてたろ」

「あぁ……」

「サージェスには色々と扱かれたようだが、結局まだまだだ。お前、この先生きていたけりゃ、死ぬ気で修業をし直す必要があるぞ」

「言われなくてもわかってる……」

 カインさんの声は……、震えている。
 それは、責められている事や、ディークさんへの恐れなどではなくて、きっと……。
 傷だらけの身体に力を入れて、カインさんはディークさんの足を押し返すように大声を上げて起き上がった。

「そんな事、テメェに言われなくたってわかってんだよ!! 俺は、サージェスやディークから見れば、まだまだ弱ぇ!! サージェスの野郎に受けてる訓練だって、すぐに結果が出るわけでもねぇし、こればっかりは積み重ねていくしかねぇわけで……」

「あ? 何甘っちょろい事言ってんだよ。今この時点で、命を落とす危険性があるってのに、積み重ねていくだぁ? んな事やってる暇なんかねぇんだよ」

 ディ、ディークさんが……地獄からやって来た鬼の如き怖さを漂わせながら、起き上がったカインさんを再びソファーに踏み倒す。
 こ、怖い……!! 猛烈に怖すぎる!!
 私とレイル君は手を取り合って、ブルブル震えながら部屋の隅に避難し、目の前で繰り広げられる恐ろしい光景に瞼をぎゅっと瞑った。
 だけど、声だけはどうしても聞こえてくるから、結局怖いのは変わらないのだけど!!

「いいか? 速攻効果確実でテメェを鍛えてやる。どれほど時間が残されてるかはわかんねぇが、今日の夜からやるからな。逃げずに来いよ」

「その前に……、俺が、し、死ぬっ」

「安心しろ、死にそうになったらすぐ治療してやるよ。楽しみだなぁ? 久しぶりの弟子との修行だ。存分に……、扱いてやるからな?」

 ひいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!
 私、ルイヴェルさんの事も、たまに大魔王だ!! って思う事があったけど、その従兄であるディークさんも相当のドS!! 
 しかも、容赦も慈悲もない、究極のドS!!
 ふぇ、フェリデロード家の方々って、皆S属性でも兼ね備えて生まれてくるのでしょうか!!
 いや、でも、セレスフィーナさんは物腰穏やかで優しいから、やっぱり違う、気もするしっ。

「返事はどうした、馬鹿弟子」

「くぅっ、この……、わ、わかった!! やるから、その足どけてくれ!!」

「ふん……」

 カインさんの降参の声が聞こえると、私達は瞼を開き、二人の様子を恐る恐る見遣った。
 ディークさんが背中に足を乗せたまま、その傷付いた身体に詠唱を唱え、光の中にカインさんを包み込むと、その傷口がどんどん塞がり、傷そのものが消えていく。
 あぁ、何だかんだ言っても、やっぱり治療はしてくれるんだ……。

「ユキ、傍を離れてすまなかった。何か異常は……」

 少し席を外していたアレクさんが、ルイヴェルさんの部屋へと戻って来ると、踏まれた状態のカインさんと、治療をしているのに痛めつけているようにしか見えないディークさんを見遣り、……。

「女官に飲み物と菓子を頼んであるから、すぐに来るだろう」

 何も見なかった事にしたらしい。
 表情ひとつ変えないアレクさん、流石です!!
 そしてその背後、足下から、私の部屋で眠っていたはずのファニルちゃんがピョンピョンと飛び出し、嬉しそうにこちらへとやって来た。

「ニュイっ、ニュイ~!!」

「ごめんね、ファニルちゃん。お腹が空いたでしょう?」

「ニュイ~!」

 一人にしてしまった事を謝り、ぎゅっと抱きしめると、柔らかな感触が心を落ち着けるように私の服越しに伝わってくる。
 玉座の間であんな事があったから、ファニルちゃんを置いて来た事は正解だったけれど、きっと凄く寂しがらせてしまったに違いない。

「ファニルには、俺から事情を説明しておいたから安心してくれ」

「アレクさん……。ありがとうございます。あ、でも、どうやって……」

「ファニルの種と言語を通じあわせる術を行使しただけだ。普段は、それがなくても、何となくはわかるらしいんだが、このファニルはまだ子供のようだから、細部の言語までは理解していなかったらしい」

 なるほど……。そんな便利な術があるんだ……。
 そして、アレクさんが術を使える事にも驚きを覚えずにはいられないのだけど、それについてはまた今度教えて貰う事にして、私はお礼を言ってファニルちゃんと共にテーブルへと向かった。
 ちなみに、カインさんの方はまだディークさんにグリグリ踏まれながら治療を受けている。

「そういえば、ユキ……。話を戻すようで悪いんだが、……あの時、ルイヴェルの事を、『ルイおにいちゃん』と、そう言っていただろう?」

「うん……」

 レイル君が聞きたいのは、私に昔の記憶が戻ったかどうかという事だろう。
 ルイヴェルさんを刺してしまい、そのショックで……、
自分の中で何かが壊れた気がしたあの時。
 私は確かに、溢れ出る力と一緒に、幼い頃の記憶を取り戻していた。
 ウォルヴァンシアで過ごした日々、レイフィード叔父さんやレイル君、セレスフィーナさんや、……ルイおにいちゃんとの想い出。
 それが全て一気に私の中を埋め尽くしてしまった為か、まだ記憶に混乱はあるものの、はっきりと思い出す事が出来る。

「全部……、思い出したよ」

「……怒っているか? 何も言わずに、お前の記憶を封じた事」

「少しだけ……、ね。レイル君や皆さんとの記憶は……、私にとっては大切なものだから。それに、……記憶を封じられたあの日は」

 記憶を取り戻す前は、仕方がない事だとすんなりと納得をする事が出来ていた。
 だけど、幼い日々の記憶の欠片をこの心に取り戻した私は、少しだけ、怒ってもいる。
 記憶を封じられたあの日は……、あの人達にとって、とても大切な日だったから。
 幼いながらに、一生懸命考えて用意したプレゼントを持ってウォルヴァンシアに向かった私は、その前の日に、ルイヴェルさんから何故か突き放されるように冷たく接されてしまい、気落ちしてしまった。そして、……その翌日。
 朝早くから呼び出され、――記憶を封じられてしまった。
 私はそのまま地球へと戻されたから、ウォルヴァンシアに持ち込んだプレゼントがどうなったのかは……、わからない。
 誰にも言わず、隠れて用意した物だったし、幼稚園で作った物だったから……。
 皆が私の為を想って記憶を封じてくれた事には感謝しているけれど、やっぱり……、プレゼントを渡せずに終わってしまった事が、心の中に後悔を生んでしまっている。

「ごめんね、レイル君。何でもないの。気にしないで」

「ユキ……」

「欠けたものが埋まって、気持ち的にはスッキリしているし、大切なものは全て、ここにあるから」

 自分の胸元に手のひらを当て、レイル君を安心させるように微笑むと、私はベッドで眠るルイヴェルさんへと意識を向けた。

「ルイ……、おにいちゃん」

「ユキはいつも、ルイの事をそう呼んでくっついていたな……」

 アレクさんも私の視線の先を追うようにルイヴェルさんの方を向くと、穏やかな様子でそう口にした。
 
「はい。幼い頃の私は、いつもルイヴェルさんとセレスフィーナさんの所に行っていて、意地悪をされても、くっ付いて……」

「勇気のある子供だと、時折見かけるその様子を微笑ましく思っていた」

「ふふ……、本当に色々ありました。肩車をされたまま、王宮の最上階から飛び降りられたり、私が探しているのに、わざと隠れてなかなか出て来てくれなかったり、おやつが欲しければ、自分を楽しませてみろ、とか……、その他にもいろいろ……、ふふふふふ」

「ゆ、ユキ、思い出してはいけない事まで思い出してないか?」

 つい遠い目になり、乾いた笑いをふふふふふと零し始めた私の肩を、レイル君が慌てて両手で掴み、戻って来いと大声を上げる。
 落ち着いてよくよく思い出してみると、私のウォルヴァンシアでの想い出の大半が、ルイヴェルさんによる屈折した子供いじりだった所業ばかり……。
 気に入られていたのだろうけれど、大人になって思い出すと、色々と許容出来ない何かが……。

「確かに、色々とやっていたな。憩いの庭園の木の上から降りられなくなっていた幼いユキを、ルイが涼しい顔をして椅子に座り眺めていた事もあったと思う。あの時は、セレスが助けに行ったが」

「やめろ、アレク!! それ以上の情報は危険すぎる!!」

「ふふふふふ、本当に……、あの人はっ」

「ユキ、落ち着け!! あれでも、ルイヴェルなりにお前を可愛がっていたんだ!!」

 ここに油性ペンがあれば……、私は間違いなくルイヴェルさんの額に、『鬼』と書いた事だろう。
 確かに幼い頃の私はルイヴェルさんの事が大好きだったけれど、トラウマ物の想い出ばかりが多すぎるっ。

「ユキちゃん、皆、お待たせー。陛下とラシュさんが王宮に……、どうしたの?」

 騎士団の方に戻っていたサージェスさんが部屋へと入室し、最初からディークさんとカインさんの事は丸無視で、怒りに震えている私の方へと問いかけてきた。
 何かひとつでもいい。ルイヴェルさんに幼い頃のお返しをしてあげたいっ。

「サージェスさん、油性ペンってないですかね?」

「ユセイペン? えっと……、ちょっとよくわかんないけど、ペンが欲しいの? インクと羽根ペンのが良い? それとも、最初から便利にインクが入っているタイプのペン?」

「人の肌に書いても、なかなか消えないタイプのペンが良いです」

「ユキ、それは駄目だ!! あとでルイヴェルに知られたら、何倍にも膨らんで返ってくるぞ!!」

「サージェスさん、追加です。本人には気付かれないタイプの特殊なペンを」

 大魔王様レベルのルイヴェルさんに悪戯同然の仕業をして、無事でいられるなんて思わない。
 だけど、せめて額にデカデカと『鬼』と書くぐらい許されると思う!!
 それぐらい……、幼い頃のルイヴェルさんは色々とやらかしてくれていたからっ。
 私の尋常ならざる気配に気付いたサージェスさんが、うーんと首を傾げ、ポン! と、名案を思い付いたような音を響かせた。

「じゃあ、呪いでもかけちゃう?」

「え……」

「ユキちゃん、何か怒ってるみたいだし、額に見えない字を刻むって呪いはあるよ? 体調に変調をもたらしたり、悪戯っぽい身体の変化を仕掛けたりとかね」

「そ、そんなのがあるんですか……」

「うん、ただし……、力のある術者にバレた場合、とんでもない仕返しが待ってるけどね」

「……」

 それはもう、地獄の宣告と一緒ですよね?
 私がルイヴェルさんに対して何かしようとしているのに気付いたからこそ、言ってますよね?
 地獄を見たければ協力してあげるよ、というような、悪魔の囁きの如き微笑み……。
 私はゴクリと喉を鳴らすと、大人しく頭を垂れた。

「やっぱり、やめておきます」

「ははっ、それが無難な選択だろうねー。だけど、急にどうしたの? ルイちゃんに何か恨みでもあったの?」

「いえ、実は……」

 自分の封じられた幼き日の想い出が戻った事を説明すると、サージェスさんはふむふむと頷いた後……。

「じゃあもう、十分に仕返しは済んでるんじゃない?」

「え?」

「つい最近、大きすぎるほどの打撃を与えたでしょ?」

「えっと……」

「『大嫌い』って、言ったでしょ。あれ、君が思うよりも、ルイちゃんにとって物凄く精神ショックの大きな一撃だったんだよ?」

「あ……」

 そう言えば、確かに、私はつい最近、ルイヴェルさんの心を深く抉るかのような一言を二度もお見舞いしてしまった事を思い出した。
 一度目は、悪ふざけが過ぎたルイヴェルさんにその言葉がぶつけ、二度目は凝りもせずに嘘を吐いて大人げない真似をしたから、また……。
 あの時、ルイヴェルさんは、卒倒してしまったんだっけ……。

「私……、仕返し、ちゃんと終えていたんですね」

 しかも、二回もルイヴェルさんを精神的に追い詰めてしまっていたらしい。
 そっか……。じゃあ、もう……いっか。
 それに、……ルイヴェルさんを刺してしまった経緯もあるし、よく考えたら、十分すぎるほどにやり返していた気が……。
 刺してしまった事には罪悪感を感じているけれど、その前の二回分の大嫌いは、うん、やっぱり私は悪くなかったんじゃないかなぁ……と、しみじみと思ってしまう。

「何だか、スッキリしました」

「まぁ、ルイちゃんの自業自得だからね。一気にツケが来たんだと思って貰うとして、これからの事を話してもいいかな?」

「は、はいっ」

 椅子へと腰かけ、どこか話辛そうにサージェスさんは口を開く。
 今までの暢気な気配が掻き消え、これから説明される事が、いかに重要で緊迫したものであるかを物語っているかのように、その気配がピリピリとし始める。

「『場』についての結論から言わせて貰うね。結果的に、魔術師団の人達は無事だよ。まだ色々と問題はあるけれど」

「そうですか……、良かった」

「だけど、ユリウスが連れて行かれた」

「え……」

「サージェス殿、それはどういう事だ? 彼一人だけが攫われてしまったという事なのか?」

 『場』に一人で向かったディアーネスさんは、そこで、あの子供達の洗脳を受け、傀儡と化してしまったユリウスさんと対面し、そして、水晶球に囚われた魔術師団の人達を前に、最終的には多くの命を救えたけれど、唯一人、ユリウスさんだけは、取り戻す事が出来なかったのだという。
 瘴気と、あの子供達が揮った黒銀の光を纏う謎の力まで与えていたらしく、ユリウスさんはマリディヴィアンナを皇女と定め、共に姿を消した……。

「ユリウス一人の犠牲で、多くの命が助かった事は、喜ぶべきなんだろうけどね」

「そんな……」

「勿論、ユリウスを捨て駒扱いなんて思ってないよ。だけど、傀儡にされた以上、無事に取り戻す事が出来るかどうか……。最悪、昔の皇子達の時みたいに、何か仕掛けられている可能性もあるからね」

 マリディヴィアンナの傀儡となり、古の魔獣が眠るとされる封印の間に囚われたガデルフォーンの皇子様達……。
 今もまだ、その手を掴み表の世界へと導く事が出来ない彼らの事が気にかかっているサージェスさん達は、ユリウスさんもまた、マリディヴィアンナの犠牲となる危険性を憂えている。
 私も、彼女の玩具にされていた瞬間を思い出すと、……背筋がぞっと凍り付かずにはいられない。
 自分の意識が消えていく感覚、自我を取り戻し、最初に目にした時の……恐ろしい光景。
 ガデルフォーンの皇子様もきっと私と同じように、絶望を覚えた事だろう。
 自分の手で、大切な人の命を奪う行為を犯した事を自覚する瞬間の恐怖と絶望……。
 何もかもが夢であってほしいと願わずにはいられなかった……。
 自分自身が内側から引き裂かれて壊れてしまいそうなあの感覚を、……ユリウスさんも味わうかもしれないと思うと……。

「ユキちゃん、ユリウスの事は俺達でどうにか助け出すから、気をしっかり持って。
 本当は、この国には関係ないユキちゃん達は表の世界に戻してあげたいところなんだけど、生憎と空間に妨害が生じているみたいだからね。ウォルヴァンシアに向かったあの二人が、あっちの魔術師団と掛け合って、どうにか道を開いてくれるまでは……、悪いけど、我慢して貰うしかない」

「ガデルフォーンだけの問題ではないだろう。あの者達は、俺達の国であるウォルヴァンシアや、カイン皇子にも害を成している。おそらく……、エリュセード全体の敵と見て間違いない」

「レイル君……。そういえば、ユリウスさんがあの子達に攫われてしまったとなると、クラウディオさんは……、今」

 いつも二人一緒にいたクラウディオさんとユリウスさん。
 その片割れであるユリウスさんと魔術師団の人達が『場』に閉じ込められた時も、クラウディオさんは精神的に追い詰められていた。
 そして、今度は……、傀儡にされユリウスさんが攫われたと知った今、大丈夫なのだろうか。

「あ、また精神的に錯乱しそうだったから、蹴り飛ばして目を覚まさせておいたから大丈夫だよ」

「け、蹴り……、飛ば、した?」

「使い物にならなくなるとこっちも色々困るからね。気持ちはわかるけど、泣いてる暇も、引き籠もる暇も与えてあげる余裕はないから」

 サージェスさんやディークさんって、……本当に容赦ないというか、色々怖いなぁ。蹴り飛ばすって、きっと優しくとかじゃないんだよね? 思いきりやっちゃったんだよね?
 曇りのない笑顔で親指をぐっと立てたサージェスさんは本当に清々しい。
 アレクさんも言葉は差し挟まないものの、とっても複雑そうな顔をしているけれど、それは正しいです。
 レイル君も絶句しているし……、多分、この部屋で全く動じていないのは、サージェスさんとディークさんだけだと思う。
 
(クラウディオさん、大丈夫かな……)

 あの人はきっと、いつも偉そうな態度をしつつも、意外に精神的な弱さが目立つ事を十分に理解してしまった私は、今頃壁にめり込んでそうなクラウディオさんを思いながら、遠い目をして天井を見つめてしまったのだった。
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