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第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~

竜の皇子の葛藤

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※イリューヴェル皇国第三皇子、カインの視点で進みます。


 ――Side カイン


『グガァアアアアッ!!』

 偽りの手応えを感じながら、俺はガデルフォーンの鍛錬場で竜手を揮っていた……。入り口にあるパネルを操作する事で、望む戦闘フィールドを展開出来るこの鍛錬場。肌に触れる風も、鼻に香る匂いも、足場の感触も、全てを本物同様に感じる事が出来る。

『グルルルルルッ!!』

 戦闘訓練をばっくれたサージェスの代わりに、イミテーションの魔物共の相手をしながらの疑似訓練。撃破対象は三百匹……、今、半数までは俺の竜手で引き裂いて消し去ってきたが……。

「くそっ!!」

 全然すっきりしねぇ……っ。
 いつものように、一方的に攻撃を受けてるわけじゃねぇ。
 思う存分暴れられる環境にあるってのに……っ。
 頭の中で、サージェスに指摘された事が消えずに居座り続けている。

『はぁ……、君さ、戦闘能力もだけど、精神的にも幼すぎるよ。女の子相手に何日も怒りを継続させるとか、俺に痛いとこ指摘されて暴力に訴えるとことか、堪え性がないにもほどがある』

 三日前、ユキの前で口を滑らせた事が始まりだった。
 アイツに出会う前、イリューヴェル皇国内で悪名を欲しいままにしていた頃……。
 来る者拒まず、去る者追わずの俺は、寄って来る女を適当に選んで相手をしていた。一人に絞る事はせず、ただ、一夜だけの相手として快楽を求め合う対象の女達。
 そこに、『恋』や『愛』といった感情は一切存在しなかった、……俺の方はな。
 時々、俺の唯一人の相手になりたいと懇願する女もいたが、こっちとしてはそんな情は一切なかった。
 だから、そういう面倒な相手を引き離す為に、ひと悶着があったりもしたんだが……。

「……はぁ」

 過去のツケってやつなんだろうけどな……。
 一切の穢れすらなく、大切に育てられた王兄姫のユキ。
 アイツからすれば、俺みたいな男は軽蔑の対象となっていても、仕方がないだろう。見境なく好き放題に生きて来た俺だ。何を言われても言い返す言葉なんかありはしない。だが……。

『カインさんの不潔!! どこまで節操ないんですか!!』

 人が過去の事だと言ってんのに、まるで今の俺も過去と同じような行動をしていると見ているかのような言動。
 心の底まで打つような平手の感触と、ユキの容赦のない文句の羅列に、気が付けばぶちギレていた。
 過去の俺の事を軽蔑するのは構わない。
 だが、だからと言って、今の俺を当時と同等に見た事については腹が立つ。

「ふざけんじゃねぇよ!!」

 また一体、俺の竜手が偽りの魔物を切り裂く。

「はぁ、はぁ……っ」

 ウォルヴァンシアに来てからは、他の女を抱く事すらしてねぇってのに……!!
 今の俺にとって、欲しい存在はひとつだけ……。
 ユキと出会ってから、俺の命は本当の意味で歩き出したんだ。
 苦痛しか感じる事の出来なかった最悪の世界が、アイツと出会った事で鮮やかな色彩を描き出した。

「ユキ……」

 最初は、ただの鈍くさいお姫様だと、面白い奴という印象しかなかったはずなのに……。アイツに名を呼ばれる度に、そのくるくると変わる素直な表情に、やがて、俺の中で開花した、強い輝きを宿した想い。
 なぁ、ユキ……。今の俺は、本当にお前だけを見て生きてるってわかってるか?

「あの馬鹿野郎ぉおおおお!!」

『ギャンッ!!』

 苛立ちを込めた一撃を襲い掛かって来た魔物の群れに抉り込むように竜手を繰り出す。魔力を付加した攻撃は、血飛沫をぶちまけながら魔物達を引き裂いていく。

『カインさんなんか……、大嫌いです!!』

 ふいに、脳裏に蘇った心を抉るユキの言葉。
 三日前の喧嘩の際、お互いにもう何を口走っているかさえ危うくなってきた時に放たれたその一言。胸の辺りがズキリと激しい痛みを生み出し、俺の攻撃の手を弱める。

『グォオオオオオオオオオオオオ!!』

「くっ……!!」

 魔物の群れがひとつの塊に融合し、デカブツ同然の巨体となって俺に襲い掛かった。鋭い爪をもつその前足が、俺の胸を容赦なく押さえ付け、涎を垂らした獰猛な牙を抱いた口が近付いてくる。

『グゥゥゥッ!!』

「……でかけりゃいいってもんじゃ、ねぇ、だろっ」

 偽りの存在でも、訓練により強い現実感を与える為に、当然痛みや感触も付加されている。もし、この魔物に喉にでも噛み付かれれば……、現実同様の苦痛が俺の身を襲うだろう。痛みを甘んじて受けるほど、俺は別にドMでもねぇ……。

「……」

 小さく呟いた詠唱が、魔物の巨体の頭上に氷の刃を無数に出現させる。

『グガァアアアアアアア!!!!!!!!!』

 魔物の肉の詰まった身体に、氷の刃が次々と突き刺さっていく。
 肉を抉る刃が、嫌な匂いと共に大量の血飛沫を辺りへと撒き散らす。
 傷付きぐらついた魔物の隙を見て、俺はその前足の拘束から逃れ距離をとって飛び退いた。

「くそ……っ」

 このデカブツを倒せば、自分に課した訓練は一通り終了だ。
 結局、どんなに数を増やしても、俺の中の気が晴れる事はない……。
 さっさとこいつをぶっ倒して、城下町にでも足を伸ばす事にしよう。

「おらぁああああああああああああっ!!」

 宙へと飛び上がり、勢いよく振り上げた竜手は、狙い通りに魔物の巨体を一刀両断した。その身から噴き出した血が、俺の身体へとぐしゃりとかかる。

「はぁ、……くっ、はぁ、はぁ」

 訓練終了の条件を達した鍛錬場が、一瞬にして元の姿へと景色を変えていく。
 薄暗い神殿の様子を模した鍛錬場……、そこに、俺の訓練の様子を見ていた奴の声がかかった。

「さすがに、設定個体数が多かったんじゃないか?」

「レイルか……。別にどうって事ねぇよ」

「……苛立ちを、魔物達にぶつけているように見えたが?」

「……」

 俺にタオルを渡したレイルが、困ったように微笑む。
 あれだけ苛立ちを滲ませた戦い方を見られていれば、バレないわけもない、か。
 さっさとユキに謝っちまえばいいのに、変なとこで我を張ってる自分が中々言う事を聞かない。
 その間に溜まったストレスと、今日の朝サージェスに刺された俺の欠点。
 正直、言い返す事も出来ない指摘だった。
 俺は昔から、どうにもキレやすい部分があったし、感情に左右されやすいのは自覚している。
 それが、自分の戦闘能力や思考にどれだけの影響を及ぼしているのかも……。
 図星を差された事で、俺はその苛立ちと溜め込んだ感情を吐き出すように、魔物の相手をした。

「なぁ、レイル……。ユキは……、よ。やっぱ……」

「なんだ?」

「……いや、何でもない。それより、こんなとこまで何しに来たんだ?」

「朝、手酷く言われていたからな。どうしてるかと思って様子を見に来たんだ」

「ふぅん……」

 用意のいい事に、タオルの次にレイルから手渡されたのは、水の入ったボトルだった。喉の奥を冷たく潤す水が、身体の内部に心地よく沁み込んでいく。
 それを飲んだ後、入り口付近にあるソファーに腰を下ろした俺の横に、レイルも同様に並んだ。本当は、ユキとの事を仲裁でもしようと思ってやって来たんだろうな。

「カイン皇子、……ユキに言われた事、まだ気にしているんだろう?」

「自業自得で言われた事だけどな……」

「確かに褒められた素行ではなかったかもしれない。ユキのようなタイプからすれば、抵抗のある内容でもあるしな」

「だな……」

「けれど……、カイン皇子は、『今の自分』を見てほしかったのだろう?」

 俺の方は見ずに、鍛錬上の奥を見つめながら、レイルはそう口にした。

「過去というのは、決して修正の効かない自身の歩んで来た道だ。それがどんなものであろうと、受け止める事しか出来ない」

「……」

「変える事が出来るのは、今この瞬間と、これからの未来だけだ。だから、カイン皇子はそうしようと必死だったのだろう?」

 俺の心の奥まで確信をもって見通してくるかのような穏やかなレイルの眼差し。
 禁呪事件を経て、繋ぎとめられた命と向き合った俺は、もう昔のような堕落した生き方とは決別しようと思った。
 あの穏やかで心地良い国で、ユキや王宮の奴らと過ごす日々に生きる目的を見出したから……。
 そして、本気で好きになったアイツに見合う男になる為に……、柄にもなく陰で足掻いていた。
 大した変化を成し遂げたわけじゃない。それでも……俺が変わろうとしていた事実を、レイルの向けてくる眼差しは、『それを知っている』と伝えてくるかのようだ。

「レイル、お前……」

「ユキと、今度は喧嘩せずに、きちんと話をした方がいいと思うぞ。たとえ過去がどうであれ、今のカイン皇子は違うのだからな」

 そう言い終わると、レイルはさっさとソファーから立ち上がり、鍛錬場から去って行った。……きちんと話せ、か。
 レイルが手渡してくれたボトルを額に当て、そこから伝わる冷気に身を委ねる。

「レイル、お前の気持ちは有難いけどよ……。俺もユキも、変なとこで頑固なんだぜ? ……簡単に話が通じるかどうか」



 ユキに俺の想いを伝えるには、嫌でも過去の事に触れないと進まない。
 その話をする最中に、またアイツを怒らせたら、今より酷い事になるかもしれないだろ? けど……、逃げてばかりも先に進まねぇ、か。

「はぁ……」

 ボトルの蓋を開け、一気にそれを煽る。
 ……一旦、城下町にでも下りて、気分を変えるか。
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