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第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~

朝食と騒動

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「ふあぁぁ……、ルイヴェルの奴、本当に行っちまいやがったなぁ」

 朝食の席。カインさんが焼きたてのパンを千切って口に放り込みながら、しみじみと呟いた。
 遊学してから徐々に慣れ始めた日常の光景。ディアーネスさん達との静かな朝食の時間。
 私の左隣の席に、ルイヴェルさんの姿はない。今朝、ガデルフォーン魔術師団の人達と一緒に、転移の陣を発動させて旅立ってしまったから……。
 
「ニュイ~!!」

 その代わり、ルイヴェルさんの席にはファニルちゃんが座って楽しそうに餌を食べている。
 ガブガブと元気に食べている可愛らしい姿には相変わらず癒されるけれど……。
ほんの少しだけ、そこに白衣姿のあの人がいない事に、寂しさのような感情が私の胸によぎる。
 保護者的な立場の人だけど、私に対して意地悪な愛情表現をしてくる困った大人が一時的とはいえいなくなって……、心休まる日々を過ごせそうなのに。

「ニュイ?」

「ん? あぁ、大丈夫だよ、ファニルちゃん。ご飯の続きをどうぞ」

「ニュイ!」

 私がじっと見ていた事に気付いたファニルちゃんが、もっふもふの薄桃色ぽっちゃりボディで頭を傾げるような仕草をしたので、何でもないと笑いかけて食事に意識を戻させた。
 ふぅ……、今朝旅立ったばかりだっていうのに、何でこんな気持ちになっているんだろう。
 まるで、置いていかれた子供のように……。心の奥が、しくしくと、泣いているかのような。
 変だなぁ……。ウォルヴァンシア王宮で過ごしていた時は、普通にルイヴェルさんと会わない日だってあったのに。

「――時に、ユキよ」

「あ、は、はい!」

 自分の食事に戻りながら俯いていると、ディアーネスさんから声がかかった。
 
「シュディエーラから聞いたが、ようやく術の行使に上手くいったようだな?」

 ディアーネスさんの微かに嬉しそうな気配を宿したアメジストの瞳。
 魔術の勉強が始まってから五日程。ディアーネスさんはあえて日々の成果を聞いてくる事はなく、私の心が焦らないように配慮してくれていた。
 ディアーネスさんだけじゃなく、シュディエーラさんや他の人達も。

「はい。お陰様で少しずつですが、基礎の術を使えるようになってきました」

「ふむ。ならば、これからも励むが良い。お前は勤勉で向上心のある娘だ。すぐに次の段階へと進めるであろう」

「はいっ!! 頑張ります!!」

 魔術の勉強、術の行使。あんに苦戦していた行使段階の問題は、あっさりと解消されてしまった。
 二日前……、ルイヴェルさんの部屋で急激な眠りを覚えたあの後から。
 ルイヴェルさん曰く、

『俺の魔力をお前が行使しやすいように調整し直した。これで、俺がいない間も魔術の勉強に支障は出ないだろう。調査同行に関してはすぐに戻ってくるつもりではいるが、また何か問題にぶつかった時は、女帝陛下に助力を乞うといい』

 という、納得出来るような、疑問が残るような回答を貰った。
 でも……、魔力を調整し直すのにどうして私は眠くなってしまったのか、目覚めが夜になってしまったのか……。その辺りの問いは、完全に誤魔化されたような気がする。
 それに……、眠っている最中に一度だけ。私はぼんやりと目を覚ました瞬間があったように思う。
 その時、視界の中に見えた光景。私の視線は部屋に置かれてあった全身用の鏡に向いていて、その中に、首を傾げたくなるようなものが見えた気がする。
 椅子に座っている、ルイヴェルさんらしき姿と……、その胸に抱き抱えられていた、小さな子供の姿。心地良い温もりと、何かを優しく語りかけられているような気配を感じながら、鏡の中に見えている子供の姿に、私は『誰……?』と問いかけながら、また眠りへと落ちたのだ。
 とても、とても……、幸せな時間だったように思えるのに、結局、鏡に映っていた子供が誰なのかわからないまま、私は目覚めを迎える事になった。
 ルイヴェルさんに尋ねてみたら、『夢でも見ていたんじゃないのか?』と、やっぱり誤魔化される始末で……。自分でも、あれが現実の出来事だったのか、徐々に疑い始めている今日この頃だ。
 戻ってきたら、もう一度だけ……、本当に夢だったのかどうか、聞いてみよう。
 そう決めた私は、今日の予定についてディアーネスさんと話をした後、また食事の続きに戻った。

「はぁ……、今日こそは、あのクソドS野郎なサージェスの横っ面をぶっ飛ばしてやりてぇなぁ」

「カイン皇子……、横っ面どころか、毎回あの動きについていく事さえ出来ていないだろう? まずは、考えなしに突撃する癖から直し、相手の動きを先読みする戦略などをしっかりと」

「うぐっ!!」

「サージェス殿の言う通り、宝の持ち腐れという言葉がぴったり過ぎる……。いいか? カイン皇子。勝てば良い、という問題じゃないんだ。卑怯な外道技ばかりに頼らず、少しは無駄な動きをなくす努力と、攻撃の手段や攻め方の研究をしてくれ。でないと……、俺にさえ勝てないままだぞ」

「ぐうううっ!! れ、レイル……っ、テメェ……ッ!! 昨日からやけに挑戦的じゃねぇかっ!!」

 私の右隣。そこに座っているカインさんが、珍しく攻撃的な物言いで攻め込んでくるレイルを悔し気に睨み付け、パンを握り潰してしまっている。
 う~ん、確かに……、昨日から、レイル君の機嫌が悪いなぁ……。

「れ、レイル君……、昨日、カインさんと出掛けた時に、何かあったの? 帰って来てからだよね? カインさんに冷たくなったの……」

「……何も。俺達の事は気にしなくていいから、ユキはゆっくりと食事を進めてくれ」

「……は、はい」

 本当に何があったの!! レイル君!!
 穏やかな物腰と優しい接し方に定評のある王子様の中の王子様的代表人のレイル君に一体何が!! カインさんに対してだけやけに冷たいし、まるで、レイフィード叔父さんが本気で怒った時みたいに恐ろしい得体の知れない黒いオーラがダダ漏れなのだけど!!
 スプーンを置いた私は、レイル君を怒鳴って狂犬と化しているカインさんの少し尖ったお耳を乱暴に引っ張り寄せた。

「カインさんっ、レイル君を怒らせた心あたりはっ!?」

「痛ぇっ!! し、知らねぇよ!! 城下を周ってる途中で急に不機嫌になりやがってよ……。文句があるなら言いやがれって言っても、全然答えねぇしっ」

「怒らせておいて何言ってるんですか!! もうっ!!」

「痛だだだだだだっ!! ひ、引っ張んなぁああっ!!」

 何かやらかしたと思われる本人に心当たりなし、と、
 はぁ……、絶対何かレイル君の逆鱗に触れるような事をしているはずなのに、思い出す努力もしないなんて、本当にもうっ。仕方ない、後で本人に直接……、と、カインさんの耳から手を離したところで、遠くから轟音めいた衝撃が揺れとなって伝わってきた。

「な、何……!? きゃっ!!」

 一度だけかと思ったら、また、二度、三度と衝撃が皇宮を揺らし、食事をしている場合ではなくなってしまった。しかし、ディアーネスさんもシュディエーラさんも食事の手を止めず、特に何も非常事態の類など起こっていないかのように席を動こうとはしない。

「ディアーネスさんっ、あの、な、何か、起こってるんじゃ……!!」

「案ずるな。よくある事だ」

「よくある事!?」

「陛下ー、食事中にごめんねー。いつものお客さんが来たんだけど、皇子君連れて行っていいかなー?」

 現状を把握する事も出来ずに困惑している中、広間に現れたのは飄々とした笑顔のサージェスさん。皇宮が何かの衝撃を受けて揺れているっていうのに、この人も全然動じてない。
 
「好きにせよ」

「有難うー。じゃあ、行こうか皇子君」

「はぁ? 意味わかんねぇよ!! 説明が先だろうが!!」

「行けばわかるよー。あ、レイル君とユキちゃんも来るー?」

「えっと、あの……、何が起こっているのか、きゃっ、こ、この揺れや、聞こえてくる凄い音の、せ、説明を先にして頂けるとっ」

 サージェスさんだけじゃなく、広間に控えてくれている女官の皆さんも同じ。
 まるで、今の起こっている何かに慣れているかのように静かな佇まいで自身の役割を果たそうと控え続けている。サージェスさんは困惑している私達を連れ、別に急ぐ事もなく廊下に出た。
 皇宮の入り口で起きているという、『よくある事』。
 ガデルフォーンの中でも、自分の腕に自信がある人達。
女帝であるディアーネスさんを打ち倒し、国の頂点に立とうとしている、野望を抱く人達。
話には聞いていたけれど、本当に皇宮にまで乗り込んでくるんだ……。
で、サージェスさんはカインさんの戦闘訓練の一環として、その挑戦者の人達と戦わせようとしているみたいのだけど……。

「あ、あれがお客様、ですかっ?」

「おい……、あれ、どこの種族だよっ、なんか常識外の体型してねぇかっ!?」

「いや……、あれは、ま、魔物の類に近いような……」

 皇宮の入り口を固めている騎士団員さん達と、正門に続く広い敷地の中で応戦する役目を担っている騎士団員さん達。そして……。

「女帝を出せぇええええっ!! 俺の相手をしろぉおおおっ!!」

「今日よりこの皇宮の主は私だ!! 女帝の首を斬り落とし、民の前に晒してくれるわっ!!」

「ヒャハハハハハハッ!! 血ィッ、血を見せろぉおおっ!!」

 などなど、もう悪役一直線みたいな奇声を上げている挑戦者の皆さんが団員さん達を相手に大立ち回りを繰り広げているこの光景。
 私達のような普通の人型と似ていても、その手が奇妙に変形していたり、口が裂け気味だったり、血がベットリとついた武器を振り回している人もいれば……。
 あきらかにサイズが違いすぎる、凄まじい肉感たっぷりの恐ろしいほどに巨体な人の姿もあった。
 レイル君が青ざめながらコメントしたように、私も思う。
 挑戦者の皆さんは、ファンタジー小説や漫画に出てくる人外化け物集団に属している方々でしょうか、と。だって、明らかに私達と姿や雰囲気が違いすぎるもの!!

「さて、じゃあ軽ぅーく、準備運動程度にもならないだろうけど、片付けようか」

「はぁ……、飯の途中であんな奴らの相手かよ。面倒くせぇ」

「皇子君は何事も真面目にこなす、っていう癖をつけようね。あ、俺よりも多く倒せたら、今朝の訓練はなしにしてあげてもいいよ? 身体、きついんでしょ?」

「うるせぇよ。俺が犬みてぇに喜んで走り出すと思ってんのか?」

 十人近くはいると思われる、挑戦者の人達……。
 それを流し見た後、カインさんは不敵な笑みを浮かべて右手を竜装へと変えた。

「けど、テメェを負かすのは面白そうだしなぁ。全部、俺が殺ってやるよ!」

 混戦状態となっている場へ飛んだカインさんが、侮れない異形の姿をしている敵を目がけて攻撃の手を振り下ろす。サージェスさんも楽しそうに笑みを零し、その場へと加わってゆく。
 私はレイル君と二人、その戦いぶりを入り口で見守り続ける。

「ユキ、心配する必要はない。サージェス殿が負ける事はないし、カイン皇子も……、まぁ、あの程度の相手なら、勝てるだろう」

「……レイル君、やっぱり……、何か、怒ってる、よね?」

「……怒ってない」

 入り口の守りに徹している団員さん達の背中と、その向こうに見える戦いの場から目を逸らし尋ねてみると、レイル君は前を見据えたまま素っ気なく答えた。
 水銀髪の綺麗な髪に縁取られた、レイフィード叔父さんによく似た面差し。
 そこには、激しい怒りではなく、ただただ……、静かな苛立ちの気配だけを滲ませている。
 はぁ……、カインさん、本当に何をしたんですか。レイル君がこんな風になってしまうなんて、よっぽどの事なんじゃ……。

「レイル君……」

「……はぁ、そんな目で見ないでくれ。別に、お前に対して怒ってるわけじゃないんだから」

「それは、うん、わかってるんだけど……。訳を聞いちゃ、駄目、かな?」

「…………」

「駄目?」

 レイル君の心を土足で踏み付けてしまうような事なら諦める。
 でも、レイル君とカインさんは禁呪の件が終わった後から、よく一緒にいるところを見かけられるような、仲の良い友人関係を築いていると思っていた。
 アレクさんやルイヴェルさんに噛み付いてばかりのカインさんだけど、レイル君と一緒にいる時はあまり声を荒げる事もなく穏やかで……、休日には一緒に出掛ける事もある。
 そんな二人が、まぁ、今回は一方的だけど……、レイル君がカインさんに対してあんな態度を取るなんて、本当に初めての事。
 だから、二人が早く仲直りを出来るようにと、訳を聞いてみる事にしたのだけど……。

「……はぁ、わかった」

 レイル君は私の視線に根負けし、溜息と一緒に瞼を閉じた。
 
「昨日……、カイン皇子と散策に出掛けた事は知っているな?」

「うん。やけにはしゃいだ様子でレイル君と出掛けて行ったよね……、カインさん」

 私は勉強を優先させていたので、お見送りしかしなかったけど……。
 昨日のカインさんは、レイル君をグイグイ引っ張って散策に出掛けて行った。

「目的が……、あったんだ。カイン皇子には」

 嫌悪というよりも、呆れ気味にレイル君は語り続ける。
 カインさんによって連れて行かれた、皇宮内にある女性用高級ドレス店。
 昨日は大広場であるイベントが開催されていた為、その日はどのドレスを借りてもタダだったのだとか……。そのお店に、レイル君は引き摺り込まれてしまったらしい。
 何だろう……、もう考えなくても、その先の展開がわかってしまうのだけど。
 
「カイン皇子に適当なドレスを押し付けられ、問答無用で着替えさせられたんだ……。そして」

「もしかして、大広場で開催されていたのって、あの、……女装コンテスト、だったり、するのかな?」

「いや、男女混合だったから、その参加者の中で美しさを競うコンテストだったんだ……」

「へ、へぇ……」

 究極の美の前に、男女の差は関係ないってやつかなぁ……。
 でも、どちらかというと……、色モノな気配が濃いというか……。
 
「じゃ、じゃあ、レイル君が怒ってる理由は、それなんだね? 無理矢理女装させられたから」

「違う」

「え……」

 一国の王子様に無茶ぶりが過ぎますよカインさん! と、心の中で呆れ果てていた私に、レイル君は予想外の答えを返してきた。
 右手のひらをぎゅぅぅっと爪が喰い込む程に握り締め、レイル君はこう主張する。

「コンテストに参加するならするで、何故事前に言っておいてくれないんだ!! お陰で、俺は適当なドレスと適当なメイクでステージに立たされた挙句、適当な審査で優勝してしまったんだ!!」

「……レイル、君」

「どうせ参加するなら、徹底的に準備したかった……っ。完璧に着飾った姿で勝利をっ」

 どうしよう……。レイル君、真面目なのは知っていたけれど、その真面目さはなんか違う!!
 女装なんだよ!? 女装のドレス姿で大勢の人の前に立たされたんだよ!!
 普通は何の相談もなくそんな真似をさせたカインさんに対して怒るべきなのに、きちんとした準備をさせなかったから根に持ってる、って、一体どういう事なの!?
 しかも、レイル君は凄く悔しそうに頭まで抱えて蹲ってしまっている。
 
「え、え~と……、と、とりあえず、また次の機会にリベンジするとして……、そ、そろそろ、カインさんの事を許してあげたらどうかな? ちゃんと訳を話せば謝ってくれると思うよ」

「……そう、だな。いつまでも大人げない対応をするのも、狭量というものだし……、わかった。後でカイン皇子には訳を話しておく」

 多分……、カインさん本人もそんな事情を打ち明けられて戸惑うだろうけれど。
 私は視線の向こうで激化している混戦状態を遠い目で見つめながら、それに頷くのだった。
 
「グァアアアアアッ!!」

「ギャァアアアアアアッ!!」

 戦いは佳境に入っているようで、思わず目を背けたくなるような恐ろしい景色となっている。
 さっきまではレイル君と話をしていたから、まだ何とか気を逸らせてはいたけれど……。
 応戦していた団員さん達は後方に下がっていて、今はサージェスさんとカインさんの二人が残った三人を相手に惨劇を繰り広げている。あぁ、結界の方に血飛沫が叩き付けられるかのように飛び散ってくる。

「うっ……」

「ユキ、あまり見ない方がいい。流石に朝食を入れた胃にはよろしくない」

「う、うん……」

 挑戦者の人達がどれだけ強いのかは、サージェスさんとカインさん相手にはもう関係がなくなってしまっているようだ。必死に足掻きながら攻撃の手を振り回しても、動きの見えていない二人によって斬り裂かれ、一人、二人、と、どんどん倒れ込んでいく挑戦者の面々。
 現代日本で生きてきた私には、やっぱりこういう刺激性の強い光景は毒だ。
 でも……、わざと姿を見せて敵を相手にしている時のサージェスさんはとても優雅な動きをしていて、一切の無駄が排除された動きで、舞い踊るかのような剣捌きを見せている。
 その姿は、素直に美しいと思えた……。カインさんの方は血塗れで、かなり怖い事になっているけども。

「皇子くーん、身体や服を汚してるようじゃ、まだまだだねー」

「うっせぇよ!! うらぁああっ!!」

「ギャァアアアアアアアア!!」

「このぉおおおっ!! 女帝の狗共がぁあああっ!!」

「誰があの魔竜ババァの狗だごらぁあああああああっ!!」

 やがて、断末魔の悲鳴と惨劇の気配に包まれていた場が静まり……。
 
「医療班、この困った子達をいつもの部屋にごあんなーい、だよ」

「「「はい!!」」」

 血でべっとりと濡れた剣を振り払い鞘に収めたサージェスさんの指示を受け、後始末に団員さん達が駆け出してゆく。――しかし。

「まだ、まだ終わっとらんぞぉおおおおおお!!」

 サージェスさんの背後で恐ろしいほどの巨体を沈められていた挑戦者の一人が起き上がり、凶器のような両拳を振り上げて襲いかかった!!
 
「サージェスさん!!」

 逃げる暇さえ与えられない。助けに向かう時間もない。
 サージェスさんが後ろを振り向き、――直後、皇宮中に凄まじい衝撃が走った。
 
「あ、ぁぁ……、う、嘘っ、さ、サージェスさん……、サージェスさぁああんっ!!」

 敵の巨大な拳に叩き潰された……。そう、見えた気がした。
 けれど、悲鳴を上げた私の目は真実を映してはいなかったのだ。
 
「はぁ……、そういう使い古された手は、相手を選んで使おうねー」

「な、何ぃいいいいいっ!? ――グァアアアアアアッ!!」

 その呆れまじりの声が聞こえたのは、巨体の頭上……。
 世界を照らす朝日を隠すように跳躍していたサージェスさんの姿がそこに現れた瞬間、巨体の敵は、新たな断末魔の悲鳴を上げながら地面に倒れ込んでいった。……さっきまで繋がっていたはずの右う腕が、斬り落とされている。

「レイル君……、今のは」

「あの程度の敵では、どんな卑怯な手を使ったとしても勝機はない。最後の足掻きをしたあの瞬間、拳を振り下ろすよりも早く、実際はサージェス殿に腕を斬られていたんだ」

「ちっ……、喰えねぇ奴だぜ」

 悪態を吐きながらも、カインさんの視線には、サージェスさんの技に惚れ惚れとしているような気配があった。もう駄目だと思ったあの瞬間に、本当は決まっていた勝負。
 ガデルフォーン騎士団を統べるその頂点、サージェスさんの凄さを改めて垣間見た瞬間。
 一滴の血にも侵される事のないガデルフォーン騎士団の団長服の裾が、朝の爽やかな風を受けて心地よさそうに靡いていた。
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