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第二章『恋蕾』~黒竜と銀狼・その想いの名は~
お出掛け先で、新たな出会い
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――Side 幸希
滝の裏から通じていた洞窟の奥で、可愛いパルフィムちゃん達から熱烈な抱擁を受けた私は、満足のいくまで記録(シャルフォニア)を撮り終えたカインさんに恨み言を呟きつつ、大きな泉の水面を見つめていた。
すぐ傍には、はしゃぐ気持ちが落ち着いたのか、数匹のパルフィムちゃん達が寝転びながら寛いでいる。カインさんは、洞窟のさらに奥の方を見てくると言って、今は不在だ。
まったく……、私があんなに困っていたのに、自分は楽しそうに撮影会なんて。
やっぱり意地悪な所は、禁呪の件を終えても変わらないものなのかと、残念な溜息が零れ出てしまう。
「はぁ……、まぁ、悪気はないんだろうけど」
あんな風に、屈託なく素直に笑うカインさんを見られるようになった事に喜びを覚えつつも、その為に自分が困った目に逢うのは如何なものかと自問自答してしまう。
最初に出会った頃よりも、棘や皮肉げな部分が和らいだ気がするけれど、人をからかったり意地悪をしたりするのは、カインさんの元々の気質なのだろう。
仲良くなったとは言っても、やっぱり私はあの人の玩具のように意地悪をされる事が多々あると言ってもいい。まぁ……、傷付いたりするわけじゃないし、可愛い部類の意地悪ばかりだけど。
「心臓に悪いというか、よく噂に聞く男子高校生的な何かがあるというか……」
私は中学と高校、それから大学は女性だけの世界だったから、少しだけ小学校の頃を思い出してしまう。女の子の嫌がる事をして楽しんだり、それから……。
(好きな女の子の気を引く為に、わざと意地悪をしたり……)
多分、カインさんの場合は、後者なんだろうけど……。
大広場の時も、今回のパルフィムちゃんとの時も、大慌てで困っている私の『記録(シャルフォニア)』を撮りながら、凄く嬉しそうに笑っていた。
自分に対して素直に反応を返してくれる私を見るのが、カインさんにとっての喜びになっているような気がするというか……。
常に穏やかな眼差しで見守ってくれるアレクさんとは、正反対の人だと思う。
静と動、感情を抑え込みながら想いを内に秘めるタイプのアレクさんと、ありのままに自分の感情を相手にぶつける事の出来るカインさん。
ここまで真逆の性質をした二人に特別な想いを抱かれている事にも驚くけれど……、私、何か特別な事なんてしたのかな? アレクさんとカインさんに恋愛感情を抱かれるような何かをしでかした覚えはない。
『キュイ~』
溜息と共に遠くを見ていた私を、膝の上で眠っていたパルフィムちゃんの愛らしい鳴き声が現実へと引き戻してくれた。ぴょんっと、花の咲く地の中に飛び降り、綺麗な水面が広がる大きな泉へと顔を近づけていく。
「え……」
次の瞬間視界に映ったのは、べろ~んと長すぎる舌を出したパルフィムちゃんの意外な姿。
私の手や顔を舐める時は短く舌を出していたのに、本当はそんなに長かったの!?
じょぼん、と、泉の中に沈んでいく舌を見つめながら、気持ち良さそうに目を細めているパルフィムちゃんの姿に釘付けになってしまう。
吃驚はしたけど、これも異世界の動物の神秘。可愛い事には変わりないパルフィムちゃんの頭をそっと撫でた後、私も泉の綺麗な水面を眺め始めた。
アレクさんとカインさん……、この後きっと待っているだろう、もうひとつの『告白』。
覚悟は決めているものの、こうやって一人になってみると……。
「うぅ、またなんか緊張してきた……っ」
洞窟の奥に向かう直前、カインさんが私の耳元に残した言葉。
『ユキ、俺がいない間に……、もし、どこかに逃げようとしたら』
あの時、私の肩に手をかけ、その唇を寄せたカインさんが耳元に囁いた言葉。
低められたその艶のある声音に嫌な予感を覚えたけれど、逃げられるわけもなく……。
『お前の心臓が止まるぐらいの、『すっごい』事、お見舞いしてやるからな』
あの瞬間、もうそれだけでこの世から強制退去させられるかと思った!!
どういう風に声を扱えば女性の心を掴めるのか、どう囁けばどんな効果を的確に与えられるのか、あの人は私の心をその手のひらの上で弄ぶかのように愉しげに囁いてくれていった!!
経験値ゼロ……、と、自分では言いたくないのだけど、カインさんの残していってくれた脅し文句のせいで、決めていた覚悟がぐらぐらと。
なんか、アレクさんよりも凄い告白がお見舞いされてきそうな気が……、する。
むしろ、告白だけで済むのかも怪しいというか……。
「それに……、ここにはパルフィムちゃん達以外、誰もいないし」
――つまり、この洞窟はカインさんという油断出来ない危険な猛獣さんと二人だけの世界、というわけで、えーと。
頭の中が大混乱しそうな未来を予想したその瞬間、ブンブンと勢いよく頭を振って思い直した。
たとえカインさんが、過去にイリューヴェルで女性関係に関してアレだったとしても、疑うのは良くない事だ。今までだって、からかったりする事はあったけれど、本気の行動に移った事はない。
うん、きっと気のせい気のせい……。
不自然な動悸を刻む鼓動を落ち着かせ、私は泉の水面に指先を浸した。
冷たく清らかな水が、ひんやりと肌に馴染んでいく。
と、その時、眺めていた水面が不意にぐにゃりとした奇妙な揺らぎを見せた。
「え……」
風が吹いた訳じゃない。パルフィムちゃん……は、もう水を飲み終えて舌を口の中に収めているし。静かに手を差し入れた私の動きで、こんな波紋が立つわけがない。
それに、一緒に水面を見つめながら映っているパルフィムちゃんの姿には何の変化もないのに、私の部分だけ……、一体何が起きているの?
揺らぎが収まった後、もう一度私の顔がその水面に現れた。
「何だったのかな……」
泉に顔を近づけ、像を取り戻した自分の顔を覗き込む。
……あれ? 私の顔、なんだけど、何かが変。
気のせいだろうかと首を傾げ、じっくりと眺めてみると、ある事に気付いた。
二十歳という成人済みの女性でありながら、私の顔は同年代の子達と比べて幼い。
童顔、と、自分ではあまり認めたくない、大人の女性とは程遠い少女のような容姿。
そうであったはずなのに、今水面に浮かんでいるのは……。
『キュイッ?』
戸惑いと共に見つめている先の像が、またぐにゃりと水面を揺らがせて乱れた。
そして……、また、『私』の顔を映し出す。
元の、童顔めいた少女の顔を。
驚きに目を瞬き、私は水面を指先で掻き回し、もう一度像を結んでいくのを眺めた。
やっぱり……、今の私の顔だ。
「見間違い……、だったのかな」
さっき、一度目の揺らぎを見せた泉が像を結んだ時、そこに見えたのは……、どこか大人びた自分の顔だった。一瞬の事ではなく、それを観察する時間もあったのだ。見間違いである可能性は……。
それに、水面に映っていた『私』は、どこか悲しそうな顔をしていた気がする。
あれは本当に私だったのか……、それとも、この神秘の異世界特有の何かなのか。
もう一度さっきの『私』を見られないだろうか。
何度もバシャバシャと冷たい水面を掻き回していると、背後でパルフィムちゃん達の嬉しそうな鳴き声が聞こえた。カインさんが戻って来たのかな?
そんな風に予想をつけて振り向いた私の目に映ったのは……。
『ブモォオオオオオオオオオ!!』
『『『キュイ、キュイ~!! キュキュ~!!』』』
……、……、……。
洞窟内に轟いた勇ましい雄々しさを兼ね備えた雄叫び。
ドス、ドス、ドス……、こっちに向かって歩いてくる、――牛?
パルフィムちゃん達が楽しそうにその周りを取り囲み、大歓迎のムードだ。
何で、こんな洞窟の奥まった所に牛が? しかも、私が知っている普通の牛よりも体躯が大きい。
小動物系のパルフィムちゃん達が怯えていないのだから、凶暴な動物ではないのだろうけれど。
予想外としか言えない、正体不明の牛さんの登場に固まっていると、その穏やかそうな丸く大きな瞳が私の方を向いた。
『……ダ、レ?』
思わず、一緒に不思議そうな顔で首を傾げてしまう。
ゆっくりと歩み寄ってきた大きな牛さんが、私の前で立ち止まり、腰を下ろした。
うん、怖くはない。好奇心を湛えた丸いお目々が、とても可愛らしく見える。
だけど、今……、もしかしなくても、この牛さん、喋った、よね?
遅れてそれを理解した私は、まじまじとその大きな顔を至近距離で見つめた。
「喋る事が出来るんですか?」
『オレハ、ガウレイゾクノ、ティーゼ。ハジメマシテ』
「は、初めまして。ガウレイ族の、ティーゼさん、ですね?」
『ウン。キミノナマエハ?』
怖がる必要のない相手だと安心した私は、その穏やかで礼儀正しい牛さんこと、ティーゼさんの顔をそっと撫でてみた。もふもふの毛並みに覆われた、手触りの上質な質感。
それに、ティーゼさんからは花の香りがして、心の中に在った緊張を宥めていくかのようだ。
「私は幸希です」
『ユキ。ヨロシク』
「はい、よろしくお願いしますね」
元々、この牛の姿がティーゼさんの生きる姿なのか、それとも、狼王族のように二つの姿を有しているのか、それを尋ねてみると、どうやら後者の方だったらしい。
このスウォルシア山の中に生えている薬草や木の実などを採取しに、時々訪れているのだそうだ。
そして、山に住んでいるパルフィムちゃん達の友人でもあるそうで、この洞窟に足を運んだ、と。
『ユキ、ユキハ、ドウシテココニキタ? ヒトリ、ナノカ?』
「いいえ、今は一緒に来た人を待っているところなんです。何か、この洞窟の奥に見せたいものがあるからって」
『アァ、アレ、カ。アレハイイ。スゴク、キレイ。ミルベキ、ダ』
カインさんの消えて行った奥の道に顔を向けたティーゼさんが、嬉しそうに鳴き声をあげた。
パルフィムちゃん達もその言葉を理解しているのか、うんうんと可愛らしく頷きながら同意の声をあげている。奥に一体何があるのか、それを知らない私に、ティーゼさんは『イッテミレバ、ワカル。タノシミ、タノシミ』と楽しそうに笑みを零すだけ。
でも、きっと知らない方がいいのだろう。詳しく追及する事はせず、私はその場に座り込んで寛ぎ始めたティーゼさんとパルフィムちゃん達と一緒に、カインさんが戻ってくるのを待つ事にした。
けれど、カインさんが戻って来たその時。
「ユキから離れろ!! この牛野郎!!」
戻って来たカインさんは、当然ティーゼさんの存在を知るはずもなくて。
巨大な牛さん姿のティーゼさんを一目見たカインさんは、ぎょっと目を見開いて牽制と怒りの言葉と共に指をこちらに突き付けたのだった。
……その時、ティーゼさんが私の顔を分厚い牛の舌でべろんべろんと親しみを込めて舐めていたのが、カインさんを誤解させる原因となっていたのかもしれない。
滝の裏から通じていた洞窟の奥で、可愛いパルフィムちゃん達から熱烈な抱擁を受けた私は、満足のいくまで記録(シャルフォニア)を撮り終えたカインさんに恨み言を呟きつつ、大きな泉の水面を見つめていた。
すぐ傍には、はしゃぐ気持ちが落ち着いたのか、数匹のパルフィムちゃん達が寝転びながら寛いでいる。カインさんは、洞窟のさらに奥の方を見てくると言って、今は不在だ。
まったく……、私があんなに困っていたのに、自分は楽しそうに撮影会なんて。
やっぱり意地悪な所は、禁呪の件を終えても変わらないものなのかと、残念な溜息が零れ出てしまう。
「はぁ……、まぁ、悪気はないんだろうけど」
あんな風に、屈託なく素直に笑うカインさんを見られるようになった事に喜びを覚えつつも、その為に自分が困った目に逢うのは如何なものかと自問自答してしまう。
最初に出会った頃よりも、棘や皮肉げな部分が和らいだ気がするけれど、人をからかったり意地悪をしたりするのは、カインさんの元々の気質なのだろう。
仲良くなったとは言っても、やっぱり私はあの人の玩具のように意地悪をされる事が多々あると言ってもいい。まぁ……、傷付いたりするわけじゃないし、可愛い部類の意地悪ばかりだけど。
「心臓に悪いというか、よく噂に聞く男子高校生的な何かがあるというか……」
私は中学と高校、それから大学は女性だけの世界だったから、少しだけ小学校の頃を思い出してしまう。女の子の嫌がる事をして楽しんだり、それから……。
(好きな女の子の気を引く為に、わざと意地悪をしたり……)
多分、カインさんの場合は、後者なんだろうけど……。
大広場の時も、今回のパルフィムちゃんとの時も、大慌てで困っている私の『記録(シャルフォニア)』を撮りながら、凄く嬉しそうに笑っていた。
自分に対して素直に反応を返してくれる私を見るのが、カインさんにとっての喜びになっているような気がするというか……。
常に穏やかな眼差しで見守ってくれるアレクさんとは、正反対の人だと思う。
静と動、感情を抑え込みながら想いを内に秘めるタイプのアレクさんと、ありのままに自分の感情を相手にぶつける事の出来るカインさん。
ここまで真逆の性質をした二人に特別な想いを抱かれている事にも驚くけれど……、私、何か特別な事なんてしたのかな? アレクさんとカインさんに恋愛感情を抱かれるような何かをしでかした覚えはない。
『キュイ~』
溜息と共に遠くを見ていた私を、膝の上で眠っていたパルフィムちゃんの愛らしい鳴き声が現実へと引き戻してくれた。ぴょんっと、花の咲く地の中に飛び降り、綺麗な水面が広がる大きな泉へと顔を近づけていく。
「え……」
次の瞬間視界に映ったのは、べろ~んと長すぎる舌を出したパルフィムちゃんの意外な姿。
私の手や顔を舐める時は短く舌を出していたのに、本当はそんなに長かったの!?
じょぼん、と、泉の中に沈んでいく舌を見つめながら、気持ち良さそうに目を細めているパルフィムちゃんの姿に釘付けになってしまう。
吃驚はしたけど、これも異世界の動物の神秘。可愛い事には変わりないパルフィムちゃんの頭をそっと撫でた後、私も泉の綺麗な水面を眺め始めた。
アレクさんとカインさん……、この後きっと待っているだろう、もうひとつの『告白』。
覚悟は決めているものの、こうやって一人になってみると……。
「うぅ、またなんか緊張してきた……っ」
洞窟の奥に向かう直前、カインさんが私の耳元に残した言葉。
『ユキ、俺がいない間に……、もし、どこかに逃げようとしたら』
あの時、私の肩に手をかけ、その唇を寄せたカインさんが耳元に囁いた言葉。
低められたその艶のある声音に嫌な予感を覚えたけれど、逃げられるわけもなく……。
『お前の心臓が止まるぐらいの、『すっごい』事、お見舞いしてやるからな』
あの瞬間、もうそれだけでこの世から強制退去させられるかと思った!!
どういう風に声を扱えば女性の心を掴めるのか、どう囁けばどんな効果を的確に与えられるのか、あの人は私の心をその手のひらの上で弄ぶかのように愉しげに囁いてくれていった!!
経験値ゼロ……、と、自分では言いたくないのだけど、カインさんの残していってくれた脅し文句のせいで、決めていた覚悟がぐらぐらと。
なんか、アレクさんよりも凄い告白がお見舞いされてきそうな気が……、する。
むしろ、告白だけで済むのかも怪しいというか……。
「それに……、ここにはパルフィムちゃん達以外、誰もいないし」
――つまり、この洞窟はカインさんという油断出来ない危険な猛獣さんと二人だけの世界、というわけで、えーと。
頭の中が大混乱しそうな未来を予想したその瞬間、ブンブンと勢いよく頭を振って思い直した。
たとえカインさんが、過去にイリューヴェルで女性関係に関してアレだったとしても、疑うのは良くない事だ。今までだって、からかったりする事はあったけれど、本気の行動に移った事はない。
うん、きっと気のせい気のせい……。
不自然な動悸を刻む鼓動を落ち着かせ、私は泉の水面に指先を浸した。
冷たく清らかな水が、ひんやりと肌に馴染んでいく。
と、その時、眺めていた水面が不意にぐにゃりとした奇妙な揺らぎを見せた。
「え……」
風が吹いた訳じゃない。パルフィムちゃん……は、もう水を飲み終えて舌を口の中に収めているし。静かに手を差し入れた私の動きで、こんな波紋が立つわけがない。
それに、一緒に水面を見つめながら映っているパルフィムちゃんの姿には何の変化もないのに、私の部分だけ……、一体何が起きているの?
揺らぎが収まった後、もう一度私の顔がその水面に現れた。
「何だったのかな……」
泉に顔を近づけ、像を取り戻した自分の顔を覗き込む。
……あれ? 私の顔、なんだけど、何かが変。
気のせいだろうかと首を傾げ、じっくりと眺めてみると、ある事に気付いた。
二十歳という成人済みの女性でありながら、私の顔は同年代の子達と比べて幼い。
童顔、と、自分ではあまり認めたくない、大人の女性とは程遠い少女のような容姿。
そうであったはずなのに、今水面に浮かんでいるのは……。
『キュイッ?』
戸惑いと共に見つめている先の像が、またぐにゃりと水面を揺らがせて乱れた。
そして……、また、『私』の顔を映し出す。
元の、童顔めいた少女の顔を。
驚きに目を瞬き、私は水面を指先で掻き回し、もう一度像を結んでいくのを眺めた。
やっぱり……、今の私の顔だ。
「見間違い……、だったのかな」
さっき、一度目の揺らぎを見せた泉が像を結んだ時、そこに見えたのは……、どこか大人びた自分の顔だった。一瞬の事ではなく、それを観察する時間もあったのだ。見間違いである可能性は……。
それに、水面に映っていた『私』は、どこか悲しそうな顔をしていた気がする。
あれは本当に私だったのか……、それとも、この神秘の異世界特有の何かなのか。
もう一度さっきの『私』を見られないだろうか。
何度もバシャバシャと冷たい水面を掻き回していると、背後でパルフィムちゃん達の嬉しそうな鳴き声が聞こえた。カインさんが戻って来たのかな?
そんな風に予想をつけて振り向いた私の目に映ったのは……。
『ブモォオオオオオオオオオ!!』
『『『キュイ、キュイ~!! キュキュ~!!』』』
……、……、……。
洞窟内に轟いた勇ましい雄々しさを兼ね備えた雄叫び。
ドス、ドス、ドス……、こっちに向かって歩いてくる、――牛?
パルフィムちゃん達が楽しそうにその周りを取り囲み、大歓迎のムードだ。
何で、こんな洞窟の奥まった所に牛が? しかも、私が知っている普通の牛よりも体躯が大きい。
小動物系のパルフィムちゃん達が怯えていないのだから、凶暴な動物ではないのだろうけれど。
予想外としか言えない、正体不明の牛さんの登場に固まっていると、その穏やかそうな丸く大きな瞳が私の方を向いた。
『……ダ、レ?』
思わず、一緒に不思議そうな顔で首を傾げてしまう。
ゆっくりと歩み寄ってきた大きな牛さんが、私の前で立ち止まり、腰を下ろした。
うん、怖くはない。好奇心を湛えた丸いお目々が、とても可愛らしく見える。
だけど、今……、もしかしなくても、この牛さん、喋った、よね?
遅れてそれを理解した私は、まじまじとその大きな顔を至近距離で見つめた。
「喋る事が出来るんですか?」
『オレハ、ガウレイゾクノ、ティーゼ。ハジメマシテ』
「は、初めまして。ガウレイ族の、ティーゼさん、ですね?」
『ウン。キミノナマエハ?』
怖がる必要のない相手だと安心した私は、その穏やかで礼儀正しい牛さんこと、ティーゼさんの顔をそっと撫でてみた。もふもふの毛並みに覆われた、手触りの上質な質感。
それに、ティーゼさんからは花の香りがして、心の中に在った緊張を宥めていくかのようだ。
「私は幸希です」
『ユキ。ヨロシク』
「はい、よろしくお願いしますね」
元々、この牛の姿がティーゼさんの生きる姿なのか、それとも、狼王族のように二つの姿を有しているのか、それを尋ねてみると、どうやら後者の方だったらしい。
このスウォルシア山の中に生えている薬草や木の実などを採取しに、時々訪れているのだそうだ。
そして、山に住んでいるパルフィムちゃん達の友人でもあるそうで、この洞窟に足を運んだ、と。
『ユキ、ユキハ、ドウシテココニキタ? ヒトリ、ナノカ?』
「いいえ、今は一緒に来た人を待っているところなんです。何か、この洞窟の奥に見せたいものがあるからって」
『アァ、アレ、カ。アレハイイ。スゴク、キレイ。ミルベキ、ダ』
カインさんの消えて行った奥の道に顔を向けたティーゼさんが、嬉しそうに鳴き声をあげた。
パルフィムちゃん達もその言葉を理解しているのか、うんうんと可愛らしく頷きながら同意の声をあげている。奥に一体何があるのか、それを知らない私に、ティーゼさんは『イッテミレバ、ワカル。タノシミ、タノシミ』と楽しそうに笑みを零すだけ。
でも、きっと知らない方がいいのだろう。詳しく追及する事はせず、私はその場に座り込んで寛ぎ始めたティーゼさんとパルフィムちゃん達と一緒に、カインさんが戻ってくるのを待つ事にした。
けれど、カインさんが戻って来たその時。
「ユキから離れろ!! この牛野郎!!」
戻って来たカインさんは、当然ティーゼさんの存在を知るはずもなくて。
巨大な牛さん姿のティーゼさんを一目見たカインさんは、ぎょっと目を見開いて牽制と怒りの言葉と共に指をこちらに突き付けたのだった。
……その時、ティーゼさんが私の顔を分厚い牛の舌でべろんべろんと親しみを込めて舐めていたのが、カインさんを誤解させる原因となっていたのかもしれない。
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