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第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~

消えた二人を追って……

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※ウォルヴァンシア王国、副騎士団長、アレクディースの視点で進みます。

 ――Side アレクディース

 彼女の事は、俺が守るのだと……、そう、誓ったのに。
 目の前で瘴気に包まれ禁呪に攫われて行く大切な人を、俺は、この手で助ける事が出来なかった。
 彼女の名を叫びながら、瘴気から生まれた獣を斬り伏せ前に進もうとした俺の足は、彼女の許まで辿り着く事が出来なかった……。

「アレク!! ぼけっとすんな!! 次が来るぞ!!」

「――っ!!」

 ユキを禁呪に攫われてしまった後、俺はルディー達と共に、神殿内に現れた瘴気の獣の相手を否応なくさせられていた。騎士も術者と同じく、瘴気を浄化する力を行使出来るが、術者ほど一気に片付けられるわけじゃない。
 一体一体を剣の刃で斬り裂き、また向かって来る獣を屠る、その繰り返しだ。
 早く、ユキを救い出しに行きたいのに。こいつらが存在するせいで、時間を削られていく。
 眉を顰め、瘴気の獣達を睨み据えた俺の背後から、魔力製の鎖が無数に飛び出し、同時に十体以上を浄化していった。ユキの父親であるユーディス殿下の魔力だ。俺は振り向いて頭を下げると、また獣達に向かい斬り込む。

「ユーディス兄上、向こうの世界に行かれてからのブランクがあるかもと思っていましたけど、腕が鈍っていなかったようで何よりです」

 魔力製の茨の蔓を大量に足下から放ったレイフィード陛下からの褒め言葉に、ユーディス殿下が険しい表情を纏ったまま応える。

「自分の娘を目の前で攫われて、黙っている親はいないからね……。早くこの獣達を片付けて、幸希を救いに向かいたいものだが……」

「あの禁呪は、一部だけを檻から抜け出させたものだと言っていましたね……。儀式を阻み、カインの身体を乗っ取る事が狙いだったようですが。その後……、ユキちゃんを連れ去って何をしようとしているのか」

 さらに、二人の王族は一瞬で数十体もの獣を浄化し、視線を交わし合った。
 セレス達が応戦している方では、儀式に同行したレイル殿下も剣と術を行使し、獣達を退けている。ルイ……、ルイヴェルが白衣を捌き、レイフィード陛下の方に駆け寄って来る。

「申し訳ありません、陛下。今回の事は、我らの落ち度に他なりません。すぐにユキ姫様の反応を追い、禁呪の居場所を掴みます」

「君が謝る事はないんだよ、ルイヴェル。僕だって、あの場所に禁呪を縛り付けた事で、心のどこかに油断があったし。まさか、あれを掻い潜って一部だけが儀式の場に現れるなんて思いもしなかったからね」

 有り得ない事が起きているのだと、瘴気の獣を浄化しながらレイフィード陛下は攻撃の手を強めていく。
 
「それに、僕の魔力、セレスフィーナの魔力、結界に使用されたルイヴェルの魔力、あんなにも強固な檻を容易く打ち破ってくれるとはね……。禁呪に手を貸した『幸運』とやらは、どこまでも悪趣味で面倒な力の持ち主のようだ」

 ウォルヴァンシアの王であるレイフィード陛下の魔力。
 魔術と医術の名門、フェリデロード家に生まれたセレスとルイの類稀な魔力。
 その三つが織り成した強固な檻を掻い潜り、禁呪を手引きした存在。
 もし、そんな存在が背後に隠れているのだとしたら、敵は禁呪だけではないという事になる。

「禁呪を行使した術者は、代償にその命を差し出した以上、恐らく、手助けに値する力を行使出来たとは思えません」

 瘴気の獣をようやく浄化し終え、セレスがレイフィード陛下の前で両手を祈るように胸の前で組み合わせた。俺も剣を鞘に収め、ルディー達と共に歩み寄る。
 禁呪を行使した術者ではなく、別の介入者がいるのだと、セレスは告げている。

「ユキ……」

 きっと今頃、禁呪を前に抗う術を持たないユキは怯え震えている事だろう。
 俺が……、ユキを守ると言いながら、それを果たせなかった為に。

「おい、アレク。あんまり思い詰めんなよ。姫ちゃんを傍で守りたかったお前の気持ちはわかるけど、儀式の都合上そうもいかなかった。その上、予想外の『幸運』とやらが介入してきたんだ……。お前以外の奴ら、……俺だって、相当悔しい思いしてんだよ」

「団長の言う通りです。今はユキ姫様を攫われてしまった事を悔いるより、これから、あの御方をどうやって取り戻すか、その事にだけ集中しましょう」

 ユキをみすみす禁呪の手に渡してしまった事を自分だけで悔いて抱え込むなと、ルディーとロゼリアが俺に言い含める。
 確かに、後悔ばかりを心に溜め込んでも、ユキを救う力にはならない。
 今は、彼女が囚われている場所を突き止め、彼女を奪い返す事だけを念頭におくべきだ。
 
「しかし、何故、禁呪はユキ姫様を攫ったのでしょうか……」

 ユキと禁呪の居場所を、セレスとルイが術で探っている最中。
 ロゼリアがふと、誰もが疑問に思っていた事を口にした。
 人質として連れ去った……、と考える方がしっくりくるが、目的がわからない。
 カインの身体を乗っ取り儀式を中断させる為なら、すでに目的は果たしている。
 自分だけでどこへなりと消えればいい話だ。
 
「今回の儀式は、ユキちゃんの血を用いて行おうとしたものだからね。もしかしたら、自分を消し去る可能性を秘めたユキちゃんを放ってはおけなかったのかもしれないね」

「父上、それはつまり……、早くしないと、ユキの命が危ないという事なんじゃ」

 レイル殿下のその言葉に、俺の心臓がドクリと不穏に包まれた。
 禁呪が……、ユキを、殺そうとしている? その為に、誰にも邪魔されない場所へ、連れ去った?
 脳裏に、ユキが俺に向かって助けを求め、必死に手を伸ばす姿が見えた。
 
「ユキ……っ」

 こうして居場所を探っている今、ユキが殺されていない保証はない。
 俺は剣の柄をきつく握り締め、自分の中で膨れ上がる不安と衝動に耐える。
 
「アレク、あまり良くない方向に考えを持って行くな。今、調べてみたが、ユキ姫様の反応にはちゃんとした手応えがあった」

「本当か……、ルイっ」

 いつの間にか、俺の傍に来ていたルイの顔を見返すと、確かな頷きが返ってきた。
 セレスも、ユキと禁呪の居場所を突き止めた事を陛下に報告している。
 まだ……、失われてはいない。まだ……、ユキは無事でいる。

「なるほどね……。意外と近い場所に転移したようだね。ウォルヴァンシア王国近郊の山……、あそこか」

 もっと遠くまで移動した可能性も頭にはあったが、どうやら国内から出てはいないらしい。
 レイフィード陛下の低い呟きに耳を傾けていた俺達に、セレスは言葉を続ける。

「それに、ウォルヴァンシア王宮の一角に残された禁呪の身体も気になります。あれは、禁呪にとって力の塊。本体とも言うべきものです……。カイン皇子の身体を支配しても、それを残して国外に出る事は……」

「そうだね。カインの身体だけが狙いのようには思えないね。恐らく、僕達が封じ込めた力の本体を、……引き寄せる気がするよ」

「俺も陛下と同じ意見です。禁呪があの力を残して国外に出る可能性は低いかと思われます。ユキ姫様を攫い、辿り着いたその場所で、何かをする気でしょう」

 それを成す前に、禁呪とユキがいる場所へと向かい、最悪の事態が起こらないように動く必要がある。頷き合った俺達は、セレスとルイが発動させた緑銀の光が走る陣の中に立つ。
 セレスが杖を頭上へと掲げ、その深緑の瞳に闘気を宿す。

「禁呪には、私達フェリデロード姉弟の顔に泥を塗ってくれたお返しをしなくてはね。今度こそ……跡形も残らず、カイン皇子の中から消えて貰うわ」

 姉であるセレスの言葉に、光に包まれ始めたルイが口許に笑みを浮かべ応じる。

「喧嘩を売った相手が、どこの誰なのか……。フェリデロード家の者である以前に、術者としての俺達の努力を踏み躙ってくれた禁呪には、後悔という言葉では生温いのだと、……その身に刻み込んでやる必要があるからな」

 喉奥で低く嘲笑するように笑ったルイヴェルと、普段のセレスでは考えられないような不気味な笑いを耳にしながら、若干名がそれを見て頬を引き攣らせ……、転移の光に身を委ねた。
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