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第二章『竜呪』~漆黒の嵐来たれり、ウォルヴァンシア~

騎士の報告と国王の胸の内!

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※前半は、ウォルヴァンシア国王・レイフィードの視点で進みます。
※後半は、ウォルヴァンシア騎士団副団長アレクの視点で進みます。

 ――Side レイフィード
 
 イリューヴェルの第三皇子が王宮に滞在し始めてから一瞬間ほど……。
 僕は政務と捻くれた子供の教育で、実に多忙を極めていた。
 毎日逃げ回る子供……、第三皇子――カインを捕獲しては教師陣に預ける日々。
 政務の合間に状況を確認しに行ったり、教師陣に反抗するカインを叱ったりと、やる事は山ほどあった。父親であるイリューヴェル皇帝も、学院時代のある時期には同じような事をしていたけどね……。容姿だけでなく、反抗の仕方や荒れ方にも似た点が多く存在していた。
 本当……、つくづく面倒な親子だよ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「アレク、今日も一日ご苦労様。どうやら……、あの子が逃げ出した先は、君達の所だったようだね」

 ユキちゃんの護衛の任を一時別の騎士に預け、玉座の間へと一日の報告をしに来てくれたアレクの表情は芳しくない。報告を口にする声音は静かだけど、その蒼い瞳の奥には苛立ちが抑え込まれているのが感じられた。まぁ、報告書の内容を聞いていれば……、アレクの気持ちはこれ以上ないほどにわかる。僕が政務に戻っている間に、教師陣の授業を抜け出したカイン。
 偶然か意図的にかはわからないけれど、カインはユキちゃんと再会してしまった。
 そして、自身の行いを反省する事もなく、ユキちゃんとアレクの心を掻き乱してくれたそうだ。

「ユキちゃんの様子は?」

「イリューヴェルの皇子との接触で、具合を悪くしました。今は部屋で休んでいますが、精神的に疲れている様子です……」

「一度植え付けられた恐怖は、そう簡単には消せないからね……。あとで僕も様子を見に行ってみるよ。……色々すまなかったね、アレク」

「いえ、陛下のせいではありませんから」

「かと言って、君のせいだと思うのも間違っているからね? 君は真面目に考えすぎる子だから、僕としては心配だよ。それと、第三皇子の事に関しては、僕からもお説教をしておくからね」

 おそらく、ユキちゃんに接触したのは、術で痛い目に遭わされた事が関係しているんだろう。
 報復の為か、それとも……何か別の感情を抱いた、か。
 いずれにせよ、この一週間過ごしてきた日々の中で観察し把握した第三皇子については、色々と考えさせられる部分が多かった。一度……、あの子とは壁を払って話をしてみないといけないだろうね。勿論、ユキちゃんを傷付けた罪に関しては許していないけれど……。

(あの子は、自分自身で意図して他者に対して『演じている』ように見えるんだよね……)

 根本の性格が素直でないのは素なんだろうけど、
 誰かに嫌われようと振る舞っている部分と、相手が自分に関わりたくないように意図して行動している部分がある。まるで、そうしなくてはいけないかのような義務感、……とでも言えばいいだろうか。沁み付いた習性なのかもしれないけれど、ある一部分において大げさだ。
 それに……、カインがこの王宮に滞在するようになってから、変な気配が幾つかあの子の周りをちょろちょろしている気がするんだよね。
 ひとつは、完全なる悪意。殺意とも呼べる敵意があの子に向けられている。

(僕の把握している情報では、暗殺襲撃当たり前……だったかな?)

 皇妃であるミシェナ殿が産んだ三番目の皇子。
 正当な血筋を有するカインを疎ましく思う者達が放った悪意の集団。
 そして、それに対抗するように陰に隠れてカインを見守っている集団。
 後者は、イリューヴェル皇帝の手による者達だろう。
 別に引き摺り出してお帰り頂いてもいいんだけどね?
 けれど、それをするとイリューヴェルが発狂しそうだから、もう勝手に裏でやらせておく事にしている。僕や王宮の者達に害がなければ、排除する必要性もないしね。

(少しでもおかしな動きがあれば、それ専門の子達が動くだろうし)

 このウォルヴァンシア王宮にも、イリューヴェル皇国から来ている彼らのような集団は存在している。普段は、王宮に仕えるメイドや騎士などに紛れて生活しているけれどね。
 一応、今は静観するように命じてあるけれど、臨機応変は彼らの十八番だ。
 いざとなれば排除に動くだろう。

(問題はカインのあの行動だね……)

 あの悪態や人に嫌われる事しか目的としていない行動は、『誰』に対して見せているものなのか。
 勿論、遊学先の僕達に最低最悪の皇子であると印象付ける為でもあるだろう。
 けれど、他にも見せつけたい相手がいる。それは……、先ほどの悪意ある者達と、イリューヴェルの派遣した者達。
 自分は相変わらず素行不良の皇子であると、そう強く思わせるかのように。
 僕は頭の中で、カインに関する情報とイリューヴェル皇国内、特に王宮に関する情報を思い浮かべた。第三皇子が歪むように成長してしまった理由、王宮内の次期皇帝候補を巡る水面下の争い。

「イリューヴェルも、頭の痛い事だろうね……」

「陛下?」

「いや、なんでもないよ……。とにかく、第三皇子が帰国するまでには、まだ時間がある。それまでに、今後問題が起こらないように僕の方でも気を配っておくから、君はユキちゃんの護衛をしっかり頼むよ」

「御意」

 アレクが一礼を寄越し、国王執務室を出て行く。
 ……あの子も、自分の怒りを抑えるので必死だね。
 わかってはいた事だけれど、ユキちゃんを傷付けた第三皇子カインと顔を合わせた事で、心中は荒れ狂う憎しみの感情で満たされていたはずだ。
 しかも、それを煽るように喧嘩を売ってきたそうだから……。

(よく我慢した……って褒めてあげたいね)

 それと、……今頃自室で落ち込んでいるであろうユキちゃん。
 この国に帰って来て、ようやく三ヶ月が経って馴染んで来たというのに……。
 厄介な相手に出会ってしまい、一度ならず二度までもその心を痛める事になってしまった。
 幸い、アレクが傍にいたお蔭で、被害は最小限に済んだようだけど……。
 肝心の心の方が心配だ。たとえ身体に触れられていなくても、言葉や視線は心に直(じか)に傷付けてくる。

(ユキちゃんの為にも、どうにかしないとね……)

 あとでお見舞いに行くのは決まりとして、第三皇子カインの問題をどうにかしないとね。
 僕は執務室の椅子に身を預け、晴れ渡った夜空の闇に視線を投じた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ――Side アレクディース。

 国王執務室を辞した後、仄かな灯りが照らし出す回廊を歩きながら、俺は、いまだに肌と心に付き纏う不快感と怒りの感情に苛まれていた。
 昼間、俺とユキが穏やかに過ごしていた憩いの庭園に現れた漆黒の髪の男……。
 人を嘲笑うかのように態度の悪いその男が、ユキを傷付けた張本人だと悟った俺は、頭に血が上りそうになった。あの男を見て、身体を震わせたユキ。その姿は、彼女の心にどれほどの傷が刻まれているかを俺に伝えてきた。
 カイン・イリューヴェル……、あの男が喋る度に、どうしようもない不快感と嫌悪を覚えたのを今でも思い出せる。俺が油断したせいで、巨木の上にユキを攫われた時、あの皇子の『影』によって足止めを食らった。
『影』だとわかれば遠慮はいらなかった。すぐに斬り伏せ巨木の上に向かい、ユキを救い出せたが……。まさか、その後で……、ユキの頬に、あの男の痕が残る事になるとは……。
 後悔しても遅いが、あの男がまたユキに触れたと思うと、どうしようもなく気持ちが騒ぐ。
 あの男が皇子でなければ……、俺が騎士でなければ……っ。

「……っ」

 腰に下げている剣の柄を握り締めた俺は、感情を押し殺すように再び歩き始めた。
 今この瞬間も、ロゼリアと護衛の任を代わっているとはいえ、何も起こっていないとは限らない。
 自分の目で、ユキが無事である事を確認しなくては……。
 彼女の安らかな寝顔を、あの男が傍にいない事を、一刻も早く確かめなくては。

「アレクか?」

 回廊を進んだ先にある廊下の向こうから、よく聞き知った男の声が聞こえた。
 白衣を身に纏い、眼鏡の奥で笑みを浮かべた深緑の双眸……。
 ルイヴェル・フェリデロード。俺の昔からの幼馴染で、王宮医師の男だ。

「今日もお姫様の護衛の任だったんだろう? この後もか?」

「いや、ユキの無事を確認したら、そのままロゼに添い寝の任を頼む予定だ」

 ルイの双子の姉でもあるセレスフィーナが、ユキの心と身体のケアを頼まれている為、ルイも当然ユキに何があったかについては知っている。

「なら、それが終わったら大浴場にでも行かないか?」

「別に構わないが……」

 ルイと約束を交わした後、足早にユキへの部屋へと向かった。
 彼女の身に何も起きてはいないかと心配で開いた扉の先には、安らかな寝顔をして寝台で眠るユキと、その傍にある椅子に座って彼女を見守っているロゼの姿が見えた。
 異常も何もなく、戸締りもしっかりとなされた様子を確認し、俺は寝台へと近寄る。

「副団長、大丈夫ですよ。寝る前のユキ姫様は落ち着かれていましたから」

「そうか……、良かった」

 ユキの寝顔を眺め、その頬を手のひらでなぞる。
 あの第三皇子が忍び込んではいないか、眠れなくなってはいないか、
 そんな風に色々心配しながらここに来たのだが、どうやら大丈夫だったようだな。
 ほっとしたように小さく息を吐いた俺を、ロゼが苦笑しながら見ている。

「あとの事は私にお任せ下さい」

「あぁ。朝までの間、ユキの事を頼む」

「はい」

 夕陽色の毛並みを纏う狼の姿に変じたロゼが、ユキの眠る寝台へと寝そべる。
 それを見届けて、俺は部屋の入り口近くにある水晶に手を翳し室内の明かりを心地よい闇へと変えた。

(おやすみ、ユキ。……良い夢を)

 彼女の夢路が幸せであるように、俺は最後に一度だけ振り返り扉を閉めた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「よっ!! 今日も一日、お疲れさん!!」

 ルイと共に大浴場へと辿り着くと、先に湯船に浸かっていたルディーがニカッと笑ってこちらに手を振った。俺達以外には誰も入浴しておらず、広々とした大浴場は貸し切り状態と言えるだろう。
 身体を洗った後、俺とルイもほど良い温度の湯に身体を沈め、ひと息ついた。

「なぁ、アレク。あれから姫ちゃん……、大丈夫そうか?」

「一応、落ち着いてはいるが……、あの男がいる限り、安心は出来ないだろう」

「あの男というと……、イリューヴェルの第三皇子か?」

「まぁ、あの皇子さんぐらいしか不安要素ねーよなぁ。毎日、陛下や担当の教師達に追いかけ回されてるみてーだけど」

 あのイリューヴェルの第三皇子が王宮に滞在し始めてから一週間。
 反抗的で横柄な態度をとるあの男は、ほぼ一日を陛下の用意した勉強時間に拘束されている。
 ウォルヴァンシアでも有名な教師陣をあてがってはいるが、素直にそれを受ける男ではなかった。
 王宮の中を好き勝手に逃げ回っては陛下に拘束されて連れ戻されている姿を大勢の者が目撃している。

「陛下相手じゃ、逃げ回るのも苦労するだろうなぁ」

「稀に逃げおおせている場合もあるようだぞ? この前、庭園の木の上で昼寝をしているのを見かけた」

「それ、ちゃんと陛下に報告したのか?」

「いや、気持ちよさそうに寝ているようだったんでな。そのままにしておいた」

「おいおい……」

 ルイは国王陛下に忠誠を誓ってはいても、気分で行動してしまう節がある。
 イリューヴェルの第三皇子の事も、気まぐれで見逃したのだろう。
 ユキを傷付けた男を、みすみす見逃してしまうルイに腹が立たないでもないが、文句を言ったところで流されるのは目に見えている。

「陛下にバレても知らね~ぞ~」

「お前が言わなければバレないだろう」

「へーへー。貸しひとつな? それにしても……、陛下の詰め込んだスケジュールのお蔭か、王宮的には、意外と平和なんだよなぁ。皇子さんの事は陛下が動きを制限してくれてるし」

「イリューヴェル皇国にいた時のように、好き勝手が出来ない環境だからな」

「そーそー。主に陛下と教師陣としか関わってないからなぁ」

 大浴場の壁に背を預けたルディーが、頭に両手を回して天井を見上げた。
 ルイの方は大浴場の縁(ふち)に肘をついて頬に手を当てている。
 第三皇子にとってこの王宮は、期間限定の檻のような物だ。
 周囲に被害を出さないように、陛下があらゆる手を使って第三皇子の自由を奪っている。
 限られた範囲だけで暴れさせて、それを叱りつけ日々教育を与える毎日。

「アレク、ひとつ聞くが……、今日の昼間、『あの後』お姫様は大丈夫だったのか?」

「……ルイ、まさかとは思うが、……見ていたのか?」

「偶然憩いの庭園の傍を通りかかったんだ。立て込んでいたようだったからな、回廊の陰で話を聞かせてもらっていた」

「なんだ~? 何かあったのか?」

「あの第三皇子が……、接触してきたんだ」

「はあああ!?」

 大浴場の中に、ルディーの大声が耳に痛いほどに反響する。

「うわー……、それ、姫ちゃん大丈夫だったのかよ? トラウマの原因と出くわすとか、マジできついだろ……」

 ルディーの言うとおり、あの男に再会したユキは身体を震わせ恐怖に怯えていた。
 俺の後ろに庇っても、心に忍び込むようにあの男の声が、気配が、ユキを浸食し傷付けたのを覚えている。あの時、好き勝手に喋らせずに、ユキを連れて憩いの庭園をすぐに去るべきだった。
 そうしていれば……、あんな事にはならなかった……っ。

「今はロゼが付いているから心配はない」

「そうか……。もし、朝様子を見に行って気分が落ち込んでいるようだったら、王宮医務室まで連れて来い。セレス姉さんが何とかしてくれるだろう」

「そうしてもらえると助かる。俺がどんなにユキを守りたいと思っても、性別が違うからな……。女性の苦しみは、女性にしかわからない事もある……」

「その点、セレスフィーナは医者で女性だもんな。姫ちゃんの気持ちを十分にわかって寄り添ってくれるだろうさ。……てか、アレク。姫ちゃんの事心配しすぎて、反対にお前が寝込みそうな雰囲気になってんぞ」

「医者として助言してやろう。少し、肩の力を抜け。お前が心配すればするほどに、あれもそれを感じて大きな負担を背負う事になる。ほどほどにしておけ」

 二人にそう言われ、俺は湯船に映る自分を顔を見下ろした。
 そうなのだろうか……。俺のユキを守りたいという思いは……、行き過ぎているのだろうか。
 自分自身、あまり自覚がなく、正直どうしていいか加減がわからない。
 そんな俺の様子を見つめていたルディーとルイヴェルが、笑いを零した。

「だから、そんなに真剣に考え込むなって!」

「お前に肩の力を抜けといっても、無理な話だったな」

「頭ん中、『守る』って言葉と姫ちゃんの事ばっかでいっぱいだろうしなぁ。ん~、どう言えば、リラックスさせてやれるんだろな~」

「いっそ、あれの記憶だけ抜いてやろうか? 心配事が減ってすっきりするぞ」

「本気で実行可能な方法を、愉しげに口にすんなよ……」

 何故か入浴中でも眼鏡を外さず、面白そうに口の端で笑んだルイを俺はすぐに睨み付けた。
 冗談でもユキの記憶を俺から奪うなど許さない……。
 彼女と出会い、その笑顔を見守って来たこの三ヶ月は……、俺にとってかけがえのないものだ。

「アレク、マジに受け取んなよ……。ルイヴェルがそんな事するわけねーだろうが」

「わかってはいた事だが……、ここまで本気で反応を返されると、お前の性格の改善は無理だと実感させられるな」

「もういいや。アレク、風呂から上がったら、さっさと寝ろ。考えなくても済むのはもう睡眠時間しかねーだろうからな」

 何故ここまで呆れられないといけないんだ……?
 人を残念なものを見るような目で、さっさと風呂から上がれとしっしっと手を振られてしまった。
 まだ入浴してから十分も経っていないんだが……、この扱いはなんだ?
 釈然としないものを感じつつも、俺はそれから十分ほど湯船に浸かり続け大浴場を後にした。
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