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第六章・アレク×幸希編~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~

彷徨いし運命と、砕け散る道筋

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 ――Side アレクディース


「逃がさない。今度こそ、お前を取り戻す……。ユスティアード」

「ねぇ、無理ばっかしていいの? 母様の話じゃ、凄くきついんでしょ? 魂の一部だけで動いてる死にぞこないはさ」

「そうだな……。お前に魂を奪われたお陰で、神としては最弱レベルになったと言ってもいいだろう。身体も、普通の時と比べれば、あまりに頼りない」

 竜へと変じた男の背から俺を嘲笑ってくるアヴェル……、いや、ユスティアードだが、精神的な優位がどちらにあるかと言えば、俺の方だろう。
 遠く離れた場所にいながら、俺は常に自分の奪われた魂からユスティアードの現状を感じ取っていた。
 俺の魂には、ユスティアードとの記憶がある。
 災厄の力によって支配され、長い時が経っているあの子の魂とは違い、何をどうすればいいのか、穢されていない俺の魂の記憶が、あの子に正しき力を以って干渉した。
 本当は、あの子を保護してから災厄の力を払い、そうしようと思っていたが……。
 
「だが、俺には心強い味方がいる」

「下で母様の使いを相手に頑張ってる神(ひと)の事? 間に合わないんじゃない? 今なら簡単に勝負が着きそうだし?」

「アレクの護衛は一人じゃねーぞぉ?」

 どこからか暢気な響きを伴って聞こえてきた男の声。
 ユスティアード達が警戒の視線を走らせた時には遅く、その遥か高み、夜空に浮かぶ三つの月から生まれ出でて来たかのように、二つの影が竜体の男目掛けて飛び出してきた。
 紅の髪が炎のように翻り、黄昏時の夕陽を思わせる髪が舞う。

「――っ!!」

「きゃあああああっ!!」

『うぉおっ!! あ、危ないだろうがっ!!』

 ユスティアード達にとっては、新たに現れた邪魔者。
 だが、俺にとってはレイシュと同じく、頼れる仲間達だ。
 二人の一撃は竜体の一部を掠めただけで避けられてしまったが、特に問題はない。
 俺は自分の両隣に降り立った二人、騎士団の上官であるルディーと、副団長補佐官であるロゼリアと頷きを交わし、腰に携えてある愛剣を引き抜いた。

「多少手荒になるだろうが、今までに傷つけ、その生を奪ってきた己(おの)が罪の重さに比べれば僅かな痛みだろう。ユスティアード、今度こそ、本当のお前を思い出させてやる」

「ついでに、そっちの悪ガキと、皇子さんぽい奴も捕獲だ。手加減はしねーから、覚悟しとけよ」

「全力で参ります。貴方がたに許されているのは、私達と同じく、全力で抗う事のみ」

 ユスティアード達が扱う神の力と、忌まわしき災厄の力。
 俺一人では荷が重い話だったが……。
 かつて、フェルシアナ神の眷属として天上に在り、また、エリュセードを守る戦神としても優秀だった女神の転生体であるロゼ。そして、ルイと同じく、別の世界の出身である男神の転生体であるルディー。
 今の俺がどれほど頼りなくとも、この二人がいてくれれば、ユスティアードの保護も可能となるだろう。
 
「ウォルヴァンシアって……、なんなの? 神様パークでもやってんの? 最悪だよ……」

「アリュー!! ゴーですわ!! 逃げるが勝ちって言いますもの!! さっさとお家に帰りましょう!!」

『あのなぁ……。お前らが勝手に馬鹿やらかした結果だろうが。……言っとくが、この周囲一帯に張られてるぞ、結界』

 いつどこから逃げ出してしまうかわからないからな。
 念には念をと考え、三人以外にも神を連れ……、いや、押しかけられた時に同行を許して良かったと思える結果になった。備えあれば憂いなし。身に沁みる言葉だ。
 だが、俺達が刃を交わそうとしていたその時――。
 地上で鬩ぎ合っていたレイシュと災厄の力が竜巻のように絡み合い、俺達とユスティアード達の間を貫いた。

「レイシュ!!」

「大丈夫だよ。ちょっと疲れた程度。……にしても、封じられている割には、力が増してるね?」

 真下の街中でレイシュがやっていたのは、災厄の力の浄化、そして、傷付いた地上の民を癒す為の力の行使。
 同時に二つの作業をやっていたレイシュは霧散した竜巻を見届け、俺達の前に現れた女を皮肉げな表情を向けて睨んだ。災厄の化身、災厄の使い……、女神ファンドレアーラ様の姿を纏う者。

『ふふ、アヴェルが欠片を集めてくれているもの。それを使えば簡単な事」

「違うでしょ? ――お前は最初から、ディオノアードの鏡の事なんか眼中にない」

 笑みを浮かべていた災厄の口元が、面白そうにその歪みを深めていく。
 ディオノアードの鏡……。異空間に封じられた神々。
 アヴェルを操って欠片を集めさせている災厄は、解き放たれる瞬間を待っているのだと思っていた。
 だが……、本当の目的は違う。
 ユキの世話係であったシルフィールは自分の意志で災厄のひとつを解き放ったと、そう話していたが……。
 本来の関係性は逆だった。十二の災厄が、番人達がそう動くように、自覚させぬまま操っていた。
 地上に根付いていた災厄の種に力を与える為に……。
 この点はシルフィールが話していた通りだが、災厄にとっては、もうひとつの目的があった。
 一度だけ、数日前に俺の見舞いへと訪れてくれたソル様が、俺とレイシュに話してくださった重要な情報の幾つか。
 災厄は、種に力を与えるだけでなく、自身を異空間へと封じさせるところまで計画していた。
 神々に邪魔されぬ場所で、十二の災厄を封じた結界付きの大神殿ではないところで……、祈りを捧げる為に。
 
「ディオノアードの化身よ……。お前は、自身の母なる存在を正確にこのエリュセードへと導く為に、その声を届ける為に、自らを異空間へと封じ込ませた」

 剣の切っ先を災厄に据え、静かに告げた俺の言葉にも、やはり災厄は愉悦に浸った笑みを向けてくるだけだ。
 
『あそこじゃ、私達の声は結界の力に阻まれ、届かなかったものね。そして、貴方達も私や神々を封じるだけで精一杯の満身創痍だった。ふふ、そう、封じるだけ。そして、――エリュセード神族のような雑魚の力なんて、私にとっては何の意味もないの』

「――っ!」

 全ては、十二の災厄に謀れていた、俺達エリュセード神族の咎。
 災厄の女神となったファンドレアーラ様を封じる事が出来たのは、あの御方ご自身の導きがあったからこそ。
 二度目に、俺が嫉妬に狂い、力を暴走させた時も……、ユキの犠牲が天上を、世界を救ってくれた。
 そして、……ディオノアードの鏡が盗み出されたあの時も、大神殿に宿っていたレイシュの力がフェルシアナ姉さんに助力してくれたお陰で、今のエリュセードが在る。
 ソル様に、ファンドレアーラ様に……、ユキ達家族に甘えきり、災厄の力を正確に読み切れず、判断を誤った。
 
「欠片が神々の魂と眠る事も、計算の内だったのだろう? そして、お前は封じられる瞬間に目をつけた。俺の息子である、その子に」

 竜の背で身を縮めていたユスティアードの瞳は、まだ真実を受け入れようとはしてくれない。
 共に在った、天上での日々を……、あの子の願いを、俺は忘れていないのに。
 俺が、あの子の願いを、俺の為に尽くしてくれた心を頑なに拒んでいたばかりに、……大事な息子を、災厄に奪われる結果を招いてしまった。

「ユスティアード……。お前は、あの戦いの折、災厄に魅入られた神々から害されそうになった俺を庇い、その身に深手を負った」

「……だから、……僕は、ユスティアー、ド、……なんか、じゃ」

「俺は、お前を助けられなかった……。あの時、俺がお前を死ぬ気で逃がしていれば……、――お前が、災厄の種をその身に植え付けられる事も」

「た、……ね?」

 俺が口にした『真実』に、ユスティアードは傷の痛みを堪えながら眉を顰める。
 ファンドレアーラ様の時と同じだ……。
 最初は自身も、周囲の者でさえ気付かない、災厄の恐ろしき浸食。
 俺も、ソル様に聞かされるまで、何度も受け入れろと喝を入れられても……、信じたくなかった。
 あの子が異空間に封じられたその瞬間から……、もう、手遅れだった事を。
 俺も知らなかった。ユキも知らなかった……。誰も、知らなかった。

「アレク、病み上がりの状態で無理すんな。後は陛下や俺達に任せとけ」

 ルディーの気遣いに、俺は首を振る。
 他の誰かに任せるわけにはいかない。俺があの子に真実を伝えなくては……。
 たとえ、もう孵化の時が迫っているとしても、救えないかもしれなくても、――これは、父親の役目だ。

「いや……。俺が話す。……ユスティアード、災厄の種というのは、神の身の内に入り込み、その器を母胎とする存在の事だ。種が孵化すると、……その身は災厄の化身となり果てる」

 ルディーとロゼに守られながら語る俺の言葉に、どれだけの戸惑いと、恐怖を感じている事だろうか。
 あの子は、異空間で目覚めたその瞬間から、アヴェルという名を与えられ、別の存在となった。
 自分が歩んできた道が間違いだと、存在そのものがまず違うのだと、そう突きつけられただけでもショックだったはずだ。それなのに……、俺は、息子に残酷な宣告をしなくてはならない。

「災厄の化身となってしまえば、もうお前はお前でなくなる。お前が母と呼んでいる災厄という存在そのものに精神を支配され、滅びを招く道を辿る」

「嘘だ!! 母様はそんな事しない!! 僕は、母様の息子でっ、僕はっ」

『ふふ、……ふふふふ』

「……どうして、嗤うんだ? お前は母様の影。お前の口を借りて、……母様は、僕に声を」

 その女も、異空間で嗤っている母親も、お前の家族ではないからだ……、ユスティアード。
 不安げにしているマリディヴィアンナも、竜へと変じているあの男も、アヴェルと同様に災厄の影を敵視し始める。自分達が騙されていたのだと、……もしかしたら、視線の鋭さから考えるに、あの男は薄々と気付いていたのかもしれない。

『おい……。さっさと答えろ。アヴェルがそんな化けモンになっちまうってのは本当なのか? 種ってのが、こいつの中にあるのか? 答えろ!!!!!!!!!!!』

「嘘、ですわよねっ!? 嘘ですわ嘘ですわ!! あの人の話が本当なら、アヴェルは、アヴェルはっ」

『ふふ、ふふふふふ、ふふ、ふふふふ、はははははははっ!! アヴェルは幸せねぇ。外に出してあげてから、本気で心配してくれるお友達が出来たのね? 母様は嬉しいわ。誰にも愛されない子が、夢のような幸せを手に入れられて』

「黙れ!!」

『あら? 身代わりに創った息子に何を身勝手な事を言おうとしているのかしら? ねぇ、アヴェルオード……、貴方は、あの子のお願いを聞いてあげなかったんでしょう? 時が来たら、全部押し付けて逃げようと考えていたんでしょう? 何か言う資格があって?』

「――っ!!」

 資格などない。わかってはいるが、俺は、あの子を取り戻し、謝らなくてはならないんだっ!!
 俺の幸せを願ってくれたあの子に、今度は俺が、与えてやれなかった幸せを、ぬくもりを、――ユスティアード!! 手のひらから血が滲み出る程に拳を握り締めていると、不安と絶望に染まったあの子の怯えきった瞳と俺の視線が合った。
 ――タスケテ。声にならない息子の魂の叫び声が、俺の魂を震わせる。

「僕は……、母様の子供じゃ、ない。……僕は、……化け物に、……僕は、……ぁ、ぁあああっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

「アヴェル!! アヴェル!! 嘘ですわ!! あんな話、全部っ、全部っ、アヴェルぅっ!!」

『アヴェル!! 大丈夫だ!! 俺が何とかしてやる!! 必要ならなんだって、お前やお姫を助ける為なら、俺は――!!』

 平然と俺の言葉を肯定したようにしか見えない災厄の影を、異空間にいるという母親という存在を、もうあの子が信じる事はないだろう。何の言い訳も、偽りの甘い言葉を囁く事もなく、あの女はユスティアードを嘲笑ったのだから……。両手で頭を抱え、半狂乱になってしまったユスティアードをマリディヴィアンナがその華奢な身体で押さえつけようとするが、力の差で敵う事はない。
 ユスティアードの手が、大人の力が、マリディヴィアンナを薙ぎ払い、――そして。

「きゃああああああああああああああああああっ!!」

『お姫!! くそっ!!』

 竜の背から宙へと放り出されたマリディヴィアンナの身体が、飛ぶ力を出す前に黒銀の光に包み込まれ、哀れにも災厄の影によって全ての力を吸収され、街中へと落ちていく。

「副団長、私が行きます!」

「頼む」

『あ~ら、面白くないわね。それじゃ……』

「じゃあ、面白くしてあげるよ。あの人に不似合いな厚化粧が、その嘲笑が、絶望に変わるようにっ!!」

 マリディヴィアンナの落下をきっかけに、それぞれが緊迫した空気の中を動き出す。
 俺に神としての力はほとんど残っていない。
 今は、ほんの一部しかない魂を拠り所とし、ソル様から分け与えて頂いた力と共に、どうにか平静を装えているだけだ。戦闘になれば、すぐに限界がくる。
 ――だから。

「ユスティアード!!」

 災厄の影を相手に戦闘を再開させたレイシュの真横を突っ切り、俺はルディーと共にユスティアードの許へと飛び込んでいく。今しかない。チャンスは今しかない。
 あの子を取り戻し、かつての記憶を蘇らせ、本当のあの子を取り戻す。
 そして……、たとえ可能性が低くとも、俺はソル様が与えてくれた希望に賭ける!!
 
「アレク!! 危ねぇっ!!」

「くっ!!」

 ユスティアードへと手を伸ばした瞬間、漆黒の竜が憎悪に染まった眼で俺達を拒み、雄々しき両翼を乱暴に叩きつけにかかってきた。ルディーに庇われ、強烈な一撃を防ぐ事は出来たが……。

「その子を渡してくれ!! そして、お前も一緒にくるんだ!! 災厄の力に蝕まれた魂は、浄化しない限り、破滅へと追い込まれる!!」

『――助けられるか?』

「……」

『お前に、アヴェルを助けられるのかと聞いている!!』

「はぁ、……はぁ、……っ、……ア、リュー」

『さっきの話を聞く限り、お前はこいつを利用する為に生み出した。そして、アヴェルがこんな事になったのは、お前を庇ったからなんだろう? 父親として、責任を取る覚悟はあるのか?』

「今、そんな問答やってる暇ねーよ!! おいっ、そういう面倒なのは後でいい!! お前だって、ユ……、はぁ、アヴェルが大事なんだろ!? なら、逆に聞いてやる!! お前にそいつを助ける力があんのか!!」

 竜の一部に蹴りを叩き込んだルディーが、捲くし立てながらアリューと呼ばれた男を説得しようと続ける。
 いずれ、アリューの身に宿っている災厄の力も奪われる事だろう。
 その時、無力になった身ひとつで、アヴェルを、ユスティアードを助けられるのか、と。
 
「アリュー、聞いてくれ。今は時間がない。俺は父親としてどうしようもない、最低最悪の男だと自覚している。だが、ユスティアードを、その子を死なせはしない。災厄にも、……もう二度と、奪わせはしない。俺の全てを懸けて、お前に希望を。ユティー」

 かつて、お前の事をそう呼んでいた。
 俺と手を繋ぎ、こんな不甲斐ない父親を慕ってくれた息子。
 ユティー、お前が正しかった。お前の言葉こそ、その想いこそ、俺の希望だったんだ。
 愛する女神をこの手で害し、眠りに追い込んだ咎人に、お前は幸せを掴めと言ってくれた。
 もう絶対に、首を振ったりはしない。俺は、未来を諦めない。
 だから、ユティー。もう一度、お前の手を取る機会を俺に与えてくれないか?
 差し出した俺の手を、ユティーが怯えながら見つめてくる。
 アリューも、自分にとって大切な友を託してもいいのかと、思案している様子だ。

「僕は……、母様の子じゃない。なら、……僕は、誰?」

『アヴェル……』

「――利用できなくなった道具は、最早ゴミですね」

『――ッ!! グァアアアアッ!!』

「アリュー!?」

 突如、夜闇の中に生じた新たな気配。
 どこからか放たれ、荒れ狂う巨大な炎の車輪が俺達へと直撃しかけたその時、アリューが大きく翼をはためかせてユティーを振り落とし、間近に迫った脅威の盾となった。
 一撃、二撃、声だけを示した新たな敵は、ユティーを追って空(くう)を駆ける俺とルディーへも術を放ってくるが、それも全て、アリューが防いでくれた。漆黒の竜が、絶叫を上げながらその身を炎に焦がしていく。
 
「アリュぅうううううううううううううううううう!!」

「ユティー!!」

 俺にではなく、姿の見えない敵の攻撃によって追い詰められていく仲間に、ユティーは涙を空(くう)に散りばめながら必死に手を伸ばす。
 子供の時の姿ならまだ良かったのだろうが、俺が両腕に抱き締めたユティーは、大人の力で抗いながらアリューの名を叫び続ける。

「嫌だっ!! 嫌だっ!! マリディヴィアンナっ!! アリュー!! 皆、逝っちゃ嫌だ!! 僕と契約したじゃないか!! 望みを叶える代わりに、ずっと一緒にいるって!! 僕の、僕の傍にっ!!」

「ユティー!! ユティー!! 失わせない!! お前からもう、大事なものを奪ったりしない!! マリディヴィアンナも、アリューも、必ず助ける!!」

 たとえそれが、罪深き業を背負った魂の持ち主達であっても……。
 あの二人は、いや、ヴァルドナーツも含めれば、三人は、アヴェルの家族でいてくれた貴重な存在だ。
 俺が父親として役目を、いや……、あの子を大切にしてやれなかった長い時間の中、契約とはいえ、それ以上の関係を築いてくれた。罰は免れないだろうが、それでも、今、消滅させるわけにはいかない。
 俺の腕の中で暴れるユティーの後ろ首にルディーの手刀を打ち込ませ、一時的にではあるが、その身体を幼き身へと変化させる。流石に大人の男を抱えるのは動きづらいからな。
 
「ルディー、恐らく、あの攻撃の主は……」

「わかってる。――攫われたガデルフォーン魔術師団のユリウスと、ディア姉(ねぇ)の兄貴達だろ」

 宙で動きを止め、上を振り仰ぎながら言ったルディーに、一言詫びておく。
 ガデルフォーン皇国の元・次期皇帝であったラシュディース様を父に持つルディーにとって、隠れ潜みながら攻撃を続けている者達は、叔父の何人かであり、もう一人のユリウスはその民だ。
 だが、詫びた俺にルディーは気にすんなと、清々しい笑みを向けてきた。

「ディア姉に言われてんだよ。もし、どこかで叔父貴達と戦う事になったら……」

「……」

「息の根止めなきゃセーフ!! だってな」

「迷いが……、なさすぎないか?」

「過去の反省点ってやつだろ。ディア姉曰く、相手を助ける為なら本気で行け、そう言ってたぞ~」

 下手に手加減をすると、どちらにとっても痛い目を見る結果に繋がる事もある。
 そう言ったのは、恐らく、女帝ディアーネス陛下がマリディヴィアンナを相手に兄達と戦う事になってしまった際の教訓なのだろう。……正解かどうかは、俺にはわからないが。
 
「じゃ、行ってくる。お前はあっちにいるロゼと合流しろ。今は戦えなくても、子供二人くらいなら荷物持ち出来るだろ」

「あぁ……。ありがとう」

「ははっ。すまない、じゃなくて、ありがとう、か。少しは進歩したな。行ってくる」

 漆黒の竜が落ちるよりも前に、ルディーは救いの手となるべく飛翔していく。
 ユティーを腕に抱きながら周囲を見回せば、マリディヴィアンナを無事に回収したロゼが俺の視線に気づいた。

「副団長!!」

 レイシュと災厄の影が対峙し、互いの優位を争いながら巻き起こした突風に押されながらも、ロゼは無事に俺のところまで辿り着いてくれた。
 ロゼの腕の中には、災厄に蝕まれた少女の魂だけが器の中に残っており、力を吸収されたせいなのだろう……、もう、器を動かす力はないようだ。
 アヴェルが創ったのだろう、偽りの身体。動かせないのなら、魂と一緒に光へと変え、俺が預かっておこう。

「副団長、ここは陛下と団長、そして私にお任せください。副団長は一刻も早くウォルヴァンシアへ。私が道を開きます」

「だが」

「ご安心ください。私はソル様仕込みです」

 フェルシアナ神、俺の、神としての姉。
 フェル姉さんの眷属として生み出されたロゼは、天上とエリュセードの秩序と平穏を守ってくださっていたソル様の教え子でもあった。御柱と世界を守るエリュセード神族の中でも、その実力は確かなもの。
 そして、正攻法だけが敵を倒す術(すべ)ではないと、色々とあれな事まで原初の神から教わっていた事を俺は知っている。

「くれぐれも、用心は怠らないでくれ。ユティー達の利用価値がなくなったせいで、ユリウスとガデルフォーンの皇子達を捨て駒のように扱うはずだ。難しい注文で悪いが、殺さず、保護を」

「心得ました」

 この場に残る神が三人。そして向こうは、災厄の影と、操り人が二人。
 王宮を出る前にソル様やルイには連絡をした。他国にいるもう一人にも……。
 大丈夫だと自分に何度も言い聞かせ、この場で力になれない己に悔しさを感じながら、ロゼの開いた転移の陣に飛び込もうとした俺だったが――。

「――勝手に退場してはいけませんよ。アヴェルオード様」

 転移の陣が、レイシュと対峙している災厄の方からではなく、別の場所から放たれたその一撃によって跡形もなく消滅し、次いでロゼが見えない攻撃の手によって大きく弾き飛ばされてしまう。

「ロゼ!!」

「くっ……、だい、丈夫、……で、ぅうっ」

 ロゼが身に纏っている補佐官の制服が、無数の刃にでも裂かれたかのように無残な名残を作る。
 布地が急速に生々しい紅の浸食を受け、ロゼの顔に苦痛が浮かぶ。

「自分達の眷属を見捨てて逃げるなんて、御柱としてなってませんね?」

「……お前は」

 ウォルヴァンシアの地で出会った時とは違う、本来の姿で現れた……、――番人の片割れ。
 天上に在った頃と寸分違わぬその姿は、地上の器から神の器に戻った事を証明している。
 青き髪の番人。片割れとは違い、穏やかそうに見えて、その内側は読めない点の多かった男。
 一度は記憶を取り戻し、フェリデロード家の屋敷で保護されていたが……。
 フェル姉さんにかけられた呪いを解いたあの日、――ユシィールは敵の手に落ちた。
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