千文字小説

思想

「人間は考える葦である」

　かつての偉大な哲学者、パスカルはそう言った。
　葦という弱い植物を人間になぞらえ、弱い生き物でも考えることにより、その可能性は無限であり、やがては絶大な進化をとげるという思想だ。
　ところが、現代に生きる人間はどうだろう。自らで考えることを止めてしまい、近代文明に頼る日々。考えているのは、ごくわずかの開発者と政治を裏で牛耳る権力者のみにとどまり、これまで進化を続けてきた人間の思想は、退化に向けて加速をはじめている。

　人間は常に、考えねばならない。例えば、ここに直径１０センチくらいの赤い果実があるとしよう。表面はつるっと固く滑らかで、皮を剥けば白い実が姿を現し、その歯ごたえはしゃきっとジューシー。さて、この果実は何だろうか。
　答えはもちろん、林檎である。しかし、林檎を見せられて、そのまま林檎と答えてしまうというのは、あまりにも陳腐で、思想がまるで感じられない。
　そこで、考え方を変えてみてはどうだろうか。

「何かの、動物の糞」であるとか「新種の海の幸」または「宇宙からの落下物」はたまた、林檎は林檎でも「白雪姫の毒林檎」というのも面白い。
　そう、見たままを答えるのでは、考えてないのと同じなのである。

　私は幼き日より、父から「考えることを止めたら人間は馬鹿になる」と教えられてきた。なので私は、常日頃から、何かにつけて考えている。わからないことを質問するときも、自分の意見を織り交ぜるのを怠らない。
「これなんですか？」「どんな意味ですか？」「まったくわかりません」ではなく「私はこうだと思うんですが、いかがですか？」というふうに、自分の考えを相手に投げかけて答えを仰ぐ。そうしなければ、人間という生き物は馬鹿になってしまうのだ。

　人間は考えなければならない。そうでなければ、単なる生きる屍だ。食っちゃ寝、食っちゃ寝を繰り返し、仕舞いには社会の歯車の一部として生きるしかないのだ。いや、もう家畜に近い存在なのかもしれない。
　あなたが考えなくても、誰か他の人が考えてくれるだろう。しかし、思想を捨て去ったあなたの代わりなど、いくらでもいることを忘れないで欲しい。
　思想を持たないあなたは、必要とはされないだろう。もし、必要とされていても、それは人間としてではなく、社会の部品としてだということを肝に命じていただきたい。
　そして私は売れない小説家で、現在は生活保護を受けている。