29 / 30
花火の夜に
しおりを挟む
開始時刻と同時に、夜空という名のキャンバスに大輪の花が描かれる。
聞こえてくるのは、見物人の歓声、「たまやー」とかいう陳腐な掛け声、そして、けたたましく響く救急車のサイレンだけ。
僕は一人。
彼女はこない。
やはり、待ち合わせ場所を花火大会の会場にしたのはまずかった。人が多くて見付けづらい上に、人混みの中にぽつんといると、なんだか一人、取り残されたような気分になる。
誰も僕の存在を気にしない。
無造作に置いて行かれたビールの空き缶のように、僕は景色の一部として、その場の空気に溶けていくだけ──、そんな気がした。
花火はあがる。
見上げる人の顔が、同じ色に染められる。
そんな光景が妙に面白くなり、少しほくそ笑んだ。
誰も僕の存在を気にしない。
彼女はこない。
近くで事故でもあったのだろうか。
事故?
彼女はこない。
突如として、僕は不安に包まれた。彼女はここに来る途中、事故に巻き込まれたのではないかと。
彼女に連絡しようと、ケータイを取り出そうとした。
──ない。家に忘れてきてしまったのか。落としたのか。
花火を見上げる人間しかいない中、僕はただ一人、下を向いてケータイを探した。
誰も僕の存在を気にしない。
ケータイはない。
とその時、虫のようにはいつくばっている僕の目の前に、天使がふわりと舞い降りた。
「純ちゃん、何してんの?」
彼女はきた。
紫陽花が描かれた紺色の浴衣に、蛍光色が強めの黄色い帯を併せ、僕の行動を不思議そうに観察していた。
「あ、いや、何でもない」
そう言い、手をポンポンと叩きながら立ち上がった。
「人が多くってさ、探しちゃったよ」
ほっと胸を撫で下ろすように彼女は言った。まるで、迷子になった我が子を見付けた母親のように。
僕はようやく、景色の一部から脱出できたような気がする。
──小一時間が経過した。
僕を見付け安心したのか、彼女は終始、花火そっちのけで話し続けていた。
とその時、僕は、僕ら二人を見る異様な視線に気付く。みんな僕らの存在に注目している。さっきまで気にもしなかったのが嘘のように、まるで精神異常者でも見るかのような視線を浴びせ続けていた。
僕らは話すのを止めた。
すると、絡み付いていた視線から解放され、みんな元の姿勢に戻っていった。
いったい僕らが何をしたというのだろうか。僕らはただ、二人で話をしてただけなのに。
話を?
僕は、はっと気付く。
遅れてきた彼女。
救急車のサイレン。
事故。
二人で話。
注目される。
ひょっとして彼女は、この場に存在しないのかもしれない。
やはり彼女は、ここに来る途中で事故に遭い、救急車で運ばれた。じゃあ、僕が話しているのは何だろうか。
彼女の意志。
彼女の魂。
彼女の霊。
彼女の幻影。
わからない。
わからないけど、彼女自身がこの場にいないと考えるのが一番つじつまが合う。
僕は恐る恐ると、気付かれないよう彼女の手を握った。
手応えがない。
感覚がない。
やはり彼女はいない。
僕はこのことを、彼女に伝えなければならないのだろうか。
わからない。
とその時、ケータイの電子音が鳴り響く。
彼女が出る。
出る?
実体がないのに。
ケータイに、出る?
彼女は存在する。
僕は混乱する。
彼女は、電話の相手に声を荒らげ電話を切った。そして彼女は、呆れ返った口調で、僕にこう言ったんだ。
「なんかさ、純ちゃんが事故に遭ったんだってさ。馬鹿みたい」
僕はすべてを悟った。
彼女はまだ気付かない。
僕らは、忘れていた花火を見上げた。
調度、フィナーレを迎えた頃で、色とりどりの花が、真っ黒なキャンバスをその光で埋め尽くし、とても綺麗だった。
同じ色に染められる、彼女の笑顔もまた、そうであるように。
聞こえてくるのは、見物人の歓声、「たまやー」とかいう陳腐な掛け声、そして、けたたましく響く救急車のサイレンだけ。
僕は一人。
彼女はこない。
やはり、待ち合わせ場所を花火大会の会場にしたのはまずかった。人が多くて見付けづらい上に、人混みの中にぽつんといると、なんだか一人、取り残されたような気分になる。
誰も僕の存在を気にしない。
無造作に置いて行かれたビールの空き缶のように、僕は景色の一部として、その場の空気に溶けていくだけ──、そんな気がした。
花火はあがる。
見上げる人の顔が、同じ色に染められる。
そんな光景が妙に面白くなり、少しほくそ笑んだ。
誰も僕の存在を気にしない。
彼女はこない。
近くで事故でもあったのだろうか。
事故?
彼女はこない。
突如として、僕は不安に包まれた。彼女はここに来る途中、事故に巻き込まれたのではないかと。
彼女に連絡しようと、ケータイを取り出そうとした。
──ない。家に忘れてきてしまったのか。落としたのか。
花火を見上げる人間しかいない中、僕はただ一人、下を向いてケータイを探した。
誰も僕の存在を気にしない。
ケータイはない。
とその時、虫のようにはいつくばっている僕の目の前に、天使がふわりと舞い降りた。
「純ちゃん、何してんの?」
彼女はきた。
紫陽花が描かれた紺色の浴衣に、蛍光色が強めの黄色い帯を併せ、僕の行動を不思議そうに観察していた。
「あ、いや、何でもない」
そう言い、手をポンポンと叩きながら立ち上がった。
「人が多くってさ、探しちゃったよ」
ほっと胸を撫で下ろすように彼女は言った。まるで、迷子になった我が子を見付けた母親のように。
僕はようやく、景色の一部から脱出できたような気がする。
──小一時間が経過した。
僕を見付け安心したのか、彼女は終始、花火そっちのけで話し続けていた。
とその時、僕は、僕ら二人を見る異様な視線に気付く。みんな僕らの存在に注目している。さっきまで気にもしなかったのが嘘のように、まるで精神異常者でも見るかのような視線を浴びせ続けていた。
僕らは話すのを止めた。
すると、絡み付いていた視線から解放され、みんな元の姿勢に戻っていった。
いったい僕らが何をしたというのだろうか。僕らはただ、二人で話をしてただけなのに。
話を?
僕は、はっと気付く。
遅れてきた彼女。
救急車のサイレン。
事故。
二人で話。
注目される。
ひょっとして彼女は、この場に存在しないのかもしれない。
やはり彼女は、ここに来る途中で事故に遭い、救急車で運ばれた。じゃあ、僕が話しているのは何だろうか。
彼女の意志。
彼女の魂。
彼女の霊。
彼女の幻影。
わからない。
わからないけど、彼女自身がこの場にいないと考えるのが一番つじつまが合う。
僕は恐る恐ると、気付かれないよう彼女の手を握った。
手応えがない。
感覚がない。
やはり彼女はいない。
僕はこのことを、彼女に伝えなければならないのだろうか。
わからない。
とその時、ケータイの電子音が鳴り響く。
彼女が出る。
出る?
実体がないのに。
ケータイに、出る?
彼女は存在する。
僕は混乱する。
彼女は、電話の相手に声を荒らげ電話を切った。そして彼女は、呆れ返った口調で、僕にこう言ったんだ。
「なんかさ、純ちゃんが事故に遭ったんだってさ。馬鹿みたい」
僕はすべてを悟った。
彼女はまだ気付かない。
僕らは、忘れていた花火を見上げた。
調度、フィナーレを迎えた頃で、色とりどりの花が、真っ黒なキャンバスをその光で埋め尽くし、とても綺麗だった。
同じ色に染められる、彼女の笑顔もまた、そうであるように。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
朝に弱い幼馴染は俺に起こされるのをいつもベッドの中で待っている
ハヤサカツカサ
キャラ文芸
高校2年生の春。朝一人で起きられない幼馴染のために小島龍は今日も家まで起こしに行く。幼馴染である熊谷梓が朝に弱いのは理由があって……
その他にもぬいぐるみ大好きな残念イケメンや天然S会長、ロリ魔術師が持ち込むトラブルに龍は巻き込まれていく。これはそんな彼の青春トラブルストーリー
臓物爆裂残虐的女子スプラッターガール蛇
フブスグル湖の悪魔
キャラ文芸
体の6割強を蛭と触手と蟲と肉塊で構成されており出来た傷口から、赤と緑のストライプ柄の触手やら鎌を生やせたり体を改造させたりバットを取り出したりすることの出来るスプラッターガール(命名私)である、間宮蛭子こと、スプラッターガール蛇が非生産的に過ごす日々を荒れ気味な文章で書いた臓物炸裂スプラッタ系日常小説
女児霊といっしょに。シリーズ
黒糖はるる
キャラ文芸
ノスタルジー:オカルト(しばらく毎日16時、22時更新)
怪異の存在が公になっている世界。
浄霊を生業とする“対霊処あまみや”の跡継ぎ「天宮駆郎」は初仕事で母校の小学校で語られる七不思議の解決を任される。
しかし仕事前に、偶然記憶喪失の女児霊「なな」に出会ったことで、彼女と一緒に仕事をするハメに……。
しかも、この女児霊……ウザい。
感性は小学三年生。成長途中で時が止まった、かわいさとウザさが同居したそんなお年頃の霊。
女心に疎い駆け出しの駆郎と天真爛漫無邪気一直線のななのバディ、ここに爆誕!
※この作品では本筋の物語以外にも様々な謎が散りばめられています。
その謎を集めるとこの世界に関するとある法則が見えてくるかも……?
※エブリスタ、カクヨムでも公開中。
セブンスガール
氷神凉夜
キャラ文芸
主人公、藤堂終夜の家にある立ち入り禁止の部屋の箱を開けるところから始まる、主人公と人形達がくりなす恋愛小説
※二章以降各々ヒロイン視線の◯◯の章があります
理由と致しましてはこの物語の完結編が○○の章ヒロイン編と◯◯章の前半のフラグを元にメインストーリーが完結の際の内容が若干変化します。
ゲーム感覚でこの物語を読み進めていただければ幸いです。
イラストアーカイヴ
花閂
キャラ文芸
小説内で使用したイラストだったり未使用イラストだったり。
オリジナルイラストのアーカイバ。
連載中の小説『ベスティエン』『マインハール』『ゾルダーテン』のイラストをアーカイブしていきます。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
自称進学校に入学したけど実はヤバかった件
けんしゅう
キャラ文芸
自称進学校。
大学合格率100パーセント、
就職率100パーセントの高校、秀英高校に受験をした主人公、鈴木 涼太。
合格発表の日に驚いたことがあったが、無事高校に受かることができ、家族と共に喜んでいた。
しかし、入学して様々な異変に気付き始めた涼太だったが、もう手遅れだった。
100パーセントの魅力に惹かれて入ってきました生徒たちの運命はどうなってしまうのか…!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる