チェリーボーイ

レン太郎

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怖がりなチェリー

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 遊園地内にて──。

「キャッ! ユウタ! 私、アレに乗りたーい」

 まるで無邪気な子供のように、ぴょんぴょんと跳びはるアキナ。ユウタの袖を掴んで、クイッと引っ張っている。

「しょうがねぇなあ」

 そんなアキナを、愛らしく思うユウタ。だが、これはアキナの計算である。

 アキナは、男の喜ぶ“ツボ”というのを知りつくしている。だてに、美人でミス・キャンパスなわけではない。
 付き合った男の数も、大学生にしてはかなり多い。故に、百戦錬磨。ユウタ好みの“守ってやりたいキャラ”になることなど、おちゃのこさいさいなのである。
 だが、ユウタにヤラせる気は、今のところサラサラない。小悪魔アキナなのであった。

 そんな中、一人だけ顔色が悪い男がいる。そう、タクヤである。
 実はタクヤは、絶叫マシンと呼ばれる乗り物が、大の苦手なのだ。

「どうしたの? シュナイダー」

 タクヤの顔色の変化に、いち早く気付いたミチヨ。

「い、いや、大丈夫だ」

 とは言っているが、シュナイダーという名に対し、突っ込みをする余裕がないタクヤ。
 そこへ、次にタクヤの異変に気付いたユウタが、こう話し掛けた。

「タクヤ、最初はアレに乗ろうぜ」

 と、ユウタが指差した先には、この遊園地、最強のマシン『ヘルズ(地獄の)コースター』が、そびえ立っていた。

「……え?」

 さすがにタクヤは絶句した。乗れば寿命が十年は縮まると噂される、ヘルズコースター。さらにタクヤは、絶叫マシンが超苦手。しょっぱなからこのマシンに乗ってしまったら、きっとタクヤは、性も根も尽き果ててしまうだろう。
 というか、乗ってしまったら最後、きっと天に召されてしまう。いや、ヘルズコースターだけに、地獄行きかもしれない。
 タクヤは、生唾をゴクリと飲むと同時に、冷や汗をかいていた。

 そんなタクヤの様子を、ユウタが見逃すはずもない。

「あ、タクヤ。お前、本当は怖いんじゃねぇの?」

 相変わらずのノリで、タクヤを挑発するユウタ。彼女の時の話といい、弱みに付け込むのは、タクヤに対するライバル意識の表れ。と同時に、アキナにいいところを見せたいという一心もあるのだろう。

「な、な、な、なに言っちゃってんのかなー! こ、怖いわけねぇじゃん!」

 今回もまた、背水の陣のタクヤ。強がってはいるが、怖いのは見え見えである。
 ユウタとタクヤは、親友である前に男同士。これは言わば、男のプライドをかけた戦いなのだ。

 そこへ、火花を散らす二人の背後より、アキナの声が聞こえてきた。

「ヘルズコースター乗るの? キャーマジで!」

 アキナはとても嬉しそうにユウタの手を引っ張り、ヘルズコースター方面へと向かった。

「シュナイダー。止めた方がいいんじゃない?」

「大丈夫だ。ミッチョリーナ」

 テンパり過ぎて、ミチヨをミッチョリーナと呼んでしまうタクヤ。これはタクヤなりの“現実逃避”なのだろう。
 そしてユウタ達の後に続き、二人もヘルズコースターへと向かったのであった。

 ヘルズコースター。
 最高時速は百八十キロ。発進したと同時に、一気に百メートルの高さまで駆け登り、九十度近い傾斜を駆け降りながら、スクリュー回転。
 その後、急なターンを繰り返し、大回転を二回繰り返しながらのコークスクリューは、乗せた者に地獄へと堕ちるかのような錯覚を起こさせるという。
 さあ果たして、タクヤはこの、ヘルズコースターの恐怖に、耐えることができるのであろうか。

 意外と順番はすぐに回ってきた。どうやら、あまりの怖さに、人気がないようである。
 そして最悪なことにタクヤとミチヨのペアは、一番前の席になってしまったのだ。

「いくわよ。シュナイダー」

「お、おう!」

 これから戦地へ赴く兵士のように、タクヤは覚悟を決めて乗り込んだ。ミチヨは何の躊躇もなく、タクヤの隣へと座る。

「おい。ミッチョリーナ」

「なに? シュナイダー」

「お前、怖くないの?」

 ここでミチヨが「怖い」とでも言えば、タクヤの気も紛れそうなものなのだが、ミチヨの答えは、予想を裏切ることはなく、こうだった。

「ぜんぜん」

 嗚呼、哀れ、シュナイダー。

 タクヤは覚悟を決めて、目を閉じた。

(ああ、遺書かいてくりゃ良かった。それよりも、最後に一回オナっときたかったなあ)

 タクヤの場合、死ぬ前にしときたい事はオナニーであった。
 例え、地球があと二十四時間で滅亡するとしても、好きな食べ物をたらふく食いたいとか、家族や恋人と一緒に過ごしたいではなく、タクヤは最高のオナニーをすること以外は考えないだろう。それだけタクヤは、オナニーが大好きだった。
 そして今まさに、タクヤは死の場面といっても過言ではない事態に直面している。ヘルズコースターに乗りながら、ヌクわけにもいかない。タクヤは、津波のように押し寄せる無念な思いに、飲み込まれそうになっていた。

 すると、タクヤの後ろの席から、アキナとユウタの声が聞こえてきた。

「ユウタ、私、怖いわ!」

「大丈夫さアキナ。俺がついてるから」

「ユウタ、手、握ってて」

「いいぜ。こうか?」

「……うん」

 アキナは、決して怖かったわけではないのだが、ここでか弱い乙女を演じることにより、少しでもポイントを稼ごうという腹である。ユウタはまんまと、アキナペースに乗せられているというわけだ。

 そんな二人の会話を聞いて、黙ってられないのがミチヨである。演技でもいいから「怖いわ」と言っておけばよかったと、ミチヨは思っていた。
 だがすでに、タクヤの問いに対し「ぜんぜん」と答えているわけだから、「怖いわ」と言うのもおかしな話だ。手を握るという行為も、アキナの二番煎じみたいで嫌だった。
 そこでミチヨは考えた。発進の時間まで、あと数秒しかない。そしてミチヨはついに、考えに考えて、考え抜いた答えをタクヤに言った。

「シ、シュナイダー!」

「なんだよ?」

 最後にオナニーをできないという、無念な思いに打ちひしがれているタクヤは、無気力に返事をした。

「怖かったら、あたしのおっぱい、揉んでもいいわよ!」

「……え?」

 アタシノオッパイ、モンデモイイワヨ。

 タクヤは閉じていた目を、カッと見開いた。今、確かに、タクヤの耳には「オッパイ、モンデモイイワヨ」という言葉が聞こえてきた。タクヤは、これから始まる地獄の時間のことなどすっかり忘れ、ミチヨの顔ではなく、おっぱいを凝視していた。

 と同時に、ガコンと音が鳴り、ヘルズコースターがゆっくりと動きはじめた。いよいよ、地獄への超特急が発進する時を迎えてしまった。
 ユウタは余裕をこいた顔をしつつも、アキナの手をがっしりと握っていた。アキナは、じっとりと汗をかいたユウタの手に不快感を抱きつつも、笑顔を振りまいていた。
 どうやら二人には、ミチヨの声は聞こえなかったようだ。
 タクヤは、はち切れんばかりのミチヨの乳を凝視しままま、手をゆっくりと、そのおっぱいの方へ向け、

(どうする? 揉んじゃう? ていうか、揉んでもいいって言ったんだから、揉んでもいいよね?)

 と自問自答を繰り返していた。 ミチヨは、自分の乳の周りを、ふわふわと蝶のように舞うタクヤの手を、一生懸命、目で追うしかなかったのであった。

 タクヤは、ヘルズコースターが動いているのに気付いていない。ミチヨのおっぱいを揉む決意を固めることしか、考えてはいないようだ。
 よくよく考えれば、タクヤとミチヨは、まだキスもしていない。というより、これは初デートだ。

《初デート キスを飛び越え 乳を揉む》

 という、五七五の短歌さえ、飛び出しそうである。
 そして、

(よ、よし。揉んじゃおう)

 と、タクヤは決意し、ミチヨの、たわわに実ったアンデスメロンに触れようとした。
 だがその瞬間、今度はガクンと、ヘルズコースターが動きを止めた。

「ん?」

 と、誰もが気を抜いた、次の瞬間である。
 いきなりグァーンと物凄い速度で、ヘルズコースターが加速をはじめ、その牙をむきだしにしたのである。

 さすがのタクヤも、ようやくヘルズコースターが動いているのを把握し、その手の動きをピタリと止めた。そして、ものすごい速度で走り出したヘルズコースターは、一気に垂直へ駆け登り、その速度をゆるめた。

「怖い! 怖いじゃねえかっ!」

 と、叫んだが、タクヤはふと我に返る。

(そうだ! 怖いんだったらミチヨの乳を揉んでもいいんだ!)

 そう思ったドスケベタクヤは、ヘルズコースターが頂点で停滞しているのをいいことに、隣の席でプルプルと実っているアンデスメロンに、再度、手を伸ばそうと試みた。だが、時すでに遅し。
 今度は、スクリュー回転を加えながら、ヘルズコースターは垂直に急降下をはじめてしまったのだ。

「ギ、ギャアァーッ!」

 なかなか収穫できない、アンデスメロン。万有引力の法則と、とてつもない遠心力に成す術がないタクヤは、目の前にあるアンデスメロンを、見守るしかなかったのだ。
 スクリュー回転を終えたヘルズコースターは、その速度をゆるめることなく、そのまま走り続けた。
 途中、何度もアンデスメロンへ手を伸ばすチャンスは訪れはしたのだが、急なターン、大回転、コークスクリューを繰り返すヘルズコースターの前に、タクヤの手はことごとく、アンデスメロンから遠ざけられてしまっていたのであった。

 そして、ようやくスピードも落ち着いて、タクヤの手が自由に動くようになった時がやってきた。おっぱいチャンスが、再び到来である。

「うおぉぉーっ!」

 と、声をあげ、アンデスメロンを収穫しようと、ミチヨの胸元へタクヤの手が伸びた。だが、その時である。
 プシューという音。そして、ガタンという振動とともに、ヘルズコースターは停止してしまったのだ。

「……え?」

 と、辺りの様子をうかがうタクヤ。見ると、タクヤの視界には、発進する前と同じ光景が広がっていたのである。
 まあ、要するに、さんざん暴れ回ったヘルズコースターは、終了してしまったというわけだ。
 と、同時に、タクヤの“おっぱいタイム”も終了したといことを意味していた。

「そ、そんな……」

 失意のズンドコ、もとい、どん底に堕ちたタクヤは、そこからはい上がれずに、がっくりとうなだれた。
 なんたる不覚。初めて巡ってきた『アンデスメロン収穫祭』で、一つもメロンを手にすることが出来なかったのだから無理もない。
 とそこへ、先にヘルズコースターから降りたユウタが、得意げな顔でタクヤに話し掛けてきた。

「なんだタクヤ、だらしねえなあ」

 その姿は、タクヤを見下している。そのものだった。
 イラッとしたタクヤは立ち上がろうとしが、その動きを一瞬止めた。
 なぜかというと、タクヤのペニ佐衛門が、とっても元気になってしまっていたからである。
 ミチヨの乳を揉もうとしていたのだから、男としては当然の反応だろう。

 タクヤは前にかがみ込みながら、ヘルズコースターを降りた。

「大丈夫なの? シュナイダー」

 ミチヨが心配そうに、タクヤを見ている。
 一見、あまりの怖さに、腰が抜けてしまっているようなタクヤの姿であったが、実は、ヘルズコースターによるダメージというのは、さほどなかった。
 ミチヨの乳を揉むという、棚ぼたのように有り難いミッションの遂行に、無我夢中で取り組んでいたため、ヘルズコースターによる恐怖は半減していたのだ。
 だが、はたから見れば、恐怖で歩くこともままならない、タクヤの姿。そこでタクヤは、あることをひらめいた。

 どうせ、ポコチンが勃起して、まともに歩けないのだから、ヘルズコースターで腰が抜けたフリをして、前かがみで歩くのだ。そうすれば、パンパンに膨張したポコチンを、ナチュラルに隠すことができる。
 タクヤはヨタヨタとヘルズコースターを降り、まるで、白寿を迎えたお爺さんの如く、前かがみで歩き出した。

「あたしの肩に捕まって」

 ミチヨは、タクヤの隣へ寄り添った。

「すまないねえ。ミッチョリーナ」

 本当に、お爺さんのようなタクヤなのであった。
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