チェリーボーイ

レン太郎

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謎のブサイクな女

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 そして翌日、大学にて──。
 タクヤは早速、彼女をつくるべく行動を起こそうとしていた。どうすれば、彼女ができるのかという、現代に生きるホモサピエンスにとって永遠の難題に対し、タクヤが出した結論とは──、

「とりあえず告る」である。

 なんとも、単純な答えであるが、オナニーのし過ぎによりまったく頭が働かない単細胞なタクヤは、彼女を作るには、告白するのが一番手っ取り早いと考えたのだ。
 当然のことだが、告るには相手が必要である。そこでタクヤは、告る相手として大学のマドンナ的存在の、皆川アキナに白羽の矢を立てた。

 皆川アキナとは、タクヤの通う大学で、ミス・キャンパスに選ばれる程の美貌の持ち主。言うまでもないが、タクヤから見れば雲の上の存在である。話したことも数回しかない。そんなアキナに、なぜタクヤは告ろうと思ったのだろうか。
 実は最近、アキナが彼氏と別れたという情報を、タクヤはキャッチしていたのだ。彼氏と別ればかりのアキナならば、優しくするだけで簡単にオチるだろうと、タクヤは踏んでいた。
 そしてなにより、タクヤにとってアキナは、最高のオナペットでもあった。妄想の上では、タクヤとアキナはセックスをしまくっているのである。アキナなら、童貞を捧げるのにふさわしい相手──。
 そう思い、タクヤはアキナに告る決意を固めたのであった。

 幸いなことに、タクヤはアキナと同じ講義を受けている。講義が終わってからが、チャンスタイムである。
 教室を出ようとするアキナに声を掛け、「好きだ」と言う。非常にシンプルだが、いろいろと言葉を並べるより、説得力があっていい。というより、一度も女性と付き合った経験がない、チェリーボーイ・タクヤに、

「君の瞳に、俺の胸は撃ち抜かれたよ。俺には君以外の女性は考えられない」

 なんて台詞が、言えようか。そう、言えるわけがない。タクヤには『告る言葉=好きだ』以外は、考えられなかったのである。
 というわけで、タクヤは、これからはじまるかもしれないアキナとのラブロマンスに胸を踊らせながら、講義の時間を待っていた。

 講義がはじまった──。
 タクヤの三つ前の席に、アキナが一人、たたずんでいる。
 ライトアッシュの明るめな髪。肘をついた手に顎を乗せ、退屈そうにため息をついている。その姿をじっとりと見ていたタクヤは、荒々しく鼻息を噴出し、興奮していた。

「もうすぐだ。もうすぐ、アキナが俺のものに……」

 タクヤは小さく、そう呟いた。
 だがその時、タクヤは自分の背中に、なにやら不気味な視線が突き刺さっているのを感じた。
 まるで、妖怪にでも見られている。そんな錯覚にまで陥っていたタクヤ。ゴクリと生唾を飲み込み、恐る恐るとその視線が放たれている方をチラリと横目で見た。

 すると、どうだろう。一番後ろの席に座っている、目の覚めるようなブサイクな女が、アンニュイな雰囲気をかもし出し、タクヤの方をじっと見ているではないか。
 おもわずタクヤは目を反らした。「誰だ? いったい何者なんだろうか」という思いが、タクヤの脳内シナプスを駆け巡る。タクヤは、恐いもの見たさも手伝って、もう一度、そのブサイクな女をチラリと見た。
 すると、なんと今度は、タクヤが見るのを待ち構えていたかのように、ブサイクな女は軽く手を振り、ウインクをしていた。しかも、さっきの一番後ろの席よりも、二つ前の席に移動しているではないか。

 まるで、獲物を狙うハンターの如く、じりじりと近づいてくるブサイクな女。タクヤは慌てて前を向き、過呼吸にも似た症状に襲われていた。すると、その時──、

「タクヤくん」

 と、タクヤの真後ろから、囁くような女の声がした。
 タクヤの背筋は、凍りついたようにピーンと張り、振り向こうにも、後ろから放たれている妖気のようなオーラにより、まったく身動きがとれないでいた。

「な、なんだよ」

 しぼり出すような声で、その女の呼び掛けに答えるタクヤ。その手には、汗がびっちょりと握られていた。

 タクヤが返事をした数秒後、その女の気配は消えた。まるで金縛りでも解けたかの如く、タクヤは立ち上がり振り向いた。すると、タクヤの後ろにいたはずの、あのブサイクな女が、忽然と姿を消していたのである。
 まるで、キツネにでもつままれたような感覚に襲われ、タクヤはボー然と立ち尽くしていた。

「そこ! 何をキョロキョロしてるんだ!」

 講義中に立ち上がったことに対し、激怒する講師。

「あ、はい。すみません……」

 バツが悪い顔をして、怖ず怖ずと席に着くタクヤ。とその時、クスクスと笑っているアキナと目が合い、タクヤは大事なことを思い出した。
 そう、講義が終わったら「アキナに告る」というミッションを、タクヤは控えているのであった。

 一方、その頃──。
 教室の外の廊下では、さっきのブサイクな女が、ゼエゼエと息を切らしていた。急いで教室を飛び出してきたせいか、まるで何かが口から生まれてきそうな勢いの呼吸である。
 そして、落ち着いたかと思えば、さっきまでいた教室をうっとりと見つめ、一言こう呟いた。

「ま、今日はこんなとこかしら」

 そう言うとブサイクな女は、そそくさとその場から立ち去っていった。この女、いったい何者なのだろうか──。

 そして、講義が終わった──。
 タクヤは、待ってましたと言わんばかりに、鞄に筆記用具と教科書をしまい込み、一目散にアキナの元へと駆け寄った。

「あ、あの、皆川さん」

「なに? 白井くん」

 これがタクヤにとって、人生で初の告白である。タクヤの心臓の鼓動は、教室中に響き渡るほどの勢いで、ドッキンドッキンしていた。
 今まで、オナペットだったアキナへの告白──。この告白が済めば、もうアキナはオナペットではなく、タクヤの彼女になるかもしれない。そういう期待を胸に、タクヤはアキナへ話を切り出そうとした。
 だが、その時──、

「よう! アキナ」

 聞き覚えのある声が、喉元まできていた、タクヤの言葉を遮った。

 アキナは、その声の主がいると思われる、タクヤの背後に向かい手を振った。そして一言、タクヤが一番、聞きたくない台詞を吐いたのである。

「あ、ユウタ」

 そう、姿は見えずとも、タクヤにはわかっていた。アキナに声を掛けたのは、他でもない、最近彼女を作って浮かれ気分のユウタだったのだ。
 ユウタは何食わぬ顔で、アキナの隣を陣取り、そしてタクヤに向かい一言、こう言い放ったのである。

「あ、なんだ。タクヤもいたのか」

 ア、ナンダ。タクヤモイタノカ。

 この台詞がタクヤの頭を、まるで除夜の鐘の如く、カーンカーンと鳴り響いていた。いったい何なんだろうか。この、オマケ的な扱いは。タクヤは悲壮感に苛まれながらも、ユウタに質問をした。

「まさか、ユウタ」

「なんだよ」

「お前の彼女って……」

「ああ、そうだ。アキナだよ」

 アア、ソウダ。アキナダヨ。

 再びユウタの台詞が、タクヤの頭に鳴り響いた。
 わかっていた。何となく雰囲気で、そうではないかと思っていたが、実際に確認してしまうと、やはりヘコむタクヤ。瞳孔は開きそうになり、まるで鯉が麸(ふ)を求めるかの如く、口をパクパクとさせていた。

 だが、ここで落ち込んでいるところを見せてはならない。タクヤは精一杯の笑顔で、ユウタに向かって、こう言った。

「な、なんだ。お前ら付き合ってたんだ」

 だってタクヤは、男の子なのだから──。
 するとユウタも、笑顔をタクヤに返した。だがその左手は、さりげなくアキナの肩を抱いていた。

「そういやユウタ、アキナに何か用か?」

 痛いところを突いてくるユウタ。タクヤは笑顔のまま、固まっていた。そして、なんとか発した言葉がこれである。

「い、いやあ、べつに……」

 だが、さらに追い打ちをかけるように、ユウタはこう言った。

「あ、まさかお前……」

「な、なんだよ」

「アキナに告る気だったんじゃ……」

「……なっ!」

 するどい! するど過ぎるぜユウタ! タクヤは図星を突かれ、次の言葉を発することに、困難を極めていた。
 ここは正直に、

「あ、わかる? ていうかバレバレ?」

 と、おどけてみせるのか。いや、言えない。そんなこと、言えるわけない。知らなかったとはいえ、親友の彼女に告ろうとしてたなんて知れたら、タクヤは単なるピエロである。しかも、オナニー好きの。
 この窮地をなんとか乗り切ろうと、タクヤは、パズルのように散らばった脳内配列を、必死で組み直していた。そして、やっとの思いで出した答えがこれである。

「んなわけねえじゃん。だって俺、彼女いるし」

 ダッテオレ、カノジョイルシ。

 今度は、ユウタの頭にタクヤの台詞が響き渡っていた。タクヤより先に彼女を作り、してやったりつもりだったユウタ。しかも彼女は、大学のマドンナ的存在の、皆川アキナである。
 実はユウタも、彼氏と別れたばっかりのアキナを狙い、タクヤを出し抜いていたというわけだ。チェリーボーイなのに。
 だが、タクヤにも彼女ができていたという事実を知ってしまった今、動揺の色を隠せずにいた。
 言うまでもないが、もちろんタクヤには彼女なんていない。要するに、嘘をついたのだ。だがタクヤは、この窮地を脱するため。そしてなにより、ユウタへの対抗意識で、そう言ってしまったのである。

 おお、ジーザス。彼を救いたまえ。

 だが、この後のユウタの発言により、タクヤは嘘をついたことを、鬼のように後悔することになるのだ。

「じゃあ今度、お前の彼女とアキナとで、どっか行こうぜ」

「……え?」

 ユウタも必死である。タクヤにどんな彼女ができたのか、吟味してやろうと思ったのだ。
 ユウタの彼女はアキナ。まさか、アキナよりも可愛い彼女ではないとは思っているのだが、やはりどんな女か気になっているようだ。
 ここで、マズくなってきたのがタクヤである。対抗意識をメラメラと燃やして、「彼女いるし」なんて言ってしまったものの、本当は彼女なんていないわけだから、ユウタの提案に応えられるはずもない。だが、負けず嫌いのタクヤは、さらにこう言い放ってしまうのである。

「あ、うん。ぜんぜんいいよ」

 もう、タクヤは救いようのない、スーパーオナニストなのかもしれない──。

「いいよ」とは言ってみたものの、今のタクヤにユウタの提案に応えるのは、百パー不可能である。
 だが、オナニーし過ぎとはいえ、タクヤもそこまでイカレポンチではない。タクヤは、アキナが嫌がる可能性に賭けていた。ダブルデートの提案は、ユウタが話しの流れで勝手に言ったもので、アキナの意見は盛り込まれてはいない。言わば、アキナは蚊帳の外の存在。
 ここでアキナが、「え、私は、そういうのはちょっと……」と、嫌がるそぶりを見せてしまえば、ユウタの企画はお流れとなってしまうのだ。
 タクヤは、アキナの方をチラリと見た。にこりと微笑むアキナと目が合う。タクヤも負けじと、ほくそ笑んでみた。

 しかし、アキナから放たれた言葉は、そんなタクヤの期待を、一刀両断にぶった切ってしまったのだ。

「私も、白井くんの彼女が見たいな」

 アキナのこの台詞により、タクヤの唯一の逃げ道は、断たれてしまったのであった。

「じゃあ、今度の日曜に、遊園地でも行こうぜ! な、アキナ」

「うん。私、遊園地行きたい」

 あまりのショックで、ピクピクと痙攣を起こしてしまっているタクヤを、そっちのけで盛り上がっているユウタとアキナ。

「で、でもさ、俺の彼女がなんて言うかなー。アハハ」

 もはや、背水の陣のタクヤ。だがこの時、ユウタの目がキラリと光った。そして、タクヤがそう言うのを待っていたかの如く、ボソッとこう呟いた。

「本当は彼女なんていないんじゃねえの?」

 ユウタはタクヤの性格を知っている。負けず嫌いのタクヤのことだから、どうせ口からでまかせでも言っているんだろうと、踏んだのである。

「いるよ! わかった。ちゃんと連れて行くからよ」

 ユウタの挑発に乗せられたタクヤ。顔はクールを気取っていたが、足は生まれたての子馬の如く、ガタガタと震えていた。

「じゃあ、日曜日な。楽しみにしてるぜ」

「お、おう! まかせんしゃい!」

 なぜか、コテコテの博多弁で答えるタクヤ。そして、去り行くユウタとアキナの後ろ姿を見送りながら、一言こう呟いた。

「ヤベェ。どうしよう……」

 果たしてタクヤは、この窮地をどう乗り越えるのであろうか。

 なんのプランもないまま、タクヤはその場を後にした。だがこの時、タクヤとユウタやり取りを、柱の陰からひっそりと見ていた人物がいた。
 その人物は、がっくりと肩を落として帰るタクヤをじっと見つめ、しめしめと言わんばかりの表情でニヤリと笑っていた。
 そう、あのブサイクな女である。そしてブサイクな女は、一言こう呟いた。

「こんなチャンスが巡ってくるなんて、ラッキーだわ」

 ブサイクな女は、鼻歌まじりにスキップをしながら、長い廊下を駆け抜けて行ったのであった。


 タクヤの家にて──。
 タクヤは家に帰るなり部屋にこもり、日課であるオナニーを目を閉じて行った。これは、妄想オナニーである。オナペットは、もちろんアキナ。

「うおぉぉーっ!」

 まだ見ぬアキナの裸体を想像し、徐々にその加速度を増していくタクヤの右手。オナニーしている間は、今日の出来事を忘れられる。まあ、要するに現実逃避である。
 絵に描いたような三日月が浮かぶ、雲一つない星空に、オーガズムに達したタクヤの声がこだましていた。

「アハァーハァン!」

 タクヤよ。オナニーする時くらいは、窓を閉めてくれ。

〔日曜日まで、あと二日〕
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