チェリーボーイ

レン太郎

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童貞を卒業しよう

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「俺さ、彼女ができた」

 昼下がりの学食で、親友の小島ユウタからの突然の告白。その告白を受けたタクヤは、A定食のチキン南蛮を喉に詰まらせそうになり、慌てて水で流し込んだ。
 ユウタはタクヤの大学の同級生であり、高校の時からの、唯一の童貞仲間の男である。決してイケメンでもないが、ブサイクでもない。要するに、普通。
 大学に入ったことにより、髪を伸ばしてブラウンにカラーリングしたり、お洒落に気をつかうようになったことで、垢抜けて見えるようになったといったところだろうか。
 そして、そのユウタに彼女ができた。これはタクヤにとって、非常に危機迫る状況である。

 なぜかというと、タクヤにはまだ彼女がいないのだ。いないどころか、付き合ったことすらない。要するに、チェリーボーイなのである。
 今までは、ユウタという童貞仲間がいたから、まだタクヤにも精神的に余裕があった。いや、「俺だけじゃない」という気持ちが、タクヤの危機感を鈍らせていただけかもしれない。
 そしてタクヤは、今年で二十歳を迎える歳だ。成人式を迎える前に、この童貞を捧げる相手を、そろそろ見付けねばならない。タクヤはあらためて、そう思っていた。

 タクヤは、鳴り響く鼓動を抑えながらもユウタに質問した。

「まさか、ユウタ……」

「なんだ?」

「もう、ヤッたのか?」

「いや、まだだ」

「そうか……」

 タクヤはひとまず、胸を撫で下ろした。
 ユウタは、まだ童貞だ。マラソンでいうならば、タクヤはユウタの背中が、まだ見えている。
 頑張れば、追い抜けるだろう。だが、生まれてこのかた彼女すらできないこのタクヤに、ユウタを追い抜くことなんて、果たしてできるのだろうか。

 ユウタは、食べ終わったA定食のトレイを持ち上げながら、タクヤにこう言った。

「タクヤもさ、早く彼女つくれよ」

「……なっ!」

 彼女ができたことによる、ユウタのこの余裕には、タクヤも絶句してしまった。
 まさか、まさかユウタはもう、キスやベロチューは済ましたというのか。いや、もうすでに、ペッティングまでいってるのかもしれない。

 乳かっ! 彼女の乳は、もう揉んだのですかーっ!

 そんな良からぬ妄想が、タクヤの頭を駆け巡っていた。
 背を向け、先に立ち去ろうとするユウタをじっとりと見つめながら、タクヤは玄米ご飯を掻き込み、味噌汁をすすっていた。

 あ、申し訳ない。彼の紹介がまだ済んでなかった。
 彼の名前は、白井タクヤ。十九歳の大学生。先にも伝えたが、彼女いない歴十九年の、哀しきチェリーボーイである。
 髪は短髪で黒。定番と呼ばれる服が好きで、あまり流行りものには流されないタイプだ。
 またイケメンでもなく、ブサイクでもない。いうなれば微妙。これといった趣味もない、本当に微妙という言葉がふさわしい大学生である。
 いや、趣味といえるかどうかわからないが、タクヤには夢中になっていることが一つだけある。

 それは、オナニーだ。

 タクヤがオナニーに目覚めたのは、中二の頃──。
 雑誌に載っていたグラビアアイドルを見ていたら、股間の部分に熱いものを感じ、ズボンの上から、ペニ佐衛門をいじくり回していたのがきっかけだ。ちなみに、ペニ佐衛門とは、タクヤのポコチンの名前である。
 当時のタクヤは、オナニーのやり方なんてわからなかったものだから、ただいじくり回して「気持ちいい」と思えれば、それがオナニーだと信じていた。
 時には、グラビア雑誌を片手に柱にペニ佐衛門をこすりつけた。はたから見れば、相当ヤバイ状況である。母親にでも見られようものなら大変だ。気まずいのK点は遥かに越えている。
 もし、オリンピックに『気まずい』という競技があったならば、金メダルは間違いないだろう。

 タクヤは学校から帰ると、部屋にこもり、毎日のようにグラビア雑誌を片手に、ペニ佐衛門をいじくり回していた。その行為は、だんだんとエスカレートし、ついにはズボンとパンツを脱ぎ、下半身丸だしの状態にまでなっていた。
 まさに、ペニ佐衛門とタクヤとの一騎打ち。二人の戦いを邪魔する者は、死刑にも匹敵する罰を言い渡されることになるだろう。
 タクヤはペニ佐衛門をにぎりしめ、前後左右、縦横無尽にこねくり回した。まるで、車のシフトレバーを操作するように。1速、2速、3速と、タクヤの性欲が加速する。そして、トップギアに入れた時、事件は起こったのだ。

 なんと、ペニ佐衛門の口から、ドピッュっという勢いで、何かが発射されてしまったのだ。
 当然のことながらタクヤは驚き、そして戸惑った。初めての経験だったからである。ペニ佐衛門が、もげてしまったかとすら思い、童貞のまま、もう一生セックスができなくってしまったと思っていた。
 タクヤは恐ろしくて、ペニ佐衛門を見ることができない。というより、さっきの勢いでペニ佐衛門は、タクヤの股間からロケットのように発射して、どこか遠くへ行ってしまったんではないだろうか。タクヤは、こんなありえない想像までしてしまっていた。

(たのむ。たのむから、まだそこにいてくれ。ペニ佐衛門……)

 という神にもすがる思いで、タクヤは恐る恐る、自分の股間をまさぐった。するとタクヤの手に、なにやら突起物がコツンと当たった。それは確かに、身に覚えのある感触であった。

(いた! 良かった。まだいてくれたんだね。ペニ佐衛門)

 ペニ佐衛門は無事だった。タクヤの股間に根を張り巡らすように、まだしっかりと鎮座していたのである。
 だが、さっきまでの、元気なペニ佐衛門の姿ではなかった。ぐったりしていて、まるで一つの使命をまっとうした侍の如く、ペニ佐衛門は、息を引き取っているようだった。
 というより、ペニ佐衛門の口から発射されたものは、いったい何だったのだろうか。まさか、オシッコか? 中二にもなって、自らの部屋で、放尿してしまったのか?
 と、生き恥にも匹敵する想像が、タクヤの脳裏をかすめていた。
 その発射された液体らしきものは、タクヤの部屋のフローリングの床に点々と落ちていた。タクヤは確認しようと、床に顔を寄せ、臭いを嗅いでみた。
 なにやら独特の臭いがする。どうやら、オシッコではなさそうだ。しかも、白くてネバネバしている。なんだ、これはいったい何なんだ。もしかしたら、これが本当のオナニーというものなのだろうか。そう思い、タクヤはまた、グラビア雑誌を見た。
 すると、どうだろう。さっきまで朽ち果てていたはずのペニ佐衛門が、再びムクムクと、元気を取り戻してきたではないか。
 タクヤは、復活したペニ佐衛門の姿を見て安堵した。そしてまたもや、さっきと同じように、ペニ佐衛門をいじくり回した。

 嗚呼、タクヤよ。なんて気持ちよさそうなのだ。

 ついにタクヤは、本当のオナニーを知ってしまった。そして目覚めてしまったのだ。本当の快楽というものに。
 そして数分後、ペニ佐衛門からは、再びあの液体がドピッュっと発射された。このなんとも言えない快感。これが噂に聞く“射精”というものだろう。初めての経験におっかなびっくりだったが、それからのタクヤは、オナニーの虜になってしまったのだ。
 一日一回の射精はもちろんのこと、時には一日に三回もの射精をするようになっていた。またある日は、連続オナニーで何回射精できるかと、限界までペニ佐衛門をシゴきまくった。結果は、連続六回が限度だった。なぜ六回で終わったかというと、六回目にして、ペニ佐衛門がまったく反応を示さなくなってしまったからだ。これ以上の酷使は、ペニ佐衛門の命に関わる問題だと判断したタクヤは、連続六回の記録で断念したというわけである。

 この、連続六回の射精記録が、世界レベルでどんなに凄い記録なのか、タクヤは知らない。ギネスに申請すれば、もしかしたら、ギネスブックに載る快挙かもしれない。だがタクヤには、そんなことはどうでもよかった。射精した時に得られる、あの快感。俗にいうエレクト。それが得られれば満足なのである。
 オナニーさえしていれば、彼女なんていらない。タクヤの恋人は、自らの右手なのだ。だが、そう思っていた矢先に、ユウタからのあの告白、「俺さ、彼女ができた」は、タクヤにとっては衝撃的だった。 

 なぜならば、ユウタもタクヤと同様に、オナニーに青春を捧げてきた猛者だからだ。
 時にはエロ本を交換し、時には「昨日、何回抜いた」と、射精回数を報告しあった同志なのだ。
「彼女なんていらない」という言い出しっぺもユウタである。そんな言葉に乗せられたタクヤは、極端な話、彼女なんて作らずに、ユウタとともに一生オナニーに生きる運命ではないかとすら思っていた。だが、そんなユウタに彼女ができた。これは、ユウタの裏切り行為以外の何物でもないのである。
 幸いなことに、ユウタはまだ、タクヤと同じ、チェリーボーイである。だが、もしユウタが、その彼女に童貞を捧げてしまったら、きっと、タクヤはタクヤでいられなくなってしまうだろう。

 タクヤは決意した。チェリーボーイを卒業しようと。ユウタより先に、童貞を捨ててやるんだと。
 大学が終わると、タクヤは家に帰り、お気に入りのエロ本片手にオナニーをした。嗚呼、哀しいかな。チェリーボーイのオナニー。だが、タクヤは野望に満ち溢れていた。
 もう、「彼女がいらない」なんて思わない。必ずや、彼女をゲットして、二十歳を迎える前にセックスするんだ。そう思いながら、タクヤの右手は徐々に速度を増していったのであった。
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