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クイズ温泉宿
しおりを挟むとある温泉宿で、宿泊客の老人が死んでいるとの、110番通報があった。
通報したのは、この宿の女将で、待合室で老人が椅子に座ったまま動かないので、声を掛けたところ、返事がなく、さらには息もしていなかったので、慌てて警察に連絡したという。
この事件の担当は、黒川ヒデキ。黒川は部下を数名引き連れ、事件が起こった温泉宿へと向かった。
温泉宿に到着──。
夜はすっかり、更けてしまっていた。黒川達は早速、女将に話を聞くために、宿に足を踏み入れた。
すると、中肉中背で割腹の良さそうな和服の女性が、黒川ににこやかに近づいてきた。
「いらっしゃいませ」
どうやら、客と間違われているようだ。
「いえ、警察の者です」
黒川は警察手帳を見せながら、その女性に言った。
「あら、まあまあ、すみません夜分に御呼び立てしまして……私がこの宿の女将です」
「通報を下さった方も、あなたで?」
「ええ、そうです。じゃあ、こちらへどうぞ」
そう女将に導かれるまま、黒川達は死体がある現場へと向かった。
「こちらです」
待合室と書かれた部屋の前で、女将はそう言った。
「じゃあ、失礼します」
そう黒川が、待合室のドアを開けると、そこには、この宿の浴衣を着た老人の男性が、椅子に座ったまま死んでいた。
黒川は、死因を確認しようとその老人の遺体に近づいた。
「外傷は無しか。死んでから3、4時間ほど経過してるな」
「今は午後9時ですから、死んだのは、午後5時から6時ってところですね」
と、後ろから部下の刑事の声。
「そんなところだな……ん?」
黒川がふと、遺体が座っている椅子の横にある、小さめのテーブルに目をやると、その上の湯呑みには、飲みかけのお茶が少し残っていた。黒川は湯呑みを手に取り、匂いを嗅いでみた。
「毒殺……か」
湯呑みに残ったわずかな臭いを、黒川は逃さなかった。
「おい、これを鑑識に回しておけ」
「わかりました」
部下の刑事は黒川から湯呑みを受け取ると、その場を立ち去って行った。そして黒川は、女将に向かって話し始めた。
「女将さん、ちょっとお話があります」
「はい、なんでしょうか?」
「この老人の連れは?」
「いえ、このお客さんは、お一人でお泊りでした」
「そうですか……」
「それがなにか?」
「まだ、はっきりとした事はわかりませんが、この老人は毒殺された可能性があります」
「ええ! 本当ですか?」
女将は、驚きとともにショックを受けているようだ。自分の宿で、殺人事件が起こったのかもしれないのだから無理もない。
すると、
「黒川刑事。老人がこんなものを握りしめてました」
部下の刑事が、黒川に紙切れを手渡した。そして、その紙切れには、こう書かれてあった。
「ふじはひさへつほだふよ」
(ヒントは、総入れ歯)
「なんだこれは?」
「黒川刑事、これはダイイングメッセージでは?」
「ダイイングメッセージ……か」
ダイイングメッセージとは。
死ぬ間際の人間が残す伝言みたいなもので、主に犯人の名前や、手掛かりなどが書いてあることが多いメッセージなのである。
「ていうかな……」
「はい?」
「なんでクイズ形式なんだ?」
「さあ? 私に言われても……」
「お前、わかるか?」
「いいえ、さっぱり」
「俺にも、わからん」
とその時、
カンコン!
カンコン!
カンコン!
カンコン!
と、隣の部屋から、なにやら物音が聞こえてきた。
「女将さん、隣の部屋は?」
「隣は、卓球場になっております。きっと宿のお客さんが、卓球をされてるんだと思いますが……」
「そうですか」
すると、卓球をしている客の声が、黒川の耳に飛び込んできた。
「いくぞリンリン! タマキンサーブを受けてみろ!」
「はい! 所長!」
「うりゃーっ!」
「キャーッ!」
「ハッハッハッハッ! まだまだ修業が足りないな」
「ていうか所長、ボールを二個いっぺんに打つなんて反則ですぅ~」
「甘いぞリンリン! タマキンサーブと聞いた時点で、ボールが二個飛んでくると推理するべきだ」
「な、成る程……さすがですね。所長!」
「えーそれほどでもあるけどー!」
「アーハッハッハッハッ!」
言うまでもないが、黒川はその声に聞き覚えがあった。
「ま、まさか!」
と思い、黒川は卓球場のドアを開けた。そして、黒川の目に飛び込んできた光景とは、浴衣を着て卓球に没頭している、レン太郎とリンリンの姿だったのである。
そして、
「いくぞ必殺! スペルマスマッーシュ!」
とのレン太郎の声とともに、黒川の顔面に向かって、ピンポン玉が飛んできたのだ。
カコーン!
そのピンポン玉は、見事に黒川のおデコにヒットした。
「い、痛っ!」
「……あ」
「あ、じゃねーよ! あ、じゃ!」
「ていうか、なんで黒川さんがこんなところに?」
「それは、こっちの台詞なんだが」
「ははーん、さては黒川さん……」
「なんだ?」
「実は私の、追っかけですね?」
「違うわーっ!」
と、そこへリンリンが、
「あなたが黒川さんですか? はじめまして。あたし、アシスタントのリンリンと言います」
と、黒川に挨拶した。
「君がそうか。ミホコから話は聞いている」
「あたしも所長から、黒川さんの話は聞いてますよ」
「どんな話だ?」
「えーと、黒川さんは、ミホコさんのことが好きで、でも上手くいかないから、その腹いせに、風俗通いに明け暮れる、素人童貞的ムッツリ刑事だって聞いてますが」
ゴンッ!
黒川の鉄拳が、レン太郎の頭に炸裂した。
「い、痛っ! 黒川さん……」
「適当なことを、入れ知恵してんじゃねーよ!」
「いや、あながち間違ってな……」
ゴンッ!
再び、炸裂した。
「んなことより、なんでお前がここにいるのか、早く言えーっ!」
「い、いや……リンリンが温泉に行きたいって言うから、来てるだけですけど。で、黒川さんはどうして?」
「俺か? 俺は捜査だ」
「……え?」
黒川が捜査と言った途端、レン太郎の目の色が変わった。
「てことは、事件ですね? いくぞリンリン!」
「はい! 所長!」
はだけた浴衣もいとをかし!
がまん汁的パワフル探偵!
名探偵レン太郎!
そしてリンリン!
「シャキーン!」
と、レン太郎とリンリンはポーズを決めた。
「キャーッ! 決まりましたね所長!」
「やったなリンリン! 練習した甲斐があったぞ!」
「イエーイ!」
レン太郎とリンリンは、ハイタッチをした。
「か、完全に……アホが感染している」
黒川は、軽く目まいがした。
「さてさて、現場はあちらですね? じゃあ行こうか、リンリン」
「はーい」
レン太郎とリンリンは、そそくさと隣の待合室に移動しようとした。
「現場に、勝手に入るんじゃねーよ!」
だが、黒川の呼びかけも空しく、レン太郎とリンリンは、すでに現場に足を踏み入れていたのであった。
「ったく、しょうがねーな」
頭をポリポリ掻きむしりながら、黒川も現場へ戻った。
「キャーッ! 所長! し、死体がありますよ! 死体が! あたし、死体を見るの初めてなんですよー!」
「よかったなーリンリン。じゃあ、記念写真でも撮っておくか?」
「所長! それナイスです」
「じゃあいくよー!」
「いいですよー」
「ハイ! チンコ!」
と、レン太郎が写メを撮ろうとしたら、
「勝手に写メ撮るんじゃねーよ」
黒川がレン太郎から、ケータイを取り上げた。
「あ、やっぱダメですか?」
「当たりめーだろ」
「ていうか、このお爺さんの死因は何ですか?」
「毒殺だよ」
「じゃあ、殺人事件ですか?」
「少なくとも、俺はそう見ている。だから、この宿にいる客全員が容疑者だ」
「え……てことは、私も?」
「容疑者だよ」
「え、えぇーっ!
ついに、殺人の容疑者になってしまった、名探偵レン太郎。いったい彼の運命は、どうなるのであろうか。
後編へつづく」
だが、
「なに、勝手にナレーションしてんだ! オメーは!」
「え? だってこの流れだと、後編に続いた方がよくないですか?」
「続けねーよ! 面倒臭い!」
黒川の突っ込みにより、続行となった。
「ていうか、お前ら」
「はい、何ですか?」
「今日の、午後5時から6時の間、何をしてた?」
「アリバイですか?」
「そうだ」
この老人が、誰かに毒殺されたとしたら、この宿に犯人がいる可能性が高い。とりあえず黒川は、目の前にいるレン太郎とリンリンのアリバイを聞くことしにたのだ。
「ていうか、黒川さん。男性の宿泊客は、全員シロですよ」
「なぜだ?」
「その時間は、私の部屋で一緒に、女風呂を覗く計画を立ててましたから」
「男性客全員か?」
「はい、聞いてみてもいいですよ」
「ていうかな」
「なんですか?」
「その計画、実行する気じゃねーよな?」
そう言いながら、黒川は拳を握りしめワナワナしている。どうやら、怒っているようだ。
「ア、アハハ……す、するわけないじゃないですかー! やだなぁーもう」
どうやら、実行する気だったようだ。
とそこへ、
「あのー黒川さん」
リンリンが黒川に話しかけてきた。
「なんだ?」
「この紙切れ、なんですか?」
リンリンが手に持っていたものとは、死亡した老人が握りしめていた、ダイイングメッセージの書かれた紙切れだったのだ。
「ああっ! いつの間に!」
「黒川さんの、足元に落ちてましたけど」
「どれどれ、リンリン見せてみろ」
「はい、所長」
「ふじはひさへつほだふよ……ってなんだ?」
「ヒントは総入れ歯って書いてありますよ」
「黒川さん、これなんですか?」
「それはこの老人が残した、ダイイングメッセージだよ」
「では、これに犯人の手掛かりが書いてあるんですね?」
「ああ。だが、さっぱりわからん」
そう黒川が言うと、レン太郎は難しい顔をしながら、紙切れをじっと見つめた。
そして、
「ふっふっふっふっ……」
と、不敵に笑い出した。
「相変わらず、気持ち悪い笑い方だな」
「そんな事より、わかりましたよ黒川さん。このダイイングメッセージの意味がね」
「マジかよ? オイ!」
「ええ、マジっすよ!」
黒川達でも解けなかった、ダイイングメッセージの謎。果たして、レン太郎が出す答えとは。
「このお爺さんは、女性に毒殺されていますね」
「女性だと? それはなぜだ?」
「このダイイングメッセージには、ふじはひさへつほだふよ……と書かれてありました。んで、この平仮名を漢字に変換するんです」
「で、どうなるんだ?」
この時点で黒川は、とても嫌な予感がしていた。
「ふじはひさへつほだふよ……を漢字変換すると、藤派久江と津保田婦代という、二人の女性の名前が浮かんできます」
「総入れ歯はどうするんだ?」
「この二人のうち、総入れ歯をしている方が犯人なんですよ、きっと」
「……却下だ」
「え?」
「お前の推理は、却下だって言ったんだよ」
「そ、そんな……一生懸命考えたのに」
「変換が強引すぎるんだよ!」
だが、そこへリンリンが、
「あのーあたし、わかったかもしれません」
「え、マジで? リンリン」
レン太郎は身を乗り出した。
「はい、たぶんですけど……」
「じゃあ、一応聞こうか」
せっかくリンリンがわかったのに、レン太郎の強引な推理で、黒川のテンションはすっかり下がってしまっていた。
しかし、それでもめげずに、リンリンは推理を続けた。
「いいですか? まず、ヒントは総入れ歯です。総入れ歯ってことは、歯が全部ないわけですよね?」
「そらそうだな」
「だから“は”が全部ないんです」
「“は”が全部ない……ということは?」
「だからこの、ふじはひさへつほだふよ……から、は行の平仮名を飛ばして読んでみて下さい」
「えーと、●じ●●さ●つ●だ●よ……。自殺だよ、だとぉー!」
「だから、このお爺さんは自殺ではないんでしょうか?」
「そ、そうなるな」
黒川は、妙に納得してしまった。
そして、
「そうか、この老人は、自殺だったのか」
と、黒川は小さくそう呟いた。
見事に事件の謎を説き明かした、名探偵リンリン。
次回は、どんな現場に現れるのであろうか。
(つづく)
と、思われたその時である。
「あの、刑事さん。水をさすようで申し訳ないんですが」
女将が黒川に、話しかけてきた。
「はい、どうしました?」
「実は、いらっしゃるんです」
「いらっしゃるって、誰が?」
「藤派久江さんと、津保田婦代さんって方が、この宿に」
「な、な、なんですってーっ!」
女将の言葉に、黒川は驚きを隠せない。
「ほ、本当ですか?」
「はい、宿泊名簿にちゃんと記入されてます」
そして黒川は、女将からその宿泊客の部屋を聞き、早速その部屋へ向かった。
部屋には女性客が2名いて、アリバイを追求すると、一人の女性が犯行を認めたのである。
その女性の名前は、津保田婦代。愛人関係のもつれから、殺人に到ったとのことだった。ちなみに、総入れ歯をしていた。
こうして、犯人は逮捕されパトカーまで連行された。
温泉宿の外──。
黒川達は、パトカーで帰るところだ。見送りには、リンリンがきてくれている。
「黒川さん、犯人逮捕できて良かったですね」
「ああ、いろいろ騒がせてすまなかったな」
「いいえー、楽しかったですよ」
「ところでリンリン」
「はい?」
「ミホコから聞いたんだが、どうして探偵になりたいんだ?」
するとリンリンは、少し寂しそうな顔をして話し始めた。
「実は、あたしには生き別れになった兄がいるらしいんです」
「……らしい?」
「ええ、あたしはまだ赤ん坊だったから、覚えてないんですけど、探偵事務所にいれば、いつかは兄の手掛かりがつかめる思って」
「そうだったのか……だったら、もっとマシな探偵事務所の方がいいんじゃないのか?」
「いいえ、あたしあの事務所がいいんです」
「そうなのか?」
「あの事務所じゃないと、ダメなような気がするんです」
「そこまで言うならしょうがないな。じゃあ、セクハラに気をつけろよ」
黒川は、そう言い終え帰ろうとしたが、レン太郎がいないことが妙に気になった。
「おい、リンリン」
「はい?」
「あいつはどこ行ったんだ?」
「所長ですか? 所長なら、男性客を集めて、露天風呂の方へ行ったみたいですけど」
「ったく、しょうがねーな」
そう言いながら黒川は、めんどくさそうに、再び温泉宿へと向かった。
見事に事件の謎を解明した、名探偵レン太郎。
次回は、どんな現場に現れるのであろうか。
「テメーら全員逮捕するぞーっ!」
「アヒャー! まだ、覗いてませーん!」
(つづく)
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