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ナースDEパラダイス
しおりを挟むとある病院で、入院患者の若い男性が、病院の屋上から転落死するという事件が発生した。死亡したのは、村井タケシ、24歳。
警察は当初、闘病を苦にしての自殺とみていたが、司法解剖の結果、微量の睡眠薬が検出されたことがわかった。
しかも、その患者の病気は、決して治らないものではなく遺書も書かれてはいなかった。
警察は、誰かに突き落とされた可能性もあるとみて、捜査を始めた。そして、この事件の担当は、女刑事、栗原ミホコ。
ミホコは早速、事件が発生した病院へと到着した。そして、病院に入るとミホコは、その死亡した男性患者の、担当看護師に話を聞くために、ナースステーションへと向かったのであった。
ナースステーションにて──。
「あの、ちょっとすみません」
ミホコは、ナースステーションにいた一人の看護師に声をかけた。
「はい、何でしょうか?」
見た感じ、二十代半ばの女性看護師だ。
「あのー先日亡くなった、村井タケシさんの、担当看護師の方はどちらに?」
「あっ、はい、私ですが……」
(よしっ!)
いきなりのビンゴで、ミホコは小さくガッツポーズをした。
「私は、警視庁捜査一課の刑事で、栗原ミホコといいます」
と、ミホコは警察手帳を見せた。
「私は、この病院の看護師の、神田トモミです」
「神田トモミさんね。トモミさんって呼んでいいかしら? あたしの事もミホコでいいから」
「あっ、はい、ぜんぜん構いません」
これは、聞き込みの際にミホコがよく使うやり方で、お互いをファーストネームで呼び合う事により、親密度をアップさせ、より多くの詳しい情報を聞き出すことができるのだ。
「じゃあ、トモミさん。聞いていいかしら?」
「はい、どうぞ」
「亡くなった村井さんは、どんな人だったのかしら?」
「とてもカッコイイ人でした。人あたりも良くて、ナースの間では人気がありましたね」
「どんな病気だったの?」
「盲腸です」
「盲腸?」
「はい、手術は必要でしたが」
「そう……」
トモミの話を聞いて、ミホコは考えた。
人あたりが良くてカッコイイ男が、手術が必要とはいえ、盲腸で自殺するだろうか。
(やっぱり、他殺の線は消せないわね)
ミホコはそう思った。
「最後にもう一ついいかしら?」
「はい」
「村井さんは、自殺だったと思う?」
「ええ、自殺だと思います」
「……え?」
ミホコの考えとはうらはらに、トモミは自殺だと言う。担当看護師にしかわからない事情でもあるのだろうか。
「どうして、自殺だと?」
「彼は手術の後も、傷口が痛いと言って、鎮痛剤や睡眠薬を多量に服用していました」
「……彼?」
「なにか?」
「何でもないわ、続けて」
「こんなに痛いなら、死んだ方がマシだとも言ってました」
「だから、自殺だと?」
「ええ、そうです」
「……そう、わかったわ」
「お役に立ちましたか?」
「ええ、いろいろ聞けてよかったわ。じゃあ、あたしはこれで……」
「はい、お疲れ様です」
(でもなんか腑に落ちないわ)
そうミホコは思ったが、聞くことは全部聞いたし、これ以上いても仕方ないので署に戻ることにした。
だがその時、
「キャーッ!」
と、廊下の先から、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「な、何かしら?」
ミホコが悲鳴の聞こえてきた方を見ると、一人のナースが、何かから逃げるように走ってきた。
「どうしたの?」
ミホコは、そのナースに聞いた。
「せ、先生が、お尻を……」
「先生が?」
とそこへ、聞き覚えのある声が、聞こえてきた。
「せっかく診察してあげようとしてるのに、逃げなくってもいいじゃなーい」
「ま、まさか……」
恐る恐ると声の主の方を見ると、そこにはなんと、白衣を着て医者になりすましたレン太郎が、スケベ顔でナースを追い掛け回していたのであった。
「ちょっと、あんた!」
ミホコは、レン太郎を怒鳴り付けた。
「……え」
レン太郎は、ミホコの方を振り向いた。
「……えへ」
レン太郎は、軽く笑ってみた。
「えへ、じゃないわよっ!」
だが、ミホコは軽くキレている。
「あっ! そうだ!」
「なによ」
「私は診察がありますので、これで……」
レン太郎は、その場を立ち去ろうとした。
「逃げんなーっ!」
「ていうか、何でミホコさんがここにいるんですか?」
「それはこっちの台詞よ。しかも、何で医者の格好なんか……」
「それには訳があります」
「訳?」
「でも、それをお話する前に……」
そう言いながらレン太郎は、着ていた白衣を脱ぎ捨てた。
お注射しましょう
お好みサイズ!
伸縮自在なおまかせ探偵!
名探偵レン太郎!
「ニョキーン!」
と、ついでに、ズボンとパンツも脱ぎ捨てていた。
「早くパンツを履けーっ!」
「おっと、これは失礼」
だが、
「キャー!」
それを見ていたナース達は、なぜか黄色い悲鳴をあげている。
「あんたらも喜ぶなーっ!」
「まあまあ、ミホコさん。そんなに、怒んない怒んない」
「ていうか、何でここにいるのか、早く言いなさいよ」
するとレン太郎は、急に真面目な面持ちになった。
「実は私は、ある組織の、潜入捜査中なんですよ」
「ある組織って?」
「白の組織です」
白の組織──。
レン太郎の口から発せられた『白の組織』とは、いったいどんな組織なのだろうか。
「なにそれ?」
「白の組織とは、白ずくめの服を身にまとい、男を魅了し、なおかつ食い物にしている、ふてえ女の組織です」
「白の組織って、もしかして」
ミホコは、指をパキパキ鳴らした。
「白ずくめの服ってナース服?」
「そうです」
「男を食い物って治療費?」
「そうです」
「それであんたは、医者の格好をして潜入捜査をしてるって訳ね?」
「さすがミホコさん。話しが早いで……」
ボス!
と、レン太郎が言葉を言い終わる間もなく、ミホコはレン太郎の腹に、グーで一発入れた。
「びぼごばん……びぼいべず」
(訳・ミホコさん……ヒドイです)
「さて、帰るわよ。トモミさん、お邪魔したわね」
「あ……はい、どうも」
一部始終を見ていたトモミは、顔を引きつらせながら、ミホコを見送った。
「じゃあね」
ミホコはトモミに軽く手を振ると、うずくまるレン太郎を引きずりながら病院を出たのであった。
そして病院の外──。
「じゃあ、あたしは署に戻るから、あんたも大人しく帰るのよ」
ミホコは、レン太郎を指差しながらそう言った。
「はーい。わかりました」
レン太郎は、ふて腐れながら返事をした。
(まったくもう……)
そうミホコが、思っていると、レン太郎が話し始めた。
「ところで、ミホコさん」
「なによ?」
「ミホコさんは、何でこの病院に?」
「何でって、転落死の捜査よ」
「村井タケシの?」
「よく知ってるわね」
「ええ、色男でナースにモテモテでしたから、覚えてるんです」
「あんた、いつからこの病院にいたの?」
「もう、かれこれ一週間くらいですが……」
「あんたの行動も問題だけど、この病院の管理体制にも問題があるわね」
ミホコは、呆れてため息をついた。
「じゃあミホコさん、私はこの辺で失礼します」
と、帰ろうとするレン太郎を、ミホコは呼び止めた。
「ちょっと待って」
「なにか?」
「一週間ってことは、村井タケシが死亡するまでの様子も、見てきたってことよね?」
「ええ、知ってますけど……」
「どんな様子だった? 例えば、痛がったりとかしてなかった?」
「いいえ、元気でしたよ。トモミさんとスゲー仲良くしてましたし。あと、彼女も見舞いに来てましたね」
「彼女が見舞いに来たのっていつ?」
「え? 死ぬ前日ですけど」
「なんですって!」
ミホコは、声を荒らげたまま話し続けた。
「あんたはそんな大事なこと、なんで早く言わないのっ!」
「だって、聞かれなかったんだもーん」
「ガキみたいなこと言ってんじゃないわよっ!」
そう言うとミホコは、再び病院に向かって歩き始めた。
「ミホコさん、どちらへ?」
「ちょっとね、確かめたい事があるの」
「私も行きまーすっ!」
「ついてくんなーっ!」
だが、ミホコの必死の抵抗も空しく、結局レン太郎はついてきてしまった。
再びナースステーション──。
幸いな事に、トモミはまだナースステーションにいた。
「何度もごめんなさい。ちょっといいかしら?」
「あらミホコさん、お帰りになったんじゃないんですか?」
「ヤッホー! レンちゃんトモミさんに会いたくて、戻って来ちゃった!」
「あんたは、黙ってろ!」
「こ、怖い……ミホコさん」
レン太郎は、蛇ににらまれた蛙のように静かになった。
「トモミさん、大事な質問があるんだけど、いいかしら?」
「え、ええ……どうぞ」
「あなた、村井タケシのことを、好きだったんじゃないの?」
その問いに、トモミの動きは止まり、ミホコから目をそらした。だがミホコは、トモミを見据えたまま話し続けた。
「トモミさん、あなたは、村井タケシが好きだった。そして、彼もまた、あなたのことを好きだと言った……違う?」
トモミは、うつむいたまま黙っている。だが、ミホコは話を続けた。
「あなたは、彼が退院したら付き合えると思っていた。でも、その思いは、村井タケシの彼女が見舞いに来たことで、打ち砕かれた。そうよね?」
「……だから?」
と、トモミはゆっくりと顔を上げた。
「だから、何だって言うんですか? 看護師が、患者に恋しちゃいけませんか?」
今度は逆に、トモミがミホコに詰め寄った。だがミホコは、それに怯む事なくこう言い放った。
「あなたが殺したんでしょ? 自殺に見せかけて」
「な、何を根拠に……」
「そお? 殺す動機としては、十分だと思うけど」
「いくらなんでも、患者さんを屋上まで連れて行って、突き落とすなんて出来ません」
「へえ、呼び出したんじゃなくて、連れて行ったんだ?」
「……あ」
ミホコは、してやったりの表情だ。
とそこへ、レン太郎が話に割り込んできた。
「ミホコさんって、探偵みたいですね?」
「あんたが、不甲斐なさ過ぎんのよ!」
「よかったら、私の助手になりませ……」
ガン!
言葉をいい終わる間もなく、ミホコのかかと落としが、レン太郎の脳天に炸裂した。
「何であたしが助手なのよ!」
レン太郎は、その場に倒れ込んでしまった。
「これでしばらく静かになるわ。さて話の続きよ」
ミホコは、乱れたスーツを直しながらトモミの方を見た。
「普通、屋上へ呼び出したとしても、突き落とすのは困難だわ。だからあなたは、睡眠薬で眠らせてから車椅子で屋上へ連れて行き、突き落とした」
「そんなの言い掛かりです」
「そうかしら? 村井タケシの遺体からは、睡眠薬が検出されているのよ」
「それは彼が、痛くて眠れないって言うから……」
「それはウソよ」
「どうしてウソだと?」
「村井タケシは、手術後も元気で順調に回復していたわ。睡眠薬なんて飲んでいない。ちゃんと証言もあるわ」
「…………」
「後でカルテを調べればわかることよ」
すると、トモミは涙を流しながら話し始めた。
「だってあの人、あたしに付き合ってくれって言っくせに、彼女がいたんですよ。だからあたし、悔しくって……」
「それは、自白と受け取っていいのかしら?」
ミホコがそう言うと、トモミは何も言わずに小さくうなずいた。
そして、ミホコの連絡により、駆け付けたパトカーまで連行された。
「ねえ、ミホコさん」
トモミは、パトカーに乗り込む前に、ミホコに声をかけた。
「なに?」
「どこから、私が犯人だと思ってたんですか?」
「あなたは、村井タケシのことを村井さんではなく彼だと言ってたわ。普通、看護師が、患者をそういう風には言わないでしょ?」
「それだけでわかったんですか?」
「いいえ、確証は全然持てなかったわ。まあ、しいて言うなら……」
「言うなら?」
「女の勘……かな」
ミホコがそう言うと、トモミは納得した様子でパトカーに乗り込んだ。そして、ミホコも続いて、パトカーに乗り込もうとした。
だが、その時である。
「キャーッ! 痴漢よー!」
と、病院の方から、悲鳴が聞こえてきた。
「あ、あいつのこと、すっかり忘れてた」
あいつとは、言うまでもなく、レン太郎のことである。
「ゴメン、先に署に戻っててくれる?」
パトカーに同乗している刑事に、そう告げるとミホコは、再び病院へと向かって歩き始めた。
もちろん、レン太郎を連れ戻すために──。
そして10分後──。
顔をボコボコにされたレン太郎が、ミホコに引きずられ病院から出てきた。
「ミ、ミホコさん……も、も少し手加減して下さい」
「うるさい! 殺されなかっただけでも、ありがたいと思いなさい!」
そして、事件は幕を閉じた。
今回は、まったく見せ場がなかった名探偵レン太郎。
次回は、どんな現場に現れるのであろうか。
「白の組織の調査が、まだ終わってませーん!」
「やかましいっ!」
(つづく)
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