この身が朽ち果てる前に

レン太郎

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隠し子のブルース

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 ちょいと昔のことだが、当時、私が働いてた会社の先輩の話をしたいと思う。
 その先輩は、仕事ができた。ヒヨッコの私は、その先輩から日々ビシバシと鍛えられ、なんとか仕事をこなす毎日を送っていた。
 だがその先輩、仕事ができる反面、とてもお金に対してだらしないという一面も持っていた。

 飲み屋に行っては「ツケといて」と言うのは当たり前。ツケがきかない時には、可愛いはずの後輩の私に「払っといて」という始末。噂では、いろんな飲み屋のツケの総額が、百万くらいあるというのだから、ヒポポタマスもびっくりである。
 だが、こんな金にだらしのない馬鹿野郎にも、彼女というのが存在した。

「世の中、物好きもいるもんだな」

 そう私は思っていた。

 私はその彼女と仲が良かった。といっても、職場の同僚という意味で、決してベッドで一夜をともにする仲という意味ではない。どんなに女に飢えてる私でも、さすがに馬鹿野郎の女に手を出すほど愚かではないのだ。

 そんなある日、私はその彼女から相談を持ち掛けられることとなる。

「アタシお見合いしようと思ってるの」と。

 詳しく話を聞くと、どうやら彼女は、馬鹿野郎と付き合っていることを両親に言えないようだ。
 それはそうだ。「借金まみれの飲んだくれの大馬鹿野郎と付き合っているから、お見合いしないわ」なんて、普通の神経で言えるわけがない。もし言えるなら、彼女もまた馬鹿野郎である。

 正直な私は、彼女に見合いの話を勧めた。聞けば、見合いの相手というのは、お医者さんで性格もよく、ルックスもバッチリだということだったからである。どうあがいても、馬鹿野郎に勝ち目はない。
 馬鹿野郎なんかと結婚したら、将来はない。お先真っ暗。夜逃げ確実なのは明白である。
 しかし、私のネズミ講ばりの勧めの後に、彼女はこう呟いたのだ。

「でも、好きなのよね」と。

 嗚呼、先輩……。
 アナタは本当に、愚か者のウルトラ馬鹿野郎だ。

 こんなにも想ってくれている彼女がいるというのに、アナタは生活態度をまったく改めず、さらには、とってもキュートな後輩の私に、三万円もの借金までしているのだぞ。

 私は彼女に言った──。

「見合いしろ。そして幸せになるんだ」と。

 数週間後、彼女は見合いした。そしてめでたく、その見合い相手とゴールインを決めた。
 それでいい。それでいいんだ。
 私は彼女の幸せを祈ると同時に、いまだに返ってこない三万円の生還を祈っていた。

 一方、馬鹿野郎はというと、
彼女に捨てられて少しは改めたかと思いきや、相変わらず借金まみれで飲んだくれていた。おそらく、こやつに何を言っても無駄であろう。私は、まったく気にすることもなく、日々仕事に励んでいた。

 そんなある日のこと──。
めでたくゴールインした彼女が、可愛い赤ちゃんを抱えて、見合いした旦那と一緒に会社に遊びにきていた。私は嬉しくなり、おもわず彼女の元へと駆け寄ろうとした。
 だがその時、馬鹿野郎が私を呼び止め、こう呟いた。

「あれ、俺の子なんだ」と。

 私は意味がわからなかった。

あの愛らしいベイビーが、馬鹿野郎の子供だと?
 馬鹿野郎は何も言わずに、彼女に視線を送りニヤリと笑っていた。また彼女も、それに応えるかの如くニヤリと笑っていた。私はその状況で、すべてを悟ってしまったのだ。

 要するに彼女は、愛する馬鹿野郎との子供が欲しかったのである。だが、生活態度を改めない馬鹿野郎と結婚するのが不可能だと判断したので、「せめて子供だけでも」と考えたのだ。
 あのベイビーが、結婚が決まってから馬鹿野郎が“仕込んだ子供”だとすると、きっとあの旦那は、あのベイビーを自分の子供だと思っているに違いない。

 嗚呼、なんて恐ろしい……。

「妊娠した」というのは、女にしかわからない。そして「アナタの子よ」と言われたら、男は信じるしかない。なので、あの旦那はベイビーを自分の子だと信じるしかないし、疑う余地もなかったであろう。
 もし「誰の子だ!」なんて言った日には、女は泣きながらこう呟くだろう。

「アナタ以外、誰がいるっていうの」と。

 男はそれを聞き、強い後悔の念に駆られ、そして安堵するのだ。

「よかった、俺の子だ」と。

 私は、そんな図式を目の当たりにしてしまった。もはや、私が口を出すレベルの話ではない。私はこの事実を、誰にも言わずに、墓場まで持っていくことを決めた。
 そうすることが、最善だと思ったからである。

 ただ、貸した三万円は早く返して頂きたいと、切に願うのであった。
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