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グランディア編

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   「愛、なるほど、愛ね。それより先に、フェアリオさんと、フェアリー…プさんの事なのだけれど、あの方たち、あそこから出してからでは駄目かしら?」

   否定を頷いたエンヴィーに、リリーは「ふーむ」と考え込む。それに黒の目は眇められた。

   「貴女こそ、私の話を正確に聞いているのか?」

   「ええ、聞いています。でも愛は取りあえず置いておいて、彼女たち、土の中は良くないと思うのよ」

   「…………は、聖女と呼ばれる異物が最終的に入る場所。過去の文献では子を産み役目を終えた後に聖女の柱になるが、私の考え通り、生きたままの方が強い力を魔法紋に与えている」

   「魔法紋て、あの空の?」

   「フェアリオが提案した異界の物の中で、デンチという携帯出来る力があった。それは主祭司が求める物ではなく廃棄された案だったのだが、私はネルで代用してみた」

   『電池?』

   「ネルの力を、生きたままの異物に加えれば、力が強くなるのではないかと。その考えは当たっていた。ネルにより力を増幅させた異物の生命と繋がった三叉の矛は、かつて無いほどに色濃く輝いている」

   空に浮かぶのは、血の様に赤い二又の槍。だがリリーは、内容を理解できずに憮然とそれを見上げた。

   「ええーっと、『電池』で力が増した事は分かりました。それにより?」

   「故に土から出して、あれを外すと命が停止する」

   「え……? 命が停止するって、つまり、し……」

   身動きせず、穴の中に座るフェアリオの姿を思い出す。見開いた目は、瞬き無く目の前の土の壁を見ているだけだった。

   「……そんな」

   「では私に愛を下さい」

   静かな泉の畔。ゆっくりと近付いてきた灰色の祭司に、青いドレスは、同じ分だけ後ろに下がる。それに眉をひそめたエンヴィーに対して、リリーは片手を前に翳すと五指を開いて主張した。

   「具体的に、何の愛を求めているのか、その場で動かずに言ってちょうだい」

   「触れなければ、愛は貰えない」

   「親愛、博愛、友愛、甘味愛などなど、お日さま今日もありがとうとか、気持ちで伝えられる愛なんて、探さなくても直ぐ手に入る。自分次第よ」

   リリーを見つめる黒の瞳は少し間を置き、内容に首を傾げた。

   「愛とは、性交渉の事なのでしょう?」

   「???」

   何を言ったのかと、蒼い瞳はきょとんと見開きエンヴィーと同じ様に首を傾げる。そして聞き間違えたのだと、次の言葉を待ってみた。

   「ダナーの娘は生まれてすぐに、不幸になるべきだと呪われる。だけど周囲に護られ十七歳になった。私に似て非なるもの。そんな貴女から愛を貰えれば、私はそれの理解が出来る」

   「……………………ええーっと、ええーっと、ええーっと、ええーっと、少し、考えさせてもらえるかしら。ではなくて、それは、私とではなくても、お好きな人と、お好きになさったら良いのでは?」

   話の流れに、突き出した片手はそのまま、リリーはじりじりと後ろに下がる。だがその分、エンヴィーもその距離を詰めていく。
   
   「何度試してみても、愛が何かは分からなかった」

   「それは、お互いが想い合って、お互いが同じ気持ちでないと、意味がないのよ。きっと」

   「そんなはずはない。彼らは、幼い頃から無理やり愛を与えられている」

   「彼ら? ……幼い彼らが無理やり?」

   恐怖に引けていた腰は、エンヴィーの話の内容にぴたりと止まった。

   「召喚される異物は、多くが王族か貴族の者と子供を残す。だが私の血族となった異物は、盗賊との子供を産んだ」

   「…………」

   「盗賊の血筋だから、私はを主祭司様から与えられなかった」

   異界から異物を召喚すると、その中の数人は王族と子を産んだ。子は境会に管理され、エクリプスの姓を与えられる。子の子も代々灰色の外套を纏う祭司となった。

   だがある異物が、王族ではなく盗賊との子を産んだ。異物と盗賊の子は他の祭司とは違い冷遇され、赤い外套を纏う高位祭司からは忌み嫌われた。その子孫は今回、境会名をエンヴィーと呼ばれたが、役目として子を産んだ者から、名を与えられる事はなかった。

   ーー「この国の大権力は三つ。左大臣公家アトワ、右大臣公家ダナー、そして王家グロードライト」

  灰色の外套を纏う者達が集う特別授業。

   ーー「光は左手に、闇は右手に」

  しわしわの両手は、左手、右手と広げられる。

   ーー「善悪の話ではない。光も闇も、同等に必要な力であり、どちらか一方に片寄ってはいけない」

  高貴な者だけが学べる境会の古びた学舎に、盗賊の血族のエンヴィーは入る事が出来なかった。

   ーー「天秤は、王だけが手に出来る神器」

  嗄れた声、教壇に立つ老婆の姿を見上げるのは、選ばれた数人の子供たち。それを影から見ていた。

   いつも一人だった。

   表に出るのは男の祭司だけ。女の祭司は子を産むと、しわしわになるまで大聖堂裏の小さな聖堂で一生を過ごし、そこで男祭司の衣服を洗い、食事を作り、子供たちに境会の教えを学ばせる。

   その教えにも参加する事は出来ない。衣服や食事は用意されるが、声をかけられる事はない。エンヴィーは存在がないものとして扱われていた。

   少年期になると、左右の各地から核を持ち帰る様に仕事を与えられた。そこで様々な者と出会い、盗賊という者たちの事も学んだ。

   そして青年期になると、召喚異物との連絡役や、学院の教師の職を押し付けられた。

   好奇心があった幼少期、いつか自分にも愛が与えられると思い続け、老婆の話を影で聞き、独学で学んだ境会の教えが役立った。

   「王族や貴族、品の良い者の真似をしたって意味なんてない。流れる血の、盗賊の品性を学んでも、やはり彼らにも受け入れられなかった。残るは異物の品性を学ぼうと思ったのだが、気付くのが遅かった」

   既に土に埋めて、後からそれに気が付いた。
   
   「もう、貴女しか居ない」

   「…………」

   「アイの呪いから外れた、十七歳になった貴女なら、私に愛を与えられるはずだ」

   
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