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アーナスター編

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   異界にリリーを送ると言った。耳を疑った者たちは、言ったエンヴィーに注目する。

   「あり得ない。意味が分かりません」

   怒りを顕にしたセオルに、きょとんとエンヴィーを見つめる蒼い瞳。

   「なぜリリー様を……! そうか、それが、境会アンセーマの目的だったのですね!?」

   考えがまとまらず、辻褄の合わない言い掛かりばかり思い浮かぶ。だが冷静に首を振ったエンヴィーは、今度は目を逸らさずにリリーに向き合った。

   「貴女が私だけに教えてくれた。異界へ送る、意味が分かりますね」

   「……」

   目の前で、リリーはエンヴィーに何かを耳打ちしていた。それに怒りが沸き上がり、アーナスターは数歩前に出る。

   エンヴィーに見つめられたままのリリーは、暫し何かを考えていたが、こくりと頷いた。

   「…………わかったわ」

   「!!」

   「姫様!!」

   絶望に、それを見た。

   「駄目です。必要がありません」

   引き留めたセオルを見上げてリリーは首を振る。

   「あるのよ。きっと、ここはそういうなの」

   「場面? 何を言っているのですか? いいですかリリー様、エンヴィー祭司の言っている事は冗談ではありません」

   「わかってる。私も冗談を言っていない。これはきっと、皆を助けるために必要な事なの」

   「リリー様!!」

   凛と胸を張って、祭壇に歩き始めたリリーの腕を、セオルの強い力が掴んだ。それを振り返ったリリーは、にっこりと笑った。

   「だって私は、悪役なんだもの」

   「!?」

   「何をしたって悪役なんだから、これ以上、悪くなる事なんて何もない」

   「……」

   「悪くなりようがないなら、前に進むしかないでしょう?」

   頷くと、掴んだセオルの手をポンポンと叩いた。そして束の間、緩んだ手を外すと前に歩き出す。

   「きっと大丈夫。何もかも、上手くいく」

   「行かせません」

   踏み出したリリーを、背後からセオルが強く抱き締めた。  


   ーーガラァーーーーン……。


   蒼い瞳は、悲しげに空を見上げた。

   「この鐘の音は、私を呼んでいるんだわ」

   「気のせいです。私には、鐘の音なんて聞こえません」

   「ウオオッ!!」

   「!!」

   走り寄り、渾身の力でエンヴィーを長剣で一線した。だがその動きはとても遅く、難なく躱され体勢を崩すと、エレクトはその場に両腕をついた。

   「セオル、お前が敵ではないのなら、姫様を、ここから、連れて行け」

   肩で息をするナーラも、剣を構えて切先をエンヴィーに突き付ける。明らかに様子がおかしいダーナの騎士を前に、セオルは戸惑い二人を見たが、祭壇を見て目を見開いた。

   「エンヴィー祭司、貴方が言っていた。聖女が、異界と繋がっているから異界を引き寄せると」

   ひたとエンヴィーを見つめたセオル。それにエンヴィーは、無言で肯定した。

   「その、聖女を還したのに、まだ異界と繋がっている」

   エンヴィーの振り返った先、短い階段の上の壊れた祭壇。今も光る柱の中には、横たえたはずの二人の姿が無くなっている。

   「還したのに、まだ……繋がっている?」

   セオルの疑問に再び顔を向けたエンヴィーは、抱き締められたままのリリーを見つめた。

   ーーガラァーーーーン……。

   「セオ、放して。鐘が鳴っている」

   「……」

   ーーズゥーーン……。

   森に落ちた魔法紋の破片。地響きは聞こえるが、鐘の音など聞こえない。そしてリリーを見つめる黒の瞳がセオルに向けられると、手を放せと暗に告げた。

   「セオル」

   同じ様に非難の言葉がリリーから発せられたが、セオルはエンヴィーを凝視したまま、乾いた唇を開いた。


   「が理由なら、リリー様より聖女と繋がっている者がいる」

   
   「あっ!」

   セオルが抱き締めるリリーの腕を、強く引かれて離された。身動ぎしたリリーが驚き振り仰ぐと、背後には、青ざめた顔に口の端から血を流すアーナスターがいた。

   「ぴ、ピアンさん、」

   「許さない」

   至近距離で構えたボーガンは、ガクガクと震える手でセオルに向けられる。
   
   「私より、リリー様と、同じ、許さない」

   だがその手を横に押したのは、アーナスターが必死に掴んだリリーだった。

   「武器これは、セオルに向けないで」  

   「…………」

   リリーの責めるような蒼い瞳を、アーナスターは愕然と見つめた。そして無理をして動いた対価に、込み上げる苦痛と共に血を吐きよろめく。

   介抱に背を撫でるリリーを見ていたセオルは、青ざめた顔色でリリーにすがり付くアーナスターに視線を移す。

   「……不安しかありません」

   「……」 

   「ですがリリー様、貴方の幸せだけを祈っています」 

   「セオ?」

   何の事かと問いかけたリリーの腕に、アーナスターはしっかりとしがみつく。それを怪訝に見たセオルだが、踵を返すと祭壇に向かって歩き出した。

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