上 下
142 / 211
アーナスター編

82

しおりを挟む


   受け入れられる者と受け入れられない者がいる。

   大聖堂の裏の森には、それを受け入れられない少年たちが訪れる。エンヴィーは、身を清めるための泉の近く、木の影で身を丸め何度も嘔吐く白の短外套の少年を見ていた。

   エンヴィーが受ける事が出来なかった愛を、主祭司から受けた少年の顔は美しいが、何度も嘔吐し蒼白になり目に生気はない。

   木に手をついてよろよろと立ち上がった少年の足の内側には、赤い血の筋が足首に伝っていた。

   「……?」

   森の片隅にある破壊された旧教会の小さな神殿跡地。エルロギア神の石像の残骸横、瓦礫に囲まれた泉にたどり着くと、空から異様な空気が流れ込んできた。その気配に気付いたのか、少年も青ざめた顔で空を仰ぐ。

   異様な気温、異様な湿度、熱いような寒いような、重いような軽いような、息苦しいような苦しくないような、えもいわれぬ感覚が身体に纏わりつく。    

   「……主祭司が、動き出した」

   呟いたエンヴィーは、泉に足を入れた少年に背を向けると森の奥に消えていった。


 ** 


   「皆さま、起きて、」

   木々の間から現れた灰色の外套祭司たちは、倒れるダナーの騎士を跨ぎ越し、静かにリリーに近付いてくる。

   よく見ると外套の袖口からは、長い刃が下がっていた。

   「居たぞ、あれだ」

   外套の一人がファンを指差した。それを見て倒れるファンを抱え込んだが何も出来ない。リリーは、ファンの上着を握る自分の指や腕が、ガクガクと震えている事に気が付いた。

   「皆さま、お願い、」

   男たちは、地に伏すメイヴァー、エレクト、ナーラを過ぎて、ゆっくりとリリーの前に迫り来る。

   「……皆さま、」

   少年をしっかりと抱え込み、灰色の外套の男たちを見上げる。リリーには、目の前に来た祭司たちの、目深に被る外套から笑う口元だけが見えた。

   笑う男が手にする剣を振り上げた。

   「一石二鳥だ」

   「!!」

   曇天を突き刺した白い刃に、リリーは強くファンを抱きしめ両目を瞑った。

   「待て、右側ダナーの令嬢は、なぜ起きているのだ?」

   「!?」

   声かけに、振り下げられた刃はリリーの頭上寸でで止まる。
   
   「そういえば、そうだな」

   「なぜ我らだけが受ける異界の恩恵を、魔力が強い奴隷ならまだしも、この令嬢が?」

   目を瞑り震えてはいるが、リリーはしっかりとその場に座っている。振り返り確認するが、ダナー屈指の騎士達が為す術なく倒れる中で、リリーだけが起き上がっていた。

   「因果律が効いていないのか?」

   「…まあいい。この機を逃してはいけない。令嬢は始末してがっ!!」

   「!!」

   ドサリと倒れた一人を驚愕に見ると、その背後には剣を両手に侍女が立っている。

   「馬鹿な!」

   慌ててそれに向き合うが、横合いから一人二人と次々に斬り倒された。

   「皆さま!!」

   立ち上がって剣を手にするのは三人の騎士。メイヴァーとエレクト、そして鬼気迫るナーラの姿に六人の祭司が瞬時に倒され、残された一人は走り逃げた。

   「くそ!」

   形振り構わず近くの森へと走る。だが木の影から現れた灰色の外套姿に、安堵してそれを目指した。

   「奴ら、因果律が効いていない! きっと調整が弱いのだ! ……え、」

   逃げた現状を言い訳した祭司の男は、すがり付いた仲間が振り上げた剣を目にした。

   「姫様」

   「ナーラ様!!」

   膝まで震えて立ち上がることに苦労したが、前のめりになりながらもリリーはナーラに抱き付いた。

   「?」

   いつもならそれを受け止めてくれる女騎士は、今は身動きせずに肩で息をしている。

   「どうしたの?」

   見ると少し離れているエレクトとメイヴァーも、同じ様に立っているのがやっとの状態だ。

   「因果律に逆らうからそうなるのです」

   「!!」

   逃げたと思った灰色の祭司がこちらに向かってやって来る。それに身を固めたリリーは、祭司が目深に被った帽子を外すと現れた顔に「あ!」と声を漏らした。

   「エンヴィー・エクリプス」

   先生とも祭司とも敬称はなく、生徒に呼び捨てされた。そして自分が真横を通り過ぎても、歯を食い縛りその場に立つ事がやっとの騎士たちを横目に口の端を上げる。

   数歩手前で止まったエンヴィーの前、リリーとの間を遮る様に進み出たナーラだが、血を吐いて膝を付いた。

   「ナーラ様!!」

   伸ばしたリリーの手は、ナーラに届く前に冷たい大きな手に掴み握られる。思ったよりも強い力に、「うっ」と苦鳴がこぼれ出た。

   「さすがダナーの騎士。将軍位を持つ者たちが一生徒の護衛とは、ただの誇張だと思っていたが、そうではないようだ」  

   ーーブンッ!

   「!」

   ーーガッ!!

   背後から聞こえた風切り音に、掴んだ手を離してそれを躱す。

   メイヴァーが空を斬った直後にエンヴィーを両断したはずのエレクトの長剣は、重く地面に落ちただけ。

   「グハッ」

   ナーラと同じ様に二人は血を吐き、その場から動けずに立ち止まった。

   「逆らわない方がいい。今この空間は、異界の因果律により支配されている」

   「異界の?」

   「地に伏せろと身体が従うのならば、それに逆らってはいけない。苦しいだけでしょう」

   「…………」

   「まず逆らって動く事があり得ない。称賛します。ダナーの将軍たち。故に、」

   膝を付いたまま、今も倒れない三人の者たち。それをぐるりと見たエンヴィーは、視線をドレス姿の令嬢で止めた。

   「貴女はやはりおかしい。異物の言葉を話し、因果律から外れ、私と同じ様にこの場に普通に立っている」

   「??」

   「なのに私と同じではない、貴女は一体何者ですか?」
    
          
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

秋鷺 照
ファンタジー
 断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。  ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。  シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。  目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。 ※なろうにも投稿しています

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

乙女ゲーム(同人版)の悪役令嬢に転生した私は、ついてる主人公に付き纏われる

華翔誠
ファンタジー
私は、どうやら転生したようだ。 前世の名前は、憶えていない。 なんだろう、このくだりに覚えが?猫?夏?枕?まあ、そんな事はどうでもいい。 私の今の名前は、アウエリア・レン・フォールド、8歳。フォールド家の一人娘であり、伯爵令嬢だ。 前世では、多分、バンビーだったと思う。 よく思い出せぬ。 しかし、アウエリア・レン・フォールドの名前は憶えている。 乙女ゲーム「黄昏のソネア」の登場人物だ。 まさか、乙女ゲームの世界に転生するなんて・・・、いや某駄目ろうでは、ありきたりだけど。 駄目ろうとは、小説家になろうというサイトで、通称が駄目ろう。駄目人間になろうっていう揶揄らしいのだが。 有名な面接系の本には、趣味に読書はいいけど、決して小説家になろうの名前は出さない事と書かれている。 まあ、仕事中に読んだり、家で読み過ぎて寝不足になったりと社会的には、害のあるサイトとして認定されつつあるからね。 それはどうでもいいんだけど。 アウエリア・レン・フォールドは、悪役令嬢である。 それも殆どのルートで処刑されるという製作スタッフに恨まれているとしか思えないような設定だ。 でもね、悪役令嬢とはいえ、伯爵令嬢だよ?普通は処刑なんてされないよね? アウエリア・レン・フォールドさん、つまり私だけど、私が処刑されるのは、貴族学院卒業前に家が取り潰しになったからだ。何の後ろ盾もない悪役令嬢なら、処刑されても仕方がない。 という事で、私は、ゲームが始まる前、つまり貴族学院に入学する前に、実家を潰す事にした。 よく言うでしょ? ゲームはスタートする前から始まってるってね。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

処理中です...