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   明け方、東トイ国との国境山脈、それを監視するパイオド領の監視台は、突如として現れた大型の連弩を数台確認した。

   同時刻、東北国境に接するデオローダも、移動式投擲機の出現を確認し、急ぎダナー城に伝令を送る。

   スクラローサ王都に召喚された大公に代わりダナー・ステイ領土を治めている大公妃は、二つの領主の急報を同時に受け取った。


   「トイ国が、動き出したぞ」
   

 **


   王都にあるダナーの屋敷は、中心部から少し離れた清閑な場所にある。早朝に王宮からやって来た使いは、「王命です!」と書簡を広げた。

   「ステイ大公令嬢リリエル・ダナー、国王陛下に対する不敬罪により、スクラローサ王都内軟禁とする……っ!?」

   「……」

   名を呼ばれ王命にも跪かない罪人は、きょとんと蒼い目を見開いた。だがその背後には、腕を組んだままのグレインフェルドを先頭に、剣呑と居並ぶ黒の騎士たち。

   王宮からの伝令は、どちらが罪人か分からないくらいに平身低頭し、ギクシャクと書簡をリリーに差し出すと、そそくさとその場から逃げ去った。

   「不敬罪、成る程」

   リリーの手から御璽の書簡をグレインフェルドは抜き取ると、中身を目にして背後のローデルートに放り投げた。

   「お兄様、私、」

   不安げに呟いたリリーに、グレインフェルドは何でもないと頷いた。傍に寄り添った侍女姿のナーラが手を取りリリーを自室に連れていく。

   笑顔で見送ったローデルートだが、リリーの姿が見えなくなると、冷たい瞳で手にした書簡を改めて見下ろした。

   「これは本格的に、国王は我らを敵に回すおつもりですね」

   同じ様に王命を見下ろしたトライオンは、走り寄る部下の報告に耳を傾けるとグレインフェルドに向き直った。
   
   「閣下が、道中何者かに王都への本道を塞がれ、迂回しているそうです」

   「それもおそらく、国王の策略でしょう」

   「そうそして、境会アンセーマの企みでもある」

   「緊急です!!」

   更に飛び込んできた鳥使いの伝令は、ステイ大公領東領地からの緊急連絡を運んできた。


 **


   「……そんな」

   王都の何処からでも目にする事が出来る、国を護る魔方陣は三叉の矛となり天を突き刺している。

   王宮の一角、空に浮かんでいた巨大な三叉の矛は、メルヴィウスの部隊が石碑を壊すたび、徐々に薄れて今はほとんど見えなくなっていた。

   だが、再び赤い光を取り戻し、しっかりと空に突き刺さっている。

   それを見つめていたファンは、矛の後方、彼方に霞んで見える虹を見てある事を思い出した。

   「ファン殿!」

   「メルヴィウス様、その、殿は要りません」

   「時と場所は選びますが、この場は大丈夫です」

   朝日の昇らない、暗いうちから都内の偵察に回っていたメルヴィウスの部隊。朝食時に戻ってきたが、屋敷の庭で空を見上げていたファンを見つけてやって来た。

   「目障りな境会アンセーマの結界が、また見え始めましたね」

   空に突き刺さる光、最近では霞んで見えなくなっていた明るい赤色の矛は、今ははっきりと輪郭を描いている。

   「その奥に、虹が見えて思い出したのです」

   ファンは、利発に淡いピンク色の瞳を輝かせる。

   「空に架けられるはし旧教へーレーンではその下に死者は埋葬されるのですが、境会アンセーマはどうなのでしょう?」

   天への橋を象る墓標は、二つの柱を交差して造られる。だが境会の墓石はどうなっているのかと、ファンはメルヴィウスに問いかけた。

   「死者、ですか?」

   「もしかすると境会アンセーマの墓標は、四角の石の積み石なのでは?」

   「え!?」

   「だとすると、石はただの目印で、その下に、本当の触媒があるかもしれません!」 
   

 **


   「父上が、国王に呼び出された?」

   「はい。北のセントーラ国の事で緊急会議が開かれるらしく、本日到着予定ですが、まだ王都に入られていない様です」

   「何かあったのだろうか?」

   「それが、ダナーの大公も召喚されたとの情報も」

   「……」

   左右の大臣が同時に召喚される事は、現国王に代わってから今まで一度もなかった。

   それは過去から続く国王の気遣いであり、左と右の間に位置するスクラローサ国王の役割でもある。

   左右を鉢合わせ、無意味な衝突を防ぐ事で国益を管理する。

   だが今回、初めて左右の大臣が同日に王都に呼ばれた。

   「……ラエル、本領ハーツからの連絡は?」

   「定期連絡は明日ですが「急報です!」

   白制服の生徒が、緊急事態に飛び込んできた。緊急時に飛ばされる白の連絡鳥は、西の砂漠国バックスの不穏を報せてきた。

   丸められた小さな書簡を開いたフィエルは、それを無言でラエルに渡した。

   「やはりバックス国も、戦争準備を始めている」

  
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