上 下
117 / 211

67

しおりを挟む


   (あの聖女、名をフェアリオと言ったな)

   姿形は同じなのに、名前と性格が違った。それを考えていたフィエルだったが、真横から何か聞こえた。

   『……終わった』

   「?」

   リリーが呟いたが、フィエルには聞き取れなかった。ぼんやりとグランディアと聖女の背を見つめる蒼い瞳。いつもと違う、覇気のない表情を見て、フィエルは苛立ちに「おい」と強めに声をかけた。

   「……なに?」

   生意気な蒼い瞳は、ようやくフィエルを見た。

   「どう思った?」

   「……だから、何が?」

   「境会アンセーマの、聖女について」

   問いかけた内容に、意味が分からすリリーは小首を傾げた。それをフィエルは鼻で笑ったが、王宮に向かう二人、黒髪の聖女を訝しむ。

   「我ら三人が集い、庶民の生徒スクラディアが、それに割って入ったのだ」

   アーナスターは、挨拶の為に訪れた。フィエルの話をぼんやりと聞くだけのリリーに眇められた赤い瞳、舌打ちに苛立ちを隠さない。

   「ナイトグランドは国への貢献により、古くから爵位を授けられているが、それを使用せず深緑色の制服スクラディアを着ている。その状態で、我ら三人の会話を遮ったのだぞ」

   「……あ」

   「命を賭けたはずだ」

   気分により、不敬罪で庶民の命を奪う事が出来る。それを乱用する愚かな貴族は稀だが、その理不尽の不文律は、貴族、庶民、共に幼少期から理解している。

   この理不尽の頂点に君臨する三家。王家とダナー家、そしてアトワ家の者たちの間に入れる者は、貴族でもそうはいない。

   グランディアとリリーから許可を受け、フィエルは何も言わなかった。その事でアーナスターは無事にこの場を後にした。

   「アーナスターさ「そこで聖女についてだが」

   「……」

   「フェアリオ、と言ったあの者、聖女という曖昧な肩書きで、私とグランディアの話を遮ったのだぞ」

   「…それは境会アンセーマが、聖女にそれでいいって、教えているのよ」

   「あり得ない」

   「なんで? きっとそうなのよ」

   「そうならば、境会アンセーマは、どの位置に居るのだ?」

   「位置?」

   「王家と左右われらの言葉を遮る立場は、どの位置にある?」

   「……」

   明確に断言しない。口を噤んだリリーは、もう震えてはいなかった。


 **


   「他の異物とは違い、順調に王太子の傍に居るようだぞ」

   「それに、兵器に関する事にも、積極的に意見している。オーの言う通りネルを爆発燃料にして、上空から街に落としてみたら、ある程度成果が出るかもしれないな」

   「だが、もう試してみるネルも無いのだ。オーに何かあった場合、次の召喚が最後になる」

   「いやそれは、エンヴィー祭司がネルを捕ってくる事で解決する話だ」

   笑いながら去っていった灰色外套たちの噂話。学院に向かう連絡通路、それを盗み聞きしたエンヴィーは、ある事を思い付いた。

   「!!」

   突然背後から襲われ、襟ぐりを持ち上げられた。

   「教師に手を出すのですか?」

   「残念ながら左側われらにとって教師とは、人格者であり、経験知識が人より遥かに多く、全てに優れた者に与えられる呼び名だ。それは学院ここには居ない」

   言ったラエルはエンヴィーの首元をねじり上げ、柱に強く押し付けた。

   「境会アンセーマが聖女と呼ぶ、まやかしの女。フェアリーンの居所を吐け」

   「まやかしとは、何の事か」

   ギリッと締め上げると、エンヴィーの口から苦鳴が漏れる。

   「知っているのだぞ、あの女の髪色が、術によって白から黒に変じたのを、我が主は目にしている。言い逃れは出来ないぞ」

   「白から、黒に…」

   それを聞いたエンヴィーは、喘ぎながらも肩を揺らして笑い始める。苛立ったラエルは、右手を胴に数発打ち込んだ。

   「……、……」

   「!」

   廊下の先から聞こえた声に力を緩めると、崩れ落ちそうになるエンヴィーの身体を支えて襟元の乱れを直す。

   「祭司エンヴィー・エクリプス、貴方が境会アンセーマ内で冷遇されている事は知っている」

   「……」

   「貴方に手を出しても、誰も助けに来ないことも」

   パンと肩口を払うと、廊下に崩れ落ちたエンヴィーを冷たい瞳が見下ろした。そしてそれを捨て置いてラエルの向かった先。

   「フィエル様……?」

   王宮に続く回廊から現れた二人の生徒。フィエルと共に歩くのは、黒制服ステディアのリリーだった。

   ラエルとは反対側から現れたエレクトも、その異様な光景に足を止める。長く続く王宮からの回廊を、会話をしながら戻ってきた二人の姿に、ラエルとエレクトは困惑にそれを見ていた。

   
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

秋鷺 照
ファンタジー
 断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。  ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。  シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。  目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。 ※なろうにも投稿しています

元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる

ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。 モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。 実は前世が剣聖の俺。 剣を持てば最強だ。 最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

乙女ゲーム(同人版)の悪役令嬢に転生した私は、ついてる主人公に付き纏われる

華翔誠
ファンタジー
私は、どうやら転生したようだ。 前世の名前は、憶えていない。 なんだろう、このくだりに覚えが?猫?夏?枕?まあ、そんな事はどうでもいい。 私の今の名前は、アウエリア・レン・フォールド、8歳。フォールド家の一人娘であり、伯爵令嬢だ。 前世では、多分、バンビーだったと思う。 よく思い出せぬ。 しかし、アウエリア・レン・フォールドの名前は憶えている。 乙女ゲーム「黄昏のソネア」の登場人物だ。 まさか、乙女ゲームの世界に転生するなんて・・・、いや某駄目ろうでは、ありきたりだけど。 駄目ろうとは、小説家になろうというサイトで、通称が駄目ろう。駄目人間になろうっていう揶揄らしいのだが。 有名な面接系の本には、趣味に読書はいいけど、決して小説家になろうの名前は出さない事と書かれている。 まあ、仕事中に読んだり、家で読み過ぎて寝不足になったりと社会的には、害のあるサイトとして認定されつつあるからね。 それはどうでもいいんだけど。 アウエリア・レン・フォールドは、悪役令嬢である。 それも殆どのルートで処刑されるという製作スタッフに恨まれているとしか思えないような設定だ。 でもね、悪役令嬢とはいえ、伯爵令嬢だよ?普通は処刑なんてされないよね? アウエリア・レン・フォールドさん、つまり私だけど、私が処刑されるのは、貴族学院卒業前に家が取り潰しになったからだ。何の後ろ盾もない悪役令嬢なら、処刑されても仕方がない。 という事で、私は、ゲームが始まる前、つまり貴族学院に入学する前に、実家を潰す事にした。 よく言うでしょ? ゲームはスタートする前から始まってるってね。

処理中です...