上 下
66 / 211

34

しおりを挟む


  「我らは国の法を重んじ、高潔な一族なのです。彼らと均衡を保っていると、思う世間がおかしいのです!」

  「それにアトワ家のサーエル様を暖かい光の使いとするならば、あちらの令嬢は見た目に冷血で、闇の嫌悪を纏っている」

   「国民は、真実ものを知る必要がない」

   左側でアトワ大公家を支える三公、その中のフライツフェイス家の公子ラエルは、長い足を組んで優雅にお茶に口付ける。

   「定期的に、報道を通じて誰かの断罪ごらくを与えれば満足し、次の余興を待つだけの単純なものだからな」

   男子生徒女子生徒、それぞれが大きな声で意見を交わす中、ラエルは秘密事の様に人差し指を口に当てて笑った。
   
   「だから我々が同じ事をしていても、色が黒くて陰鬱だという理由で、右側ダナーを無闇に恐れ嫌い、今回も、あちらの令嬢がグランディアに付きまとったと信じて疑わない」

   「右側あちらはそういう役割なのです。それは王もよくご存知でいらっしゃる」

   笑い合う白制服ハーティアの生徒たち。

   彼らは家で学んだ授業には出ない。学院の教師は庶民の生徒スクラディアの為のもので、貴族の生徒の一部はこうしてサロンで暇をもて余す。

   フィエルが復学してから、彼を取り囲む左側の一族は、常に貴族専用室内の一角を占めていた。
   
   「それはそうと今回の最新情報です。可哀想な王家のエルストラが異国の狂公爵に近々売られるらしいのですが、それは右側ダナーのリリエル令嬢のせいだと教えてやったら、民草は喜んで語り始めましたよ」

   白色制服の生徒たちが、敵対する派閥を笑う声が響く中、気だるげに窓を眺めていたフィエルが、スッと立ち上がった。


  「光は左手に、闇は右手に。間違えてはいけない。善悪に意味など無いのだ。光と正義は、常に左側アトワにあるからな」 


   自分を崇める者たちに言うと、フィエルはその場を立ち去った。眺めていた景色の中、二階の回廊に見知った姿を見つけたから。  

   冬季学期が始まっても学院棟に顔を出さないグランディアが、足早に回廊を歩き去る。いつになく浮き足立った王太子の姿に、フィエルはある懸念にその後を追った。


 **


   「もうお身体は大丈夫ですか?」

  学生食堂に続く渡り廊下で、黒色の制服に身を包んだ生徒達を発見する。近寄るグランディアに黙礼し、その場を離れたダナーの家臣。

   それに満足しリリーに向き合うと、やはり蒼い瞳はグランディアよりも先に周囲を漂う。いつものその姿に内心では笑ったが、自分を真っ先に見てほしいと、少しだけ強めに声をかけた。

   「何処を見ているんですか?」

   ハッとグランディアの空色の瞳と目が合ったリリーは、その場を取り繕う様に挨拶を述べた。

   「ごきげんよう」

   (怪我が治って、久しぶりに会った第一声が、それ?)

   想いを募らせて、そしてようやく会えたのに、リリーはいつもの様にただの挨拶を口にする。胸に沸き起こるもやもやを、どうしようかと考えてしまったグランディアだったが、そんな彼に、更にリリーは軽く足を引いて会釈した。


   「王太子殿下に、黒の安息を」

   
   典型的な社交の挨拶。貴族では当たり前のこれに、何故かグランディアは、酷く傷ついた。

   王太子就任式の場で公然と発表しようとした婚約は、エルストラの起こした事件でリリーが怪我をした事により、グランディアは披露宴を取り止めた。

   そして急激に増えた王太子としての仕事と学業に追われ、思うように子飼いの間者をダナー家に送る事も出来ずにいた。

   ただリリーの無事を祈り、手紙を書き、彼女が好きな花を送る。

    何度もダナー家にリリーの容態を問い合わせたが、未だ王座に座らないグランディアには、公子からの儀礼的な返答しか来なかったのだ。

   その想いが、ただの儀礼的な挨拶で、これほど傷つけられるとは思っていなかった。

   「ぐ、王太子殿下こそ、お変わりない様で何よりですね」

   「……」

   「…そういえば、私がお休み中に、何か楽しい行事はありました?」

   「特にありませんよ」

   「……」

   「……」

   「王太子殿下って、仲の良いお友達はいらっしゃるの?」
   
   「それなりには」

   「……」

   「……」

   思ってもいない話しをしてくるのがいつものリリーだが、自分の名も呼ばず、明らかにグランディアを通して他人を探ろうとした問いかけに、想いが徐々に苛立ちに変わっていく。

   だが限られた時間を無駄にしたくはない。グランディアは、昼食に向かうリリーを引き留めたのだ。気まずく見つめ会ったままではなく、二人だけで昼食に行こうと口を開いた。

   「これから昼「グランディア殿下、王宮から使いが来ていますよ」

   「!」

   振り返ると、廊下の奥からアトワ家のフィエルがやって来る。

   グランディアよりも一つ年下のフィエルはリリーと同じ歳。アトワ家の直系であり、とても有能だと称される。

   そんなフィエルは、いつもの様にグランディアの邪魔をした。

   「王太子殿下に、白の清廉を」

   慇懃に軽く下げられた頭。その向こう、少し離れた回廊には、護衛のサイと侍従の姿が見える。

   「呼び止めてすまないね。行っていいよ」

   リリーをフィエルから遠ざけたくて、余りにも素っ気ない言葉になった。

   立ち去るグランディアの背に軽く礼をする。その場に残された敵対する二人は、剣呑と目線を合わせた。


   
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

処理中です...