上 下
49 / 211

28

しおりを挟む


   受け付けから、学生が入り込んだと知らせが入った。

   競売を身近なものにしようと、小規模で開催している中央公園の外れ。合法的ではあるのだが、子供と特別授業の生徒は出入り禁止にしている。

   何か問題となれば、後で面倒事になるからだ。

   既に外に出たそうだが、グラエンスラーは念のため、裏手の保管場所を覗いて見た。
   
   「?」

   今回の目玉となる幻獣の幼獣。その籠の前に、黒色の制服ステディアの生徒が屈みこむ。

  「うーーん…」

    (あれは、この前の)

   弟のアーナスターが初めて自室に客を招待した。それが右側ダナーであった事に、ギルド内は異様な盛り上がりを見せていた。

   遠目に見ただけのステイ大公令嬢。ダナーを護る十枝の貴族に護られて、作り物の様な異様な美しさを放っていた。

   今日はドレスではなく、黒騎士の様な出で立ちに違う雰囲気を見せている。だがその令嬢は、懐から小銭袋を取り出すと中を確認し始めた。

   (…………)

   子供が菓子を買う前によく目にする姿。

   「……」

   小銭袋に入る程度の枚数では、とても手に入れる事は出来ない幻獣。何を思っているのか、両者はじっと見つめ合っていた。

  「これはこれはお嬢様、そちらをお買い上げくださるのですか?」

  「…………」

   見かねて声をかけると、蒼い瞳を驚きに見開いて、令嬢はグラエンスラーを振り返り見上げた。

   「見たところ、良家の方のようですね。なんなら、競りには出さず、この場で交渉致しますか?」

   弟の友人なので、やんわりとこの場から追い出そうとした。だがそれを、リリーは素直に受け取った。

   「じゃあ、そうしてくださる?」

   「……」

   グラエンスラーは、世間知らずなリリーを改めて確認する。そしてこれを面白がった。

   「印章をお持ちでしょうか?」

   大きな売買や貴族の買い物には必要な印章。大抵は指輪に彫られているが、リリーの真白い指に指輪は一つも見当たらない。

   「お供の者が持ってるわ」

   「そんなわけありませんよね」

   特別授業の学生に付き人などいない。悪びれなく素早く嘘をついたリリーに、グラエンスラーはますます笑う。

   「………ならば、お客様が身に付けている宝飾品。それを一つ、お譲り下さい」

   「宝飾品?」

   耳元のピアスに触れると、男は横に首をふる。そうだと紙留めにふれてもまた横に。しばらく考えたリリーは、胸元のブローチに手を当てる。

   するとグラエンスラーは、満面の笑顔で頷いた。

   リリーと同じ瞳の色のブローチには、ダナー家の紋章が透かし彫りされている。

   学生服のリボンを留める為の宝飾ブローチは、同じ物が何個も用意されている。なのでリリーは、まあ良いかと頷いた。

   「これでいいのなら、いただくわ」

   「こちらこそ、良い取り引きに感謝致します」

   グラエンスラーが上質な布で籠を覆うと、それをリリーは抱えあげる。

   「ご自宅に、お送り致しますか?」

   「いいえ、このまま持ち帰る。ありがとう」

   天幕を出たリリーに、グラエンスラーは深く礼をする。そして手にした蒼い宝に笑顔で口付けた。


 **


   「お嬢様が、何かを購入されました!」

   ほどなく天幕から出てきたリリーは、短時間で何かを手に入れ抱えていた。それを確認した隠密の護衛とセセンテァは頭を抱える。

   「あんな所で買うなんて、」

   荷物を抱えた生徒を見かけた教師が声をかけると、そのままリリーは馬車に乗り込み、学院に戻って行った。


 **


   「おや、お早いお戻りですね」

   廊下で出会ったセオルは、両手に籠を抱える生徒に声をかける。

   高価な布に覆われた鳥籠を抱えるリリー。だがその顔に笑顔はなく、なんとも言えない様子で「そうね。少し早かったのよね」と頷いた。

   「何を買われたのですか?」

   自分の渡した小銭では、とても買えそうにない高級な鳥籠。布で覆われるその中身が、セオルはとても気になった。

   「猫なのよ。きっと」

   購入者は嬉しそうではなく、買ったものが何かを分かっていない。それに不穏を感じたセオルは、「失礼します」と許可なく布を捲った。

   「…これは、」

   幻獣の中でも希少な小型の幼獣は、小さな屋敷が一棟買えるほどの金額で取り引きされる。

   「リリー様、こちらはどうされたのですか? これを買えるほどの手持ち金はありませんでしたよね?」

   「…………これはね、貰ったのよね?」

   「誰に」

   「お店の人がね、親切に、」

   「知らない人から物を貰ってはいけないと、言ってたでしょう!?」

   思わず出た大きな声に、言った本人もリリーも驚いた。だがそれに、すかさず言い訳を始める。

   「ただでは無いのよ。ほら、ここにあったブローチ。それと交換したの」

   見ると襟元のブローチが外されている。それに再び目を瞑ったセオルは、沈痛な面持ちで鼻から長いため息を吐いた。

  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...