上 下
30 / 211

17

しおりを挟む

   リリーが手紙を送ってから三日目の午後、騒がしい音を聞き付けて覗き込むと、窓の下に洗濯物が風に舞っていた。

   「皆様大変ね」

   「今日は特別、風が強いですからね」

   「そうだ」

   「いけません」

   「まだ何も言ってないのにっ」

   「ではどうぞ」

   本日の護衛は、侍女でもあるデオローダ侯爵家のナーラ・フレビアだ。護衛が同性であることを考えたリリーは、女たちが集う洗濯場に何かを閃いた。

   「ナーラ様とご一緒なら、今日は洗濯場のお仕事を見て回ろう。私は訓練場と大会議室以外は出入り自由なのよ」

   「………かしこまりました」

   日課になっている城内散策。毎日城内を歩き回るリリーは、使用人と笑顔で挨拶を交わす。

   たどり着いた洗濯場。干された敷布に涼しさを感じていたリリーは、近くで派手に桶をひっくり返した侍女に驚いた。

   「大丈夫?」

   「お、お嬢様、も、申し訳ありません」

   「お嬢様、黒の安らぎを感謝致します。申し訳ありません、こちらは本日入ったばかりの侍女で、まだ不慣れなのです」

   「そう、お名前は?」

   「グーサンと申します」

   「………グーさん?」

   「はい」

   「グーさんなの?」

   「はい。グーサンです」

   「……グーさん、女の子よね?」

   「姫様」

   性別の問いかけをナーラに窘められたが、リリーは「ふーん」と疑惑に見つめているだけ。

   厚い前髪でそばかすを隠す、どう見ても普通の少女。リリーに注目された侍女はおどおどと、身の置き場無く一歩下がる。

   だが突然、「グーさん、手伝ってあげるわ」とリリーは足下の敷布を抱え込んだ。

   「姫様! お止め下さい」
   「私たちが!」

   ばたばたと慌てる周囲を横目に、リリーはグーサンと名乗った少女に抱えた敷布を手渡した。

   「頑張ってね」

   「はい!」

   笑顔で恐縮した新人侍女であったが、手渡した敷布の下で、ある手紙は渡された。

   「!」

   「黒の安らぎを、感謝致します!」

   敷布と共に深く礼をした。それにリリーは呆気にとられたが、ナーラに気付かれない様に手の平を握り締める。

   (やっぱりグーさんの関係者だった。ふふ、面白いことするわね)

   その場を後にしたリリーは、ふと手の平に収まる紙に首を傾げた。

   「私、グーさんて言ったことあったっけ…。それとも手紙に書いてしまった?」

   「何か?」

   「ううん、独り言」

   折り畳まれた小さな手紙を握りしめ、ナーラの目の届かない手洗い場に行くと一人になる。

   そこに書かれていた内容に、リリーはまた、ぼそりと一人で呟いた。


   「いいじゃん……」


 *


 翌日、リリーは再び洗濯場を訪れて、その場の全員に菓子を配り始めた。包まれた焼き菓子には、それぞれに花が添えられている。それを一人一人、自ら手渡しで労っていく。

   「最後はグーサンの分、頑張ってね」

   「ありがとうございます! お嬢様!」

   渡された焼き菓子には、グランディアに指示された、自分の署名が同封されている。

   「うふふ」

   にっこり猫目を歪めたリリーは、家族に秘密の策略に満足し、微笑んでその場を後にした。



 **



   数日後、再び王都から贈られてきた書簡はリリー宛ではなく、ダナー・ステイ大公宛のものだった。それを目にした大公は、怒りに血管が浮き出るほど拳を握り締める。

   「リリエルをここに」

   緊張が張り詰め、まるで以前の冷気に覆われた城内に戻ってしまったかのように、全ての人々が緊張し息を潜める。

   だが大公の執務室に呼び出されたリリーだけは、悠然と通路を闊歩して、人を飲み込む魔物の口のように大きく開かれた扉に、躊躇無く踏み込んだ。

   待ち受けていたのは怒りを顕にした大公と夫人。だがその二人を前にして、リリーは全開の笑顔をみせる。

   「何をした?」

   「何もしていないわ」

   「なぜお前の署名を、王が承認出来たのだ?」

   「この前送った第四王子への手紙に、何か細工をしたのか?」

   「してないわ。お父様もお母様も、中を確認したじゃない」

   「リリエル、これは冗談では済まされないぞ」

   「大丈夫。お父様とお母様と一族の皆様に、恥をかかせることはしないわ」

   「そういう問題ではない」

   「王族や左側アトワのものたちに、右側うちの方が優秀ねって、教えてあげるのよ」

   「リリー!」

   「私、今回は、いろいろと失敗したくないの」

   「何を言っている?」
   「リリー、心配なんだ」

   「大丈夫よ! 私はお二人の娘なの。誰にも負けるはずないわ!」



 **



   「今日もいないな。なんで他の部隊の奴らだけ知ってて、うちの隊は知らないんだ?」

   「お美しい姫様に似てるなんて、そうあることではありませんが、見てみたいですよね」

   「ですがこうも不自然が重なると、少し違和感があります。なぜうちだけ出会えないんですか? やっぱり嘘なのでは?」

   「だがグレインフェルド様のところの者も、一瞬だけ見た者が居たというぞ」

   「うーん。兄上の部下はふざける奴が少ないからなー。…もう少し、他も探してみるか」
   
   サテラの街の噴水広場に、リリーによく似た少女をよく見かけると、騎士団の間で噂になっていた。

   その正体を突き止めるために暇を見ては何度か訪れたメルヴィウスだったが、部下も含めて出会った事が無い。

   だが急ぎの伝令に、メルヴィウスは城に向かって馬を走らせた。


 *


   「父上! 許したのですか!?」

   乗り込んできた二人の兄弟。彼らを緊急に呼びつけた大公は、王の勅書を二人の目の前に放り投げる。

   大公夫人の隣には、怒れる兄を前にして、何故か自信満々の妹が微笑んでいた。

   「これより、グレインフェルドにリリエルの王都内での警護を任せる。メルヴィウスとこれまでの護衛十名は、その指揮下に入れ」

   「父上! リリーは、来年、」

   「それも含めて、この問題を解決してみせろ」

   「…………」

   怒りに殺気立つ兄たちを前にして、箝口令に自分だけ何も知らないリリーはにっこり微笑んだ。

   「グレイお兄様、領地運営も大変なのに、私の事でごめんなさい」

   「リリエル、」

   「二年間だけだから。その間は、ぜーったいにグレイお兄様にご迷惑はかけないと思うから!」

   「………、」
   「お前、十六になるんだぞ!? それがどういうことか、分かってんのか!?」

   「メルヴィウス!!」

   「怒らないでお母様、メルお兄様はきっと、私のお誕生日会にだけ現れる、あの大きなケーキが気になっているのよね?」

   「なんの話だ!?」

   「大丈夫。心配しなくても、来年も再来年も、お誕生日は必ずダナーに帰ってくるわよ」

   「……リリー、そうじゃない、」

   「…そうだ! お母様、十七歳のお誕生日だけ、苺のケーキは三段重ねが嬉しいなっ」  

   ダナーの娘に纏わる十六歳の呪い。それを知らないリリーがその先を語った事に、大公夫人は娘を強く抱き締めた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき
ファンタジー
 最強最古の竜が、あまりにも長く生き過ぎた為に生きる事に飽き、自分を討伐しに来た勇者たちに討たれて死んだ。  竜はそのまま冥府で永劫の眠りにつくはずであったが、気づいた時、人間の赤子へと生まれ変わっていた。  竜から人間に生まれ変わり、生きる事への活力を取り戻した竜は、人間として生きてゆくことを選ぶ。  辺境の農民の子供として生を受けた竜は、魂の有する莫大な力を隠して生きてきたが、のちにラミアの少女、黒薔薇の妖精との出会いを経て魔法の力を見いだされて魔法学院へと入学する。  かつて竜であったその人間は、魔法学院で過ごす日々の中、美しく強い学友達やかつての友である大地母神や吸血鬼の女王、龍の女皇達との出会いを経て生きる事の喜びと幸福を知ってゆく。 ※お陰様をもちまして2015年3月に書籍化いたしました。書籍化該当箇所はダイジェストと差し替えております。  このダイジェスト化は書籍の出版をしてくださっているアルファポリスさんとの契約に基づくものです。ご容赦のほど、よろしくお願い申し上げます。 ※2016年9月より、ハーメルン様でも合わせて投稿させていただいております。 ※2019年10月28日、完結いたしました。ありがとうございました!

聖女の地位も婚約者も全て差し上げます〜LV∞の聖女は冒険者になるらしい〜

みおな
ファンタジー
 ティアラ・クリムゾンは伯爵家の令嬢であり、シンクレア王国の筆頭聖女である。  そして、王太子殿下の婚約者でもあった。  だが王太子は公爵令嬢と浮気をした挙句、ティアラのことを偽聖女と冤罪を突きつけ、婚約破棄を宣言する。 「聖女の地位も婚約者も全て差し上げます。ごきげんよう」  父親にも蔑ろにされていたティアラは、そのまま王宮から飛び出して家にも帰らず冒険者を目指すことにする。  

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・ 気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました! 2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・ だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・ 出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!  ♢ ♢ ♢ 所謂、異世界転生ものです。 初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。 内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。 「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。 ※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。

婚約破棄された悪役令嬢は冒険者になろうかと。~指導担当は最強冒険者で学園のイケメン先輩だった件~

三月べに
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢として、婚約破棄をされた瞬間、前世の記憶を取り戻したリガッティー。 全く覚えのない罪は、確かにゲームシナリオのもの。どうやら、ヒロインも前世持ちで、この展開を作り上げた模様。 しかも、逆ハーエンドが狙いだったらしい。まったく。現実を見てほしい……。 とにかく、今は進級祝いパーティーの最中。場所を改めるように、進言。婚約破棄&断罪は、一旦中断。 進級祝いパーティーをあとにして、悶々と考えた末、少しの間だけでも息抜きに冒険者をやることにした。 指導者としてペアを組んだのは、一つ歳上の青年ルクト。彼は、なんとS級ランクの冒険者だった! しかも、学園の先輩!? 侯爵令嬢で元王妃予定の悪役令嬢リガッティーが、気晴らしに冒険者活動で新人指導担当の規格外に最強すぎるイケメン先輩冒険者ルクトと、甘々多め、レベル高めな冒険を一緒に楽しむ話! 【※※※悪役令嬢vsヒロイン(と攻略対象×3)のざまあ回あり!!!※※※】

処理中です...