ティーシェラン戦記

ニコニ

文字の大きさ
上 下
35 / 45
第10章 友を助けよう

クアチフ王の煩悩

しおりを挟む
 恐らく、このタナンサ星域で最も達観という感情に近いのはワシだろう。

 フルドゥイを滅ぼすと言っていたが、軍の首都の殲滅程度としか思わなかった。ワシもそう頼んだ筈。
 それをまさかここまでやるとは思わなかった。いや、思い付くヤツなどいやしない。

 フルドゥイは長年、クアチフを虐げて来たが、今では憐憫の念すら湧いてしまう。それはもはや戦争ではない、蹂躙ではない、支配でもなければ殲滅にもあらず。
 王国にとっては虫けらを踏み潰す程度だろう。

 それが起きた時はワシも艦隊に乗り、ナポリタン殿と一緒に司令室にいた。
 王国の技術は本当に素晴らしい。恐らくどれも精密な機器なのだろう。クアチフの技術では仕組みを教えられたところで、とても再現できそうにない。
 そこにはそれ程の、埋められそうにない技術格差が存在する。

 だからワシは実に幸運なことに、そして実に不幸なことに、この目で見てしまった。
 一つの国の、静寂なまでの消滅を。

 砲撃の轟音ななかった、剣を振るう戦士はいなかった、銃を構える兵士はいなかった、地を駆ける軍士はいなかった、誇りをかけて戦う騎士はいなかった。

 ナポリタン殿が『放射弾』を撃つ命令をくだし、『主力艦』の砲口から一筋の光が放たれる。やがて一筋の光は分散し拡がり、モニターには眩しいばかりの白が映る。
 それだけだ。それ以外に何もなかった。全てを呑み込んだ白の後はただひたすらに黒しか映らなかった。
 砦は消えた、太陽は消えた、見渡す限りのありとあらゆる存在が消えた。白が全てを塗り潰し、黒がその白を吸収した。
 
 ワシは恐怖のあまりに、呆然としていた。どれくらいの時間が経ったのかは判らん。状況からして数分間程だろうが、その後も余韻は数時間も続いた。
 我に返り、ナポリタン殿の顔を覗いた時は更なる恐怖がワシを襲った。

 彼は、満足していなかった。

 それを顔に書いているかの表情を浮かべていた。彼は腹芸があまり得意でないか、頗る程に得意かのどちらかだろう。
 前者のような気もするし、後者のような気もする。王国の民であればなんでもありなのだろう。

 彼が何故、満足していないかが分からん。偶然にも、ワシはそれが知りたくて堪らなかったから、つい聞いてしまった。
 会話の中に、さり気なく聞いたら、逆に彼のほうから謝罪の言葉が返って来た。

 曰く、フルドゥイを無傷で渡すつもりでしたが消滅させて申し訳ありません、と。

 これを聞いて、ワシは戦慄と安堵に挟み討ちにされた。
 腹芸が得意かどうかで疑問に思っていた。
今ならはっきりと答えられる。得手と不得手の問題ではない。
 そもそもしようもしていない。
 彼は、子供だ。エルフだからワシよりも遥かに年齢は上だろう。だが子供だ。
 深く考えてない訳ではない。財務大臣をやっているから、仕事は相当できるだろう。情報によれば、王国の経済は彼だけで成り立っている。
 それでも、外交に向いているとは思えん。彼がやっていることは正しい。同盟国の機嫌をとるのは当然とも言える

 彼は理解できないだろう、同じ国の政界に蠢く陰謀を。何故一つ国の中で、権力の為に戦うのかを理解できない。
 同一組織に所属する者は皆、その組織に貢献すべきだと思っているだろう。実際、ワシのそう思っている、だがそれは滅多にに叶わない。
 王国では、全ての民が王に真なるの忠誠を誓い、理想国家を実現しているだろうか?もしそうなら、ワシの知る王国の偉大さは更に増えているな。

 しかし、彼は知らない。合理性から乖離した行動をとる者もいるということを。
 今回のことも、ワシのような何もかもを諦めている者でない限り、錯乱したかもしれない。かつては自分たちを脅かしていた敵国が簡単に消滅した。殲滅ではなく、消滅。

 ワシは最初から全てを王国に献上するつもりだった。故に、錯乱せずに済んだ。
 我々は圧倒的強者に出会うと、とる選択肢は二つ。
 一つは恐怖し、全力をあげて拒絶し、滅ぼさんとする。
 もう一つは畏怖をなし、全てを捧げ、神が如く崇め奉る。
 我々はこのうち一つ、又は両方をとる。

 ワシは迷わずに後者を選ぼうとした。されど、偉大なる王国はワシの考えが及ばぬところで計画を立てているらしい。
 ワシに同盟を持ちかけ、ワシにも神の使者たる座を与えた。流石に神になれるとは思っていない。



 王城に戻り、ナポリタン殿はそろそろ王国に帰ると言い出した。
 こちらとしては止める理由がない。いや、早く帰ってほしいと願う大臣と貴族もいるようだ。
 全く、ワシのようにささっと全てを差し出す覚悟をすれば良いものを。まだまだワシの境地に達するのは先か……

 悟りを開ける程に至ったかと自惚れていたが、ワシもまだ修行不足らしい。
 ナポリタン殿がワシを王国に招待した時は思わず抜けた声を出してしまった。

 さて、神の在す地へ赴こう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

レイヴン戦記

一弧
ファンタジー
 生まれで人生の大半が決まる世界、そんな中世封建社会で偶然が重なり違う階層で生きることになった主人公、その世界には魔法もなく幻獣もおらず、病気やケガで人は簡単に死ぬ。現実の中世ヨーロッパに似た世界を舞台にしたファンタジー。

シュバルツバルトの大魔導師

大澤聖
ファンタジー
野心的な魔法の天才ジルフォニア=アンブローズが最強の宮廷魔術師を目指す物語です。魔法学校の学生であるジルは、可愛い後輩のレニや妖艶な魔術師ロクサーヌ、王女アルネラ、女騎士ゼノビアなどと出会いながら、宮廷魔術師を目指します。魔法と智慧と謀略を駆使し、シュバルツバルト王国の「大魔導師」に成り上がっていく、そんな野心家の成長物語です。ヒロインのレニとの甘酸っぱい関係も必見です!  学園モノと戦争モノが合わさった物語ですので、どうぞ気軽に読んでみてください。 感想など、ぜひお聞かせ下さい! ※このお話は「小説家になろう」でも連載しています。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

大砲と馬と 戦術と戦略の天才が帝国を翻弄する

高見信州翁
ファンタジー
仮想戦記 主人公座光寺繁信が皇国を救う 火力(大砲と銃)が大勢を決する。 馬も活躍します。

チート転生~チートって本当にあるものですね~

水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!! そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。 亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

処理中です...