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第一章 チュートリアル

平川のノート『歴史』⑩

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 『ベネー』はその後、かなり遠回りしたが上陸から半月が経った頃には『カーフ部族』の本拠地に着いた。
 この間に受けたペコサ人の襲撃は大小合わせて10を超える。急いでもなければ、自軍の動きを隠そうともしていないのだから、それだけ襲撃を受けるのは当然である。

 これは『ベネー』が後になって知ったことだが、彼らが殺したペコサ人は『カーフ部族』の徴兵限界の六分の一にまで達していた。
 徴兵限界とは若者の数と労働力の数を足し合わせたものと考えて良い。限界まで徴兵すれば他の必須産業に影響が出る。まず食べ物が生産されない、次に生活用品がなくなる、更に治安維持も困難になるなどの支障が生じる。

 よって、徴兵限界の六分の一とは、動員限界の三分の一と考えて良い。

 三分一を殺されて、更にその半分くらいの数の兵士と戦士が捕虜となった。『コカラ島』ではとらなかった捕虜を、ここではのは現地から奪うことができたからだ。

 ヌエニ人はカムル人の大部族と条約を結んでいる。不平等条約であろうと、保護を約束したからには強奪はしないのがヌエニ人のやり方だった。

 しかし、ペコサ人はそれとは違う。攻撃してきた者には無慈悲ではないが、強奪や殺すことは当然の権利とした。
 これはヌエニ人のみならず、勝利者の権利として殆どの部族、民族が共通しての考え方である。

 『カーフ部族』の本拠地は『ペミ川』と『イッス川』に挟まれる位置にある。そこから『ペミクイッスコン(ペミとイッスの間の都市)』と呼ばれる。



 ペコサ人の古語である『コン』は現代では一般的に『都市』と訳される。『クン』は一般的に『町』と訳される。規模が大きく、栄えている『クン』は『コン』と呼ばれる。それ以外の違いはほぼない。



 そこでベネーを待ち受けていたのは勝者の歓迎だった。自分にはもうヌエニ人を止める力はないと考えた『カーフ部族』の長『フーファ=ラノサ』はヌエニ人に臣従を誓おうとして、自らがベネーを迎えた。

 ベネーはこれに慌てた。予定されたことよりも大きくずれてしまって、この状況を全く予想していなかったベネーは自分の目的を伝えた。「捕虜」を返すこととお互いに戦わない為の条約を結びに来ただけなのだと。

 しかし、『フーファ=ラノサ』はこれで引き下がらなかった。彼はベネーが本気で拒んだとは思わなかったからだ。勝利者の余裕で皮肉っているだけだと勘違いしていた。

 こればかりは『フーファ=ラノサ』を責めてはならない。なにせ、直接こっちに来れば良いのに、わざわざ半月以上かけて自軍を削りに削ったのだ。
 ベネーが提案していることだけが目的ならそんなに手間をかける必要もなければ、そんなことをしようとはそもそも思わないと彼は考えた。

 現実は小説より奇なりとはよく言うが、現実は本当に不思議なことで満ちている。




 その後も、両者の会談は二日程かかった。臣従条約を結ぶにはそれくらいか、それ以上かかるものだが、これがまだ傍目から見れば茶番なのだろう。

 ベネーはラベゴ大陸に上陸して、何度もペコサ人の襲撃を打ち負かす才能と勇気に恵まれている。しかし流石に海千山千の大部族長を言い負かす程は、口はうまくなかった。

 元々闘いと生存の力に特化したヌエニ人である。特にこの時代のヌエニ人はほぼ全員が口下手と後世の歴史学者がよく言っている。

 会談の構図は以下である。

 何を言えば良いのかわからず、黙る一方のベネー。
 ヌエニ人に臣従しなければ滅ぼされると勘違いして、『フーファ=ラノサ』。

 ヌエニ人は大概は厳ついから、他の民族は表情が読めなかったり、読み難かったりすることが多々ある。

 ベネーの知り合いでなくとも、ヌエニ人なら一眼で困っている顔だとわかるが、残念なことにペコサ人はわからなかったらしい。それどころか、条件が気に入らないと思ったのか、何度も条件を低くして提案してきた。



 三日目、ここで両者の会談は終わったのだが、答えが出た訳ではない。自分が勝者なのに追い詰められてストレスが溜まったベネーが逃げ出したのだ。
 『フーファ=ラノサ』に提案を本国に伝えると言って、そそくさに軍を整えて港に向かって出発した。

 その五日後、緊急書類を運ぶに快速船がヌエニ人の本国に着いた。そこに書かれた報告を見て、ヌエニ人の上層部及び最高指揮官は大喜びをした。
 直ぐに許可を出して、条約の署名には当時の最高指揮官『ハークラン=クーム』がヌエニ人の古語で書かれた。

 これにより、ギャグ成分は否めないが、客観的に見てみれば一大戦記にすることも不可能ではない。

 僅かの手勢を率いて敵地のど真ん中に向かう若き指揮官。敵を幾たびもの攻勢をほぼ死者を出さずに打破して、敵をことごとく打ち破った。最終的には敵は彼を勝者として歓迎し、敵陣に入ろうとしているのに、まるで凱旋式だった。敵の最高指揮官にあたる者自らが彼を出迎えて臣従を誓った。彼は勝利者の権利さえ使わずに、一言を発さずに最良と言って良い条件を会談で勝ち取った。

 このようにまとめれば、さっき自分が記している者と同一人物とはとても思えない。
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