異世界騎士の忠誠恋

中村湊

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甘えられて、望まれて……

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 久し振りに会社の人たちと、歌音はお酒を飲んだ。自分にしては、結構呑んでしまった。
 なんとか自宅マンションに辿り着いて、部屋に入る。
 彼には、遅くなると連絡をしていた。フリードさんに頼んで、夕食を一緒に食べて貰うこともした。

 「どうして、伝わらないんだろう?」

 暗い部屋に小さなあかり。ソファの近くのテーブルのランプがついている。
 大きな体躯の彼が、ソファで横たわっているのが見えた。
 彼女の焦り。彼への想い。伝えたいのに、言葉が見つからない。彼の髪をそっと撫でる。とても綺麗な髪で、撫でたら気持ちよさそうにしている。

 「めが、み、さまぁ」
 
 甘えるような、彼の声。こんな時でも、女神様としか呼ばれない。

 「寂しいよ、ハロルドさん」

 お酒の入った歌音は、ハロルドの頬をゆっくり撫でる。小さな身体で彼のぬくもりを感じる。
 彼がピクリとして、瞳が、こちらを見ている。何かが信じられないというような表情をしている。
 歌音は彼の頬を撫でながら、頬にキスをする。ビクンと男の身体が跳ね上がる。心臓の高鳴りが、鼓動が早鐘を打っている。

 「めっ、めが、めがっ、女神さ、ま?」
 「ハロルドさん? ダメ」
 「えっ、あの、ダメ……と……んんっ!!」

 彼が聞き返している時、彼女の柔らかいものを感じた。眠っている夢の中、彼女の笑っている笑顔を見たのに。今の彼女は、俺の、俺に……キス……して、いる。
 キスが触れる程度だったのが、少しずつ深くなり始めて焦りと混乱してきた。

 「んんっ、んーーーーー!! はっ、はぁはぁ!!」
 「ハロルドさん?」
 「だ、だめ、です!! いけま、んっんんっ!!」
 「んっ、んっぁ……おねがい……んっぁん」

 お願い、お願い。と言い、何度も何度もキスをしてくる。
 わからない、どうしてだ?! 何度もキスをされていくうちに、彼女の唇の気持ちよさが勝っていく。
 男として、彼女が女であることを感じている。

 ーーダメだっ!! コレは、きっと女神様からの試練かもしれない!!ーー

 「んっ、ハロルドさん……ぁっ、んっんんっ」
 「んっ、はぁ……めが、んんっ……ダ、メ、です!!」
 「……ダメ?……お願いでも?」
 「えっ、あの……おねがい、ですか?」
 「ハロルドさんとキス、したい」
 「し、しかし……その、こういうのは如何いかがなものかと……恋人同士がするモノです!! いけません!!」
 「ハロルドさんは、私のこと。キライ?」
 
 彼女が潤んだ瞳で見つめて、答えを求めてくる。
 キライ? 女神様を? そんなことは、あり得ない。ハロルドは、必死に頭をふり「キライではないです!! おしたいしています!!」と全力で言った。

 「良かったぁ。ねぇ、おねがい、キスして? ハロルドさん」
 「えっ? いや、ですから……それと、コレは……」
 「やっぱり、私のことキライなんだ」
 「っあ、いや、あぁ……します、いま、いたします!!」

 女神様のお願いなのだ!! 女神様が欲しいモノなのだ!! そうだ!!
 彼は、彼女の欲しいモノを与えることができると、頭で必死に言い聞かせてキスをした。
 蕩けるキスで、彼は男として彼女の唇の甘さと柔らかさ。香しい花の匂いが甘いものへと変わるのを感じ、男の本能を揺さぶられる。身体中がどんどん熱くなり、下腹部はもうたぎり始めていた。

 「こ、これで……っは、はぁ……よろしい、でしょうか?」
 「……ヤダ……」
 「っ?! め、女神様? あの、キスをご所望で……んんっーーー!!」
 
 さらに彼女からキスをされ尽くされる。どのくらい時間がだったのか? ほんの数分だったのか? もう、ハロルドは訳が分からない。
 息は荒くなり、身体中熱く、心臓の鼓動は激しい。
 キスの心地よさに負けてきている。女神様に忠誠している騎士としての、誇りだけをたよりに何とか踏ん張っている。
 彼女は……「ダメ」「お願い」と何度もいい、キスをしようとしてくるのを、かわしている。

 「~~~っ!! ハロルドさんなんて、ハロルドさんの嘘つき!!」
 「嘘つ、き……俺が? あの、それは……」
 「キライ、キライ、キライ!! 慕ってくれてるって、言ったのに!! 嘘つき、だいきらーい!!」
 「あっ、あの。お慕いしています!! 本当です!! 心より、お慕いしています!!」
 「じゃぁ、呼んで? 歌音って、呼んで?」
 「あっ、いや……そ、それは……」

 彼女が涙を浮かべて今にも泣きそうになっている。
 
 「カノン様!! 好きです!! 大好きです!!」
 「ヤダ」
 「カノン殿!! 好きです!!」
 「……ヤダ……」
 「っ……俺は、あっ、あの……カノン、好きです」
 
 ガバッ!!

 離れていた彼女が抱きつき、嬉しそうに笑った。
 久し振りの彼女の笑った笑顔。あぁ、この笑顔が見たかった。女神様が望むなら……。

 「お部屋で、もっとキス……したいの? 名前も呼んで?」
 「あっ、あの……わかりました」
 
 彼女に手を引かれて、寝室へと向かう。
 そこで、ハロルドは気がついた。彼女から、お酒の匂いがしていたのを。
 女神様はお酒の勢いで言われたのだろう、と。

 寝室で、彼女が眠りにつくまで、彼女の気の済むまで名前を呼びキスをたくさんした。
 ハロルドにとっては、理性の限界をギリギリまで保ち続ける苦行になった。

 翌朝、歌音はお酒の勢いを借りたとは言え、彼に甘えてキスしたりしたのをしっかり覚えていた。名前を呼んで貰えたのは嬉しかった……。
 そう、この後、彼が起きた時に「うれしかった、昨日の夜は」と言った後。
 彼が、酷く青ざめた表情になったのを見てしまった。

 「申し訳ございません!! とんでもないご無礼の数々!! 俺の失態です!! 女神様!!」

 そうか、彼にとっては酔っ払いの私が忘れているだろうって考えたんだ。私は、私は……。
 許しをう彼が顔を上げ、彼女を見ると……今まで感じたことがない、見たことがない、酷く寂しく辛い表情になっていた。 
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