6 / 11
手紙
しおりを挟む
ガヴに、「モデルになって欲しい」と言われた日から返事ができずにいた。それでも彼は返事を急かしたりはせずに、待ってくれていた。
ジヴェル湖での一件以来、2人の間には何か違うモノが生まれた。主と奉公人という関係以上のなにか……ガヴ自身も、アンリ自身もそれが何か? というのは分からなかったが、良い関係性になったことは確かだった。
「うまかった」
「ありがとうございます」
アトリエに済まされた食事のトレーを受け取りに行くと、彼女の足音でわかるのか彼は扉を開けて言う。毎日、言ってくれる。物言いは短かったりはするものの、彼からの讃辞のように思える。
彼の声は、低くて聴こえが良く、心地よく身体を響かせ温かく感じる。時折、纏めている髪の毛の一房をそっととり撫でるようにすることもあった。
その、撫でる彼の手の動き。ただ、髪に触れられているだけだが、一本一本を観察し、彼女のエプロン姿すら見透かすように全てを観ているような瞳がある。絵のモデルを観ている、のと同時に、愛おしく……。
ある日、アンリ宛の郵便が届いた。マリーの所に届いたのを届けてくれた。
「……っ……」
「どうしたんだい?」
「いえ、この消印……おかしいですよね?」
「消印? 本当だね……3つ押されて、なんだいコレ? 赤字で……えぇっと……」
「取り消しされた後に、宛先不明の上、配送だ」
「「えっ?!」」
台所に新しいコーヒーを取りに来たガヴが、手紙の消印をチラリと見やると一気に言った。
郵便が取り消しされた? 宛先が不明? それから配送? どういうこと?
郵便を出したのは、実家で勤め人をしていたハンナからだった。手紙を明けて読むと、ハンナがアンリが実家から離れる日に見送った後に勤め明け前に出された日付があった。最初の消印も、その日付に近い。
アンリお嬢様へーー
家を離れられ、クリスマスは終えてしまいました。毎年、お嬢様と私たち奉公人で小さなクリスマス会をしていたのが、懐かしく思っています。
この手紙は、わたしが勤め明けで離れる前にと筆をとりました。番頭をはじめ、皆も、お嬢様を心配しています。あのような形で別れることになったことを……。
お嬢様の行った町の名前しか分からないので、この手紙が無事に届くことを祈っています。
わたしの娘も、昔、お嬢様と過ごしていたので……寂しがっておりました。お嬢様は、わたしにとっては、もう1人の娘です。
アンリお嬢様が、この先、どのような事があっても……幸せになってくださることを祈っております。
○○年12月31日 ハンナーー
「……っ、ハンナ……」
小さな涙をぽろぽろと零すアンリを、抱き締め背中をなでるマリー。抱き締められながら、アンリはハンナたちが幸せを願っていることを嬉しく思い涙した。
ガヴは、この郵便物の取り扱いのされ方に疑問を持っていた。
ーーおかしい……取り消しの手続きは、家族か弁護士などが行えるはず……アンリの、彼女の家にーー
泣いている彼女の後ろ姿を見て、言葉を掛けることはやめてガヴは台所を出た。
寝室に彼は一旦戻り、出てきた彼は少し身なりを整え「少し出てくる」と行って出て行った。
マリーは、アンリと彼を見送りコーヒーを飲んだ。
台所で、彼女はポツポツと少しずつ話してくれた。幼い頃に熱病にかかり後遺症で、首すじから右半身にひきつれ痕が残ってしまい。最初は、ちからが殆ど入らなかったと。
それを生活に苦労しないようにとしてくれたのは、実家の務め人たちで、中でもハンナは一番手伝ってくれたと。母親以上に、母親を感じ、優しくもあり厳しいところもあったと。
マリーは、彼女がどこか我慢している理由がすこし垣間見えた。ハンナとのエピソードを話している彼女は、とても生き生きとした瞳をしている。
彼女の幸せが、このジヴェル・ニアで見つかれば……と、マリーも想った。
数日後ーー
また、手紙が届いた。今度のは、証明手紙だった。アンリ本人がサインして受け取った。
朝食の準備を終え、食堂に運びいれた後に届いた。台所に戻ってから、封を開けた。
すぐに読んだ方が良い、と何か急かされるように思えたからだ。
アンリーー
君を娘とは思わない。金輪際、我が家、当商会の娘としての縁を切る。
法的に、娘としての籍を外させて貰った。
除籍としての慰謝料は、家を出た際に渡した金額のみ。
君の戸籍を新たに作った。戸籍証明書を同封した。
ジェイド・ベルンハルトーー
ジェイドは、実父。ベルンハルトは、アンリの姓。つまり、アンリは、今後、ベルンハルト姓を名乗ることすら許されなくなった。手切れ金は、家を出た際に渡されたお金だけ。そのお金も、大切に大切に遣ってきた。
奉公の準備金として、切符代を含めてとして渡された挙げ句に……本当の意味で、亡くした。戻る家も、家族も……。
ジヴェル湖での一件以来、2人の間には何か違うモノが生まれた。主と奉公人という関係以上のなにか……ガヴ自身も、アンリ自身もそれが何か? というのは分からなかったが、良い関係性になったことは確かだった。
「うまかった」
「ありがとうございます」
アトリエに済まされた食事のトレーを受け取りに行くと、彼女の足音でわかるのか彼は扉を開けて言う。毎日、言ってくれる。物言いは短かったりはするものの、彼からの讃辞のように思える。
彼の声は、低くて聴こえが良く、心地よく身体を響かせ温かく感じる。時折、纏めている髪の毛の一房をそっととり撫でるようにすることもあった。
その、撫でる彼の手の動き。ただ、髪に触れられているだけだが、一本一本を観察し、彼女のエプロン姿すら見透かすように全てを観ているような瞳がある。絵のモデルを観ている、のと同時に、愛おしく……。
ある日、アンリ宛の郵便が届いた。マリーの所に届いたのを届けてくれた。
「……っ……」
「どうしたんだい?」
「いえ、この消印……おかしいですよね?」
「消印? 本当だね……3つ押されて、なんだいコレ? 赤字で……えぇっと……」
「取り消しされた後に、宛先不明の上、配送だ」
「「えっ?!」」
台所に新しいコーヒーを取りに来たガヴが、手紙の消印をチラリと見やると一気に言った。
郵便が取り消しされた? 宛先が不明? それから配送? どういうこと?
郵便を出したのは、実家で勤め人をしていたハンナからだった。手紙を明けて読むと、ハンナがアンリが実家から離れる日に見送った後に勤め明け前に出された日付があった。最初の消印も、その日付に近い。
アンリお嬢様へーー
家を離れられ、クリスマスは終えてしまいました。毎年、お嬢様と私たち奉公人で小さなクリスマス会をしていたのが、懐かしく思っています。
この手紙は、わたしが勤め明けで離れる前にと筆をとりました。番頭をはじめ、皆も、お嬢様を心配しています。あのような形で別れることになったことを……。
お嬢様の行った町の名前しか分からないので、この手紙が無事に届くことを祈っています。
わたしの娘も、昔、お嬢様と過ごしていたので……寂しがっておりました。お嬢様は、わたしにとっては、もう1人の娘です。
アンリお嬢様が、この先、どのような事があっても……幸せになってくださることを祈っております。
○○年12月31日 ハンナーー
「……っ、ハンナ……」
小さな涙をぽろぽろと零すアンリを、抱き締め背中をなでるマリー。抱き締められながら、アンリはハンナたちが幸せを願っていることを嬉しく思い涙した。
ガヴは、この郵便物の取り扱いのされ方に疑問を持っていた。
ーーおかしい……取り消しの手続きは、家族か弁護士などが行えるはず……アンリの、彼女の家にーー
泣いている彼女の後ろ姿を見て、言葉を掛けることはやめてガヴは台所を出た。
寝室に彼は一旦戻り、出てきた彼は少し身なりを整え「少し出てくる」と行って出て行った。
マリーは、アンリと彼を見送りコーヒーを飲んだ。
台所で、彼女はポツポツと少しずつ話してくれた。幼い頃に熱病にかかり後遺症で、首すじから右半身にひきつれ痕が残ってしまい。最初は、ちからが殆ど入らなかったと。
それを生活に苦労しないようにとしてくれたのは、実家の務め人たちで、中でもハンナは一番手伝ってくれたと。母親以上に、母親を感じ、優しくもあり厳しいところもあったと。
マリーは、彼女がどこか我慢している理由がすこし垣間見えた。ハンナとのエピソードを話している彼女は、とても生き生きとした瞳をしている。
彼女の幸せが、このジヴェル・ニアで見つかれば……と、マリーも想った。
数日後ーー
また、手紙が届いた。今度のは、証明手紙だった。アンリ本人がサインして受け取った。
朝食の準備を終え、食堂に運びいれた後に届いた。台所に戻ってから、封を開けた。
すぐに読んだ方が良い、と何か急かされるように思えたからだ。
アンリーー
君を娘とは思わない。金輪際、我が家、当商会の娘としての縁を切る。
法的に、娘としての籍を外させて貰った。
除籍としての慰謝料は、家を出た際に渡した金額のみ。
君の戸籍を新たに作った。戸籍証明書を同封した。
ジェイド・ベルンハルトーー
ジェイドは、実父。ベルンハルトは、アンリの姓。つまり、アンリは、今後、ベルンハルト姓を名乗ることすら許されなくなった。手切れ金は、家を出た際に渡されたお金だけ。そのお金も、大切に大切に遣ってきた。
奉公の準備金として、切符代を含めてとして渡された挙げ句に……本当の意味で、亡くした。戻る家も、家族も……。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
チューリップと画家
中村湊
恋愛
画家の育成が盛んなソンラル王国。王宮の画家たちが住む居住区で、侍女として働いているアイリス。
絵画には特に興味がない彼女が、唯一、興味もった絵があった。描いた画家のモーネスと、王宮の画家居住区で初めて出逢う。
続・上司に恋していいですか?
茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。
会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。
☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。
「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる