狼さんのごはん

中村湊

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狙いを……定められたら……

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 「んっ……もぅ、少し舌……」
 「っ、あっ……んんっぁ」

 翌日まで、彼は確かに【待て】をしてくれた。
 ご機嫌に尻尾を振って、大きな耳をひょこひょこさせて。大好きな小さな赤ずきんちゃんを抱き締めて、キスをねだり狂う。
 今までは、オオカミさんの中では我慢だったかのように……。
 買い物をして、玄関に一緒に入るまでは大型忠犬のようだったのに。今や、獲物を捕らえた狼になっている。怪しく鋭いけれど優しい瞳のオオカミに見つめられ、赤ずきんちゃんはがはなせない。
 大きく逞しい身体に抱き締められて、身体も心もあらがうことを忘れている。

 彼女の唇を味わった後、彼は一緒に台所に立って夕飯の準備をした。今までは、ただ運ばれてきた食事を口に運ぶ毎日だった。それを変えてくれたのは、ほかでもない絵里だった。
 そして、自分から女性だけでなく、食べたい物を言ったのも。絵里が初めてだった。自分から、欲しい、と思えたものが……。
 
 今日の夕飯は、雅和のリクエストでシチュー。野菜サラダに、大好きな卵焼き。シチューに卵焼きの組み合わせは? と、思うかも知れないが……雅和自身はアリなのだそうだ。

 「君の、絵里の卵焼き。好きだ」

 そのひと言で、彼女は嬉しくなった。胸が熱く、鼓動もうるさくなる。彼がその言葉を言う時の表情、瞳、唇の動き。全てが絵里だけに向けられ、絵里自身をも求めている感覚になるのだ。

 ーーま、雅和さんは卵焼きが好きなのよ、ね? ーー

 ちらりと見ると、会社では見ることがない。絵里と居る時だけの柔らかい笑顔を向けてくる。彼女自身は、この柔らかく素敵な笑顔を会社でも、と。思ったが、自分だけに、自分だけの時に……と、独占欲が沸いてくる。
 かぶりをふっていると、雅和は絵里のそんな姿も愛らしくてキスをしてくる。
 食事をする前にもキスをしてしまったり。お昼の弁当の一件から、食事前後のキスが当たり前になってきている。
 雅和は、キスに応える絵里に夢中になってしまう。抗うことがなく、受け容れてくれている。どんどん、彼女を……絵里を喰らい尽くしたいくらいになってきている。
 下腹部の熱いかたまり。張り詰めてきている。それを知らずか、絵里は彼の胸にしがみついていた。

 ぼやぁっと頬を染めた絵里が、はっとしたように立ち上がった。

 「雅和さん!! あの、今日……」
 「んっ? 今日?」
 「その、えっと……一緒って、言っていたので……その……」
 「あぁ、一緒。ずっと。ここに住む」
 「あっ、住むんですね……?……えっ?!」
 「絵里と一緒にいるから、一緒に住む」
 「……うん……」

 大きな大きなオオカミさん。赤ずきんちゃんに、頬にキスをしながら。「一緒に居る」「一緒」と何度も繰り返す。
 とろとろに溶けた瞳になっていく赤ずきんちゃん。オオカミさんの不思議な瞳に囚われて、逃れられなくて。罠にかかったように、エサを1度与えてしまい気に入られた赤ずきんちゃん。
 エサを、ご飯を喜んでくれるオオカミさんの表情が好きな赤ずきんちゃん。
 オオカミさんが赤ずきんちゃんを見つけて、狩りを始めた。
 赤ずきんちゃんという、大好きな女の子を見つけたオオカミさん。本当に好きな人をみつけた雅和は、家の血がたぎってきている別の理由も本能で分かり始めた。

 『お前には坂口の血。本家筋の血が色濃い。滾った時には、お前のつがいともいうべき伴侶を見つけた時だ』

 本家で何度か会った人が言っていた。とてもとても偉い人だった。坂口家の家長かちょう。今も現役で長をしている、坂口会長。自分の本当の父親。
 そう知ったのは、ばあやからではなく。会長本人だった。理人りひとも、弟のともも知っていた。

 『いいか、雅和。番は、お前が本能だけで選ぶな。良いな』
 『……本能だけでは、なく?』
 『そう、お前自身が、選ぶ。そして、相手自身も同じだ』
 『俺を選ばない?』
 『そうなることもある』
 『……はい……』
 
 母は、どうだったのだろうか? 
 ふと疑問に思った。幼い雅和は、ばあやに育てられ。母を知らずにきた。1度、母らしき人を見た。本家の庭で、父と一緒の所を……だが、ばあやに見ることを禁じられた。
 おぼろげな記憶の中の母は、笑っていたのだろうか?

 ぼんやりと膝に視線を落としたまま固まっている雅和に不安を覚えた絵里は、膝の上の彼の手の上にそっと手をのせた。

 「雅和さん……今夜から、一緒に毎日、ご飯食べたいです」
 「っ、絵里?」
 「わたし……雅和さんが美味しいって、卵焼き好きだって。言ってくれて……嬉しいんです」
 「んっ」
 「一緒に、毎日、ご飯作ったりして楽しいです」
 「たの、しい?」
 「はい!! 雅和さんと一緒に居られるの……えっと、嬉しい……です」
 「俺も……いたい」

 赤ずきんちゃんとご飯を食べたいオオカミさん。一緒にいたいオオカミさん。今は、一緒にご飯を食べる毎日でも、一緒に居られる。それだけでも、いい。と、それで、いいと。一生懸命言い聞かせた。
 その日、ベッドをどうするか? で、雅和は……絵里と同じ布団で眠ることになったが。
 男盛りの34歳男性。高井雅和。サイボーグ係長。
 好きな女性の隣で寝ていて、手出しを我慢する。一晩……一緒にいられれば、を。訂正し始めた。

 「せめて、キスより……もっと、したい」

 隣で愛らしい寝顔で眠る絵里を見ながら、やましい、ドエロい妄想の中で荒い息づかい状態。
 
 「っ、はっぁ、はっ、はっ……んんっ」
 「すぅ……すぅ……」
 「絵里、はぁ……可愛い……はっあぁ、で、でる!!」
 「んっ、雅和さん……」
 「んっくぅぅぅ!!」

 猛々たけだけしい。絵里が初めて見たら、禍々まがまがしいになるのでは? と内心、不安になりながらの彼女の寝顔見ながら……した。シタ。した。シタ。した。シタ。
 
 『雅和。お前、たぶん後で分かると思うけど。ガチでったら……すんごぃぃぃ、から』
 『なにが? 理人?』
 『なんていうのかさ、相手がもう大変だし。俺もヤバイわ』
 『ふぅん』
 『あっ、今ひと事だと思っただろー!! そのうち分かるからな!! その時、泣いたって俺は知らないからなー!!』

 理人。従兄弟で、同い年。年下の彼女が出来た時に言っていた。大変だと。
 彼女の隣に寝て、手を出さずに。違う意味で出したけれど、たくさん。実感しはじめた。コレは、ヤバイと。朝に話したら……大爆笑されそうだが。相談するには、理人しか……たぶん、いない。
 明日、相談しよう!! 胸のうちに秘めた決意とともに短い睡眠をとった。  
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