狼さんのごはん

中村湊

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一緒にご飯したい!!

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 狼さんは、赤ずきんちゃんの家に毎日通っています。朝ご飯を食べに、昼は一緒にお弁当。夕食も一緒にご飯を食べて、おやすみのキスをして帰ります。
 お家に帰ると、とても辛い辛い。苦しい時間になります。ばあやが、狼さんをいじめるからです。

 「坊ちゃん、何故、ご自宅で食事をなさらないのですか!!」
 「……仕事が……」
 「口答えはなさらないでください!!」
 「はい」
 「いいですか!! 坊ちゃまは、大事な坂口家の縁戚筋となっておりますが……」

 そこから、ばあやが毎晩毎日。狼さんに言っています。大きなお屋敷に、長いテーブル。椅子はあるのに、座れず床に正座。
 ばあやは、エプロン姿で冷えた食事を食べるようにと狼さんに言い。食べ終わるまで横で見張っています。

 「食事は、美味しく楽しく!!」

 赤ずきんちゃんの、優しく微笑む笑顔が浮かびます。必死に、味が感じられない。美味しいと感じられない。苦しく、辛い食事をします。
 毎晩毎日。
 どれだけ時間がかかろうとも、食べ終わるまで……。

 食べ過ぎてしまった分は、身体を鍛えて動かして消費するしかなかった狼さん。必然的に逞しい体軀を手に入れ、腕力も体力も手に入れましたが……ばあやの前では、なんにもなりません。
 幼かった頃から、ずっとずっと大きなお屋敷に1人でいたのですから。両親を知ることを許されず、ただ、坂口家のためと教育を受けてきた狼さん。
 彼が心安まるのは、赤ずきんちゃん。沢絵里と一緒にいる時間だけになっていきました。

 「帰りたい」
 
 そのひと言を、ばあやは聞き逃しはしませんでした。
 坂口家の屋敷に来て30数年。坊ちゃん。雅和を育ててきた彼女。孫を迎えている坂口家に出入りする勤め人と比べてしまう日もある。早く。そう、早く坊ちゃまに結婚して子をなして貰わねば!!
 酷く焦りを感じ始めていた。
 彼のひと言が、彼女を暴走へと変えるきっかけになった。


 いつもの様に、早朝にランニングコースから彼女の家に向かう。朝食を用意して待ってくれている彼女の家に着くと、朝の挨拶とキスを交わした。
 何度キスをしても、彼女は頬を染めている。愛らしい表情に辛くて苦しい時間を忘れられる。あの、檻に閉じ込められていた雅和は会社に行くことで一時的に解放される。
 彼は、絵里と一緒にいられる事で嬉しくて楽しくて忘れていた。 ばあやが、『帰りたい』を忘れずにいたことを。

 出社前の朝食。彼女と支度のために1度離れ、近くのホテルで着替えを済ませて出社。仕事。昼休憩で彼女と弁当。仕事。彼女の家に行く途中、一緒にスーパーで買い物をして家に行って食事。帰り際、甘いキスをして屋敷。

 「……の、ようですね? 坊ちゃま?」
 「……は、い……」
 「聞こえません!!」
 「はい!!」
 
 延々と続いている話し。必死にこらえる。そして、ばあやが言った。

 「その女は、何を得ようとしているのですか?! 坂口家の名ですか? 金ですか? 支援ですか?」
 「ちっ、ちがっ……彼女は、ちがっ……かの、かのじょ」
 「何が違うというのです!!」
 「違う!!!!」
 「?!」
 「ちがう、ちがう、ちがう!!」

 雅和は、小さな子どもが必死に訴えるように何度も「違う」「彼女は違う」と繰り返した。
 鋭いどう猛な狼が、ばあやを睨み付けた。

 「ひっ」

 喉奥でひゅっと風が鳴り、悲鳴を堪える。全身脂汗が出て、冷や汗が背中にまとわりつく。

 『いいかい?! 坂口の血をまともに滾らせたら、君は大変なことになる。忘れずに……』

 あの、あのお方の言葉を初めて理解した。目の前の血が滾った狼は、滾った血で狩りをし始めた。想い出したあの日の、あの方の言葉。あの時の瞳。あの方も、狩りの獲物を……狩った後だと、言っていた。
 ばあやは、その後、虚ろな瞳でふらふらと食堂から出て行った。食堂の扉の外には、坂口の人間がいた。

 「雅和……君は遅かったけど、確かな……」
 「…………」
 「分かってる。それ以上は口出し無用だね」
 「当たり前だ」

 育てのばあやは、その日の夜。坂口家の別宅へと姿を消した。そして、家には雅和がひとりになった。

 寂しくなった狼さん。血が滾って目醒めた狼さん。赤ずきんちゃんと一緒の時間をもっともっと……欲してやまない狼さん。
 
 【絵里。一緒にもっともっとご飯】
 【ひとり。さびしい】

 「雅和さん……どうしたんだろう?」

 メッセージアプリの電話機能を使い、電話をすると雅和が絵里にキスをして懇願したときのように。低くて身体をうずかせる響く甘い声が届いた。

 「一緒にいたいんだ。ひとりは、いや、だ。絵里」
 「あの、雅和さん? 何かありました?」
 「逢いたい……今から、行っていい? ダメかい?」
 「でも、夜遅いですし……明日の朝、ご飯一緒ですし……」
 「我慢できたら、一緒にいていいよね? 絵里」
 「……? はい……」

 翌朝、雅和は絵里とご飯を食べた。違ったのはランニング姿ではなく。スーツ姿。
 一緒に出社をして、仕事をして帰ろうとすると。

 「我慢できたから……今日から、一緒でいいよね? 絵里?」
 「えっ、あの、今日から……一緒って……」
 「俺の家で、一緒にいよう」
 「ぇえ!! ま、雅和さん?!」

 サイボーグ課長。ばあやの教育の仕方が悪かった訳でも……ないと思いたいが、高井雅和は、初めて好きになった女性へのアプローチをとてつもない方向でしていた。
 それも、初恋相手が高井雅和という難易度の高すぎる男に。ある意味、初クエストでラスボスと闘うような状態。ラスボス以上だろう……きっと。
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